12-epilogue
今回は魔女サラマディエ視点となります。
ソウタ・キサラギは天井を突き破り、大空へと舞い上がっていった。
イブキを連れて。
私はフルーティストのドライバーを手に、部屋のデスクに腰を掛けたまま、天井に開いた大穴を眺めていた。
賽は投げられた。
他の誰でもない、私自身の手によって。
その時、私の携行している無線機が、不意に呼び出し音を鳴らした。
私はパーカーのポケットから、小型のヘッドセットを取出し、耳に当てる。
その向こうから聞こえたのは、私の予想通り、プロフェッサーの声。
「どうも、何か御用かなプロフェッサー?」
『いやはや、心配いたしましたよ、魔女様?
連絡が取れなくなるモノですから、急にねぇ』
この施設にいる限り、外から私の居場所を察することは出来ない。
ここは街から離れた、小さな小さな地下施設。
眠れる森に内緒で作った、私だけのアトリエだから。
もっとも、ソウタ・キサラギが天井をぶち破った所為で、こちらの位置がばれてしまったみたいだけど。
「ちょっと入用でね、忙し度60%。
でも、いいデータが手に入ったんだよ」
『っと言いますと?』
「『肉体を亜物質で構成された人間』のデータがね」
亜物質……フィセント・メイルの装甲を構成する、物質と全く同じ挙動を見せる力場。
私はイブキに、亜物質を使って肉体を作る実験に協力してもらった。
それを得ることが、今回の目的の一つだから。
だけど、プロフェッサーの声色はよくならない。
むしろ、さっきよりもずっと固いものになった。
『それは興味深い。
しかしそんな実験、百年後でも千年後でもよかった。
次の世代でも、その次の世代でも。
あなたの行いによって、眠れる森の尻尾が出てしまいました。
その尻尾を逃すことはしないでしょう、魔女ライムは』
当たり前。
だって、尻尾を出させるために、わざわざこの実験をしたんだから。
それが今回の、二つ目の目的。
「ごめんごめん。
でも私ってさ、考える前に行動するタイプだからさ」
『……本当にその通りですかな?
何か別の思惑があるように感じられますがね、私には』
「悪かったって。
でもデータの他に、熱のコンバータを奪ってやったんだよ」
流石に、これ以上味方面は出来ないか……?
一応言い訳は考えてあったけど、少々無理矢理が過ぎるかもしれない。
『そんなものはどうでもいいです。
私は、今回の一件で確信いたしました。
あなたは、眠れる森にとっての――』
その時、私の真後ろから感じる魔力の奔流。
不覚だった。
今の私には、とても避けられない――。
『――敵です』
<Angelic Drive>
壁を貫いて聞こえる電子音。
それと共に私を貫く一本の『矢』。
気付いた瞬間には、私の胸に大きな穴が開いていた。
次いで起こった衝撃波が、私と壁を吹き飛ばす。
今までデスクがあった場所には、大穴。
そしてその向こうに立っていたのは……金色の騎士。
四枚の翼を携え、上下に伸びる湾曲した二本の刃によって構成された弓を持つ……。
まるでその姿は、武装した「天使」。
私の手から離れたフルーティストのドライバーが、その騎士の前に落下する。
ソウタ・キサラギから譲ってもらった熱のコンバータと、運動エネルギーのコンバータと共に。
「……メイさん?」
私は、今にも崩れ落ちそうな声帯を震わせ、声を絞り出す。
目の前の騎士はおそらく「憐憫のデザイア・チューナー」を用いた魔女メイサ。
使用しているドライバーは……右腕に取り付けられてるってことは「エンジェルハート」……!!
メイさんは、弓を引くようなポーズを取る。
すると光によって構成された矢が、弓の中心に出現した。
「サラちゃん……どうして……?
どうしてこんなことをしたの?」
弓を構えたまま、私に問うルイさん。
どうしてって言われてもねぇ。
どうやらメイさんは私の言い訳を聞く気は無いようだし、ここは正直に言っちゃうか。
「私はただ、眠れる森の美女に目覚まし時計を渡しただけだよ。
王子様のキスが先か、目覚まし時計が鳴るのが先か」
「そう……本当に、敵なのね……!」
ルイさんは、震える両手で、私へと矢を放った。
本当に話を聞く気はないってことか……。
――だけど、私も急襲に備えていない訳じゃない。
私の傍らから現れた人影が、私の身体を担ぎあげる。
そして、矢の射線上から、私の体を逃れさせた。
こんなこともあろうかと、メイルを纏ったマナを忍ばせておいたんだ。
私を貫きそびれた矢が、壁にもう一つの大穴を開けた。
この貫通力……使ってるのは水のコンバータか。
「……あなた……誰!?」
「お久しぶりです……こんな形の再開になって、ごめんなさい。
メイ姉さん」
「その声……マナちゃん!?
どうして!?」
マナはそれ以上話そうとはせず、その場を後にする。
私はマナに担がれたまま、ソウタの開けた大穴を登った。
熱と運動エネルギーのコンバータと、フルーティストのドライバーがメイさんに渡ってしまったけど……まあ背に腹は代えられない。
直後、巨大な爆発が施設を吹き飛ばした。
メイルがこの程度でダメージを受ける訳がない。
だって、まさかフィセント・メイルが襲ってくるなんて想定外だったんだもん。
それに、メイさんがプロフェッサー側に着くということも。
この実験が終わったら、メイさんに声を掛けるつもりだったのに、どうやらプロフェッサーに先を越されたみたい。
賽を投げたのは、私だけじゃなかったんだ。
次回予告
サラマディエの言葉を信じるか。
信じた上で、彼女の下につくのか。
マフルの街を左右する選択肢が、ソウタを追い詰めます。
その時、早すぎる選択の時が訪れて――。
次回「騎士の選択と集結する魔女」お楽しみに!




