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10-3

 魔人の目撃情報があったのは、昨日。

 まさにキサラギには魔人の出現は伝えない、と決めた直後であった。

 これ以上ない最悪のタイミングと言える。

 しかし、何故今日まで出動命令が掛からなかったかと言うと、魔人であると言う確証がなかったからだ。


 通報の内容は、午後四時ごろに、男性が襲われたと言うもの。

 謎の人影に掴まれた男性は、頭から近くのマンホール内部に引き込まれたらしい。

 しかし、マンホールが開ききっていなかったため、男性の肩が引っ掛かり、それ以上引き込まれることはなかった。

 その際、近くにいたもう一人の男性が、被害者の男性を救助。

 そして通報に至った、と言う流れだ。


 どの視点から見ても、魔人の仕業と断言できるが、指揮系統の問題から、すぐに出動というわけにはいかない。

 何故なら、戦闘に駆り出される俺以外の人間は、魔人対策課ではないからだ。


 魔人対策課は、今でも三人のみ。

 その他戦闘員は、マフル機動部隊という、警備隊内の別組織である。


 機動部隊の出動を要請させるには、確実に魔人が相手であると言う確証が必要と言う規則になっている。

 その為、俺達魔人対策課は、まず警備隊に魔人の捜索を要請。

 同時に、今回の敵が魔人である可能性を、あらゆる視点から絞り込んでいく。


 そして、晴れて魔人が相手と認められた暁に、俺達は出動することが出来るのだ。


 というわけで、現在に至るのだが……。

 俺は今、きつい匂いの立ち込める下水道の中を歩いていた。

 もちろん、ディア・メイルは纏っている。

 メイルには、吸気管理機能も付いているが、有毒ガスが検知された際に自動でオンになる。

 有毒でないのなら、むやみやたらにオンにはしない方がいいだろう。


 流石に下水道内部にグーンは乗り込めない。

 俺はサーチングアイとアサルトウィング、そしてデストロイ・ビークのみを持ち込んでいた。

 本来ならばすべての武装を持ち込みたいところだが、脳波制御チャンネル管理の都合上、一度に利用できる装備は三つまでであるため、仕方がない。


 下水道内部は廊下のようになっていて、中央を下水が、その両側に足場が用意されている。

 俺達は、右側の足場を使い、下水道を調査していた。

 とはいえ、中央を流れる下水の水深は十センチ程、歩いて渡れないわけではない。

 ……出来れば入りたくはないが。


 俺達は現在、隊列を組んでいる。

 戦闘に俺、その後ろに六人の機動部隊が並んで付いて来ている。


「本当に、こんなところにいるのかよ……」


 そのうちの一人が、ぽつりと呟いた。

 魔人対策課の予測を疑っているのか……。

 しかし、相手は飢えた獣だ、そのように油断してもいい相手ではない。


「しっ!

 聞こえるだろうが……」


 もう一人がそう言うが、その声ももちろん聞こえている。


「確かに知性は低いと思われる。

 だが油断はするな。

 魔人と言う存在は、俺達の想像を絶する」


 六人全員が「了解」と声を上げる。

 本当に了解しているのか……。


 だが確かに、悪態を吐きたくなる気持ちもわかる。

 恵みの街と呼ばれたここだが、下水道にはその面影も感じない。

 その恵みの街が、態々汚水処理をして、水を使い回しているのには理由がある。


 パーパシャル・ジェネレーターの魔力を水に変換すれば、無限の水をえることも出来る。

 だが、無限に質量を蓄え続けたら、この惑星が……果てには宇宙がどうなってしまうのか、人類には想像もつかなかった。

 故に、ジェネレーターから発生させる水は最低限に。

 水は再利用するのが、鉄則となっている。


 ――その時だった、サーチングアイが「獲物」の反応を捉えたのは。

 俺の視界に、魔力反応を検知したとのウィンドウが表示される。

 場所は……上!?


「上だ!!」


 俺は叫ぶと同時に、その場にいる全員が天井へと目をやる。

 そこにいたのは、真っ黒な……人?

 それは、俺に向かって大きく右腕を振りかぶりながら、天井から落下してきた。

 こいつ、いつの間に……。

 だが敵を前に宙に身を置くなど、言語道断!!


「踏み込みが甘い」


 俺は奴が突き出してきた右腕を掴み、下水道の左側へと投げつけた。

 奴は汚水の中を転がり、壁へと背中を打ち付ける。

 だが、そんなことなどものともしない様子で、ゆらりと立ち上がった。


「チッ、そのセンサー壊れてんじゃないのかよ!!」


 俺達の内、誰かがそう漏らす。

 だが、それも仕方あるまい、まさか真上を取られているとは。


「俺に当たっても構わん、撃ちたい時に撃て!!」


 下水道の横幅は、10メートル程。

 俺は汚水の川を渡り、魔人へと駆け出した。


 対する魔人は、右腕の爪に、長い刃を顕現させる。

 ……形態変化!?

 これが、この魔人の能力……。

 ならば、接近を許さぬまで!!


 俺は宙に浮いていたアサルトウィングを手に取り、魔人へと発砲した。

 魔力によって、成形炸薬弾並みの破壊力を手に入れたアサルトライフル。

 以前の魔人には効かなかったが……。

 

 俺は走りながら、アサルトウィングを発砲する。

 その銃弾は、魔人の身体を貫いた。

 それによって、奴の肉片が周囲へと撒き散らされる。

 ……効いている!!


