表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/78

11-1

今回はソウタ視点となります。

「ナルが……魔人の被害者……!?」


 退院した俺は、その足で病院の地下に向かうよう、プロフェッサーに伝えられた。

 拘束したナルの解析を、地下で行っているようだ。

 そうして病院の地下に訪れた俺に飛び込んできたのは、衝撃の事実だった。


 ナルが寝ていたのは、様々な機材に囲まれた集中治療室のベッド。

 純白のシーツの敷かれたベッドの上に寝るナルには、何本もの管が括り付けられていた。

 その姿は、これまで元気に動いていた人間とは思えない。

 今回俺が呼ばれたのは、ナルの検査の結果を伝えるためらしい。


 この場にいるのは、俺とイブキ、おっさんとライム、そしてプロフェッサー。

 プロフェッサーは、検査結果の書かれているであろう紙束を捲りながら、淡々と話す。


「ええ。

 恐らくですが、魔人に襲われ、魔力を吸い取られてしまったのでしょう。

 その際、生命力……言い換えれば『魂』ですかね……それも一緒に吸われてしまったのだと思われます。

 つまり、今彼女に宿っているのは、魂の残りカス……と言ったところでしょうか。

 健康そのものの身体を持ちながら、魂を持たない状態……我々は『失魂状態』と呼んでいます」


 つまり、ナルは今まさに生と死の狭間にいるということか?

 それじゃあ、俺達に攻撃してきた彼女は一体?

 メイルが装着できた理由も気になる。


「じゃ、じゃあ、なんでこの前までナルは動いてたんだよ!?

 確かにロボットみたいだったけどさ……」


 俺は、ナルの顔を一瞥した。

 ……まるで眠っているようだが、確かにこの前までは動いていたんだ。

 それが魂を失っている状態……?

 魂の残りカス……?

 どうにも腑に落ちない。


 プロフェッサーは、ベッドの傍らに置かれたバーズシングのメイルドライバーを手に取った。


「メイルドライバーの力です」


「メイルの……力……?」


 俺は、左腕に装着されたメイルドライバーに目をやる。

 このメイルに、抜け殻状態の人間を動かすほどの力があると言うのか……?


「ええ。

 彼女は、持つ魔力の殆どを失っています。

 故にメイルドライバーが魔力を検知できず、彼女を装着者と認めてしまいました。

 体は健康そのもの、しかし『命』は検知できない……そう言った状況から、メイルの非始動状態と救命モードを両立してしまったようです。

 言い換えれば、裏技のようなものですね。

 もっとも、その状況からメイルを始動するには、膨大な魔力が必要なことに変わりはありませんが」


 救命モードには、俺のメイルもなったことがある。

 ……俺がルイスに敗北し、街の外に追いやられた時だ。

 なるほど、メイルがいくら体の回復力を高めても、失った魂は戻ってこない……そのことから、メイルがバグった……ということでいいのか?


「しかも、脳波も拾えない……。

 そこでメイルは誤作動を引き起こしました。

 彼女以外の誰かの脳波……メイルが始動した際に一番近くにいたであろう、魔女ルイスのものを元に、彼女の身体を動かしてしまったのです。

 つまり、今まで彼女を動かしていたのは、魔女ルイス……。

 彼女と戦ったのならわかる筈です、キサラギ殿。

 ルイスが追い詰められた際、彼女の動きに異変がありませんでしたか?

 また、咄嗟の反応に遅れたことはありませんでしたか?」


 咄嗟の反応に遅れる……俺が、初めてナルと戦った時。

 水蒸気爆発でナルを吹き飛ばそうと、俺が近寄った際、ルイスはナルを止めようとした。

 しかし、彼女はそのまま俺を攻撃してしまった。

 ルイスの脳波が届くまでに、タイムラグがあったということか。


 不意に、ライムが声を上げる。


「イブキちゃんやソウタも心当たりがある筈よ。

 私がイブキちゃんを戦場に連れて行った時、明らかにルイスは一杯一杯だった。

 魔人を守ると言う使命を忘れて、ナルに助けを求めたりね。

 今思えば、一つの脳で二つの身体を動かしていたんだから、そうなるのも納得だわ」


「でも、この間の蜘蛛の魔人の時はどうなんですか?

 旦那様達の戦闘中、魔女ルイスは私達の傍にいましたけど……」


 次いで、イブキも疑問を述べる。

 確かにそうだ。

 あの時、ルイスとナルは相当離れていたはずだ。

 どうやって動かしていたんだ……?


「脳は生きている訳ですから、思考できないわけではありません。

 単純な命令ならばこなせます。

 もっとも、その際の戦闘行動は、最も近くにいた人間……つまり、キサラギ殿の脳波で行われていたと考えられますがね」


 確かにあの時、俺はナルに常に気を配っていた。

 その脳波が、ナルを動かしていたのだろう。

 最後に勝手に必殺技をぶっ放したのは……それしか手がないと、俺自身が心のどこかで思っていたのかもな。


 ともなると、今のナルの姿にも納得がいく。

 バーズシングのドライバーが完全に沈黙している今、ナル一人では自分の生命活動すらままならないのか。


「なるほどな……。

 でも、ルイスはどこでナルを……?

