2-3
ライムは、コホンと咳払いをしてから、口を開いた。
「順調に復興が進んだマフルの街だけど、ここ数年でおかしなことが起こり始めたの」
「おかしなこと?」
イブキちゃんは、首を傾げる。
それに応じてふわりと揺れるポニーテールが可愛らしかった。
「そう。鉄壁の防御力を誇るマフルの街の内部で、魔人が目撃されるようになったの」
「魔人って、さっきのですか?」
「そうよ。
奴らはどこからともなく現れ、人を食らい、力と知能を蓄えていく。
あの魔人が、あなたを狙ったようにね。
そして、一部の知能を得た魔人は、人としてマフルに溶け込んでいるの」
魔人は、300年前の大崩壊の際に生まれて以来、確認されていない。
今は生まれる原因が存在しないからである。
しかし、現在になってこの街に魔人が現れたのは、300年前から人間に混じっていたのか……。
あるいは「マフルの内部に魔人を生み出すなにかがある」か……。
「最初は私が頑張っていたのだけれど、魔人は結構強いの。
だから、300年前に、私達を殺すために作られた『フィセント・メイル』の力を借りて、魔人に対抗しようと考えたの」
「でも、それって魔力を持つ人には使えないんじゃないですか?
今の人たちにはとても……」
イブキちゃん……そこまでは聞いていたか……。
その通り。この世界には、フィセント・メイルを使える人間はいない。
しかぁし! この世界の人間じゃないのなら! その限りではない!!
「その通り。
だから私は、こことは違う、別の世界から人を呼んだの。
『最初から魔術が発見されていない世界』から」
「そ、そんなことが出来るんですか!?
……それじゃあ」
目を丸くするイブキちゃん。
彼女の真ん丸の瞳は、ゆっくりと俺に向けられる。
「ああ、そうとも。
俺が、異世界から来た、この世界最きょ――」
「最弱の人間。
魔力もないから、力も弱いし、頭だって回らない」
ライムの奴……言いやがるな……!
でも一つも間違ってないのが悔しい……!
「でも、フィセント・メイルは彼にしか使えない。
だから彼は、世界で最強なの」
「世界で、最強……」
キラキラとした視線を向けるイブキちゃん。
やめろよ、照れるだろうが……。
生まれてこの方、まともな異性関係を持ったことがない俺には、彼女の可憐な視線は眩しすぎる。
「どう?
わかった?」
「と、とりあえず、ソウタさんがすごいってことと、おばあさまもすごいってことは……」
そう漏らすイブキちゃんを見て、ライムは微笑んだ。
「でも、あのフロイアに孫が出来ているなんてね……。
なんだか感慨深いわ」
しんみりと語るライムの言葉に、イブキちゃんは顔を伏せた。
それから、おずおずと口を開く。
「……実は私、おばあさまとの血の繋がりはないんです」
あ~。こりゃ、地雷踏んだな、ライムの奴。
「そうなの?」
「ええ。
ジパンの国で生まれた私は、幼い時に両親に捨てられました。
食べ物もないし、魔物も襲ってきます。
ジパンは、この街みたいに平和ではありませんでしたから。
そんな私を拾ってくれたのが、おばあさまです。
おばあさまは、私に剣術から家事まで、全てを教えてくれました。」
「血縁関係がないなら、なんでおばあさまなんだ?
魔女なら年も取ってないだろ?」
「フロイアは最初に造られた魔女だから、私達と違って、体の機能を維持できないの。
人間よりは明らかに遅いけど、確実に老化は進んでいるわ」
なるほど、そう言う事だったのか。
「イブキちゃんがわざわざエレメントコンバータを届けに来たってことは……」
「ええ、すごい魔力の奔流を感じた、とおばあさまは言っていました。
でも、おばあさまはもう、とても歩けるお体ではなかったので……」
「魔力の奔流……ソウタをこの世界に呼んだ時のことね。
来てくれなかったとしても、彼女が味方に付いてくれるなら心強いわ」
我が家で、二人の美少女がジュース片手に会話している。
それは、とても穏やかな光景だった。
だが、それをぶち壊す電話の着信音が、部屋の中に響いた。
俺を一瞥するライムに対して、俺はコクリとうなずいた。
こんなところに電話してくる奴の用件なんてなんて、間違い電話か、魔人の出現を告げる連絡かのどっちかだ。
ライムは席を立つと、受話器を手に取った。
「もしもし、ライムです。
……はい、はい。
わかりました、すぐに向かいます」
受話器を置いてから、ライムはそそくさと外出の準備を始めた。
「ソウタ、魔人よ。
場所はカオシズ地区北東、すぐ近くよ」
俺達のいる地区は、マフルの南端「カオシズ地区」。
さっきの魔人も、遠くには逃げられなかったのだろう。
電話の主は、マフル警備隊。
公には俺達との繋がりはないが、裏で俺達が動きやすいように、目撃情報や交通規制、その他諸々を請け負ってくれている。
といっても、俺達との繋がりを知っているのは、警備隊でもごく一部だけ。
基本的には、奴らも味方ではないと考えなければいけない。
「え?
