10-5
サーチングアイに追わせていた魔人が、ついに動き出した。
しばらく獲物にありつけていないからか、その動きは重鈍。
これならば経路予測をし、奴の出没先に先回りすることは簡単だ。
……機動部隊を率いなければ、の話だが。
そう、今回の作戦には機動部隊は使わない。
作戦は単純だ。
魔人を超高強度の網……もといディア・メイルで捕える。
つまり、魔人にディア・メイルを「着せる」ということだ。
ディア・メイルはフィセント・メイルとは違い、実体を持った鎧。
一見すると装甲に隙間がある様に見えるが、そこは魔力によって形成されたインナーによって補われている。
魔力の消費を押えながら、メイル内部は完全密閉を実現しているのだ。
また、装着者の体型の差異は、このインナーである程度補える。
魔人が人に近い姿でいてさえくれれば、奴に無理矢理着せることが可能だ。
このメイルこそ、魔人を捉えるための「網」となる。
しかし、メイルを着せるためには、ディア・メイルのメイルドライバー……つまり、インカムを奴の頭に装着しなくてはならない。
魔人に警戒されないように、こいつを装着する……それが、今回の任務だ。
その為には、俺自身が餌となり、魔人を引き付ける必要がある。
もちろん、魔女様にも戦闘にご参加して頂く。
しかし、魔女様の強大な魔力を魔人が警戒されたら、また逃げられてしまう可能性がある。
故に魔女様の出番は、魔人の一部を逃がしてしまった時のみ。
プロフェッサーによれば、今回の魔人の内、全体の一割程度なら魔女様の一撃で殺しきることが可能らしい。
もし捕獲漏れがあった場合は、魔女様のお力を借りることになる。
だが奴らが逃げ散ってしまった場合、全てを殲滅しきることは不可能だ。
魔人の散開は、何があっても避けなくてはならない。
この機会を逃せば、メディアは魔人の出現を報道するだろう。
ともなれば、暇を満喫しているキサラギが、この一件を知ってしまう可能性が高い。
なんとしてでも、この機会に魔人を捕獲する。
今回の為に、スペアのメイルドライバーも用意してある。
俺はメイルドライバーを自分自身に装着し、スペアのドライバーを握りしめた。
魔人の出現地点は、セントラルシティの大通り。
知性を持たない魔人は、ただ単に人が多いところを選んだのだろう。
だが、態々俺達の傍に来てくれたんだ、歓迎しようじゃないか。
避難誘導を始めたのは、魔人の出現地点を特定してから。
故に、雑な人払い程度の交通規制しかできないが、仕方はあるまい。
俺はグーンを路地に待機させ、出現地点であるマンホールの前まで出て行く。
六車線ある大通りの、歩道に位置するマンホールだ。
俺はマンホールを見つめながら、対策課から連絡を待つ。
その時、左腕のブレスレットからシンジキドの声が聞こえた。
『魔人、現在予想ルート上を進行中。
出現予想地点到達まで、後五』
四、三、とシンジキドはカウントダウンを続ける。
このカウントダウンがゼロになるとき、魔人はこのマンホールの下から現れる。
実戦には慣れたが、メイルを使用できない戦いなど初めてだ。
二、一と、まるで俺の心臓の鼓動と同期するように、シンジキドのカウントダウンは続く。
そして――。
「――ゼロ!」
刹那、真上へと吹き飛んでいったマンホール。
それは太陽を覆い隠すと、一つの丸い影と化す。
その影の裏からゆっくりと現れたのは、黒い……人影――。
その人影は、俺へと右腕を振りかざし――。
「挨拶もなしか。
挨拶をないがしろにするとは……」
奴の人差し指から伸びるのは、以前と同じ刃のような爪。
これで獲物を一刺しにするつもりか。
俺はその爪を寸でのところで躱し、奴から距離を取った。
「衣食足りて礼節を知るとは言うが……俺を食えば挨拶を知るか?」
その問いに否と答えるかのように、魔人は俺へと駆け出す。
礼儀も知らぬ奴に、俺を食わせるつもりはない!!
奴が人型を保っている間に、スペアのドライバーを装着させ、メイルを起動するだけ……。
すぐに終わらせる!!
だが――。
奴は俺へと駆けながら、その体を粉々に分離させると、地面を這って俺の身体を取り囲む。
まるでコーラの様な黒い池が、俺を中心に形成される。
先の戦闘で、分離しての捕食を学習したのか!?
