13-3
お姫様抱っこでイブキを抱え、俺は黒いグーンの前へと降り立った。
グーンを囲っていた兵士たちは、俺の出現に戸惑いつつも、包囲を解くつもりはないらしい。
だが、射線上に俺が入らないよう移動しているところを見ると、まだ俺を敵とは思っていないようだ。
『ちょっとソウタ!!
どうしたの!?
イブキちゃんまで!?』
「迎えに来てもらったんだ。
出向かなきゃ失礼だろうが」
どうやら言葉を詰まらせている様子のライム。
彼女は数秒の沈黙ののち「……ソウタ……?」と呟いた。
『そっか。
それじゃあ、心は決まったみたいだね』
腕度階から鳴る、サラマディエの声。
彼女が言い終ると同時に、黒いグーンがゆっくりと動き始めた。
地鳴りを引き起こしながら、巨塔のように突き刺さったグーンがゆっくりと浮かび上がっていく。
そして、空中で車体を水平に戻すと、後部のハッチを開け放った。
グーンの車内から現れたのは、案の定、魔女サラマディエ。
彼女は五メートル程の高さの後部ハッチから、俺達の目の前に飛び降りてきた。
「それじゃあまず、約束の品を貰おうかな?」
俺はイブキを下ろし、手に持っていたバーズシングのドライバーを差し出す。
「……こいつでいいんだな?」
「おお!
上出来!」
サラマディエは、バーズシングのドライバーを受け取ると、踵を返す。
すると、グーンゆっくりと接地した。
「じゃあ乗って!
いざ運命の逃避行!」
運命の逃避行……ねぇ。
このグーンに乗って、マフルの街と戦うって訳か。
でも、俺はサラマディエに対する疑いを捨てたわけじゃない。
「勘違いすんな。
俺は、お前たちの言ってることが本当か、確かめたいだけだ」
「大丈夫、そのうちわかるから」
サラマディエは、グーンのハッチに足を掛け、振り向きざまにそう呟いた。
『ソウタ……何のつもり……?』
「っていうわけだライム、達者でな」
次に会う時は、敵か……それとも……。
俺は一言ライムに言い残すと、魔断剣を抜刀。
剣を左手に持ち替え、右腕の腕時計を、義手ごと切り落とした。
鎧の断面からは、真っ二つになった腕時計と義手のジョイントが顔を覗かせている。
腕時計を付けてると、こちらの位置が丸わかりになるからだ。
次いでイブキも、その場に腕時計を捨てた。
そして、呆然と立ち尽くす警備隊員を背に、黒いグーンへと乗り込んだ。
車内にいたのは、サラマディエの他に二人。
先程からうっすら見えていたが、逆光の所為で顔まではよく見えていなかった。
グーンの両サイドに並んだベンチには座っていたのは……魔女マナ?
こいつ、サラマディエとグルだったってのか!?
そして、車内の最奥。
白い巨大なソファ……この時代の車椅子か? に座っていたのは、一人の婆さん。
イブキは、その婆さんを見て、目を真ん丸にした。
「……おばあ……さま……?」
おばあさま!?
ってことは、この人が……魔女フロイア!?
「久しぶりだね、イブキ。
覚悟は決まったのかい?」
まるで抜身の刀の様な鋭い目つきをイブキに向け、フロイアは語りかける。
イブキの話の通り、かなりの武闘派のようだ。
「おばあさま!!!」
その問いかけも聞かずに、イブキはフロイアへと飛びつく。
フロイアは、先程までの目付きなど嘘のように、柔らかくイブキを包み込んだ。
「感動の再開だねぇ、感動度70%。
でも、追っ手が怖いから出発するよ!!」
グーンがハッチを閉めると同時に、急激な加速感が俺を襲う。
何処に向かっているか知らないが、相当なスピードであることは確かだ。
イブキはフロイアと積もる話もあるだろうし、しばらく放っておこう。
俺は、マナと話したいことがある。
「……まさか、お前までグルだったとはな」
俺はマナの目の前に立ち、彼女の瞳を見下ろす。
相変わらず美しい瞳は、俺の心を吸い込みそうな程だ。
「……あの時は、ごめんなさい。
でも、デザイア・チューナーを使いこなせているようで、なによりです」
ってことは、デザイア・チューナーはサラマディエが根回しした物ってことか。
これもきっと「眠れる森」と戦うために……?
その時だった、黒いグーンの車内スピーカーから、聞き慣れた声が響いたのは。
『そこの車両、止まりなさい!!
許可なき者の侵入、及び許可なき車両の持ち込みは禁止されている!!』
この声……ノインか!?
ってことは、追っ手は……!
その答え合わせと言わんばかりに、車内は全天周モニターに切り替わる。
この車の後ろを付けてきているのは……本物のグーン!!
『停車しない場合は、容赦なく発砲する!!』
一切迷いのない、ノインの声。
……本当に撃つ気か。
ぱっと見かなり頑丈に見えるこの車だが、グーンの発砲にどこまで耐えられるか……。
「ま、やっぱり来るよね~」
サラマディエは、グーンを見やって気の抜けるような声を上げた。
彼女が警戒するということは、やはりグーンはこの車にとっても脅威なのだろう。
なら――。
「俺が出る」
俺なら空を飛べる。
この車を護衛しつつ戦いことも可能だ。
それに……相手はノインなんだ。
俺の友達なんだ。
これは、俺がケジメを付けなければならないことだ!
「そう言うと思ってたよ。
んじゃ、お願い」
ゆっくりと開かれる後部ハッチ。
俺はそこから、空中に身を躍らせた。
赫く輝く翼を携え。




