9-2
真っ赤に染まった視界は、暗転するように。
あるいは、凝固する血のように、黒く染まっていく。
気付けば俺は、真っ黒な空間に囲まれていた。
確か、俺があっちの世界で死んだ時も、こんな感じだったっけ?
じゃあ、俺はまた死んだのか?
「届いたわ、あなたの想い」
その真っ黒な空間に、白い人影がぽつり。
俺はその人影に視線をやる。
そいつは……ライム!?
間違いない。
幻想的と言える程に白い肌を晒した、全裸のライムだ。
「ライム……どうしたんだよ……。
っていうか、服くらい着ろよ!」
彼女はこちらを一瞥すると、深くため息を吐いた。
その目は、まるでこちらを見下しているような……?
ライムは普段、こんな目はしない。
「そう、あなたにはそう見えているのね」
この言い方、こいつはライムじゃないってことか……?
「……お前は、誰だ……!?」
「そんなことどうでもいいじゃない。
結局あなたはこの力で、奪うことを選んだ。
刃向うものを蹂躙し、自らの道を血で染め上げることに決めた」
「何のことだ!?」
「聞こえたわよ。
――あいつらを、ぶった斬っておけばよかったって」
それは、俺が最期に思ったこと。
こいつは、俺の想いを読んだ?
ってことは、マジもんの神様かなんかか!?
「……確かに思ったよ。
だけど、それがどうしたって言うんだよ!」
「別に?
ただ、それがあなたの本心か、聞きたかっただけ。
あなたはどうして、その人たちを殺そうとしたの?」
そんなの決まってる、そうしておけば、イブキが守れたからだ。
「じゃあどうして、その人を守りたかったの?」
それだって決まってる。
イブキが、俺にとって何よりも大切な人だからだ。
「じゃあどうして、その人がそんな危険な目にあっているの?」
それは……。
俺が、ヒーローごっことか言って、正義の味方ぶっていたから……。
俺の前に立つライムの様な女は、再び大きなため息を吐く。
「ごちゃごちゃね、あなたの願いは。
もう少し整理したらどう?
あなたにはある筈よ、あなたが、あなた自身に望む姿が。
理不尽に晒されても、理不尽を振り撒くことになっても、貫きたい姿が」
「理不尽を……振り撒く……?」
その時、一つの言葉が、俺の頭を過った。
『呪ったわよ……。
ヒーローごっこで……遊びで全てを奪われる……こんな運命』
そうだ……俺はずっと、理不尽を振りまいていたんだ。
でも……それでも俺が戦っていたのは、なんでだっけ……?
『舞う葉も種も、風にとっては知らぬこと』
……風は時に災厄となり、時に恵みとなる。
人の行為だって同じだと、あの時学んだじゃないか。
「私はこれから、力を授けるわ。
血に飢えたあなたの意思の力を」
すると、ライムは突如、赫い光に包まれた。
まばゆい光が収まった後に立っていたのは、漆黒の鎧。
真っ暗なこの空間の中に溶けてしまいそうな程の。
「黒い……グレイス……?」
だが、その背中には赫い羽があった、蝶の羽のような。
しかし、その羽は左側に一つしかない。
片翼の騎士……?
その羽を構成しているのは鎧ではない。
墳散する血液にも、迸る赫い稲妻の束にも見えるエネルギーが、羽を形作っているのだ。
「この力をどう使おうが、私は何も言わないわ。
私はただ、願うだけ――」
そう言い残し、ライムの様な女は、闇に消えていく。
同時に、俺の視界が白色に染まっていった。
白と共に、俺の視界に流れ込んでくる膨大な量の色彩。
それは、マフルの街を形作っている色だ。
俺は、マフルに戻ろうとしているのか?
さっきの女が、何を言おうとしていたのかは、よくわからない。
だけど、俺の中には、確かな一つの「想い」があった。
最初から、俺の想いは一つだったんだ。
俺は、ヒーローでいたい!!!!
気が付けば俺は、止まった時の中で、グーンの車内にいた。
違う……俺は今、夢を見ていたんだ。
大切な夢を……。
そして、時間がゆっくりと動き出す。
放たれた弾丸は、俺達を貫こうと、空気を掻き分けて突き進む。
だけど、今の俺は死なない!!
突如、赫い稲妻と共に現れた端末が、銃弾を受け止めた。
一発だけではない、その端末が高速で動き回り、全ての弾丸の弾道を逸らしているのだ。
その端末は、マナからもらった物。
便宜上、ここはブラッディコンバータとでも呼んでおこう。
今の俺にはわかる。
さっきの夢は、この端末が見せて来たものだ。
あの時は、実験台にされるのなんかごめんだと言ったが、この状況を打破できるなら、喜んで使ってやる。
「なに……これ……」
俺の傍らで、イブキが呟く。
でも、今は説明している暇はない!!
俺はナルに目をやった。
あいつは今、俺に銃口を……すなわち、メイルドライバーを向けている。
ならば、奴に一矢報いるチャンスだ。
今の俺は生身だが、ナルに勝てる。
……そんな気がする。
俺は、右足を踏みしめ、一気に地面を蹴り飛ばした。
生身の人間では、とても出すことのできない加速感が俺を襲う。
銃弾でくり抜かれた窓を抜け、俺はナルへと襲い掛かる。
ナルは対処しようと身を捻るが、もう遅い!!
俺はナルの腹部に右足を押し込む。
そして、俺に乗っている速度と共に、一気に右脚を突き出した。
ナルは俺の前方を吹き飛んでいき、道路沿いの建造物に叩き付けられる。
それと同時に、大量の砂埃が舞った。
ただ蹴り飛ばしただけじゃない。
俺は確かに奪った、奴の切り札を。
俺が左手に握っているのは、バーズシングのメイルドライバー。
ナルが吹っ飛ぶ瞬間、奴から奪ったものだ。
「イブキ、持っててくれ」
俺はイブキのいるグーンの車内に、メイルドライバーを投げ捨てた。
イブキは現状が理解できていない様子で、俺とメイルドライバーを交互に見やる。
「さて……ヒーローごっこと洒落込もうか!!」
俺の周囲を浮遊していたブラッディコンバータが、ひとりでに動き出す。
雷のコンバータが宙に浮き、そこにブラッディコンバータが装着される。
そして、ブラッディコンバータのスロットに、雷のコンバータがゆっくりと嵌められた。
<Starting>
不思議な感覚だった。
俺は今、ナルやルイスへの殺意を抱いている。
いや、殺意と言うよりは闘争心と言うべきか。
しかし、それを乗りこなしているんだ。
この闘争心は、殺したいから抱いているんじゃない、ヒーローでいるためのものだと、俺が理解しているんだ。
今の俺の心にあるのは、飾り気のない闘争心のみ。
思考が、そして見えるものも聞こえるものも、驚くほど淡泊に感じる。
「どうして!?
どうしてメイルが……?」
俺の視界の隅で、ライムが目を見開いている。
でも、そんなこと今はどうでもいい。
赫い稲妻を纏う、黒いグレイス。
夢の中で、ライムみたいな女が装着していた鎧。
きっと、ブラッディコンバータを用いて装着できるのも、それなのだろう。
<Bloody Drive>
突如、雲一つない空から降ってきた赫色の稲妻が、俺を貫く。
それは俺の闘争心と混ざり合うように、体内を駆け巡ると、体表に鎧を形成していった。
赫き片翼を携える、漆黒の鎧を――。
二日連続更新です!!




