表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/78

2-2

 今までの俺に対する態度が嘘のように、少女はノコノコとライムの後に続く。

 その後ろを俺は歩いていたが、本当に疑っている様子はない。

 ぴょこぴょこと嬉しそうに、少女のポニーテールが跳ねていた。

 そして、数十分歩いたのちに、俺達は我が家に到着したのである。


 建物の外周に用意された階段を登り、2階の室内に入った俺達を待っていたのは、いつもと変わらない狭い部屋だった。

 扉から見て左奥に設置された冷蔵庫に、その横にあるシンク。

 右奥にはテレビ、手前には通路を挟むようにベッドが両サイドに並んでいる。

 必要なもの以外何もない部屋は、貧乏学生の部屋と言うのが最もなたとえだろう。


 最後に扉を潜った俺は、部屋の入り口のドアを閉めた。

 その瞬間、どこか強張っていたライムの表情が、ふにゃりと柔らかくなった。


「ごめんなさいね。突然付いて来させて。

 ちょっと、外で出来る話じゃなさそうだったから」


 ライムは、少女を真っ直ぐに見て微笑む。

対する少女は、手をバタバタと振り乱した。


「い、いえ、大丈夫です!

 謝らなくてはならないのは私です」


 そう言うと少女は、俺の方へ向き直る。

 ……すこし、瞳に涙を浮かべながら。


 ……この子なんで泣いてんの?


「先程はごめんなさい。

 まさかあなたが、ライムさんの恋人だったなんて……」


 しかも盛大に勘違いしてるし……。


 ライムはその言葉を聞いて、ニコリと笑った。

 大方、自分が俺と同い年に見られて嬉しいとかそんなところだろう。


「そんなんじゃないわよ。ソウタとカップルに見えるなんて、まだまだ私も若いってことかしら」


 300年間も若い姿を保ってるってのに、そんなことで喜ぶなんて。

 魔女の価値観はわからんもんだ。


「え? そ、そうなんですか?」


 少女は、ぱぁっと表情を明るく変える。

 本当になんで泣いてたの!?


「と、ところで……つかぬ事をお聞きしますが、ライムさんはおいくつですか?」


 あ、やっぱりそこ気になるわな。

 あの言い方していれば。


 ライムはその質問に対し、口角を上げてこう返した。


「私は魔女ライム。

 あなたのおばあさんと同い年よ」


 その言葉のお陰で、俺は「フロイア」の名をどこで聞いたのか思い出した。

 ライムと同い年のフロイア……そいつは魔女だ。


 俺もこの世界に来たとき、ここであったこと、魔女達のことをライムから一通り聞いている。

 きっとその時にちょろっと名前が出たんだろう。

 ってことは、この子は魔女の孫……?


「ま、魔女?」


 少女は首を傾げる。

 もっといい反応をすると思っていたが、どうやらおばあ様からは何も聞いていないようだ。


「あれ?

 魔女の話はフロイアから聞いてないかしら?」


「はい、何も……」


 なるほど、フロイアって魔女は、この子に何も話していないのか?

 しかし、魔女とそれ以外の人間は、運動能力から何まで全く違う。

 不思議に思ったことはないのか?


「それじゃあ、彼女について、不思議に思ったことはない?」


 ライムも、考えることは俺と同じようだ。

 少女はライムの問いに対し、う~んとうなり声を上げながら考え込む。


「た、確かに……出会った時から全く見た目が変わりませんし……」


 ライムと同じなんだから、そりゃそうだろう。

 身近な人の変化って、意識しないと気付かないものだし、この子がおばあさんの正体に気が付かないのも納得だ。


「ものすごい量のご飯を食べますし……」


 魔女は魔力を生み出すために、人よりもたくさんの食料を口にする必要がある。

 実際、ライムもああ見えて大食いだ。

 まあでも、それだって大食いの人だと思えば不思議なことじゃない。


「たまに空飛んでますし……」


 いや!? それはおかしいだろ!?


「でも、なんで飛べるのか聞いても『戦う覚悟がないものには教えない』の一点張りだったんですよね……。

 何と戦うのかもわからないし……」


 ……魔女フロイアはかなりの武闘派のようだ。


「いくら覚悟が出来ましたって言っても、全然教えてくれなかったんですよ。

 そんな中、半年前に突然、ライムさんにこれを渡してほしいとお願いしてきて」


 そう言うと少女は、刀の柄のカバーを外した。

 まるで俺が元いた世界の、リモコンの電池ボックスのように、柄の一部がスライドして開かれた。

 そして、彼女はそこから、一本のチップのようなものを取出し、ライムに差し出した。

 俺は駆け寄って、ライムに渡されたチップを見る。……これは!?


