11-2
早朝、快晴の空が今日も街を照らす。
町全体にドーム状に貼られた透明な魔力障壁が、そんな街を見守っている。
朝日に照らされた石畳は、光を美しく反射し、木組みの建物は、その光によって煌びやかに彩られる。
車道と歩道を区切る花壇の花々が、街の美しさに、言葉通りの意味で花を添えていた。
これがこの街の日常、この街の当り前。
誰が言い出したかは知らないが、恵みの街とはよく言ったもんだ。
そんな街の中、俺とイブキは道端のベンチに腰を掛けていた。
金を渡されたはいいものの、何処に行けばいいのかわからないからだ。
必死にデートコースを捻り出している俺の傍ら、イブキは缶コーラを両手で持ち、その飲み口へと恐る恐る口を近づけていた。
俺がコーラを買って飲んでいたら、イブキも飲みたいと言い出したのだ。
今まで炭酸飲料を飲んだことがないようなので、試しに一口勧めてみたが……こうも怖がることないだろう。
しばらく缶コーラとにらめっこをしていたイブキは、とうとう決心がついたのか、ぐいっとコーラを口へと運んだ。
それから三秒間の沈黙。
イブキ目を食いしばって、プルプルと震えていた。
「……ショワショワします……」
「そりゃ、コーラだからな」
俺は右手で、イブキの手からコーラを取り上げる。
そう、右手だ。
退院祝いに渡されたのは金だけじゃない。
プロフェッサーが、この街で最高峰の性能を誇る義手を手配してくれたんだ。
警備隊からもらった腕時計によって俺の脳波を検知し、動かせる特注品らしい。
ちなみに腕時計は現在、義手の付け根に巻きつけてある。
こうすれば右手の感触こそないが、普段とほとんど変わらない生活が出来る。
脳波の検知や脳波制御は、俺が元いた世界よりもよっぽど進んでるからな。
現に、ノインが使っているディア・メイルなんかは殆ど脳波制御だ。
俺は人類の英知に感謝しつつ、コーラを口に運んだ。
味は微妙に違うが、大体は元いた世界の物と同じだ。
どうして全く同じ飲み物がこちらの世界にあるのか不思議だが、人の考えることはどの世界でも同じだということだろう。
元の世界でも弓は世界共通だったし、どの国にもお茶やそれに準じるものがあったし。
「ほ、本当にこんなものを飲んで大丈夫なんですか……?」
イブキは俺を上目使いで見上げながら、今更なことを聞いてくる。
こんな表情をされると、ちょっといじめたくなるよな……しょうがないだろ。
「実はこれを飲むと骨が溶けちまうんだ……。
でも、あまりの美味さに辞められないんだ……。
俺の寿命も……実は……」
すると、イブキは目にも留まらぬスピードで俺のコーラを取り上げた。
「だ、ダメです!!
そんなものを飲んじゃダメです!!」
この必死さ……まさかこいつ信じてるのか?
そんなところも可愛いんだけど。
ちなみに今イブキが着ているのは、ピンク色のパーカー。
何故パーカーかと言うと、この前……俺がルイスに負ける少し前に、イブキの服を選んでほしいとライムに頼まれたからだ。
ファッションセンスなど皆無の俺は、とりあえず目に付いたものをイブキに着せてみた。
その結果がパーカーというわけだ。
「冗談だよ」
俺はつい、笑みをこぼした。
この世界に来てから、俺は幸せだ。
元の世界にいたころでは、想像もつかないくらい。
でも、この世界でも当たり前のように「理不尽」は振り撒かれている。
魔人に食われたナル。
そして、妻と娘を失ったおっさん。
そういった理不尽の傍らに、こういった幸せがある。
残酷な話だけど、せっかく得た幸せなんだ、しっかりと噛み締めて生きて行かなきゃな。
「……旦那様?」
っと、感傷に浸るのはいいが、今はイブキがいるんだった。
イブキは、不思議そうに俺を見上げている。
「――はっ!?
