14-3
その時間は、本当に穏やかだった。
俺たちは今、マフルそのものに喧嘩を売ったっていうのに。
今のうちに寝ておけと言われた俺は、イブキの膝枕で仮眠を取っていた。
なんでも、俺が今サラマディエ達の持つ最大戦力らしい。
いざ戦闘になれば、俺が真っ先に駆り出されることになる。
ライムに連絡を取ってから六時間。
ライム達が仕掛けてくる気配はない。
そりゃそうか、敵に攻撃するのに、これから攻撃しますだなんて宣言する奴はいない。
ライム達が仕掛ける気があるのなら、俺たちに気付かれないようにするはずだ。
仮眠から目を覚まして俺は、イブキに一言礼を言ってから体を起こす。
「旦那様、もう大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとな」
俺はグーンの車内を見渡した。
全天周モニターは起動していないため、俺に外の様子を確かめる術はない。
薄暗い車の中で六時間……いくら寝ていたとはいえ、そろそろ飽きてくる頃合いだ。
「あ、起きちゃったんだ。
しっかり寝とかないと、いざというとき活躍できないよ?」
マナの膝枕でベンチに寝そべるサラマディエ。
いざというとき……なんて言いながら、本人は完全にリラックスモードだ。
いつライム達が仕掛けてくるのかわからないというのに。
「なあ、対策とかってしなくていいのかよ」
「対策?
なんの?」
……こいつ、まさか本当に何もしないつもりか?
「だから、ライム達が攻めてくるかもしれないんだぞ!!」
「大丈夫、このフローラならね」
フローラ?
まさか、この車の名前か?
「フローラ?」
「そう。
グーンの試作機をちょっとだけ拝借して、ちょちょいと改造したの!
かわいい名前でしょ?」
「見た目のわりにな」
そうか……こいつはグーンじゃなく「フローラ」……。
サラマディエの自信を見るに、随分と大層なもののようだ。
「んじゃあ、そのフローラの調整とかさ――」
いくらでもやることはあるだろ、と言おうとしたその時。
ピュン、と気の抜ける音を、フローラのマイクが拾い上げた。
そして――。
次いで来たのは、ドォン!! という爆発音。
俺の内臓を揺さぶるかのような衝撃が、フローラを揺さぶった。
「な……来やがったか!?」
「ようやくね~」
この車両は、サラマディエの脳波によって操作されているらしい。
おそらく、彼女が動けという指令を出したのだろう、フローラの急発進に、車体が大きく揺れた。
同時に、車内の壁が全天周モニターに切り替わる。
モニター越しには、一面煙に覆い隠された景色が見える。
一体、この外にはどれだけの敵がいることやら。
フローラは煙から抜けるとほぼ同時に急停止。
俺たちは、その場で周囲を見渡した。
目を引くのが、空中に停車している、車輪を持たない戦車。
俺も生で見るのは初めてだが、対魔物用の兵器であることは知っている。
その数、十二両。
すべてが、俺たちを取り囲むように並んでいる。
また、建物の陰から俺たちを狙うのは、武装した兵士。
纏っている茶色の野戦服から、防衛隊員であることが伺える。
たった六時間で、これほどの戦力を集めるとは、流石は魔女の一声か。
そして、フローラの真上を陣取った二両のグーンから、一人の陰が降ってきた。
あれは……ディア・メイル……!
ノインか!!
奴はフローラの目の前に着地すると、アサルトウィングの銃口をフローラの車体に向けた。
『投降しろ!
貴様らは包囲されている!!』
グーンのスピーカーを通して響く、ノインの声。
「包囲って、まさか街中でぶっ放すつもりはないでしょ?」
対して、一歩も引かないサラマディエ。
だが彼女が話しているのは、どうやらノインではないようだ。
サラマディエが問いかけているのは、ノインの後ろにいる……プロフェッサー。
「それとも、恵みの街の防衛隊は、住民の財産なんか関係ないって?
そんなこと言わないよねぇ、プロフェッサー?
あ、今は眠れる森だったね」
『これ以上戯言を吐くのならば、容赦なく撃つ』
まったく聞く耳を持たないノイン。
当たり前と言えば当たり前だが……。
「は~……ダメダメ。
ライライ!
いるんでしょ?」
『ええ、とっくにね』
周囲にライムの姿は見当たらない。
だが、その声は確かに聞こえた。
グーンの車内にでもいるのか、と睨んだがすぐに違うとわかった。
ライムは最初からいたんだ、フローラの車体の上に。
全天周モニターの上方に映る、ライムの姿。
スラッシュウィングを手に持っていることから、俺たちが悪い動きをしたら、そいつを突き立てるつもりであることが伺える。
「なら、私たちの話を聞いてほしいな」
『おとなしく投降してくれれば、いくらでも聞いてあげるわ』
ライムとサラマディエ、両者の視線が、フローラの壁越しにぶつかり合った。