9-3
「黒い……グレイス……!?」
ライムは俺の姿を見て、息を呑む。
ライムだけじゃない、俺に降り注いだ赫い稲妻は、この場にいるすべての人物の目を引き付けていた。
鎧を形成してもなお、有り余っているエネルギーが、稲妻と言う形で体表に現れる。
今回のメイルは、今までの物と全く違う。
メイルが力を貸してくれてるんじゃない、俺自身に力が漲ってくるようだ。
その稲妻が背中に集まっていく。
俺が念じると同時に、背中の羽が展開。
そこから、膨大な量の魔力の奔流が溢れだした。
赫く、羽にも見える、膨大な魔力が。
一見すると羽に見えるが、その実、フレキシブルに動くブースターだ。
左側に羽を広げるのがデフォルトポジションだが、右にも後ろにも動く。
「ナル……!?
ナル……大丈夫!?」
ルイスはようやく状況を理解したのか、ナルへと必死に問いかける。
しかし、土埃の中から現れたナルは、メイルなど装着していなかった。
建物に背中を預け、ぐったりと俯いているのみ。
「大丈夫だ、殺しちゃいない」
ルイスは俺からナルへ、ナルから取り上げたメイルドライバーへと視線を動かす。
「あんた……今何を……!?」
「確かめてみるか?」
ルイスは舌打ちをすると、俺へ圧縮した水を発射してくる。
だが、そんなものは、赫い稲妻が勝手に防いでくれる。
しかし、水が突然熱せらたことによって発生した水蒸気が、俺の視界を埋め尽くした。
その奥から感じる殺気……。
ルイスが、水蒸気を掻き分けて、俺に殴りかかってきている。
「猪突猛進なのは買うが……」
俺は、左腕を右に運び、右から左へ、一気に腕を振り――。
バアン!!!
「頭を冷やした方がいい」
ビンタをかました。
「お前の水の力でな」
ナルのいる方へと吹き飛んでいったルイスは、器用に身を翻し、ナルの傍らに着地する。
ルイスは、三点着地で速度を殺しながら、俺を睨み付けてきた。
「あんた……街の外で何があった!?」
「悪いが、何も覚えてない。
一つわかることは、今の俺は強いってことだ」
マナに関することは秘密にする、それが彼女との約束だから。
彼女が何のために、俺にこの力を授けたのかはわからない。
だけどせっかくもらったんだ、有効活用させてもらおうじゃないか。
「くっ!!」
ルイスは、ナルを一瞥する。
そして、彼女の携行している刀身の無い刀を手に取り、水の刃を顕現させた。
俺の右腕を切り落とした装備だ。
メイルと一緒に消えていないということは、対メイルライフルと同じ、後付の武装なのだろう。
「逃げた方がいいんじゃないか、魔女ルイス?」
「手ぶらで帰るわけにはいかないからね!!!」
ルイスは俺の忠告を無下にも一蹴すると、俺に向かって刀を振り上げてきた。
ここでナルを連れて逃げないということは、奴の狙いはバーズシングのメイルドライバーか。
やはり魔女、常人には捉えられない程のスピード。
だが、今の俺は常人じゃない。
俺は左腕を額の前にかざす。
グレイスのウェポンラックから顕現されたのは、魔断剣。
だが、いつもとは違う。
剣が、赫いエネルギーを刃として纏っているのだ。
俺はそいつで、ルイスの一撃を受け止める。
水の魔力と、雷の魔力、二つの膨大なエネルギーが、俺達の目の前で衝突する。
「――少なくとも、逃がすつもりはないけどな」
俺は左腕を振り、ルイスの刀を弾き返す。
そして、彼女の鳩尾を、右足で思い切り蹴り上げた。
メイルによる身体強化と、俺の身体に漲る力による蹴り。
その威力は、ルイスを遥か上空に吹き飛ばすほど。
呻き声を上げながら、吹き飛んでいくルイス。
だが、このままにしておけば、逃げ仰せられてしまう。
俺は背中のブースターを全開、ルイスへと一気に飛び立った。
瞬きの間にも、俺はルイスを追い越す。
そして、ルイスの進行方向上で、急停止をした。
「遅い、何もかも!!!」
背を向けて、こちらへと向かってくるルイス。
俺は、彼女の背骨を、思い切り蹴りつけた。
骨を砕く衝撃が、俺の脚を伝ってくる。
普通の人間ならば、致命傷になる一撃だが、魔女ならば大丈夫だろう。
彼女はもはや言葉さえも出さず、あるいは出せず、地面へと叩き付けられた。
だが相手は魔女、これだけではまだ足りない。
俺はもう一度ブースターを全開に開き、地面に寝そべるルイスの背に向かって、速度を上げる。
そしてもう一度、彼女の背中を蹴りつけた。
「グブァ……!?