魔人って、さっきの?」
事態を飲み込めていない様子のイブキちゃんは、俺とライムを交互に見渡す。
「ええ。
異臭騒ぎがあったみたいなの。
その元を辿ったら――」
「――魔人だった、と」
俺はそう吐き捨てて、席を立った。
すぐ近くなら、メイルを装着して飛んでった方が早い。
「ライム、始動頼む。
現場の状況は?」
「異臭騒ぎを理由に、広い範囲の交通を規制しているらしいわ」
「なら後は、騒ぎを聞きつけたグレイスが、そこに姿を現したってシナリオか」
基本、警備隊とのやり取りはこうだ。
魔人が発見されたら、警備隊には事故や何やらを装って大騒ぎしてもらう。
それを聞いた俺達が、偶々そこに駆け付けたというシナリオを演じる。
面倒だが、民衆や無関係な警備隊員達に、警備隊と俺達の繋がりを勘ぐらせないためには、必要な手順だ。
ライムが俺に寄り、メイルドライバーへの魔力注入を開始しようとしたその瞬間、
ガタリとイブキちゃんが立ち上がった。
「……私も、連れて行ってください!」
……はぁ?
何を言ってるんだこの子は?
「そっか、ライムも説明してなかったな。
あの魔人の目的はお前だ。
お前以外には目もくれない。
自分から危険に飛び込んでどうする?」
ライムは
「あら?
ごめんなさい、言ってなかったわね」
と決まりが悪そうに笑った。
「でも、ソウタさんの……。
ライムさん達の役に立ちたいんです!
きっとそのためにおばあさまは、私を送り出してくれたから……」
だが、魔人の討伐において、この子に何ができる?
正直、手負いの魔人は俺一人で十分だ。
誰かに付いて来られたら、むしろ邪魔なだけ。
そう告げようとした、その時、ライムがイブキちゃんに優しく微笑んだ。
「イブキちゃん、気持ちは嬉しいわ。
あなたなら、きっと私達の力になってくれると思う。
だから、今回はあなたが持ってきたこれを使わせてもらうわ。
あとは、ここでソウタの帰りを待ってて」
そして、ライムは俺のメイルドライバーに、
イブキちゃんが持ってきたエレメントコンバータをセットした。
それから、俺の左腕を胸元に運び、魔力の注入を開始する。
イブキちゃんは「はい」と答えながら、俯いた。
「ところで、このコンバータはどのエレメントなんだ?」
「それは、風のコンバータ。
風の魔女フロイアと同じ、気体の流れを操る力」
魔力を注入しながら、ライムは答える。
風の魔術か……どう使えばいいのやら。
待てよ……フロイアと同じ?
そんな時、さっきのイブキちゃんの言葉が頭を過った。
『たまに空飛んでますし……』
空を飛ぶ……。
<Starting>
使い方を閃いた俺の脳と連動するかのように、メイルドライバーの始動が完了する。
パーパシャル・ジェネレーターを内蔵するメイルドライバーは、
一度始動してしまえば、無尽蔵に魔力を生成できる。
エネルギー保存則もへったくれもない、とんでもない兵器だ。
空が飛べるなら、そんなに心強いことはない。
「じゃ、行ってくる!」
俺は、玄関から飛び出すと、階段を使わずに2階から飛び降り、道路を走った。
建物を2・3件通り過ぎた辺りで、路地に入る。
そして、左手を前に付き出し、右の脇をグッと締めた。
そう言えば、風の力か……。
メイルを装着するとき、なんて叫ぼう?
風……突風……疾風……!
疾風!
とびきりかっこいいセリフを思いついた!
「――疾装!!」
<Gale Drive>
メイルドライバーから発生した暴風が、俺の全身を包み込む。
狭い路地の中で装着してしまったため、俺の両側の建物が、風でガタガタと揺らされていた。
そしてその風は、俺の身体に纏わりつくと、緑色の装甲へと姿を変えていく。
腕を見ると、所々に水色の差し色が入っているようだ。
突如、
「な、なに!?」
と俺の左隣の建物の住人と思われる女性が、窓から顔を出した。
俺は驚いて、その窓に顔を向けてしまう。
だが幸い、俺の装着は完了していた。
「ど、どうも……」
と苦し紛れに挨拶をしようとすると
「え、あ」
と女性は声を失っていた。
これから叫ぶぞ、といった空気を魔力の機微から察した俺は、面倒事になる前に地面を蹴った。
フィセント・メイルの筋力強化のお陰で、3階建ての建物位なら軽々ジャンプできる。
そのまま自由落下に移行した体に、風を纏わせる。
すると、俺の身体はそれ以上落下しなかった。
「すげぇ……本当に飛べる……!」
そして俺は、魔人がいると言われた場所へと向かった。
「キャ~!
変態~!」
という叫び声を背に。