2-2
今までの俺に対する態度が嘘のように、少女はノコノコとライムの後に続く。
その後ろを俺は歩いていたが、本当に疑っている様子はない。
ぴょこぴょこと嬉しそうに、少女のポニーテールが跳ねていた。
そして、数十分歩いたのちに、俺達は我が家に到着したのである。
建物の外周に用意された階段を登り、2階の室内に入った俺達を待っていたのは、いつもと変わらない狭い部屋だった。
扉から見て左奥に設置された冷蔵庫に、その横にあるシンク。
右奥にはテレビ、手前には通路を挟むようにベッドが両サイドに並んでいる。
必要なもの以外何もない部屋は、貧乏学生の部屋と言うのが最もなたとえだろう。
最後に扉を潜った俺は、部屋の入り口のドアを閉めた。
その瞬間、どこか強張っていたライムの表情が、ふにゃりと柔らかくなった。
「ごめんなさいね。突然付いて来させて。
ちょっと、外で出来る話じゃなさそうだったから」
ライムは、少女を真っ直ぐに見て微笑む。
対する少女は、手をバタバタと振り乱した。
「い、いえ、大丈夫です!
謝らなくてはならないのは私です」
そう言うと少女は、俺の方へ向き直る。
……すこし、瞳に涙を浮かべながら。
……この子なんで泣いてんの?
「先程はごめんなさい。
まさかあなたが、ライムさんの恋人だったなんて……」
しかも盛大に勘違いしてるし……。
ライムはその言葉を聞いて、ニコリと笑った。
大方、自分が俺と同い年に見られて嬉しいとかそんなところだろう。
「そんなんじゃないわよ。ソウタとカップルに見えるなんて、まだまだ私も若いってことかしら」
300年間も若い姿を保ってるってのに、そんなことで喜ぶなんて。
魔女の価値観はわからんもんだ。
「え? そ、そうなんですか?」
少女は、ぱぁっと表情を明るく変える。
本当になんで泣いてたの!?
「と、ところで……つかぬ事をお聞きしますが、ライムさんはおいくつですか?」
あ、やっぱりそこ気になるわな。
あの言い方していれば。
ライムはその質問に対し、口角を上げてこう返した。
「私は魔女ライム。
あなたのおばあさんと同い年よ」
その言葉のお陰で、俺は「フロイア」の名をどこで聞いたのか思い出した。
ライムと同い年のフロイア……そいつは魔女だ。
俺もこの世界に来たとき、ここであったこと、魔女達のことをライムから一通り聞いている。
きっとその時にちょろっと名前が出たんだろう。
ってことは、この子は魔女の孫……?
「ま、魔女?」
少女は首を傾げる。
もっといい反応をすると思っていたが、どうやらおばあ様からは何も聞いていないようだ。
「あれ?
魔女の話はフロイアから聞いてないかしら?」
「はい、何も……」
なるほど、フロイアって魔女は、この子に何も話していないのか?
しかし、魔女とそれ以外の人間は、運動能力から何まで全く違う。
不思議に思ったことはないのか?
「それじゃあ、彼女について、不思議に思ったことはない?」
ライムも、考えることは俺と同じようだ。
少女はライムの問いに対し、う~んとうなり声を上げながら考え込む。
「た、確かに……出会った時から全く見た目が変わりませんし……」
ライムと同じなんだから、そりゃそうだろう。
身近な人の変化って、意識しないと気付かないものだし、この子がおばあさんの正体に気が付かないのも納得だ。
「ものすごい量のご飯を食べますし……」
魔女は魔力を生み出すために、人よりもたくさんの食料を口にする必要がある。
実際、ライムもああ見えて大食いだ。
まあでも、それだって大食いの人だと思えば不思議なことじゃない。
「たまに空飛んでますし……」
いや!? それはおかしいだろ!?
「でも、なんで飛べるのか聞いても『戦う覚悟がないものには教えない』の一点張りだったんですよね……。
何と戦うのかもわからないし……」
……魔女フロイアはかなりの武闘派のようだ。
「いくら覚悟が出来ましたって言っても、全然教えてくれなかったんですよ。
そんな中、半年前に突然、ライムさんにこれを渡してほしいとお願いしてきて」
そう言うと少女は、刀の柄のカバーを外した。
まるで俺が元いた世界の、リモコンの電池ボックスのように、柄の一部がスライドして開かれた。
そして、彼女はそこから、一本のチップのようなものを取出し、ライムに差し出した。
俺は駆け寄って、ライムに渡されたチップを見る。……これは!?
