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光を探す者たち  作者: 砂糖醤油やきもち
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第三話 衝動と後悔




「ごめんね。私のわがままでこんなことになっちゃって……」


「いや、それを許した僕も悪いよ。だからそんなに謝らないで」



僕たちは今、家の横にある公園で会議をしている。

辺りに人気はない。この話題を話すのに適した場所であった。


二人乗りをして、おじいさんをひいてしまったこと。

そして、記憶を書き換えられるという男に出会ったこと。


僕は彼をあまり信じていなかった。

記憶を書き換えるなんてことを、見ず知らずの人から突然言われて信じろっていうほうが難しいと思う。


だが実際、彼は言っていた通り記憶を操った。


あの事件からおよそ30時間が経っている。

近隣で事件があれば、ローカルニュースに取り沙汰されてもおかしくはない頃合いだ。

しかし、この事件のことはテレビでも新聞でも一切扱われていなかった。


それは彼の能力のおかげだった。



「事件に関する記憶を止めておく」



その効果が確実に表れていた。


しかし、その能力に長く甘えることはできない。彼は、4日間の猶予を与えると言った。

事件が起きたのが昨日、つまり僕たちに残された時間は今日を含めて3日間。


この3日間で未来が決まる。今はそのための話し合いだ。



けれど、羽咲は先程からずっと謝っている。


謝ってばかりいて、これからどうやって残りの時間を過ごしていくのかが決まらない。



僕は残された時間と羽咲の発言に焦らされていた。



あと3日しかない中で、現状の打開策を考えるのは簡単なことではない。



それに覚悟もなかった。



羽咲を殺す覚悟も、自分が死ぬという覚悟も。


そして、この事件を両親に話す覚悟も。



今のところ、これといった良い案がお互いに思いついていない。

思いつかない自分に焦らされ、謝りしかしない羽咲に焦らされる。

この焦らされている瞬間にも、時間は進む。そう考えると焦ってしまう。


完全に負のスパイラルに陥っていた。



「友嗣くんは悪くないよ。だって私が自分の自転車に乗ればよかったんだよ。なんで二人乗りなんてしちゃったんだろう。あーもう、ダメだね私って。本当にごめんなさい」


「もういいよ、謝らなくて。お互い悪かった。それに謝り続けたって答えなんか出てこないし」



結構きつめな言い方をしてしまった。彼女がしょんぼりとした顔つきでうつむく。



そんな顔したって解決しないだろ……と思ってしまう自分がいる。


そんな自分に、こんなことを思ったところで解決しないと言い聞かす。



しかしそんな思いとは裏腹に、僕の頭に血が昇っていく感覚がした。



このままだと、まずい。



自分をコントロールできなくなって、羽咲を傷つけてしまう。


彼女を傷つけると、また話が進まなくなってしまう。


貴重な時間を失ってしまう。



これ以上彼女を傷つけないためにも、どうするか早く決めないといけない。



しかし、この望みは彼女の一言で打ち砕かれた。



「そうだよね、ごめん……」



彼女にとっては何気ない一言だったのかもしれない。

結果的に、この一言が引き金となってしまった。



身体のどこかがふっと緩む感覚がした。


ほんの一瞬のことだった。気が緩んでしまった。



「謝るなって言ってんだろ……」

 


心の中で呟いたと思っていた。しかし、そのセリフは口からもれていた。

しずくが水の中に落ちて生まれた波紋が大きく広がるように、この短い言葉が僕らを大きく動かした。



羽咲は目を見開いて、全身が硬直したかのようにその場に立ちすくんだ。



僕はだんだん自分を制御できなくなってきている。そして、ブレーキの壊れた車のごとく、行先も分からずに彷徨いはじめた。



「……こんなことになるんだったら、お前と友達じゃなきゃよかった。いじめなんかから助けなきゃよかった」


「えっ……」



羽咲は消えいるような細々とした声しか発せていなかった。


僕の言葉は、彼女の表情から全身の神経までを()てつかせた。



「僕と友達じゃなかったほうがよかったよ。それなら昨日の事故も起こらなかったし、今もこうやって悩まなくてすんだし」


「それは違うよ……」



羽咲は抵抗したが、それは火に油を注ぐのと同じことだった。


僕の暴走に、拍車がかかる。



「だからあの日助ける必要なんてきっとなかったんだよ。お前は自分の意見をちゃんと言えるし、自分一人で何とかできる力を持ってるんだし。僕が手を差し伸べなくてもよかったんだよ」


「そんなことないって」


「余計なお世話だったね、今まで。僕と一緒に学校から帰ったりする必要もなかったし、一緒に遊びに行かなくてもよかったんだよ。僕とは違って、友達がたくさんいるんだから。他の人と遊びに行ったほうが絶対に……」


