12-3
「それじゃあ、何から知りたい?」
サラマディエは、美しい顔を傾げながら、俺へと問う。
その仕草に、俺の心臓が飛び跳ねる。
ロリコンじゃないぞ!
相手は魔性の魔女だ、仕方ないよな。
「お前が話したいんじゃなかったのかよ?」
「私は何でも知ってるからね、君が知りたい事なら。
例えば……『何故魔人が、今になってマフルに現れたのか』とかね」
俺の知りたいことを、なんでも知っている……?
確かに、魔人の出現理由は聞きたい。
だが、その何でも知っているという自信はどこから来るんだ?
まるでサラマディエが、俺のことを何でも知っているというような言い草。
こいつのバックには、一体何がいる……?
「……どこでそんなことを知った?」
魔人の出現理由は、ライムですら知らない。
そんなことを、何故こいつが知っている?
裏を返せば、何故こいつが知っていることをライムが知らない?
「知るまでもないよ、私の予想通りだっただけ」
「じゃあ、その予想を聞かせてもらおうか」
「……やけに素直だね?」
「イブキにお願いされたからな」
もし今、イブキから何も言われていなかったら、俺はサラマディエの言葉を信じようとはしなかっただろう。
イブキが俺の知らない何かを伝えられて、その上で俺にお願いしてきたんだ、聞かないわけにはいかない。
サラマディエは、そんな俺を鼻で笑うと、何事もなかったかのように話を続けた。
「ま、いっか。
じゃあ教えてあげる。
まず前提知識だけど、この世界の生物が全て魔力に感染してるのはわかってるね?」
「そんなことは知ってるよ。
実際、魔物とやりあったことはある」
サラマディエは「おっけ~」とやる気無さげに呟く。
「そう、全ての生物ってのが肝なの。
小さくて、一見魔力の影響が見られない動物も、例外じゃない。
マフルの中にいるのだって同じ」
「だから知ってるって!!」
そんなことは言われなくたって、痛いほど実感している。
まずはイブキだ。
彼女は魔力を宿している都合上、ただの人間である俺より、よっぽど強い。
街の人間は、全員魔物と同じなんだ。
「そんな魔物が、別の魔物を食べてしまいました……生きたままね。
すると、その魔物は魂を吸って、より巨大な魔力を宿すようになる。
まあここまではわかるよね」
「ピンとは来ないけどな」
……待てよ、それって街の中で、ゆっくりと魔物が育ってるってことじゃ……?
「そしてその魔物は、ある日強大な魂を持つ者を食べてしまいました!
その魂とは……人間です!!
強大な魂を得た魔物は、魔力だけで食いつなげる『魔人』へと姿を変えましたとさ」
「じゃああれか?
魔物同士の食物連鎖の果てに、魔人が生まれた……と?」
「流石はキサラギ理論提唱者!
話が早い!!」
……俺が提唱者かどうかはわからないんじゃなかったのかよ。
まあこの言い分だと、冗談なんだろうが。
サラマディエの言い分はわかる。
至極真っ当であり、誰にでも思いつくであろうメカニズムだ。
「でも、そんな単純な話なら、何でライム達は気付かないんだよ。
あいつはそこまでバカじゃないぞ?」
「もちろん、ライライが真っ先に目を付けたのはそこだった。
でも調査の結果はバツ。
街の中にいるような魔物が、人を捕食できるようになるには、千年以上かかるってね」
「はぁ?
それってお前の言ってることと違うじゃねぇか!」
いや、でもこいつ、さっき「俺に情報を隠している奴がいる」って言ってたよな。
ってことは、ライムも同じことをされたってことか?
恐らく、ライムが最初に魔人の調査を依頼しそうな機関は――。
「……その顔、気付いたみたいだね」
どうやら、魔女様にはお見通しのようだ。
「……その情報を隠してたのって……魔力研究室か?」
「そう、マフル魔力研究室こそ、魔人問題を裏で操る張本人!
一部の魔人やルイスを唆した、キミ達の敵!!」
魔力研究室が……敵!?
あそこはマフルの最重要機関だ。
そんなことがあったら――!!
「あそこはマフルの最重要機関だ!!
それが敵ってことは……マフルそのものが敵ってことかよ!?」
「だから言ったじゃん『この世界と戦う』って」
確かにサラマディエはそう言っていた。
でも、魔力研究室が相手じゃ、俺達に太刀打ちできるのか?
いや、そもそもなぜ魔力研究室が俺達の敵になる?
何のために?
もし、目的が目的なら、態々敵対する必要なんてない。
「……一体何のために?
魔力研究室は、何をしようとしてるんだ?」
サラマディエは、先程よりももっと深い溜息を吐くと、ゆっくりと俺に向き直る。
そして彼女は告げた、魔力研究室の真の目的を。
「――人類すべてを魔人に変える」
「……は?」
わからなかった。
なんで人類を魔人に変える?
今この世界の人間は、俺を除いて全員、魔力を宿している筈だ。
全員を魔人に変えると、何が変わる?
「そもそもこの世界で、理不尽が振り撒かれるのは、私達人類が『奪う』ことで生き延びて来たから。
でももし、魔力だけで命を繋げる魔人しかいなくなれば……。
パーパシャル・ジェネレーターの生み出す魔力だけで、その魔人たちが生きて行けるのなら、この世界から理不尽なんて無くなる。
それが魔力研究室……いや、眠れる森による、人類の解放」
「……眠れる森って……!?」
確か、ライム達を作った魔力研究機関だよな……。
そして、三百年前の大破壊を引き起こした組織……。
それが魔力研究室?
どうもしっくりこない。
まあ俺は、眠れる森についてはほとんど聞いていないからな。
「この『眠れる世界を目覚めさせる王子様のキス』。
それがこの計画『プロジェクト・プリンス』。
人類を、理不尽から解放するための計画」
眠れる世界……プロジェクト・プリンス……?
イブキが何かされているのは、これを聞いて……?
その時、サラマディエの座っている席から、チーンと気の抜ける音が鳴った。
同時に、イブキの腕に巻かれていたメイルドライバーが、藍色に輝き出す。
「お、ちょうど終わったみたいだね」
だが、イブキは先程までとは違い、意識を失ってしまったようだ。
一体、何をしていたんだ……?
「さて、仮面の騎士様?
今の話を聞いてどう思う?」
「どう……って言われてもな」
「ま、今すぐに答えを出せとは言わないよ。
でも、すぐに迎えに行く。
もし世界を敵に回す覚悟があるのなら、バーズシングのメイルドライバーを持って来て。
そうしたら、改めてすべてを教えてあげる」
バーズシングのドライバーは今、魔力研究室……じゃなかった、眠れる森が持っている。
つまり、彼女の話を信じるのなら、今まで味方だった者から「奪って」こいということだ。
……サラマディエの言葉を信じたら、俺はどうなるんだ?
本当のヒーローになる?
それとも……悪になる?
それは、彼女の言葉が正しいかどうかだ。
俺は、何に従えばいい?