まさかこーらの所為で――!?」
「だから冗談だって」
道を行く人々は、誰もが今日と言う一日を満喫しているようだった。
皆が皆幸せそうだ、流石は恵の街。
「なぁイブキ、行きたいところはあるか?」
この街はどこも美しい。
でも残念ながら、イブキをエスコートする器量なんてものは俺にはない。
なら、彼女に聞くのが一番だろう。
「……どこでもです」
イブキの返答は、予想外のものだった。
「私は、この街が大好きですから。
大好きな旦那様となら、何処でも楽しめます」
イブキの言葉に、俺の胸の中が暖かい何かで満たされていく。
だけど……。
「そう言う反応が一番困るんだよなぁ。
どこに連れてきゃいいのやら……」
「なら、少し歩いて回りませんか?
それから、またこうして一休みしましょう!」
「……そうだな」
この街が好きなのは、俺だって同じだ。
イブキと一緒なら、何処へ行っても楽しめる。
俺はベンチから立ち上がり、軽く伸びをした。
快晴の空の下で、心地よい風が俺の身体を撫でていく。
さて、ゆっくりデートと洒落込むか――。
と、思った瞬間だった。
ドンッ、と背中を突く衝撃。
何かがぶつかってきた?
強くはない、むしろ弱いレベルだ。
ぶつかってきた何かは、いとも簡単に俺の背中に跳ね返される。
それから、俺の後方でばたりと物音がした。
「キャッ」と言う叫び越えと共に。
俺が振り返った先にいたのは……小学生?
まあこの世界に小学校があるかは知らないが。
見た目はイブキよりもずっと幼い、低学年くらいだろうか。
燃えるような美しいオレンジ色の髪を肩ほどまで伸ばしている。
長く伸ばされたもみあげの髪が特徴的なヘアースタイルだ。
前髪は眉より少し上で切られており――ってそんなことは今はどうでもいい。
だがこの子には、人の目を引き付ける何かがあった。
少女は「いたた……」と尻餅を突いている。
この状況で真っ先に動いたのは、イブキだった。
「いけない!
大丈夫ですか!?」
イブキは少女の下へと駆け寄ると、彼女の肩に手を置いた。
流石はイブキだ、行動が速い。
っといけないいけない、ぶつかったのは元々俺の所為だった。
「わ、悪い……。
周りをよく見てなかった」
尻餅を突いたとはいえ、あまり長い間地べたに座らせておくのは悪い。
俺は少女の手を取り、彼女をの身体を地面から起こした。
彼女はホットパンツに黄色いパーカーの着合わせ、パーカー少女が二人並んでしまった。
「まったくその通りなんだけど!
不注意度90%!」
何だこいつ?
礼儀を知らない奴だな。
……まあ今回は俺が悪いわけだし、仕方ないか。
「お怪我はありませんか?」
「全然大丈夫!!
……なんだけど……」
イブキと会話していた少女は、不意にその表情を曇らせる。
……嫌な予感がするのは、俺だけだろうか……。
「ちょっと街の探検をするつもりだったんだけど、道に迷っちゃって……」
やっぱり。
んで、困っている人が目の前にいると――。
「そ、それは大変です!
警備隊の人に連絡しないと!!」
イブキがこうなるわけだ。
「で、でも、もう少し街を探検したいし……」
なんだよ、わがままなガキだな……。
でもイブキはきっと、こんなわがままな奴にも、手を差し伸べちゃうんだろうな。
「あ、それなら!
旦那様、警備隊の本部に着くまで、私達がこの子をエスコートするってのはどうですか!!
どちらにしても、行くところがなかったところですし!!」
……ほらな。
だが、女の子を連れまわすのってありなんだろうか?
ま、何か問題が起こっても、ライム辺りが揉み消してくれるだろ。
こっちに悪意はないしな。
それに、ぶつかってきた女の子も「ほんとに!?」と目を輝かせてることだし。
「……ああ、そうするか」
こうして俺達三人の休日が、幕を開けたのだった。