「エレメントコンバータ!?」
エレメントコンバータとはフィセント・メイルに装着するパーツの一つ。
メイルが作った魔力というのは、外に出すときに何かしらのエネルギーに変換しなければならない。
電気や熱といったエネルギーの中から、何に変換するかを決めるのが、このエレメントコンバータである。
いま俺が持っているのは、電気と熱のコンバータ。
つまり、彼女が持ってきたのは、俺達にとって3つ目のコンバータということだ。
「そう、フロイアがこれを……」
「はい。それと、おばあ様についての謎は、全てライムさんに訊けと」
「わかったわ。それじゃあ、全てを一から説明しないとね」
ライムはそう言うと、キッチンへ向かった。
飲み物を準備するためだろう。
俺は少女を席につかせてから、自らも丸机を囲う椅子を引き出して、そこに腰を掛けた。
「飲み物はなにがいい?
今ならオレンジジュースとか、グレープジュースもあるわ」
「あ、お構いなく」
「それじゃあグレープジュースで」
ライムは三人分のマグカップにグレープジュースを注ぐと、それを丸机まで運んでくる。
少女から、俺、ライムの順番にカップをそれぞれの前に置くと、ライム自身も席に着いた。
「ところで、あなたの名前、聞いていなかったわね」
「あ、ごめんなさい。私はイブキです。
ジパンの国から来ました」
「イブキちゃん、か。
いい名前ね」
ライム、毎回これを言っている気がするが……。
まあこいつのことだし、きっと本心だろう。
「あの……」
なんてことを考えていたら、イブキちゃんが俺におずおずと話しかけてきた。
「ん? なに?」
「あの……お名前、ソウタさんというのですか……?」
「あれ? 俺名乗ったっけ?」
「ええ、ライムさんがさっき」
何気ない会話の中で、よく覚えられるものだ。
「ああ、それ合ってるよ」
「そうですか……。
ソウタさん……」
イブキちゃんは、少しニヤつきながら、俺の名前を何度もつぶやいていた。
……この子ほんとに大丈夫か?
「ふふふ。イブキちゃんは、ソウタが気に入ったのね」
「おい魔女。
何処をどう見ればそう見えるんだ」
女の子と一緒にいるだけで茶化してくるとか、何処の親御さんだ。
「い、いえ。
素敵な方だなとは思ってますよ……」
しかも、イブキちゃんまで気を使い始めた。
「そうね、見た目通り結構頼りないけど、悪い人じゃないから」
「失礼な!」
ライムは俺の叫びを笑って流すと、イブキちゃんの瞳を真っ直ぐと見つめた。
「さて、そんなソウタが、なんでこんなところにいるのか。
最初から話しましょうか。
もちろん、フロイアの話もね」
イブキちゃんは、生唾を呑んで、姿勢を正した。
っとここからは長いから、俺が掻い摘んで解説しよう。
この世界も、最初から魔術があったわけじゃない。
その始まりは、300年前までさかのぼる。
今から約300年前のその日、人類史を塗り替える大発見がされた。
「人の願いからエネルギーを生み出す方法」が発見されたのだ。
まるでオカルトなその技術は「魔術」と名付けられた。
しかし、その力は万能ではなかった。
人の魂とカロリーを、エネルギーに変換しているだけ。
つまり、人が使えば寿命は縮むわ、腹は減るわで、とても乱用できるものではなかったんだ。
そんな中、ある一人の科学者が考えたらしい。
「魔術を使うのに特化した人造人間を作ろう」……と。
その計画を果すために、一つの魔術研究機関が作られた。
その名は「眠れる森」。
当時、エネルギー問題に悩まされていたこの世界の人類にとって、魔術はまさに、空から垂らされた蜘蛛の糸だったみたいだ。
眠れる森のメンバーは、眠る魔も惜しんで魔術と人造人間の研究に励んだ。
そして造られたのが、7人の魔女。
名前は「ライム」「フロイア」「サラマディエ」「マナ」「ルイス」「メイサ」
そして「アウロラ」。
生み出された彼女らは、時に研究に参加し、時に魔女や人間達との交流を重ねがら、悪くはない生活を送っていたらしい。
