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今回は主人公視点となります
マフルの街へと戻った俺とイブキは、真っ先に病院での精密検査を受けさせられた。
デザイア・チューナーを使用したが、イブキが傷つかないよう速度を落としていたため、今回俺に怪我はなかった。
それから、プロフェッサーによる問診……もとい尋問。
サラマディエから何をされたか、何を言われたかを問われた。
その問いに対し俺は「拘束されていた所為でよくわからない」を突き通した。
サラマディエの下にいた際、口裏を合わせておいたので、イブキと食い違いがあることはないだろう……たぶん。
この男……プロフェッサーは敵かもしれないんだ。
それを判断するのは、今すぐでなくてもいい。
しかし……本当にどうするか……。
サラマディエは迎えに来ると言っていた。
もし彼女について行くなら、それまでにバーズシングのドライバーを奪わなくてはならない。
そうでないなら、このまま日常に興じるだけだ。
だが、サラマディエの言う事が本当だったとして、何か問題があるのだろうか?
人類全員が魔人になるというのは、一見悪いことに見えるが、案外そうではないのではないか?
全員が物を食べなくてもよくなれば、確かに奪い合いは無くなる……かもしれない。
それは人類にとっては正当な進化ではないのか?
精密検査と尋問が終了した俺は、病院の地下一階の病室で唸っていた。
サラマディエの言葉を信じるか、信じたとしてついて行くのか……。
イブキは俺に従ってくれると言っていた。
それならば、俺が責任を持って決めなければならない。
不意に、俺の部屋のベルが鳴る。
よくわからない精密機器が並べられた真っ白な部屋、その入り口の自動ドアの横から、プロフェッサーの声が聞こえた。
『キサラギ殿、よろしいですかな?
イブキ女史がお目覚めになりました』
「イブキがか!?」
イブキが目覚めた!?
俺には彼女がどうして気を失っていたのかすらわからない。
もしかしたら、もう目を覚まさないのかもしれないとすら思っていた。
不安の一片が取り払われた俺は、ベッドから飛び起きた。
イブキが運ばれたのは、俺の隣の病室。
プロフェッサーはその入り口まで案内してくれたが、どうやら病室にまで入る気は無いようだ。
彼なりの気遣いだろうか。
そんなことはともかく、イブキに問題はないのだろうか。
それが何よりも心配で、俺は病室に飛び込んだ。
「イブキ!!」
イブキは、彩の無い真っ白な病室で、上体を起こして待っていてくれた。
「旦那様!!
お怪我はありませんでしたか?」
「それはこっちのセリフだ!
お前こそ大丈夫なのかよ!!」
イブキのベッドに駆け寄りつつ、彼女の様子を窺う。
……どうやら、大きな異変は無いようだが。
俺は真っ先にイブキに駆け寄り、彼女の小さな手を握った。
「私は全然大丈夫です!」
そう言って微笑むイブキ。
サラマディエに何かされていたようだが、それを心配している様子は微塵もない。
……やせ我慢かもしれないが。
イブキが元気でいる姿を見ると、俺の頬を一筋の涙が伝った。
「そっか……」
でも、この前サラマディエに何かされていたとき、イブキは「自分の意思でそうしている」と言っていたようだ。
あの時イブキはいったい、何をされて……。
「なあ、お前は何をされたんだ?」
「……私にもわかりません……」
「でも、あの時お前は――!!」
その時、不意にイブキが俺へと抱きついてきた。
彼女の暖かく小さな頬が、俺の頬へ密着した。
「――監視されています」
だが、その熱い抱擁から囁かれたのは、冷たい一言。
俺達が、監視されている?
やはり、魔力研究室は眠れる森……?
いや、まだ決めつけるのは早い。
俺達は敵にさらわれたんだ。
あることないこと吹き込まれていないか、確認する必要がある。
しかし、もし俺がサラマディエの言う事に従うなら、あそこで聞いたことを魔力研究室に知られるわけにはいかない。
俺はイブキの抱擁に合わせ、一芝居こいてやることにした。
「ど、どうしたんだよイブキ」
「ごめんなさい……旦那様のお顔を見ていたら、我慢できなくなって……」
「……いや、いいんだ。
もう少し、こうしていたいくらい」
こんな形だけど、イブキと正面から抱き合うのは二回目か。
彼女の小さな体が、俺の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
これだけ小さな体で、彼女はどれだけ大きな決断をしたんだろうか?
俺はイブキの背をさすりながら、一人感傷に浸っていた。
「イブキちゃん!!」
その叫び声と同時に、自動ドアが開け放たれる。
ほぼ同時に、ものすごい形相のライムが、俺達に飛び込んできた。
「イブキちゃん……よかった……。
ケガとかしてない?
何かひどいこととかされなかった?」
二人まとめてライムに抱きしめられる俺達。
……こいつ、力強い……!
身動き取れねぇんだけど!!
その一方で、ライムの柔らかさに安心してしまう俺がいた。
「あら?」
どうやらライムは、今の俺達の姿勢をようやく理解したようだ。
二人抱き合っている俺達を見て、小首をかしげる。
「……もしかして、邪魔しちゃったかしら?」
「ああ、かなり」
「いえ、あんまり」
ライムは、涙が滲んだ瞳で、もう一度俺達を抱きしめた。
「もう!
どっちなのよ!!」
きっと、どっちもなんだ。
俺はイブキと二人きりでいたい。
でも、ライムと三人でいるのも楽しい。
だから、どっちも。
「私達は、三人でいた方が私達らしいですから!」
すごく暖かい時間だ……。
俺が、この街に来て……一度死んでまで手にした日常。
――でも、これが偽物かもしれないなんて。
「そうだな……俺達らしいな」
でも、ライムは俺達に嘘をついてるわけじゃない。
仮に俺がサラマディエに従ったとして、この時間が嘘になるわけじゃない。
でも……ライムは敵に回るかもしれない……。
その時だった――。
ドォン!!
と言う衝撃が、病室を揺らしたのは。
地震……じゃない……。
まるで、隕石でも落下したかのような……。
「な、何!?」
せっかく日常を嗜んでいたってのに、何事だよ!?
対策課が出遅れるなんて、珍しいこともあるもんだ。
ってことは、ただ事じゃないってことか。
「ソルジス、聞こえる?
今すごい地響きが聞こえたのだけれど……」
ライムはすぐさまおっさんへと通信する。
この素早さ……伊達に三百年生きていない。
『それが、未確認飛行物体が街の外から、障壁を突き破ってきたみたいだ。
俺も今聞いた。
何せ街の外は俺達の管轄外だからな。
そいつが、お前等のいる病院のすぐ目の前に墜落したみたいだ』
「未確認飛行物体?」
俺達の病院の、すぐ目の前……?
俺は不意に、サラマディエの言葉を思い出した。
「迎えに来る」と言う言葉を……。
「二人はここにいて。
私は外を見てくる」
ライムはそう言い残すと、病室から駆け出して行った。
俺の胸中など、全く察することの出来ていない様子で。
「……旦那様……!」
二人取り残された病室で、イブキが俺に問いかけてくる。
きっと、彼女も気付いたのだろう。
選択の時は、もうすぐそこまで迫っているということに。




