2-1
現在12時5分、恵みの街マフルは本日も快晴!
俺・ソウタは、魔女ライムと共に、週に2回の買い出しに出ていた。
俺は、元いた世界で死んでから、ライムによってこっちの世界に呼ばれた。
異世界って言うと、魔法とかモンスターとかのいるRPG的な世界を想像するかもしれない。
例に漏れず、この世界にも魔法はあるし、魔物もいる。
だが意外なことに、テレビや携帯電話、インターネットは存在していた。
ただ、俺が元いた世界と違うのは、それらすべてが魔力によって管理されているところだ。
それだけじゃない、水道やガスといったインフラもすべて魔力で賄われている。
つまり、ここでの生活は前の世界とそう変わらないってことだ。
そんな中、ライムには掃除洗濯炊事、何から何まで頼りっきりだ。
買い出しの荷物持ちくらいはやらないと、なんとなく居心地が悪い。
「別に、そのくらい私でも持てるのに」
「なんとなく何かしら手伝っとかないと、俺も居心地が悪いだろ?
このくらいは任せろって」
「ふふ。ただの戦闘員として呼んだつもりだけれど、家事の手伝いまでしてくれるなんて。
あなた、前の世界では結構モテモテじゃなかった?」
「バカ言え。こんなもん手伝いのうちに入らねぇよ」
「そうかしら……。
結構食材買っちゃったけれど、今日の夕飯はどれがいい?」
俺は100%却下される覚悟で「ハンバーグ」と告げた。案の定、
「またそれ?」
とライムが呆れた声を上げる。
「しっかり野菜も食べなくちゃダメじゃない。あなたは体が資本なんだから」
「添えてくれれば食うよ」
「そう言っていつも残す癖に……。わかった、今日は特別よ」
ぶつくさ文句は言いつつも、結局は望み通りに動いてくれる。
どこのおばあちゃんだお前は。
俺は心の中でガッツポーズをした。
「にしても、こうしてお前と買い出しに出るようになってから、随分立つな」
俺がこの世界に来てから、すでに半年。
もう5体の魔人を葬ってきた。
一見、前の世界と変わらないように見える生活も、実際のところ天と地ほどの差がある。
もちろん、いい意味で。
そりゃそうだ。
この街には永久機関「パーパシャル・ジェネレーター」がある。
皆が格差なく、平等にライフラインを整えられたこの街は、まさに楽園と言ったところか。
……まあその裏に、色々あるのだが、それは後々語られることになるだろう。
「そうね。そうそう、ハンバーグのソースは何がいい? そんなに種類はないけれど……」
「お任せで」
「そう? どんな感じの味いい、とかでも大丈夫よ?」
「お任せでって言っただろ」なんて返そうとした、その時だった。
ドゴォン! と言う爆音。
「キャー!!」だの「化け物だ~!!」と要った叫び声。
俺達が轟音の発信源で何があったのか察するに、時間はかからなかった。
「ライム」
「ええ」
俺達は周囲に人がいないかどうか確認してから、路地に隠れた。
ライムはすぐに俺の左手を掴むと、彼女の持つ魔力を、俺のフィセント・メイル「グレイス」の発生器……俺達が「メイル・ドライバー」と呼んでいる端末に流し始めた。
女性特有の柔らかいに、左腕が包まれる。
それと共に、ピリピリとした痛みが左手に走り始めた。
ライム曰く、ドライバーを始動させるには相当な魔力が必要らしい。
電気の魔術を得意とするライムが、ドライバーを始動させるほどの魔力を供給するには、電気として魔力を流すしかないようだ。
ライムもそれを自覚してか、痛いと感じるギリギリの量を流してくれている。
だが、これではドライバーが始動するまで時間がかかる。
「おいライム!
時間かけてる場合かよ!
もっとビリっといけ、ビリっと!」
「で、でもそんなことしたらあなたが……!」
やっぱり、こういう時も、人の心配だ。
本当に心配すべき人は今、魔人に襲われてるってのに。
「俺はヒーローだ。
その程度覚悟の内だ」
「……ほんとにやる気?」
「ああ、ドンと来い!!!」
ライムは「それじゃあ……」と、俺の手にぐっと力を込める。
その瞬間――
ビリィ!!
