8-2
俺に出撃許可が下りたのは、それから三十分後。
ノインへの出動命令は、あの後すぐに発令されたらしいが、避難や交通規制が済むまでは、俺の出番はない。
幸い、俺がいなくても足止め程度は出来るようで、被害は殆ど出ていなかった。
最初は調査隊が出動する予定だったが、調査するまでもなく魔人が姿を現したため、調査隊の出動は中止。
すぐにノインの出動命令が下されたってことだ。
いや、姿を現した……というわけでもない。
通報通りの場所に鎮座していたんだ。
今回魔人が現れたのは、マフルの南端「カオシズ地区」の南端。
この街と外界を隔てる「壁の上」だった。
おっさんによると、いつの間にか壁の上に座っていたらしい。
街の外壁の厚さは、5メートル程。
壁の上端は平らになっている。
そのさらに外側から、上方向に魔力障壁が伸びているのだ。
壁には、大型の魔力障壁の発生装置が内蔵されている。
七十メートル程の高さの外壁で街を囲い、それより上はドーム状の魔力障壁で守っているんだ。
その近くで暴れられて、何かあったら最悪だ。
発生装置はそう簡単には壊れない筈だが、もし何か起これば、街の外にいる魔物達が、街に入り込んでくる危険性すらある。
今のところ、魔人が暴れる気配はないが、今回は注意して立ち回らなくてはならないだろう。
だが、今回の魔人にも、一つ引っ掛かることがある。
前回のカブトムシの魔人と同じく、人を食べようとしてないんだ。
今回現れたのは、巨大な獅子の魔人らしい。
その気になれば、発見者に通報される前に、捕食できたはずなのに、なぜそうしない?
理性を持たない魔人なら、後先考えずかぶりつきそうなものだが……。
ただお昼寝しているだけなのかもしれないが、壁の上にいるってのも不自然だ。
バカと煙は高いところが好きとも言うし、本当に一休みしているだけなのかもしれないが……。
いや、考えるのは止そう。
出撃許可が下りたのなら、魔人をぶっ倒すまでだ!
「雷装!!」
<Electric Drive>
メイルを装着した俺は、バイクを浮遊させ、出撃ゲートから飛び立った。
上空に飛び立ってみると、外壁は相当でかいものだということがよくわかる。
そりゃそうだ、直径は約百キロメートル。
マフル全体を守る防衛の要だ。
実際、接近すればするほど大きく見えてくるその壁に、俺は圧倒されていた。
そして、ある程度外壁に近付いたとき、その上にぽつんと佇む影が目に入った。
あれが、件の魔人。
外壁と地面の境界が見えるようになった時、壁の上で待機するディア・メイル……つまり、ノインを視認することが出来た。
その周囲には、二両のグーンが魔人を取り囲むように浮遊している。
グーンは後部ハッチを開き、その中に武装した警備隊員達を待機させていた。
この距離ならば、魔人の姿も正確に視認できる。
ディア・メイルと対峙しているのは、報告通りの巨大な獅子。
だが、四足歩行には向かなそうな、人の様な骨格に、俺は何とも言えない嫌悪感を覚えた。
……よく見ると、奴の鬣は透けている……?
いや……違う、あれは陽炎?