奴ら一体一体の大きさは、豆粒程度の物から砂粒程度のものまで様々だ。
それらが一斉に、俺の身体を足元から覆い始める。
「くっ!?」
まさかこうも早く、人型を崩すとは……。
俺は黒い池を飛び越え、奴らの包囲から逃げ出す。
とはいえ、黒い池は直径六メートル程……ひと足とびでは抜け出せない。
途中で、奴らの肉片を踏み潰しもう一度跳躍、ふた飛びで池の中心から抜け出した。
すると俺の靴にこびり付いていた肉片は、ひとりでに剥がれていく。
やはり群体である以上、単体では生き残れないと知っているのか。
奴らは人型に戻る気配はない。
黒い池から巨大な団子へと姿を変えると、その姿のまま俺へと迫ってきた。
これでは、ディア・メイルを装着させることは出来ない……。
なんとしても、奴らを人型に戻さなくては。
俺は奴らから逃げるように駆け出した。
捕まってしまっては元も子もないからだ。
どうすれば奴を人型に戻せる……。
奴は戦いの中で学習している。
つまり、奴に人型の方がやりやすいと思わせることが出来れば!
俺は走りつつ、周囲に目を配る。
見つけたのは、四階建てのビル。
一階はケーキ屋になっているようだ。
その横に備え付けられているのは、非常階段……!
各階の非常口に繋がっている螺旋階段だ。
階段を通れば、奴は人型に戻るか……?
賭けになるが……やるしかない!!
俺は螺旋階段を二階まで駆け上がり、下の様子を窺う。
周囲をポールで覆われた階段を見た魔人は、ポールをよじ登ろうとしているが、うまく行かない様子だ。
そして……人型に、姿を変えた。
人型に変わった瞬間、驚くほどのスピードで階段を駆け上がってくる。
しめた……!
だが、逃げ切れるか……!?
俺は階段を二つ飛ばしで駆け上る。
対する魔人は、階段を駆け上りつつ、必至に俺へと手を伸ばしていた。
今なら奴は人型だが、こうも狭いとやり辛い。
それに、ここでまた奴が分離したら、今度こそ逃げ場が無くなる。
ここから各階に続く扉があるが、恐らくは鍵が締まっているだろう。
となると、目指すべきは屋上か……。
俺は必死に足を動かし、屋上へと登っていく。
気付くと、魔人の歩みは随分と遅くなっていた。
スタミナが切れた……?
屋上へと上がった俺は、非常階段へと目をやる。
魔人は……追ってこない……?
刹那、床の下から跳躍してくる人影。
なるほど、こいつにとっては飛んだ方が早いということか……!!
魔人は着地するや否や、俺へと一気に距離を詰める。
幸い、人型は保ってくれている、今がチャンスか……!!
魔人は案の定、右人差し指から伸びる爪を、俺へと向ける。
そしてそれを、まるで矢でも放たれたかのようなスピードで突き出した。
速さこそ驚異的な攻撃だが、読めていれば大きな隙でしかない。
奴の狙いは俺の頭部。
俺は首を僅かに傾け、奴の一撃を躱す。
そして、隙だらけの奴の頭部に、メイルドライバーを装着しようと右腕を伸ばした。
だが――。
俺の右腕は、奴の左腕によって受け止められる。
バカな……今奴は、完全に隙を晒していた。
この超常的な反応……これが生身の人間と魔人の差か!
直後俺は、自らの顔から血の気が引いて行くのを感じた。
……そうだ、今隙だらけなのは……俺だ!?
俺はすぐさま屈み、頭を奴の腰ほどまでに落とす。
刹那、奴の爪が俺の頭頂部を薙いだ。
このまま奴の近くに居ては危険だ。
俺は床を蹴り、魔人から距離を取る。
しかしその時、俺の踵が何かを踏みつけた。
「……な!?」
俺の踵が踏みつけていたのは、屋上の縁・パラペット。
足元を確認した俺の眼下には、ビルの下の大通りが広がっていた。
「ぐぁ!?」
その高さに、俺が怯んだが最後、俺の首は魔人の左手に掴まれた。
そしてそのまま、俺の身体は強靭な力で持ち上げられていく。
「ぐっくぅ……!!!」
俺は必死にもがくが、魔人はそんなこと気にしてはいない様子で、俺へと爪を突き立てる。
首の動脈を塞がれ、脳への血流が遮られる。
まるで視界全体にモザイクが掛かる様に、俺の意識は朦朧としていく。
この状況、もがいても地面に真っ逆さまがオチか……。
だが、最大のチャンスでもある!!
俺は魔人の頭部にメイルドライバーを装着した。
頭部に触れたことを感知したドライバーから、ヘッドバンドが伸びる。
そして、確実に魔人の頭部へと装着された。
魔人の左手が塞がっているのなら、防げるはずもない。
そして俺は、締め上げられた気道から、必死に声を絞り出した。
「セットアップ、アームズ00、04!!」
<Roger.
