11-1
今回はソウタ視点となります。
「ナルが……魔人の被害者……!?」
退院した俺は、その足で病院の地下に向かうよう、プロフェッサーに伝えられた。
拘束したナルの解析を、地下で行っているようだ。
そうして病院の地下に訪れた俺に飛び込んできたのは、衝撃の事実だった。
ナルが寝ていたのは、様々な機材に囲まれた集中治療室のベッド。
純白のシーツの敷かれたベッドの上に寝るナルには、何本もの管が括り付けられていた。
その姿は、これまで元気に動いていた人間とは思えない。
今回俺が呼ばれたのは、ナルの検査の結果を伝えるためらしい。
この場にいるのは、俺とイブキ、おっさんとライム、そしてプロフェッサー。
プロフェッサーは、検査結果の書かれているであろう紙束を捲りながら、淡々と話す。
「ええ。
恐らくですが、魔人に襲われ、魔力を吸い取られてしまったのでしょう。
その際、生命力……言い換えれば『魂』ですかね……それも一緒に吸われてしまったのだと思われます。
つまり、今彼女に宿っているのは、魂の残りカス……と言ったところでしょうか。
健康そのものの身体を持ちながら、魂を持たない状態……我々は『失魂状態』と呼んでいます」
つまり、ナルは今まさに生と死の狭間にいるということか?
それじゃあ、俺達に攻撃してきた彼女は一体?
メイルが装着できた理由も気になる。
「じゃ、じゃあ、なんでこの前までナルは動いてたんだよ!?
確かにロボットみたいだったけどさ……」
俺は、ナルの顔を一瞥した。
……まるで眠っているようだが、確かにこの前までは動いていたんだ。
それが魂を失っている状態……?
魂の残りカス……?
どうにも腑に落ちない。
プロフェッサーは、ベッドの傍らに置かれたバーズシングのメイルドライバーを手に取った。
「メイルドライバーの力です」
「メイルの……力……?」
俺は、左腕に装着されたメイルドライバーに目をやる。
このメイルに、抜け殻状態の人間を動かすほどの力があると言うのか……?
「ええ。
彼女は、持つ魔力の殆どを失っています。
故にメイルドライバーが魔力を検知できず、彼女を装着者と認めてしまいました。
体は健康そのもの、しかし『命』は検知できない……そう言った状況から、メイルの非始動状態と救命モードを両立してしまったようです。
言い換えれば、裏技のようなものですね。
もっとも、その状況からメイルを始動するには、膨大な魔力が必要なことに変わりはありませんが」
救命モードには、俺のメイルもなったことがある。
……俺がルイスに敗北し、街の外に追いやられた時だ。
なるほど、メイルがいくら体の回復力を高めても、失った魂は戻ってこない……そのことから、メイルがバグった……ということでいいのか?
「しかも、脳波も拾えない……。
そこでメイルは誤作動を引き起こしました。
彼女以外の誰かの脳波……メイルが始動した際に一番近くにいたであろう、魔女ルイスのものを元に、彼女の身体を動かしてしまったのです。
つまり、今まで彼女を動かしていたのは、魔女ルイス……。
彼女と戦ったのならわかる筈です、キサラギ殿。
ルイスが追い詰められた際、彼女の動きに異変がありませんでしたか?
また、咄嗟の反応に遅れたことはありませんでしたか?」
咄嗟の反応に遅れる……俺が、初めてナルと戦った時。
水蒸気爆発でナルを吹き飛ばそうと、俺が近寄った際、ルイスはナルを止めようとした。
しかし、彼女はそのまま俺を攻撃してしまった。
ルイスの脳波が届くまでに、タイムラグがあったということか。
不意に、ライムが声を上げる。
「イブキちゃんやソウタも心当たりがある筈よ。
私がイブキちゃんを戦場に連れて行った時、明らかにルイスは一杯一杯だった。
魔人を守ると言う使命を忘れて、ナルに助けを求めたりね。
今思えば、一つの脳で二つの身体を動かしていたんだから、そうなるのも納得だわ」
「でも、この間の蜘蛛の魔人の時はどうなんですか?
旦那様達の戦闘中、魔女ルイスは私達の傍にいましたけど……」
次いで、イブキも疑問を述べる。
確かにそうだ。
あの時、ルイスとナルは相当離れていたはずだ。
どうやって動かしていたんだ……?
「脳は生きている訳ですから、思考できないわけではありません。
単純な命令ならばこなせます。
もっとも、その際の戦闘行動は、最も近くにいた人間……つまり、キサラギ殿の脳波で行われていたと考えられますがね」
確かにあの時、俺はナルに常に気を配っていた。
その脳波が、ナルを動かしていたのだろう。
最後に勝手に必殺技をぶっ放したのは……それしか手がないと、俺自身が心のどこかで思っていたのかもな。
ともなると、今のナルの姿にも納得がいく。
バーズシングのドライバーが完全に沈黙している今、ナル一人では自分の生命活動すらままならないのか。
「なるほどな……。
でも、ルイスはどこでナルを……?