「エレメントコンバータ!?」


 エレメントコンバータとはフィセント・メイルに装着するパーツの一つ。

 メイルが作った魔力というのは、外に出すときに何かしらのエネルギーに変換しなければならない。

 電気や熱といったエネルギーの中から、何に変換するかを決めるのが、このエレメントコンバータである。


 いま俺が持っているのは、電気と熱のコンバータ。

 つまり、彼女が持ってきたのは、俺達にとって3つ目のコンバータということだ。


「そう、フロイアがこれを……」


「はい。それと、おばあ様についての謎は、全てライムさんに訊けと」


「わかったわ。それじゃあ、全てを一から説明しないとね」


 ライムはそう言うと、キッチンへ向かった。

 飲み物を準備するためだろう。


 俺は少女を席につかせてから、自らも丸机を囲う椅子を引き出して、そこに腰を掛けた。


「飲み物はなにがいい?

 今ならオレンジジュースとか、グレープジュースもあるわ」


「あ、お構いなく」


「それじゃあグレープジュースで」


 ライムは三人分のマグカップにグレープジュースを注ぐと、それを丸机まで運んでくる。

 少女から、俺、ライムの順番にカップをそれぞれの前に置くと、ライム自身も席に着いた。


「ところで、あなたの名前、聞いていなかったわね」


「あ、ごめんなさい。私はイブキです。

 ジパンの国から来ました」


「イブキちゃん、か。

 いい名前ね」


 ライム、毎回これを言っている気がするが……。

 まあこいつのことだし、きっと本心だろう。


「あの……」


 なんてことを考えていたら、イブキちゃんが俺におずおずと話しかけてきた。


「ん? なに?」


「あの……お名前、ソウタさんというのですか……?」


「あれ? 俺名乗ったっけ?」


「ええ、ライムさんがさっき」


 何気ない会話の中で、よく覚えられるものだ。


「ああ、それ合ってるよ」


「そうですか……。

 ソウタさん……」


 イブキちゃんは、少しニヤつきながら、俺の名前を何度もつぶやいていた。

 ……この子ほんとに大丈夫か?


「ふふふ。イブキちゃんは、ソウタが気に入ったのね」


「おい魔女。

 何処をどう見ればそう見えるんだ」


 女の子と一緒にいるだけで茶化してくるとか、何処の親御さんだ。


「い、いえ。

 素敵な方だなとは思ってますよ……」


 しかも、イブキちゃんまで気を使い始めた。


「そうね、見た目通り結構頼りないけど、悪い人じゃないから」


「失礼な!」


 ライムは俺の叫びを笑って流すと、イブキちゃんの瞳を真っ直ぐと見つめた。


「さて、そんなソウタが、なんでこんなところにいるのか。

 最初から話しましょうか。

 もちろん、フロイアの話もね」


 イブキちゃんは、生唾を呑んで、姿勢を正した。


 っとここからは長いから、俺が掻い摘んで解説しよう。


 この世界も、最初から魔術があったわけじゃない。

 その始まりは、300年前までさかのぼる。


 今から約300年前のその日、人類史を塗り替える大発見がされた。

 「人の願いからエネルギーを生み出す方法」が発見されたのだ。

 まるでオカルトなその技術は「魔術」と名付けられた。


 しかし、その力は万能ではなかった。

 人の魂とカロリーを、エネルギーに変換しているだけ。

 つまり、人が使えば寿命は縮むわ、腹は減るわで、とても乱用できるものではなかったんだ。

 

 そんな中、ある一人の科学者が考えたらしい。

 「魔術を使うのに特化した人造人間を作ろう」……と。


 その計画を果すために、一つの魔術研究機関が作られた。

 その名は「眠れる森」。

 当時、エネルギー問題に悩まされていたこの世界の人類にとって、魔術はまさに、空から垂らされた蜘蛛の糸だったみたいだ。


 眠れる森のメンバーは、眠る魔も惜しんで魔術と人造人間の研究に励んだ。

 そして造られたのが、7人の魔女。

 名前は「ライム」「フロイア」「サラマディエ」「マナ」「ルイス」「メイサ」

 そして「アウロラ」。


 生み出された彼女らは、時に研究に参加し、時に魔女や人間達との交流を重ねがら、悪くはない生活を送っていたらしい。


 彼女たちの完成で、眠れる森は新たなる領域へ足を踏み入れた。

 「すべてのエネルギーの元」であり「エネルギーへと形を変える前のエネルギー」。

 「有と無を繋ぐ存在」……「魔力」を発見したんだ。


 研究は順調に進んでいた。「無からエネルギーを生み出す機関」の開発に至るほどに――。

 魔女達の協力もあり、その永久機関「パーパシャル・ジェネレーター」は完成した。

 だが、時を同じくして、魔女達は「眠れる森」の真の目的を知ってしまう。


 彼らの真の目的。

 それは「魔力」を埋め込んだ獣を世界中に放ち、世界を手に入れることだった。

 