 ならば、このまま押し切るのみ!!!

 俺は銃を奴へから銃口を逸らさず、ひたすらに銃弾を叩きこむ。

 いくら鋭い爪を持っていようと、近付けないのならば意味はない。

 奴はどす黒い肉片を撒き散らしながら、その場に膝を突いた。


「……やったのか……?」


 機動隊員の内、一人がそう呟く。

 ここにいる隊員達銃口が、僅かに下げられた。


「油断するな!!」


 だが、完全に沈黙していない以上、油断は禁物だ。

 俺は膝を突いた魔人相手に、さらに弾を撃ち込んだ。

 強烈な威力の弾丸が、奴の身体を貫き、その向こうにある壁までも破壊する。


 今回の魔人は、形態変化が出来たようだが、こうなってしまえばただの的。

 押し切れるか……と言う思考が脳を過った、その時だった。


 強烈な爆発音と共に、魔人の身体が爆ぜた。

 奴の肉片が、警備隊員やメイルの装甲にこびり付く。

 ……勝った……のか?


「うぇ!?

 気持ちわりぃ!!??」


 隊員達が、一斉に声をあげる。

 隊員達は毒づきながら、身体にこびり付いた肉片を手で払っていた。


 ……おかしい、あまりにもあっけなさすぎる……。

 それに今の爆発は、まるで魔人自らやったもののように見えたが……。


 その時――。

 撒き散らされている黒い肉片が、静かに蠢き出した。

 それはまるで、煮えたぎったジャムのように脈打ち、地面をがさがさと動き始める。

 もちろん、俺達の身体にこびり付いたものを。


「わぁあ!?

 な、なんだ!?」


 隊員達は声をあげながら、必至に肉片を払う。

 地面に落ちた黒い肉片は、脈打ちながら、一人の隊員を取り囲んだ。

 彼の周りの地面に、黒い肉片が巨大な円を作る。

 ……これは、再生しているのか!?

 

「な、なんだ!?

 く、来るな、来るなああああああ!?」


 肉片は隊員にじりじりと迫る。

 まるで、彼を包み込もうとしているかのように。

 そのスピードは、もはやゴキブリの域。

 瞬く間に彼の身体は、黒く染まっていく……。

 周りの隊員も、相手が仲間では撃つに撃てないと言った状況だ。


 この魔人は、一体……!?

 いや、考えるのは後だ。

 俺は鎧から地面に移動した肉片を踏み潰し、隊員へと駆け寄る。

 そして彼を抱え上げ、肉片の創り上げた円の外に投げ捨てた。


「くっ!?」


 しかし、それでも肉片の侵攻は止まらず、肉片たちは俺の鎧をよじ登り始めた。

 取り囲む相手が俺になったところで、こいつにとっては関係ないということか……。


「離れろ!!

 この魔人は危険だ!!」


 もはや黒い沼と化した、肉片共。

 その中心で、俺は叫んだ。


 他の隊員にこびり付いている肉片も、俺の足元に集まり、ディア・メイルを覆っていく。

 それらは俺の足首を這い、太腿を登り、見る見るうちに俺の全身を包み込んでいく。

 何より厄介なのは、奴に覆われた個所から自由が奪われていくことだ。

 ディア・メイルの出力をもってしても、指一本動かせない。


「ぐっ……!?」


 そして、俺の視界は真っ黒に染まった。

 全身に搭載されたどのカメラを見ても、一切の光を検知しない。

 ならば――!!


「リセットアップ、アームズ00!!」


<Roger.

 Reset Arms 00”Dia・Meil”>


 その案内音声と共に、ディア・メイルがパージされる。

 メイルに弾き飛ばされた黒い肉片は、壁や地面、隊員達へと飛び散った。

 そして再び、メイルが俺の身体を覆っていく。

 ひとまず難は逃れたか……。

 だが、この肉片たちをどう処理すればいい……?

 分離してから復活するとなれば、デストロイビークなど通用しない。

 もっと、この肉片全てを焼き尽くせるような――。


 そこまで考えた時、俺の脳裏に一つの手段が浮かんだ。

 ――フィセント・メイルならば。


 いや、ダメだ。

 キサラギを今、戦場に出すわけにはいかない。


 そうしているうちにも、黒い肉片は地面や壁を伝い、一目散に逃げ出した。

 俺達には勝てないと察したのか?

 だが――。


「逃がすな――」


『深追いはするな!!

 ノイン、戻れ』


 その時、俺の叫びを遮ったのは、課長のお声だった。


「しかし!?」


『あいつは俺達の手に負える相手じゃない』


 我々の手に負えない相手……ということは、キサラギの力を借りるということ。

 しかし、もしまたあの端末が現れたら、キサラギは……。

 そう考えると、課長の命令を呑むことは出来なかった。


「ここで見逃せば、次の機会まで手出しができなくなります!!

 今は無理をしてでも――」


『聞こえなかったのか?

 戻れ』


 その言葉に、棘は無い。

 感情を押し殺した、課長のお声。

 そうだ……キサラギを使うと言う決断は、課長にとってもお辛いものであるということを忘れていた……。

 これ以上駄々をこねても、この状況を変えることは出来ない。


「……承知いたしました」


 キサラギが俺に授けてくれた、俺の戦う理由。

 結局俺は、それさえも成し遂げられない……。

 ディア・メイルの仮面の下で、俺は歯を食いしばった。

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