Standby Arms00 "Dia・Meil".
Arms04 "Slash Wing">
俺のメイルドライバーから鳴る音声。
魔人に装着した物からも、同じ音が鳴っている筈だ。
奴はかくりと首を傾げていた。
その瞬間にも、ディア・メイルの構成部品は飛来してくる。
そして、メイルを纏う際に邪魔になる外敵……つまりは俺を、容赦なく吹き飛ばした。
「ぐっ……!?」
脇腹に入る、メイルからの一撃。
生身で喰らう一撃が、こうにも重いとは……。
だが、計画通りだ。
魔人の身体は、次の瞬間にもディア・メイルに覆われていた。
もちろん奴は装甲の隙間から脱出を試みるが、魔力によって形成されたインナーが、それを防ぐ。
俺は、メイルと共に飛来したスラッシュウィングを掴み、空中に留まった。
このまま奴の爪までインナーが覆ってくれればいいのだが……。
その時俺は、魔人の爪が徐々に巨大化していくのを見逃さなかった。
やはりか……脱出するのならば、唯一覆いきれていない指先からになる。
これでは、メイルのインナーが奴の全身を覆いきれない!?
出来る事ならば、一匹残らず閉じ込めたかったが、背に腹は代えられないか……。
俺はスラッシュウィングから手を離し、重力に身を任せる。
落下の最中、脳波でスラッシュウィングを操作し、魔人の爪を斬り飛ばした。
インナーの展開を邪魔する者が無くなったメイルは、ついに全身を完全密閉させた。
ひとまずは、あの魔人の九割を捕獲できたということか。
四階の高さから落下することに、迷いはなかった。
こうしなければ、次の瞬間に魔人がどうなっているのか、わからなかったからだ。
俺はなんとか両足を付き出し、迫りくる地面に身を構える。
そして、全身全霊を持って、大通りの歩道に着地した。
ミシリと、嫌な音が耳へと伝わってくる。
同時に襲い掛かってきた強烈な痛みに、俺は思わず呻き声をあげた。
だが、そうも言っていられない。
落ちたのは、俺だけじゃないからだ。
屋上から落下してきたのは、一つの肉片。
あの魔人の爪を構成していたものだ。
それは、地面に叩き付けられるや否や、ゴキブリも驚くほどのスピードで逃げ出す。
「なっ……待て……!!」
離散こそしなかったが、想像よりも速い!?
身軽になったということか!?
だが元より、取り逃した肉片の対処を任されているのは、俺ではない……!
俺は間に合ってくれと言う願いを込めて、そのお方を呼んだ。
「魔女様!!!!」
刹那、晴天の空に走る一筋の稲妻。
それは急遽進路を変更すると、必死に逃げる魔人の肉片を突き刺した。
轟音と共に放たれる、鋭い光。
俺は両腕で目を覆い隠してしまった。
「ありがとう、流石はノイン君ね」
その稲妻の落下地点から聞こえる、優しいお声。
俺が両腕で覆い隠した先に、魔女ライム様はいた。
まるで稲妻と共に降ってきたかのように。
「……勝った……のですね」
俺は、魔女様の足元に転がる肉片に視線を落とす。
その肉片に、先程までの活気はない。
「ええ、あなたのお陰」
魔女様のお声を聞いた瞬間、俺の全身からフッと力が抜けた。
勝ったんだ……キサラギの力を使わずに……。
気付けば俺は、歩道に身を投げ出していた。
「ノイン君!?
大丈夫!?」
「大丈夫です……ただ、安心しただけ……」
両足を突く痛み、首元に残る鈍痛。
これら戦いの傷跡も、誇りに思えるこの感覚……。
俺は重い右腕を動かし、ヘッドセット……メイルドライバーのマイクを抓んだ。
「課長、魔人の捕縛及び殲滅を完了致しました」
ドライバーの向こうから聞こえてきたのは、課長の深い溜息。
気を張っていたのは、俺だけではない。
『わかった。
研究室から調査隊を派遣、魔人の残留物質がないか調べ上げる。
現時刻を持って、魔人捕獲作戦の完了とする!』
そうだ、戦い抜いたんだ。
守れたんだ、キサラギとの約束を。
果たせたんだ、使命と友情の両方を。
俺は、マイクを抓んでいた右手を、歩道へと投げ出した。
ブックマーク数が遂に100件に到達しました!!
応援ありがとうございます!!
エピローグを投降予定です!!