ガバァェ……!?」
ルイスの声にならない声……いや、攻撃の衝撃で空気が漏れただけか。
「違うな……俺が早すぎるんだ」
ぴくぴくと体を痙攣させるルイスから足を下ろし、俺は深くため息を吐いた。
「旦那……様……?」
振り返ると、ライムやイブキが、俺を見て目を丸くしている。
……少しやり過ぎたか?
まあ、俺やイブキを殺そうとした報いだ。
刹那――。
俺を狙う強烈な魔力の奔流を、メイルが感じ取った。
……そうか、もう一体いたな。
その奔流を放つのは、獅子の魔人。
俺に向かって大口を開け、今まさに熱線を放とうとしているところだった。
それと同時に、俺のメイルドライバーが充電完了の合図を出してきた。
いつもに比べて、充電が明らかに早い。
「丁度いい」
俺は、ドライバーの外装を押し戻した。
<Finally Drive>
「いい試し斬りになりそうだ」
もはや限界を超えて背中から放出される、赫い魔力。
俺はそれを用いて、一気に魔人へと踏み出した。
人間の目では、捕えられない。
音すらも置き去りにする速度。
俺の目に入る景色は一瞬にして線となり、気付けば目の前に魔人の大口が広がっていた。
俺はその口に、稲妻を纏った右手を突っ込む。
こいつ、デカすぎるせいで掴むところもないし、ちょうどいいだろう。
俺は奴の舌を掴み、膨大な魔力と共に、奴を上空へと投げつけた。
魔人の体内から、奴の身体を破って出てきた赫い稲妻が、奴を空中に固定させる。
宛ら昆虫標本だ。
「いい格好だ」
俺は魔人よりも遥か高くへと舞い上がり、背中の羽を左側に大きく広げた。
魔女やナルを殺す訳には行かないが、相手は魔人だ、容赦はしない。
俺はブースターを吹かし、魔人へと直進する。
そして、抜刀した魔断剣で、魔人の身体をすれ違いざまに切り裂いた。
「斬るのがもったいない」
魔人は、頭から尻まで、魔断剣によって切り裂かれる。
奴がその断面を人目に晒しそうになった瞬間、奴の体内から現れた無数の稲妻が、魔人の身体を真っ黒に焦がしていった。
最後に、空から降ってきた巨大な稲妻が魔人の身体を貫く。
魔人の身体は、一瞬にして消し炭と化した。
……終わった。
俺は地面に降り、メイルの装着を解除する。
漆黒の鎧は、光の粒となって、空気中に消えて行った。
……あれ?
なんだろう、この感じ……。
鎧と一緒に、心の毒素が抜けていくような感覚……。
この戦闘の間、静まり返っていた俺の心に、感情が戻ってくるような。
自らの心を捨て、無理矢理にも平静を保つ。
あれが、殺意を乗りこなすということ……?
「旦那様!!」
俺の後ろから、イブキの声がした。
振り向くと、彼女が俺に向かってかけてきているようだ。
手を振りながら、可愛らしいポニーテールを跳ねさせながら、こちらに向かって走ってきている。
そう言えば、彼女の服を汚してしまったな……後で謝らないと。
その声に応えようと、俺は右腕を挙げた。
挙げようとした。
だけど、挙がらない。
「がぁ!?
ぐ……がああああああああ!??」
次の瞬間、俺の身体を、激痛が支配した。
まるで、頭から剣で串刺しにされているような……。
痛みに全身が悲鳴を上げる中、俺は自分の身体を見やる。
別に、変わったところなんかない。
本当に頭から剣で串刺しにされているなんてこともない。
だが、俺の痛みは増すばかり。
俺の意識は、まるで痛みに呑みこまれていくように、黒く染まっていった。
エピローグを更新予定です。




