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8-3

 気が付くと、俺は空を飛んでいた。

 比喩表現じゃない、本当に空を飛んでいたんだ。

 眼前に広がっているのは、荒廃したビル街。


 その景色を覆い隠すように「Lifesaving mode」と書かれたウィンドウが、視界の中央に浮いていた。

 救命モードってことか……?


 あれ……なんで、こんなことになっているんだっけ?

 そうだ、確か俺は……魔女ルイスに負けて……街の外に追いやられて……。


 ふと、俺の胴体に強い圧迫感を覚える。

 自らの身体に視線を落とすと、どうやら巨大な趾で掴まれているようだった。

 ってことは、いま俺が飛んでいるのはコイツの所為……?


 振り返ると、真っ先に俺の目に飛び込んできたのは、巨大な鳥の頭。

 大きさは大型トラック程はある。

 ちょうどいい餌が転がっていたから、巣まで運ぼうって魂胆かよ!!


「放せ……!!!」


 俺は右手を握りしめ、そいつを鳥の趾へと叩きつけた。

 だが、拳は空を切った。

 ……くそ、腕の長さすら把握できないなんて。

 気絶していた影響か。


「放しやがれ!!!」


 俺は、右手で趾を思い切り殴りつけた。

 しかし、その時視界に映った俺の右腕に、拳なんてものはついていなかった。


「え……なんでだよ……?」


 ……そっか。

 あの時、ナルに切り落とされたんだった。

 俺の右腕は。


 俺の視界に映るものが、まるでモザイクでも掛けられたかのように遠くなる。

 今見ている物が、夢だと感じる程に。

 でも、わかってる、これは夢なんかじゃない。

 確かに、俺の腕は切り落とされたんだ。


 どうして?

 そんなこと決まってる、俺が自惚れてヒーローごっこなんかに浸ってたからだ。

 最初から、命を懸け戦いだったのに。

 むしろ、今命があることだけでも、感謝しなければならない。

 だけど、そうはわかっていても……俺は、納得できなかった。


 だからって、誰を責めればいい?

 ルイス? ナル? それとも、俺を戦いに巻き込んだライムか?

 誰も責められない。

 だってこの戦いは、俺が望んだことなんだから。


「あぁ……。

 あああああああああああああああ!!!!」


 そうだ、俺は自分の意思で戦った。

 それで負けた。

 それだけだ。

 

 わかってる。

 わかってはいるんだ。

 でも、失われた右腕は、どんな言い訳をしようと取り戻せない。


「放せ!!

 放せよ!!!」


 俺は拳の無い右腕で、何度も巨大な鳥を殴りつける。

 だがこいつは、そんなこと知らぬ様子で空を飛んでいた。

 メイルの出力が低い?

 救命モードの所為かよ!!


「放せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」


 俺は殴った。

 何度も何度も何度も。

 だけど、鳥の魔物は怯む気配すら見せない。

 それどころか、奴はさらに飛行速度を上げた。


 すると不意に、魔物が速度と高度を落とす。

 そして、そこら辺のビルの屋上に俺を投げ捨てやがった。


「ぬあ!?」


 俺は抵抗することも出来ず、屋上をゴロゴロと転がる。

 そして、五回か六回転がった後に、拳の無い右腕で回転を制した。

 仰向けになった俺の視界が、青い空に包まれる。

 しかし、マフルの様な晴天ではなく、所々に雲が見える。

 雲を見るのは、ずいぶん久しぶりだ……。


 と、その時、その空を三つの影が覆い隠した。

 その影は、小鳥の頭。

 小鳥と言っても、軽トラ程はある巨大な奴らだ。

 恐らく、俺を運んできた魔物の雛……。

 ここがこいつらの巣ってことか。


 そいつらは、俺を待ち望んでいたかのように大口を開け、俺へと一斉にかぶりついてきた。


「や、やめろ……!!

 このくそったれが……!!!!」


 だが、奴らの嘴ではメイルの装甲を貫けないのか、雛たちは親鳥へと助けを求める。

 すると、親鳥は俺を踏みつけた。

 俺の眼前で、奴の嘴がきらりと光る。


 所詮魔物では、メイルの装甲は貫けないことなんてわかってる。

 わかってはいても、怖かった。


 こんな恐怖を感じたのは、いつ振りだっけ?


