10-1
キサラギが目を覚ましたのは、件の戦闘から四日後。
魔女様の話を聞くに、健康状態に全く異常は無いようだが、そこがまた気味が悪い。
あれだけの高速戦闘を行い、全身をボロボロにしておきながら、目を覚ますまでには全快しているとは……。
フィセント・メイルには生命維持機能があると聞いているが、この四日間メイルは始動していなかった。
となると……例の「端末」の機能か。
何処からともなく現れ、強大な戦闘能力を授ける謎の端末……。
そして、装着の解除と共に姿を消す。
あれが何なのか、そもそも端末であるかも不明だが、消えてしまっては調べようもない。
俺は目を覚ました友人を訪ね、セントラル総合病院を訪れた。
ここは魔力研究室の息が掛かっている為、俺も世話になる機会が多い。
病院は横に百五十メートル程の、七階建ての白い建物。
俺はその受付で、キサラギの見舞いに来たことを告げた。
受付の女性は、何も知らずに俺に面会カードを手渡してきた。
今彼がいるのは、五階の五○七号室。
しばらくは極秘設備の地下一階を使用していたが、キサラギ本人が完全に回復したことから、一般用の病室に移された。
何でも、キサラギ本人の希望であるらしい。
地下一階の病室には彩がないため、キサラギの性格を思えば当然だが。
俺は階段を上がり、五階へと向かう。
エレベーターもあるが、やはり人は自分で出来ることは、自分でするべきだと思うが故に、使わなかった。
五○七号室の扉の前に立った瞬間、ひとりでに病室の扉が動き出した。
この扉は自動ドアではない筈だが……。
「――あら?」
その向こうにいたのは、魔女ライム様とキサラギ夫人。
「おや、これは魔女様、おはようございます。
お疲れ様でございます、本日は御日柄もよく――」
「もう、またその挨拶?
そう言うスピーチは、この子とソウタの結婚式の時にお願いね」
そう言うと魔女様は、手の平をキサラギ夫人へと向ける。
御夫人は「す、スピーチ?」と首を傾げている。
確か御夫人は街の外からいらっしゃったと伺っている、結婚式についてはご存じないのだろう。
そんな御夫人に視線をやると、まるで毛を逆立てる猫のように、威圧感を俺へと向けてきた。
魔女様曰く、俺がキサラギを盗ってしまうと思って警戒しているらしい。
御夫人に対して言うのもなんだが、可愛らしいものだ。
「お見舞いに来てくれたのね。
私達はもう帰るから、ちょうどいいわ。
ソウタもヒマしてそうだしね」
キサラギ夫人は、俺に対して深く礼をなさった。
しかし、俺に対する威圧を緩める様子はない。
「キサラギの調子は伺っております。
大事が無くて何よりです」
「私もよ……それに、この子にとっても」
魔女様は、キサラギ夫人の御髪を御手でお撫になった。
キサラギが倒れて以来、御夫人は身を削って彼の傍にいらしたらしい。
地下一階の病室には面会時間の区切りもないため、丸々四日泊りがけだったようだ。
御夫人がこの四日間、どのようなお気持ちでおられたのか、俺には想像もつかない。
「そう……ですか……。
ゆっくりお休みください、奥様」
「あ、ありがとうございます」
御夫人は、バツが悪そうに微笑む。
まだ御夫人からの信頼は得られていない……か。
「じゃあ、私達はこれで。
女がいては、話せないこともありそうだしね」
「ええ、お気を付けてお帰り下さい」
その時、御夫人が魔女様の袖をお引きになった。
なにか、お伝えしたいことがおありになるようだ・
「ライムさん。
やっぱり私、ここに残ります!
旦那様も不安でしょうし……」
奥様は、隈の付いたような目でそう仰る。
扉の前でこのようなことを仰るとは、俺も相当警戒されているようだ。
「ダメよ。
イブキちゃんが無理をしないことが、何よりソウタの為になるんだから」
「でも――!!」
「大丈夫よ、ノイン君はソウタを盗ったりしないわ」
胸中を見抜かれてお恥ずかしいのか、奥様はそのお顔を真っ赤になさった。
「女の子なんだから、そんな隈だらけの姿じゃなくて、もっと綺麗な姿でいるべきだと思わない?
ソウタももう元気になったんだし、次に会うときは、最高のイブキちゃんで会いましょ?」
御夫人は、不承不承と言ったご様子ながらも、コクリと頷かれた。
流石は魔女様。
そのお言葉には、人を動かす力がある。
「ということで、お邪魔したわね。
ソウタのこと、よろしく頼むわ」
「ええ、是非とも」
俺は、魔女様がお開きになった扉を潜り、病室へと入る。
キサラギは、四つあるベッドの内、左奥の物に寝そべっていた。
それ以外のベッドが使われていないことを見るに、彼の貸切状態のようだ。
なるほど、これではキサラギも暇を持て余すだろう。
外での会話が聞こえていたのだろう、キサラギはベットの上で、俺の方を見ていた。
纏っているのは、上下に分かれた緑色の病衣。
普段妙なシャツを着ているからか、大人しい服装のキサラギを見るのは新鮮だ。
「ようノイン。
来てくれたのか」
「来ないと言う選択肢はないだろう」
「あ、先に言っとくけど、長ったらしい挨拶はなしな」
挨拶は大切だと思うのだが……やはり、長すぎるのはよろしくないのだろうか?
「キサラギ……挨拶をないがしろにしては――」
「だから長ったらしいのはって言ってるだろ!!」
こう言ってはなんだが、今のキサラギは本当に健康そのものだ。
あの時の大怪我など、影も形もない。
「……本当に何ともないのか……?」
キサラギは、失くした右腕と、左腕を交互に見やる。
「驚くほどにな。
目が覚めたら、全部治ってた……腕以外だけどな」
「失明するのは避けられないと、お医者さまから伺っているが?」
「むしろ視力は上がってるかもな」
……これは驚いた。
やはり、あの謎の端末の力か……。
「まあ、丁度良かった!
ちょっと付き合ってくれよ!」
キサラギはベッドから飛び降り、病室の出口へと向かう。
「付き合う?
何処に行くつもりだ?」
「屋上だよ。
イブキがいると、安静にしてろってうるさいからな」
彼がこの調子では、奥様の気苦労にも合点がいく。
しかし、回復のためには、外の空気を吸うことも大切だろう。
俺はキサラギの後に続き、病室から出た。