彼女たちの完成で、眠れる森は新たなる領域へ足を踏み入れた。
「すべてのエネルギーの元」であり「エネルギーへと形を変える前のエネルギー」。
「有と無を繋ぐ存在」……「魔力」を発見したんだ。
研究は順調に進んでいた。「無からエネルギーを生み出す機関」の開発に至るほどに――。
魔女達の協力もあり、その永久機関「パーパシャル・ジェネレーター」は完成した。
だが、時を同じくして、魔女達は「眠れる森」の真の目的を知ってしまう。
彼らの真の目的。
それは「魔力」を埋め込んだ獣を世界中に放ち、世界を手に入れることだった。
それを知った魔女達は、眠れる森を相手に戦った。
だが、彼女らも眠れる森も、事態が公になるのを恐れていた。
故に当時、その戦いを知る物はほとんどいなかったらしい。
そんな中、眠れる森は、事態を大事にせずに、魔女を葬る兵器を完成させた。
それが、対魔女魔兵装「フィセント・メイル」。
小型のパーパシャル・ジェネレーター搭載した超兵器だ。
彼らは、それを7機製作し、実戦に投入した。
魔女に奪われても使えないよう、魔力を持つ者には使えないようにロックをして。
しかし、眠れる森の努力虚しく、魔女は彼らを追い詰めた。
それに対し、眠れる森は、驚くべき行動に出る。
自爆覚悟で、パーパシャル・ジェネレーターを暴走させたんだ。
無尽蔵に生み出される魔力が、ものすごい勢いで世界中に拡散された。
惑星そのものを包み込むエネルギーの奔流が、空を燃やし、海を枯らしながら、全てを破壊しつくした。
しかし、最も影響が大きかったのは、動植物の凶暴化だった。
魔力に中てられた動植物たちは、凄まじい力を持つ化け物「魔物」に変貌したのだ。
それだけではない、生き残った一部の人間でさえ、大量の魔力に感染し「魔人」へと姿を変え始めてしまった。
大量に魔力を拡散し、魔女でさえ近寄れないパーパシャル・ジェネレーター。
突然現れた魔物、魔人へと変化していく人々。
もはや、世界の終りまで棒読みだった。
そんな中、一人の魔女が最後の手段に出た。
魔女の中で唯一「魔力そのもの・有であり無である力」を出力できる魔女「アウロラ」である。
彼女が、パーパシャル・ジェネレーターのから溢れるエネルギーを無に帰し続けることで、その暴走は収まった。
魔女達はすぐさまパーパシャル・ジェネレーターの破壊を試みたが、アウロラはそれを拒んだ。
「永久機関があれば、人はまた、人間社会を取り戻せる」と、アウロラが言ったんだそうだ。
魔女達は苦渋の決断の後、アウロラに永久機関を託した。
その後、パーパシャル・ジェネレーターを中心に街は復興。
それが今のマフルの街である。
残された魔女達は、世界に旅立ち、崩壊した世界で生きる人々に、手を差し伸べた。
その陰で、魔力で変容した人間……「魔人」の事実は隠された。
一連の事件の真相も、人々の不安を煽らないために闇に葬り去られた。
ライム達は、人々の為に、大破壊の元凶という汚名を背負い込んだのである。
これが、300年前の真実。全ての始まりだ。
「というのが、この街の成り立ちまでの話。大体分かった?」
ライムは、イブキちゃんへと問うが、返事は帰ってこない。
イブキちゃんは俯いたまま、時折コックリコックリと舟を漕いでいた。
「イブキちゃん?」
「は、はひ!?」
イブキちゃんはガタッと椅子を吹っ飛ばして飛び起きた。
……こいつ、寝てたな。
まあ、正直わからんでもない。
俺でもまだあの話の全容は覚えきれていないんだ。
「まあ、つまらない話だしね」
ライムは苦笑いを浮かべると、コーヒーを口に運んだ。
「それじゃあ、魔女達の成り立ちはこれで終わり。次は、ソウタの話をしましょうか」
「俺の?」
そんな話すほどのこともないと思うが、まあここはライムに任せよう。
実際、なんで俺がここにいるのかと、イブキちゃんを狙う魔人は、密接に関係している。
「イブキちゃんも聞きたいでしょ?」
なんてライムは問うが、俺の話を聞きたい奴なんているのだろうか?
「はい! 聞きたいです!」
……嘘だろ?