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ライオネルは睨み付けようと顔を腕をつかんだ者の方に向けると、そこには美丈夫なメルヴィン王の姿があった。
「ライオネル、令嬢に手をあげようとするとは、なんたるや。恥を知れ!」
必死なライオネルはメルヴィン王に体を向けた。
「お言葉ですが、陛下。このオフィーリアは、私の可愛いリリアに卑劣な行いを行った最低な人間です。」
メルヴィン王はその美しい切れ長の瞳で、ライオネルを見据える。
「証拠は?」
焦ったようにライオネルは答える。
「証拠? リリアがその様なことがあったと申しております」
呆れたようにメルヴィンは答える。
「証言だけでは証拠にはならん。客観的な証拠を提示せよ」
リリアが私の番とばかりに発言する。
「オフィーリア様以外に私に意地悪をする人はいませんわ」
メルヴィンはリリアを睨み付ける。
「私は、貴女に発言を許可していないのだが、誰に許可を得たのだ?」
リリアは頬を膨らます。
「だって……」
改めて睨み付けるメルヴィン。
「誰に向かってそのような口をきいている。」
ライオネルがリリアを庇う。
「陛下、かわいいリリアですから。」
呆れた顔でメルヴィンは告げた。
「国王に対する無礼、不敬罪と言われても反論できぬな。」
蛇ににらまれた蛙のようなライオネルとリリア。
メルヴィンは改めて会場にいる者達を見渡す。会場は静まり返る。そしてメルヴィンは、改めて口を開く。
「オフィーリア・ノーリッシュとライオネル・デルヴィーニュの婚約破棄を認めよう」
予想外の国王の発言に会場内の空気が凍りつく。メルヴィンは会場を見渡し、更に言葉を続ける。
「そして、ライオネル・デルヴィーニュとリリア・バインズの婚約をメルヴィン・エドワード・ナッシュ・フロナディアの名の元に認める。ただし、リリア・バインズは一年間ミラルデル修道院にて修行の後、結婚するように」
「ミラルデル修道院?」
リリアの顔が青ざめる。
ミラルデル修道院とは、フロナディアの北に位置し、入ったものが出る時には、人相が変わると言われる指導の厳しさで有名な修道院だった。
「陛下、リリアには可哀想すぎます」
ライオネルがメルヴィンに抗議する。
メルヴィンはライオネルを見て告げた。
「私の認めた婚約を破棄し、新たなる婚約を認めるのだ! その原因と成った者にはそれなりに誠意を見せてもらおう。見せてくれるよな」
有無を言わせず、唖然とした顔のライオネルと顔色の悪いリリアを見て、ニヤリと笑うメルヴィンに了承したとばかりに一同頭を下げる。遅れて、ライオネルとリリアも慌てて頭を下げた。
「改めて、皆のもの卒業おめでとう。今宵は、めでたい門出だ。このパーティーを楽しんでくれ」
メルヴィンの言葉と共に、楽団による演奏が始まる。今宵のファーストダンスが、本来であれば、位の高いカップルであったオフィーリアとライオネルによるものであったのだが、婚約破棄となったため、ホールに誰もいない状態であった。その空気を読んでか、メルヴィンがオフィーリアの前へ進み手を差し出す。
「私とダンスを踊ってくれないだろうか?」
驚きのあまり、目を見開いて固まったままのオフィーリア。はっと我に返って、メルヴィンの手に自分の手を乗せる。
「陛下、私で良ければ、喜んで」
ニッコリと微笑んで答えるオフィーリア。二人はホール中央に進んで行った。
曲に合わせて練習もなく初めて踊るとは思えない二人の息のあったダンスを周りはうっとりと見つめる。
曲が終わり、二人が礼をすると同時になりやまない拍手が二人を包んだ。次の音楽が流れ、カップルたちがホールへと進み出てきた。それを見計らったかのように、二人はホールを後にした。
疲れたであろうオフィーリアを気遣ってか、メルヴィンは庭へ連れ出す。そして、二人は庭にあるベンチに腰かけた。オフィーリアが立ち直し、頭を下げた。
「陛下、本日は申し訳ありませんでした」
メルヴィンはオフィーリアの手を取り、座らせ直す。
「オフィーリア嬢、君が謝る事ではないであろう。明らかにライオネルが悪い」
「いいえ、私が至らぬせいで、陛下にお許しいただいた婚約を破棄されることになってしまいましたから……」
答えてうつむくオフィーリアにメルヴィンは、体を向けて懇願する。
「このような日に言うことではないと思うのだが、私との婚約を考えてくれないか?」
驚きのあまり目を見開いたまま固まるオフィーリア。メルヴィンはオフィーリアの左手を取り、甲に口付ける。メルヴィンを見つめるオフィーリア。メルヴィンはオフィーリアを優しく見つめながら言葉を続ける。
「日々たゆまぬ努力を重ね続けるオフィーリア、あなたに私のそばにいて支えてほしい」
困った顔をするオフィーリア。
「婚約破棄された私に勤まるでしょうか?」
「この三年、帝王教育を受ける君を見てきた。難しいことを諦めず、できる限りの努力で乗り越える君から、目が離せなかった。ごちゃごちゃ言うやつがいたら、排除すればいい」
「それは、不味いかと……」
「実際にはせぬが、そうしてもいいほどだ。私はあなたのすべてを守りたい」
「わたしを守る?」
「あなたは、強い。実際、ライオネルに婚約破棄を言い渡された時、顔色を変えず、背筋を伸ばして堂々と立つ君に強さを感じると同時に、私が守りたいと思った」
驚きのあまり瞬きが増えたオフィーリアが、メルヴィンの顔を見つめる。
「守りたいと初めて言われました」
愛しいものを見るような目でメルヴィンはオフィーリアを見つめる。
「守るだけではないと思うが、その様に思ったのは私も初めてだ、オフィーリア」
真剣な眼差しを向けるメルヴィンにオフィーリアは目を離せない。オフィーリアの目に涙が溢れる。
「陛下、私の初恋は陛下なのです。陛下のためにできることは何か、スペアとしての役割を果す、それを考えてつらい教育も頑張ってこれたのですわ。その様に守りたいと言って頂けるなんて……」
涙が止まらないオフィーリアにメルヴィンはハンカチを渡す。メルヴィンがオフィーリアの方に改めて向き直す。
「オフィーリア、私と結婚してくれないだろうか?」
オフィーリアは、嬉しそうにはにかんだ。
「はい、喜んでお受け致します」
メルヴィンはオフィーリアを優しく抱きしめた。
「オフィーリア、ありがとう」