「ねえ!!そんなことないって言ってるでしょ!!」



彼女の叫びは辺り一帯にまで響きわたり、僕の言葉は途中で遮られた。


羽咲の鋭くて、冷たさを持った目線が僕を射抜く。


僕は、とめられた。




何かが彼女に乗り移ったのかと思った。



こんな羽咲を僕は今まで一度も見たことがない。


それにあんな声を彼女が出せるとは思っていなかった。



僕は彼女にひるんでしまった。



「なによ、その言い方。なんでそんなこと言うの……?」



彼女の声は小さかったけど、一言一言をゆっくりと、弓で的を射るように力強く言い放った。

どこか震えるような、寂しそうな、そして怒ったような言い方だった。



「断りたくなかったんでしょ、どうせ。女の子と二人乗りできるのが嬉しかったんじゃないの。友達の少ない君だから、こんな絶好の機会逃したくないもんね。だけどそんな風にみられると嫌われちゃうから、外面だけでは戸惑っているように演技して、内心はウハウハだったんでしょ。私ったら、なんでこんなことに早く気がつかなかったんだろ。ごめんね、変な期待させちゃって。そう考えると、友達にならなきゃよかったってのは間違ってないのかもね。そんな馬鹿な君と関わらなきゃよかった」



羽咲は、今度は小さくて鋭利な言葉という剣をもって、僕の心とかプライドとかいうやつをじっくりと狙って、斬りつけてきた。



言い返そうという気は一切起こらなかった。

完全に言葉を失ってしまった。



僕は今、なんて情けない表情をしていることだろう。



路上でひかれて倒れている鳩のように腑抜けた眼をしていると思う。


僕はそんな眼差しでしか羽咲を見ることができなくて、とても恥ずかしかった。



「ごめん。言いすぎちゃった……」



そんな言葉は焼け石に水で、僕にはなんの慰めにもならなかった。



まだ恥ずかしさが抜けていない。もうこれ以上、羽咲に醜態を晒したくなかった。



この思いのあまり、僕は言ってしまった。



「もう帰るわ……」



それだけ言って、その場から立ち去ろうとした。

どんな声で言ったのかは自分でも分からない。声になっていなかったかもしれない。



だけど僕は。



これでも僕は、腐ったプライドのもとに、自分にとっての、最善の行動をしたつもりだ。



羽咲の横を通る。うつむいている彼女の表情は、少し長めの黒い髪に隠れて見えなかった。

だから、彼女が次に放った台詞の意図がくみ取れなかった。



「また逃げるの。この前みたいに……」



不覚にも立ち止まってしまった。


また、言葉を失ってしまった。



だけどそんな自分がすぐにいたたまれなくて、固まった脚を無理やり動かして家に帰った。




玄関の扉を開けようとすると、鉄のように重く感じた。

そして扉が閉まったときには、鈍くて哀しい音が家中に行きわたった。



その瞬間、僕はこの世界から切り離された気がした。







悪い癖が出てしまった。


何か面倒くさい、現実から目を背けたいこと、自分ではどうしようもできないことが起こったときにすぐ投げだしてしまう。

そして、それっぽい理由をこじつけて、正当化して、逃げだしてしまう。

昔からずっと変わっていない。

しかも、面倒くさい状況を作ったのは自分なのに。


自分が羽咲を傷つけて怒らせてしまった。

勝手に怒らせておき、挙句の果てにはその場から立ち去る。



なんて最低な奴なんだ。自分は。



勝手にいらついて、それを羽咲にぶつけた。言っちゃいけないことを言ってしまった。



友達じゃなかったらよかった。



なんでそんな最低なことをぶつける必要があったんだ?

どうして苛立ちを抑えられなかったんだ。


ベッドに横になりながら自己嫌悪に陥る。

今は後悔しかない。昨日のことも今日のことも。



彼女だけは、羽咲だけは失いたくない。



そう思ってるだけで、接し方も分からなくなった今、何もすることができない。



貴重な1日が終わってしまった。



あの男の言ったことが正しければ、羽咲と一緒に過ごせる時間はあと2日しかない。


どうにかしてこの状況を打開しなければならないが、どうすることもできないまま次の日を迎えることになってしまった。








「うさぎーごはんできたよー」


「あとで食べるね……」


「具合悪いの?さっきから元気ないわよね」


「そんなことないよ……」



今は何をする気にもならない。

お母さんに返事をすることも正直言ってめんどくさい。


ごめんねお母さん。本当はそんなつもりじゃないの。


そう思うと、また涙が出てきた。



ゆうじ君と喧嘩した後、2階にある自分の部屋でたくさん泣いた。

家には誰もいなくて一人きりだったから、大声で泣いた。


事件を起こしちゃったこと。


ゆうじ君を傷つけちゃったこと。傷つけられたこと。



怖かった。



いつも優しいゆうじ君があんな言い方でひどいことを言うなんて思ってなかった。

だから驚きのあまり、私も感情的になって言い返しちゃった。



言ってからすぐに後悔した。



ゆうじ君は大事なものを壊されたときのような顔になった。

そうなるって考えればわかるのに、なんであんなこと言っちゃったんだろう。


枕は涙のせいで、しみとしわが生まれてぐちゃぐちゃになってる。

まぶたもこすったせいで真っ赤にはれてるはず。



何もかもが嫌になってきた。



窓から見える闇の中に佇む三日月は、雲の隙間からほんのりと光を放っている。


弱々しくて、頼りない月明かりだった。

投稿が予定より大幅に遅れました。ごめんなさい。

今回は二人が喧嘩をするお話でした。

次回の投稿予定は5月頃になると思います。早くなるかもしれないし遅くなるかもしれないです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

最終話までお付き合いしていただけたら嬉しいです。


追記(2019年5月28日)


次回の更新についてですが、来年の3月になると思います。その間にしっかりと案を練り、いい作品になるよう努力しますので、次回の投稿までお待ちください!

これからもよろしくお願いします!

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