 それを知った魔女達は、眠れる森を相手に戦った。

 だが、彼女らも眠れる森も、事態が公になるのを恐れていた。

 故に当時、その戦いを知る物はほとんどいなかったらしい。


 そんな中、眠れる森は、事態を大事にせずに、魔女を葬る兵器を完成させた。

 それが、対魔女魔兵装「フィセント・メイル」。

 小型のパーパシャル・ジェネレーター搭載した超兵器だ。

 彼らは、それを7機製作し、実戦に投入した。

 魔女に奪われても使えないよう、魔力を持つ者には使えないようにロックをして。


 しかし、眠れる森の努力虚しく、魔女は彼らを追い詰めた。

 それに対し、眠れる森は、驚くべき行動に出る。 

 自爆覚悟で、パーパシャル・ジェネレーターを暴走させたんだ。

 

 無尽蔵に生み出される魔力が、ものすごい勢いで世界中に拡散された。

 惑星そのものを包み込むエネルギーの奔流が、空を燃やし、海を枯らしながら、全てを破壊しつくした。


 しかし、最も影響が大きかったのは、動植物の凶暴化だった。

 魔力に中てられた動植物たちは、凄まじい力を持つ化け物「魔物」に変貌したのだ。

 それだけではない、生き残った一部の人間でさえ、大量の魔力に感染し「魔人」へと姿を変え始めてしまった。


 大量に魔力を拡散し、魔女でさえ近寄れないパーパシャル・ジェネレーター。

 突然現れた魔物、魔人へと変化していく人々。

 もはや、世界の終りまで棒読みだった。


 そんな中、一人の魔女が最後の手段に出た。

 魔女の中で唯一「魔力そのもの・有であり無である力」を出力できる魔女「アウロラ」である。

 彼女が、パーパシャル・ジェネレーターのから溢れるエネルギーを無に帰し続けることで、その暴走は収まった。

 魔女達はすぐさまパーパシャル・ジェネレーターの破壊を試みたが、アウロラはそれを拒んだ。

「永久機関があれば、人はまた、人間社会を取り戻せる」と、アウロラが言ったんだそうだ。


 魔女達は苦渋の決断の後、アウロラに永久機関を託した。


 その後、パーパシャル・ジェネレーターを中心に街は復興。

 それが今のマフルの街である。

 残された魔女達は、世界に旅立ち、崩壊した世界で生きる人々に、手を差し伸べた。


 その陰で、魔力で変容した人間……「魔人」の事実は隠された。


 一連の事件の真相も、人々の不安を煽らないために闇に葬り去られた。

 ライム達は、人々の為に、大破壊の元凶という汚名を背負い込んだのである。


 これが、300年前の真実。全ての始まりだ。


「というのが、この街の成り立ちまでの話。大体分かった?」


 ライムは、イブキちゃんへと問うが、返事は帰ってこない。


 イブキちゃんは俯いたまま、時折コックリコックリと舟を漕いでいた。


「イブキちゃん?」


「は、はひ!?」


 イブキちゃんはガタッと椅子を吹っ飛ばして飛び起きた。

 ……こいつ、寝てたな。

 まあ、正直わからんでもない。

 俺でもまだあの話の全容は覚えきれていないんだ。


「まあ、つまらない話だしね」


 ライムは苦笑いを浮かべると、コーヒーを口に運んだ。


「それじゃあ、魔女達の成り立ちはこれで終わり。次は、ソウタの話をしましょうか」


「俺の?」


 そんな話すほどのこともないと思うが、まあここはライムに任せよう。

 実際、なんで俺がここにいるのかと、イブキちゃんを狙う魔人は、密接に関係している。


「イブキちゃんも聞きたいでしょ?」


 なんてライムは問うが、俺の話を聞きたい奴なんているのだろうか?


「はい! 聞きたいです!」


 ……嘘だろ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