家族はいないのか?」
その問いに答えたのは、今まで蚊帳の外だったおっさん。
そうか、人探しは警備隊の方が得意なのかもな。
「魔人の被害者を粗方洗ってみたが、こいつはどうやら街の外の人間らしい。
外なら、魔物なんてゴロゴロいるからな」
街の外は、俺も二回だけだが、見たことがある。
どちらの時も、見事に魔物に襲われたっけ。
しかも一回目……俺がこの街に呼ばれた際に、襲ってきた魔物達の中には、明らかに人間の面影を残しているものもいた。
と考えると、魔人は街の外じゃ、特別珍しい存在じゃないということだ。
「ともなると、たとえ家族がいたとしても、こんな状態で帰す訳にはいかない……街ぐるみの問題になっちまう」
「……ん?
どういうことだよ?」
家族がいても帰さない……?
なんでだ?
「どんな事情があれ、街と街の問題になるってことだ。
行方不明者が別の街で、こんな状態になって発見されたとなれば、マフルと他の街の関係が悪化するからな。
調査が終わり次第、こいつは処分する。
それが、こいつの為でもある」
その言葉は、まるで凍りついたかのような声色で発せられた。
普段のおっさん声色とは違う……。
だがその言葉は、俺の腸を煮えたぎらせた。
「処分って……こいつはまだ生きてるんだぞ!?
生きてるなら家族にくらい会わせてやっても――!!」
「ソウタ、落ち着いて」
しかし、横から差しこまれたライムの声が、俺の言葉を制する。
「でも、処分って言ったらナルが――!!」
「用件はこれだけよね、プロフェッサー?」
「ええ、伝えるべきことは伝えました」
「それじゃあソウタ、イブキちゃん、行きましょうか」
ライムは俺の背を押すと、魔女の怪力で部屋の外へと追いやる。
「お、おい!!
ライム!?」
そんな俺達の後ろで、イブキは困惑しながらも、プロフェッサーに深く頭を下げていた。
グイグイと背を押され、病室から追い出された俺。
地下一階の廊下は、他の階とは違い、全くと言っていいほど彩がない。
まるで、魔力研究室の廊下のようだ。
階段と、その隣のエレベーターから一直線に伸びる廊下に、全部で八つの扉が設けられている。
それぞれが、先程と同じ集中治療室の扉だ。
ライムは扉を閉めてから、俺へと視線を寄越した。
そして、強張った表情を緩ませる。
「ごめんなさいね。
あの子は、ナルみたいな子をほっとけないから」
「あの子って……おっさんがか?」
「ええ、そう。
街の中で魔人が確認されたのは、ここ数年って話はしたわよね?」
おっさんと、魔人の出現の話。
その二つに共通点を見いだせない俺は、唐突に飛躍した話題に、眉を顰めた。
「ああ、されたけど……」
「まだ街で魔人の存在が確認されていなかった、十五年前。
最初の魔人の被害者……それがあの子の、ソルジスの妻と……娘よ」
おっさんの奥さんと娘が……!?
まったく初めて聞く話に、俺は思わず目を見開いた。
「親子二人で歩いているところを、魔人に狙われたの。
妻は魔人に惨殺され、娘は食べられた」
「食べられたってことは……」
「ええ、今のナルと……同じ状態」
ライムは、忌々しげに口を動かす。
緩んでいた表情も、いつの間にか強張っていた。
そうか、ライムも当事者だもんな……。
「あの子はずっと悩んでいたわ。
命の殆どを吸われた娘を、このまま生かすべきか、殺してあげるべきか。
そして決めたの『あの世に旅立たせてあげる』って……。
その時言っていたわ『娘がこの世に囚われているみたいだ』って……。
今のナルも、あの子にはそう見えているんだと思う。
だからソウタは、ソルジスを悪く思わないであげて」
初めてだ……ライムが、おっさんの味方をするところを見るのは。
普段はずっといがみあってるからな……。
となると、ライムとおっさんの仲が悪いのも、何か理由があるのかもしれない。
「さて、今日の話はここまで」
コロッと表情を変えたライムは、笑顔と共に俺に何かを手渡してきた。
それは……札束!?
と言っても五万ドルチェ……元の世界で言う約五万円だ。
「ずっとイブキちゃんに迷惑かけて来たんだから、退院祝いにしっかり労ってあげてね!」
「べ、別に迷惑だなんて思っていませんよ!」
イブキは、俺の傍らでぶんぶんと首を振っている。
確かに、こいつには随分と苦労かけてしまった……。
でも――。
「退院祝いって、俺が貰うもんだろ!?」
「だから渡してるでしょ?
このお金で、しっかりとイブキちゃんを楽しませてきてね」
「はぁ!?
いきなり言われたって……」
「そ、そうですよ!
私は将来の妻として、当たり前のことをしたまでです!!」
いや、イブキを労うのはわかる……と言うかやって当たり前だ。
だが今すぐってのは……デートプランを即興で思い付くような器量は持ち合わせてないぞ!?
「私はこれからルイスに話を聞いたり、色々と予定があるから、二人で楽しんできて!!
ほら、いってらっしゃい!!」
ライムは金を無理矢理押し付けると、俺とイブキの背を思いっきり押してきた。
その後、ひらひらと手を振りながら、先程の病室へと戻っていく。
「……えっと、旦那様?
お気遣いなさらなくても……」
イブキは困惑を隠しきれない様子で、俺を見上げている。
おっさんやナルの真実を聞いた今、デートってムードでもないしなぁ。
まあでもに、迷惑を掛けたのは事実だし、普段の感謝を伝えるいい機会かもな……。
「まあとりあえず……外出るか」
俺はイブキの手を引いて、病院のエレベーターへと乗り込んだ。