10-4
魔人はサーチングアイに追わせ、俺達は一度退却することとなった。
対策課に魔力研究室への招集が掛かったのは、その直後。
件の魔人の対策を取るためだ。
魔人はその後、下水道の中でピクリとも動かなくなった。
休眠行動に入ったのだろう。
俺達魔物対策課と魔女ライム様は、魔力研究室の一室に集められた。
薄暗い部屋に、壁や天井一面にモニターが張り付けられている部屋だ。
壁の所々には、腰辺りの位置からキーボードがせり出している。
室長……皆がプロフェッサーと呼ぶその方は、そのキーボードを叩きながら、ぽつりと仰った。
「この魔人は……再生能力を持っている訳ではなさそうですね……」
そんな筈はない。
奴は肉片一つから完全に再生していた。
「となると、奴が再生したのは何故なのですか?」
俺は、室長に対して疑問を述べる。
再生能力でなければ、あれはなんなんだ……。
「様々な器官が見当たらないこと、変態能力等から鑑みるに、あれは小さな魔物の集合体……『群体』であると考えられます。
個々の持つ魔力は非常に小さいため、サーチングアイのセンサーにも掛からなかったのでしょう」
「群体……では、あの肉片一つ一つが魔人であるということですか!?」
なるほど……そう言う事だったのか。
確かに、そうだとしたらあの形態変化にも納得がいく。
「魔人の集合体ですか……。
お互い喧嘩とかしないんですかねぇ?」
シンジキドは、素っ頓狂な声をあげる。
そこの問題か?
その時、課長の大きなため息が、シンジキドのどうでもいい疑問を吹き飛ばした。
「ともなれば、なおさらあいつは危険だ。
ボウズの出撃許可を出すしかなさそうだ」
無慈悲にも、課長はそう仰る。
しかしその通りだ。
あの魔人が魔人の集合体であるなら、一匹残らずに殲滅しなければ脅威は去らない。
それほどの攻撃力を持っている戦力は、俺の知る限りただ一つ「フィセント・メイル」のみ。
「課長、待ってください!!
それ以外に何か手があるかもしれません!!」
だが、やはりキサラギの力を借りる訳にはいかない……。
またあの力を使うことになったら、キサラギが無事であると言う保証はない。
じゃあどうする?
ナルの力を使うか?
いやダメだ。
第一彼女がなぜメイルを纏っていたのか、まだ解析が済んでいない。
「仕事に私情を持ち込むか?
らしくないな、ノイン」
課長は煙草に火を付けながら、冷酷に吐き捨てた。
わかっている……辛いのは、怖いのは課長も同じ。
だが、俺は約束したんだ。
キサラギの為に戦うと。
俺は右手を握りしめた、歯を食いしばった。
たった一つの約束すら果たせずに、何が人の役に立とうだ。
わがままを言うだけじゃ、駄々をこねる子供と変わらない。
キサラギを戦場に向かわせないなら、対案を出さなければならない。
だが今の俺に対案なんてない。
「だが嫌いじゃない」
そう続ける課長のお顔は、どこか明るいものだった。
意外だ……今の課長が、俺のわがままを認めてくれるとは……。
「ソウタをこれ以上危険に晒したくないのは、私達も同じだしね」
そして魔女様も、そう微笑まれた。
嬉しかった……。
俺のわがままに……人の役に立ちたいと言う願いに、協力してくれる人達がいることが。
「しかし困難ですね、私達の戦力で、あの魔人を完全消滅させるのは。
それこそ借りなくては、キサラギ殿の力を」
だがプロフェッサーが仰る通り、現実とは辛辣なものだ。
力がなければ、わがままを叶えることなどできない。
理不尽に呑まれるだけだ。
「そこまで強力じゃない魔人なら、私の力で何とかならない?」
魔女様はそうお尋ねになる。
確かに、魔女様の力ならば、あの魔人にも勝てるか……?
「殺し尽くす前に、逃げられるのがオチ……ですな。
電撃では……」
「それならでっかい網で捕まえるとか!!
えい!! って!」
シンジキドは、網を振る振りをしながら、突拍子もないことを言いだした。
そんなもので捕まえたとしても、網を破られて終わりだ。
「シンジキド、これは遊びじゃないんだぞ?」
「遊んでないですよ!!
でっかくて丈夫な網があれば、あとはライちゃんがどうにかできます!!」
「だからそんな網なんて……!!」
……待てよ……?
あるじゃないか、奴らでも破れなかった網が……いや「鎧」が!!
「いや……あるぞ……!?
室長!!
ディア・メイルの装着者認証を一時的に解除することは出来ますか!?」
「できますが……どうするつもりですか、それを使って?」
眉を顰める室長に対し、俺は現状を打破する一つの策を提示した。
「私に考えがあります」
キサラギの為に戦うと言う約束を、果たすために!