と、全身に一本の針が駆け巡ったような痛みが走った。
「ぐっ!! がああああああ!!」
耐え抜くつもりだったが、やはり体は正直だ。
苦痛が、俺の身体に無理やり声を出させやがる。
俺は蹲って、最も痛みを感じた左腕を抱え込んだ。
「ソウタ!!」
蹲った俺の瞳を覗きこむライム。
本当ならば、魔力の注入を続けていて欲しいものだが、彼女の性格ではそれは不可能だろう。
だが、
<Starting>
始動は完了したようだ。
「大丈夫だよ、ライム」
俺は何とか声を発し、痙攣する筋肉に鞭を打つ思いで立ち上がった。
ポーズを決めてる余裕はない。
救うべき人を救えなければ、キメ台詞だって滑稽なだけだ。
俺はとにかく急ぐことを優先した。
「――雷装!!」
その掛け声と同時に<Electric Drive>という電子音声が鳴る。
すると、俺の全身を稲妻が駆け抜け、体表に鎧を形成していった。
「じゃあ、先行ってるぞ!」
装着が完了した俺は、ライムにそう言い残して、一っ跳び。
隣の建物の屋根の上に着地し、叫び声のした方向へと向かった。
上空から見るこの街は、やはり美しかった。
しかし、そんな美しい街の中を逃げ惑う人々が、俺の下を通過していく。
そのうちの一人が、俺の存在に気付いてか、声を上げた。
「あ、あれはなんだ!?」
「鳥だ!」「飛行機だ!」と声を上げる人々。
その時、一人の男が期待の眼差しと共に大声を上げた。
「いや、グレイスだ!」
その瞬間、歓声が俺の足元から舞い上がってくる。
……やっぱいいな、この瞬間! スーパーヒーローって感じだ!
俺はいつも以上のやる気を胸に、人々の流れの上流を目指した。
悲鳴の発信源と思われる個所の目星はついた。
人がそこから放射状に逃げていくからである。
きっと、誰かが襲われているであろうと、俺は地上に目を凝らした。
しかし、そこで俺が目にしたのは、不思議な光景だった。
魔人と思しき存在は見つかった。
腐りきった肉体を持つ、ゾンビの様な奴だ。
だが、それと対峙する少女が一人。
逃げようとする様子は、見受けられない。
むしろその少女は、腰の刀に手を掛け、魔人と睨み合っていた。
……刀?
確かこの街って、基本的に武器類の所持は禁じられてたはずじゃ……。
とにかく俺は、付近の建物の屋根を蹴り、もう一度上空へと飛び上がる。
そして、睨み合いを続ける魔人と少女の間目掛けて、一気に飛び込んだ。
上段からの魔断剣の一撃と共に。
「くぅらぁえええええええええええ!!」
だが魔人は、俺の存在を察し、身を翻す。
ゾンビってのはもっと鈍いイメージだったが、この世界のゾンビはその限りじゃないようだ。
前回のスライムの時も似たようなこと考えた気が……。
そんな時、ふと気が付いた。
この魔人、左肘から先が無い。
ふと、何かを踏んずけた感覚を覚え、視線を落とすと、
俺の左足の下に、潰れた魔人の腕が転がっていた。
……この子が切り落としたのか?
とにかく、少女の身は守れた。後は、この魔人を蹴散らすだけだ。
「おい、逃げろ。ここは危険――」
「新手ですか?」
しかし、その少女の口から飛び出てきたのは、意外な言葉だった。
「……は? 俺はお前の味方だぞ? 現にこうして、魔人にも――」
俺は、魔人から目を離さずに、少女に語りかける。
しかし、その言葉も途中で制された。
「知ってますよ! 都会の人はそうやって、人の心に漬け込むって!
怪物に襲われた人を助けるふりして、私を都合よく利用するつもりですね!!」
……なんだこの子、ド田舎で育った上京少女かよ。
……まあ、刀なんか持ってるし、あながち間違ってもないのかも。
「お前がどこの田舎もんかしらねぇが、話はコイツを倒してからだ!」
「そんな奴、私一人で十分です!」
人を疑うだけでなく、自分に対する過信。
この子は放っておいたら危ないタイプだ……。
「やめとけ! 一般人に相手が出来る奴じゃない!!」
「倒せます! おばあ様から頂いた、この刀があれば!」
別に、倒すだけなら俺にやらしてくれたっていいだろ……。
それともあれか?
人に貸しを作りたくないとか言う奴か?
「だから退いてください!
邪魔です!」
邪魔?
どの口がそれを言いやがる!!
この子のあまりに傲慢な物言いには、俺もついカチンと来ちまった。
俺は振り向いて、少女へと怒鳴りつける。
「邪魔してんのはどっちだよ!!」
振り向いて、初めてわかる少女の見た目。
腰ほどまである桃色の長い髪を後ろで束ね、トップスは日本の着物を思わせる白い服。
ボトムスは、桃色のミニスカート風ではあるが、行灯袴のようにも見える。
歳は12・3歳といったところか。
それに何よりも目を引くのが、腰に提げた日本刀。
日本刀だか太刀だか俺には見分けがつかないが、少なくともその系統であることには間違いない。
この世界にも日本、あるいはそれに近い文化の国があるということか?
