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今回はノイン視点となります。
突如として現れた謎の端末、圧倒的な強さを誇る黒いグレイス。
一体街の外で何があったのか、俺・ノインにはとても想像がつかなかった。
幸い、あの力のお陰で、ルイスは拘束。
ナルと呼ばれた女性の身柄も、こちらで預かることが出来た。
でも、あの力を使った後、キサラギは――。
――血の涙を、流していた。
それだけではない、全身は痣だらけ。
両足は酷く骨折しており、装着解除後の一瞬でも立てていたことが奇跡のような具合だ。
あれからキサラギは、病院に運ばれた。
もう三日も目を覚まさない。
だが気味の悪いことに、全身の怪我は快方に向かっていた。
この勢いなら、明日には完治しそうな程に……。
あれはまともな力じゃない。
あのようなものを使っていては、キサラギの身が持たない。
だが何より気になるのは、キサラギ自身が、誰の力も借りずにメイルを始動させたことだ。
俺達魔人対策課と魔女ライム様は、キリマ・ミル室長によって、マフル魔力研究室に集められていた。
用件は他でもない、キサラギのこと。
「――ええ、私から見ても、あれは魔術であると考えられます。
それも、キサラギ理論に基く、最も古典的な……」
古典的な魔術……人の願いを媒介に、カロリーと魂をエネルギーへと変換する技術。
三百年前の大破壊が起こる前に発見された、ということはわかっているが、それ以外のことが全て謎に包まれている。
ただ一つ、それを「キサラギ理論」と呼ぶこと以外は。
何の因果か、異世界から呼ばれたのもソウタ・キサラギ。
ややこしいが、ただの偶然だろう。
「そう……。
ということは、やっぱり――」
魔女様は、顎て手を当てて仰る。
魔女様方は、魔術を使うことに特化した方々。
魂を最初から持っておらず、純度の高い魔力がその代わりを務めている。
その魔力は、食事等によってあとから補給することが可能だ。
同じく、我々魔力に感染した人間もそう。
魂に感染している魔力を用いれば、魂を消耗させずに魔術を使用することが出来る。
そして、後から補給できる点も同じ。
しかし、魔力を持たないキサラギが魔術を使えば――。
「ええ、あの力を使い続ければ、キサラギ殿の寿命は……」
そう、あの時キサラギは、魔女様の力を借りずにメイルを始動させた。
ということは、彼自身の魂を消耗させたということだ。
「……まずは私から、あの力は使うなと言っておくわ。
それ以外に、対処法もないしね」
キサラギにあの力を授けたと思われる端末は、彼が倒れた後、忽然と姿を消していた。
これでは、端末を取り上げて終了というわけにもいかない。
「ええ。
しっかりとお灸を据えて頂きましょう」
とはいえ、戦闘になれば、いつあの端末が現れるかわからない。
あの力は、使うなと言えば抑えられるものなのか?
あの時のキサラギは、普段とは違う様子だったが……。
どうであれ、今後キサラギの出撃は控えさせるのが無難だ。
「ですが室長、あの力は使うなと言えば済むものなのですか?
もしそうでないとしたら、キサラギの出撃は控えさせなくては……」
恐らくキサラギは、出撃するなと言っても聞かないだろう。
命の危険があるから戦うなと諭しても、その恐怖を背負いながら戦場に赴くだろう。
彼を押えておくことが、俺達に出来るのか?
その問いに答えてくださったのは、課長であった。
「そこが最大の懸案事項だ。
とりあえず、魔人が出現しても、ボウズには伝えない。
しかし、どうしても敵わない連中が現れた場合は……仕方がないよな」
課長は口に含んだ煙草の煙を、深い溜息と共に吐き出された。
課長にとっても、そのご決断はお辛いものであるのだろう。
「そこを含め、今後の組織活動について、練りましょうか。
早めに得なくてはなりませんしね、マフル上層部の承認を。
魔女様はお疲れでしょう?
今日のところはこれで」
そのお言葉に対し、魔女様は溜息混じりの苦笑いを浮かべられた。
「私なんてまだいい方よ」
「イブキ女史……ですか?」
「そう。
あの子、ずっとソウタにつきっきりで……。
でも、そうさせてあげる事しか、私にはできないから……」
「魔女様、どうか、気負うことのないように。
我々も、街の外でキサラギ殿に何があったのか、徹底的に調べ上げますので」
「ええ。
プレッシャーを掛けるようで悪いけど、頼んだわ」
魔女様は、今にも押しつぶされそうな表情を浮かべ「失礼したわね」と部屋を後になさった。