 家族はいないのか?」


 その問いに答えたのは、今まで蚊帳の外だったおっさん。

 そうか、人探しは警備隊の方が得意なのかもな。


「魔人の被害者を粗方洗ってみたが、こいつはどうやら街の外の人間らしい。

 外なら、魔物なんてゴロゴロいるからな」


 街の外は、俺も二回だけだが、見たことがある。

 どちらの時も、見事に魔物に襲われたっけ。


 しかも一回目……俺がこの街に呼ばれた際に、襲ってきた魔物達の中には、明らかに人間の面影を残しているものもいた。

 と考えると、魔人は街の外じゃ、特別珍しい存在じゃないということだ。


「ともなると、たとえ家族がいたとしても、こんな状態で帰す訳にはいかない……街ぐるみの問題になっちまう」


「……ん?

 どういうことだよ?」


 家族がいても帰さない……?

 なんでだ?


「どんな事情があれ、街と街の問題になるってことだ。

 行方不明者が別の街で、こんな状態になって発見されたとなれば、マフルと他の街の関係が悪化するからな。

 調査が終わり次第、こいつは処分する。

 それが、こいつの為でもある」


 その言葉は、まるで凍りついたかのような声色で発せられた。

 普段のおっさん声色とは違う……。

 だがその言葉は、俺の腸を煮えたぎらせた。


「処分って……こいつはまだ生きてるんだぞ!?

 生きてるなら家族にくらい会わせてやっても――!!」


「ソウタ、落ち着いて」


 しかし、横から差しこまれたライムの声が、俺の言葉を制する。


「でも、処分って言ったらナルが――!!」


「用件はこれだけよね、プロフェッサー?」


「ええ、伝えるべきことは伝えました」


「それじゃあソウタ、イブキちゃん、行きましょうか」


 ライムは俺の背を押すと、魔女の怪力で部屋の外へと追いやる。


「お、おい!!

 ライム!?」


 そんな俺達の後ろで、イブキは困惑しながらも、プロフェッサーに深く頭を下げていた。


 グイグイと背を押され、病室から追い出された俺。

 地下一階の廊下は、他の階とは違い、全くと言っていいほど彩がない。

 まるで、魔力研究室の廊下のようだ。

 階段と、その隣のエレベーターから一直線に伸びる廊下に、全部で八つの扉が設けられている。

 それぞれが、先程と同じ集中治療室の扉だ。


 ライムは扉を閉めてから、俺へと視線を寄越した。

 そして、強張った表情を緩ませる。


「ごめんなさいね。

 あの子は、ナルみたいな子をほっとけないから」


「あの子って……おっさんがか?」


「ええ、そう。

 街の中で魔人が確認されたのは、ここ数年って話はしたわよね?」


 おっさんと、魔人の出現の話。

 その二つに共通点を見いだせない俺は、唐突に飛躍した話題に、眉を顰めた。


「ああ、されたけど……」


「まだ街で魔人の存在が確認されていなかった、十五年前。

 最初の魔人の被害者……それがあの子の、ソルジスの妻と……娘よ」


 おっさんの奥さんと娘が……!?

 まったく初めて聞く話に、俺は思わず目を見開いた。


「親子二人で歩いているところを、魔人に狙われたの。

 妻は魔人に惨殺され、娘は食べられた」


「食べられたってことは……」


「ええ、今のナルと……同じ状態」


 ライムは、忌々しげに口を動かす。

 緩んでいた表情も、いつの間にか強張っていた。

 そうか、ライムも当事者だもんな……。


「あの子はずっと悩んでいたわ。

 命の殆どを吸われた娘を、このまま生かすべきか、殺してあげるべきか。

 そして決めたの『あの世に旅立たせてあげる』って……。

 その時言っていたわ『娘がこの世に囚われているみたいだ』って……。

 今のナルも、あの子にはそう見えているんだと思う。

 だからソウタは、ソルジスを悪く思わないであげて」


 初めてだ……ライムが、おっさんの味方をするところを見るのは。

 普段はずっといがみあってるからな……。

 となると、ライムとおっさんの仲が悪いのも、何か理由があるのかもしれない。


「さて、今日の話はここまで」


 コロッと表情を変えたライムは、笑顔と共に俺に何かを手渡してきた。

 それは……札束!?

 と言っても五万ドルチェ……元の世界で言う約五万円だ。


「ずっとイブキちゃんに迷惑かけて来たんだから、退院祝いにしっかり労ってあげてね!」


「べ、別に迷惑だなんて思っていませんよ!」


 イブキは、俺の傍らでぶんぶんと首を振っている。

 確かに、こいつには随分と苦労かけてしまった……。

 でも――。


「退院祝いって、俺が貰うもんだろ!?」


「だから渡してるでしょ?

 このお金で、しっかりとイブキちゃんを楽しませてきてね」


「はぁ!?

 いきなり言われたって……」


「そ、そうですよ!

 私は将来の妻として、当たり前のことをしたまでです!!」


 いや、イブキを労うのはわかる……と言うかやって当たり前だ。

 だが今すぐってのは……デートプランを即興で思い付くような器量は持ち合わせてないぞ!?


「私はこれからルイスに話を聞いたり、色々と予定があるから、二人で楽しんできて!!

 ほら、いってらっしゃい!!」


 ライムは金を無理矢理押し付けると、俺とイブキの背を思いっきり押してきた。

 その後、ひらひらと手を振りながら、先程の病室へと戻っていく。


「……えっと、旦那様?

 お気遣いなさらなくても……」


 イブキは困惑を隠しきれない様子で、俺を見上げている。

 おっさんやナルの真実を聞いた今、デートってムードでもないしなぁ。

 まあでもに、迷惑を掛けたのは事実だし、普段の感謝を伝えるいい機会かもな……。


「まあとりあえず……外出るか」


 俺はイブキの手を引いて、病院のエレベーターへと乗り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