 確か、ルイスと初めて戦った時に、俺は死の恐怖を実感した。

 でも、あの時はライムが、そしてイブキが、俺の支えになってくれた。

 俺の恐怖を受け止めてくれた、俺の力になってくれた。

 だから、俺はヒーローでいられた。


 でも、一人になったらこのザマだ。

 結局、俺はヒーローなんかじゃない。

 ライムに分けてもらった力を振るって、威張っていただけ。

 そんな事実が、俺の頭の中をかき回していた。


 今どうすればいいのか、俺はどうしたいのか、俺にすらわからない。

 俺はただ、どうしようもない現状に、苛立ちを覚える事しかできなかった。

 

 親鳥が俺へと嘴を向ける。

 俺を啄むことのできない雛の代わりに、俺を解体するつもりだろう。


 このメイルって、実際どこまで頑丈なんだろうか。

 まあそれがわかるのは、俺が死んだ時か。


 俺の脳は、恐怖以外の感情を飲み込もうとしない。

 まるで悪夢でも見ているようだ。

 でも一つだけ、揺るがない意思が、俺の中にあった。


 ――生きたい。

 生きて、もう一度イブキに、ライムに、みんなに会いたい。


 刹那――。

 一筋の光が、親鳥の首元で光った。

 ……今のはなんだ?

 見間違い?

 にしては、随分とはっきりしている。

 さっきの光は、まるで親鳥の首を切り裂くような軌道を描いて――。


 次の瞬間、俺の腹に親鳥の頭がボトリと落ちた。


「な、ななな……!?

 なんだ!?

 どうなってんだ!?」


 俺は鳥の首を跳ね除け、地面を掻き毟って後退する。

 直後、鳥の胴体が、ひもが切れたように地面に伏した。

 

 突然の出来事に、悲鳴を上げる雛たち。

 しかし、その雛の首も、一羽、また一羽と切り落とされていく。


 俺のいた屋上は、あっという間に血の池と化していた。


「なんだよ……これ……!?」


 不意に、俺の背後から音がした。

 血の池に、両足で降り立ったかのような音が。


 俺は、未だに整理の付かない頭で振り返る。

 その先には、何もいない……?

 いや、いる……が、目に見えていないだけだ。

 光を歪ませながら、一人の影がゆっくりと姿を現した。

 光学ステルス……?


「お前……誰だ……?」


 姿を現したのは、ハチマキのようなもので額を隠し、マフラーのようなもので口元を隠している鎧。

 マフラーもハチマキも、高貴な紫色だ。

 鎖帷子を模した装甲からは、忍者の意匠が見て取れる。

 左太腿のウェポンラックには忍者刀、右太腿にはクナイが携行されている。


 まさかこいつは、フィセント・メイルか!?


「あなたの敵ではありません……ごめんなさい」


 鎧からしたのは、女性の声。

 声だけでも、人を魅了してしまいそうな。


「……顔も見せない奴を、信用できると思うか?」


 それは、イブキとの初対面の時、彼女に言われた言葉だった。

 こうしてあの時のイブキの立場に立つと、こう言いたくなる気持ちも痛いほどわかる。


 俺の目の前に立っていた鎧は、バツが悪そうに俯く。

 すると、彼女の纏う鎧が、光の粒となって消えて行った。

 間違いない、これは……。


「フィセント・メイル……!?」


 だが、メイルを扱えるのは俺しかいない筈。

 これで二人目の「例外」。

 こうなると、もはや俺の方が少数派だ。


 鎧を纏っていたのは、身長百五十センチほどの少女。

 深紫色の長い髪で目元を隠しているが、かなりの美貌の持ち主であることが窺える。

 髪の長さは、彼女の腰ほどまで。

 姿勢が悪くてわかり辛いが、彼女のスタイルはその……なんというかまあ、立派だ。

 主に胸部が。

 身長が低い分、より強調されている。

 このスタイル、ライムと並ぶほどじゃないか?


 ゴスロリ、って言うのだろうか。

 フリルのついたドレスを纏っているが、左太腿には一筋のスリットが入っている。

 そのスリットから、彼女の美しい太腿と、そこに巻き付けられたメイルドライバーが顔を覗かせていた。


「お前、その鎧がなんだかわかっているんだよな?

 何者だ?」


 少女はオドオドと周囲に目を泳がす。

 そして、おずおずと口を開いた。


「ごめんなさい……。

 これから言う事は、姉さまには内緒にしくれませんか?」


「姉さま?」


「あ、ご、ごめんなさい……。

 誰にも話さないでください……」


 彼女は、俯きながら俺に問う。

 どうやら、ここはイエスと言わなければ話が進まなそうだ。


「わかった。

 姉さまが誰だかわからんが、言わないよ」


「他の人にも……誰にも言わないでください……ごめんなさい」


 実際、腕時計ごと右手が切り落とされた今、おっさん達と連絡を取ることも出来ない。

 そのうち俺の捜索も始まるとは思うが、それまではこいつが頼りだ。


「はいはい、言わないよ」


 って言うか、なんでいちいち謝るんだよ。

 そういうタイプなのか?


「で、では言いますね……。

 私は「マナ」です……ごめんなさい。

 ライム姉さまの……妹です」

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