「やります――あっ!」
少女は、やる気満々という風に俺の後方にいる魔人を睨み付けた。……後方?
しまった!!
と気付いても、時すでに遅し、魔人は地面を蹴って、上空へと姿を消した。
「待ちなさい!!」
少女はすぐさま覆うとするが、俺が彼女の肩を掴んでそれを止めさせた。
「何するんですか!?」
「深追いはやめとけ。
待ち伏せされてる可能性だってあるんだぞ」
俺の一言に、少女は大きく息を吐いた。
「……逃げられちまったか、お前の所為だぞ」
「深追いをするなと言ったのはあなたでしょう!?」
「あいつの狙いはお前だ。
お前を狙う奴にノコノコ付いて行ってどうする?」
「それ、本当ですか?
私を騙すための――」
「だぁかぁら!! 騙すつもりなんてないっての!!
あいつはお前を狙ってる。
だから俺が守ってやろうって――」
刹那、彼女の放つ殺気……。
これから攻撃するぞという意気込みのようなものが、魔力の機微として周囲に放たれた。
俺のフィセント・メイルがそれを拾い上げ、肌に伝えてくる。
俺はすぐさま後ろに飛び退き、彼女の間合いから脱した。
「……あなた……!」
少女は、目を丸くする。
おそらく、俺の反応速度に驚いているのだろう。
まあ俺がすごいのではなく、フィセント・メイルがすごいのだが。
「……とにかく、あなたの口車に乗る気はありません。放っておいてください」
少女はそう言い捨てると、ここから去ろうとした。
「だからそれが危険だって――」
「顔も見せない人の言う事なんて、信じられますか?」
……こいつ、痛いところついてきやがる。
「わかったよ」
仕方なく俺は、フィセント・メイルの機能を停止させた。
光の粒となって消えていく鎧を見て、少女は目を丸くする。
「魔装!? もしかして軍人さん?」
「いや、フリーランスだよ。
軍隊でもなんでもない」
軍の人間と言えば、信じてもらえるかもしれないが、嘘を言っても意味がない。
正直に、ただの民間人であることを告げた。
「……ますます信じられません」
「おい! 顔を見せろって言ったのは――」
俺が少女に駆け寄ろうとした瞬間だった。
目にも留まらぬ速さで抜刀された、少女の刀が、俺の喉元でピタリと制止する。
……まったく反応できなかった。
もし彼女が本気だったら、俺は首ちょんぱだったってことか……。
俺は、自らの背筋がヒヤリと凍りつくのを実感した。
「フェイントだと気付くとは……あなた、やりますね」
俺は避けられなかっただけなんだが……。
この子なんか勘違いしてないか?
って言うかなんか顔赤らめてるんだけど?
「でも、あなたの助けなんかいりません」
何を言っても、少女が俺に耳を貸す気配はない。
まあだとしたら、この子をストーキングして、魔人の出現を待つだけなんだが。
でも助けたのに感謝されないってのは、なかなか悲しいもんだ。
まあ感謝されるためにヒーローしてるわけじゃないけどさ。
そんな時だった。
「ソウタ! 大丈夫? 魔人は?」
ライムが上空から姿を現した。
警戒心が強い田舎娘の相手に、女性が力を貸してくれるなら心強い。
「ライム!
それが、この子がなかなか俺を信用してくれなくてさ」
「……ライム?」
俺の言葉なんか、聞く気がない。
そんなオーラを発していた少女が、ライムという名前にピクリと反応した。
「もしかして、あなた……ライムさん、ですか?」
「え? ええ、そうだけど」
俺の時とは全く違う反応。やっぱり、男はつらいよ……。
「私、おばあさまに言われて、お届け物を届けに着たんです」
「お届け物?
おばあさま?」
「おばあさまは『フロイアから』と言えば伝わると言っていましたけど……」
フロイア? どっかで聞いたことある名前だな?
それを聞こうと、ライムの方に視線をやると、
ライムは「フロイア……」と神妙な表情で呟いていた。
「っと言う事は、この街の外から来たのね。
魔物も多いというのに、驚いたわ」
ライムは優しく微笑むと、一言「付いて来て」と告げ、俺達の家へと歩き始めた。
ライムがこういった態度を取るときは、外で出来る話ではない時だ。
だが、この疑り深い少女が、素直に付いて来てくれるのか?
そう思い、少女に視線をやると……。
「はい!」
彼女は、元気よく返事をした。やはりこの子、一人にしちゃいけないタイプだ。