ってことは、あの獅子は熱の魔力を持っているということか。
グーンと同じ程度の大きさに、首元に纏う熱。
ディア・メイルでも苦戦しそうな巨体だが、動く様子はない。
ノイン達も、その様子をおかしいと思っているのか、攻撃をせずに魔人を取り囲んでいるのみ。
その時、俺の腕時計からノインの声が聞こえた。
「課長、魔人はだんまりを決め込んでいます。
どう致しますか?」
「構わない、排除しろ」
おっさんも、魔人の奇行には慣れたのか、冷静な返答を寄越した。
喋る魔人に、人を食わない魔人、そして今度は、抵抗しない魔人。
今後もこんな連中が出て来るのなら、魔人と言う存在に対しての認識を改めねばならない。
「了解致しました。
グレイスの到着次第、排除を実行とします」
「こちらグレイス、もうそこまで来てるぞ」
ノインが俺の到着を待つのは、ただ一つ。
ディア・メイルでは、魔人に止めを刺すのに時間が掛かるからだ。
その点、フィセント・メイルならば、必殺技で一撃。
たとえ必殺技を使わなかったとしても、ただの魔人くらい、本気で殴れば倒せる。
魔人が動かないのなら、ノインのデストロイ・ビークを撃ち込んで、復帰される前にぶった切っちまえば終りだ。
やっぱり、今日もすぐに帰れる。
そう思い、バイクをのハンドルを握り直した。
――その時だった。
俺を真っ直ぐに狙う、魔力の奔流を感じたのは。
まさかと思い、魔人の方に目をやる。
すると、奴は俺に向けて大口を開けていた。
その中で輝く、オレンジ色の光――!?
俺はバイクをロールさせ、魔力の奔流から逃れる。
直後オレンジ色の光線が、俺のすぐ横を過ぎて行った。
「おわ!!??
あっぶねぇ!!」
「魔人、活動を開始!!
これより戦闘行動を開始します!!」
壁の上で、ノインが構える。
同時に、壁の周りに浮いていた二両のグーンから、機銃が一斉に放たれた。
グーンの中で待機していた隊員達も、一斉に銃を構える。
膨大な量の銃弾が、魔人へと降り注ぐ。
しかし、魔人にとっては、もはやただの雨。
奴は涼しげな顔で、銃弾を浴びていた。
「なんなんだよ、あれ……!?」
さっきの光線と言い、機銃をものともしない防御力と言い、こいつは今までの魔人とは違う……!?
だったらなおさら、ノインだけじゃ危険だ。
俺はバイクを飛ばし、魔人へと一直線に突っ込もうとした。
刹那、俺の肌が一斉に粟立つ。
魔人の遥か上空から、俺を見下ろす、冷たい魔力。
さっきの光線とは違う、もう一つの魔力をメイルが感じ取ったんだ。
この感じ、俺は知っている。
もう感じたくない魔力だった。
これは、フィセント・メイル「バーズシング」の放つ、水の魔力……。
俺は体を右に倒し、バイクを一気に右折させる。
それとほぼ同時に、銃弾とも取れる程の水の激流が、俺の横を擦過した。
俺は、射点に視線をやる。
魔人の直上、ドーム状の魔力障壁のギリギリの位置に、一つのシャボン玉が浮いていた。
その中に並ぶ、二人の影。
そのうち片方が、俺へと銃口を向けていた。
「魔女……ルイス……!!」
ルイスとナルは、シャボン玉を破り、自由落下に身を任せて俺の目の前まで下りてきた。
まるで、壁へと向かう俺を阻むかのように。
そして、俺と同じ高度まで下りてきた辺りで、足元から水流を発生させ、空中に降り立った。
空中浮遊か……この前も使っていたが、随分とまあ万能な力だ。
「随分芸達者だな、ルイス……!」
「そりゃ、この力がマフルのライフラインを支えてるんだからね」
「どうもどうも、感謝してもしきれないな。
だけど、今お前に構ってる暇はない!!」
俺はバイクの推力を全開にし、ルイスの頭上を飛び越える。
ノイン達が戦っている、あの魔人は危険だ。
一刻も早く加勢しなければ、彼らが危ない!!
俺の視線の向こうで、魔人はディア・メイルを纏うノインへと飛び掛かっていた。
熱を宿した爪を振り上げて。
ノインは、それを寸でのところで躱すと、隙を見てアサルトライフルを三発撃ちこんだ。
その弾丸は、着弾と同時に爆発する。
魔人は怯みこそしたが、ダメージを受けたわけではなさそうだ。
だが、一瞬でも怯んだなら、こっちのチャンス!!
俺はバイクから跳躍し、魔断剣を引き抜く。
高速で空を駆けていたバイクの慣性と、メイルの跳躍力が、俺を壁まで一気に接近させた。
俺は魔人の後方から、一気に接近する形になっている。
なら、狙うは魔人の後脚!
俺は壁の上に着地するのと同時に、魔人の脚を横薙ぎに切り裂いた。
だが――!?
――浅い!?
いや、奴の筋肉が固すぎるが故に切り進めていないんだ。
突如、太陽を覆い隠した陰に、俺は顔を上げる。
俺の頭上で、魔人は身を翻し、右腕を振り上げていた。
「おっと!!!!」
俺はバク転し、魔人から一気に距離を離す。
約五メートル程離れた地点に立ち、魔断剣を構え直した。
「どう?
芸達者でしょ、その子?」
その声と共に、俺の後方に降り立ったのは、魔女ルイス。
次いで、ナルがルイスの隣に着地する。
すかさず、二両のグーンの内の一両が、ルイスたちへと機銃を向けた。
「今度の狙いは、この魔人って訳か?」
俺は魔人へと刃を向けたまま、後方に立つルイス達に言葉を投げた。
「狙い?
バカ言わないで。
この子は私の、従順なペットだよ」
「……ペット?」
「そう。
私の命令なら、なんだって聞く。
お手でもおかわりでも……人殺しだってね!!」
大人スクしていた獅子が、不意に口を開く。
奴の口内から感じる、膨大な熱量。
狙いは……グーンか!?
「避けろ!!」
俺が叫ぶよりも早く、グーンは車体を横転させ、熱線の射線上から逃れた。
オレンジ色……いや、白あるいは赤にも見える熱線が、射線上の全ての物質を焼き尽くす。
あれが当たったら、人間は愚かフィセント・メイルですら蒸発させられかねない。
それを避けるためとはいえ、あんな急激な加速では、中にいた隊員達にとっては一溜まりもない……。
と思ったが、隊員はグーンの車内にロープで固定されているようで、動じている気配はなかった。
「ルイス……お前……!!」
従順なペット?
じゃあ、お目当ての魔人は手に入ったってことか!?
奴の目的は達成された?
なら、なんで俺達を攻撃する?
「おいお前、この前言ってたよな?
『魔人が手に入れば、ナルを俺達の味方に付ける』って」
「ちょっと頼まれごとがあってね。
なんていうか……そう……ペットショップから」
「ペットショップ?
ふざけんのも……大概にしろ!!」
俺はルイスへと振り返り、魔断剣を振り上げた。
奴と俺との距離は五メートル程。
メイルならば、ひと足とびで接近できる!
俺はナルへと迫る……が、奴が迎撃してこないわけがない。
ナルは俺へと銃口を向け、魔力から変位した水を圧縮させる。
同時に、その射線上に魔力の奔流が生じた。
狙いはもちろん俺だ。
俺は前転の要領で奴の射撃を潜る。
そして前転の終りに、両足をふんばり、ナルへと一気に飛びこんだ。
ナルと遭遇するのは、これで四回目。
対峙するのは三回目になる。
これだけ戦えば、いい加減奴のファイトスタイルわかってくる。
奴は、まるでロボットだ。
故に、意図せぬ事態に弱い。
だったら、一気に責め立てる!!
危険な魔人がいるのなら、なおさらナル達に構っている時間はない。
「どっからペットを買ったか知らないが!!
俺はペットシッターじゃないんでね!!」
俺は右腕に魔断剣を持ち、一気に振りかぶる。
対してナルも、銃口を俺に向けるが……そんなことは織り込み済みだ!!
俺は左手でナルの銃を掴み、奴の射線を逸らす。
いくらロボットのようなナルでも、デカい一撃を喰らえば、立ってられなくなる筈だ。
俺は振り上げた剣を、一気に振り下ろした。
だが――。
――俺の剣は、振り下ろされない。
腕は振り下ろした筈なのに、なんで……。
「あんたにあの子の相手を頼むつもりはないよ」
ナルの兜にぶちまけられる、赤い液体。
カチャンという、金属の落下音が、ナルの後方……俺の前方から響いた。
そこに落下したのは、紛れもなく魔断剣。
そして、魔断剣を握る……「腕」……?
「だって、あんたとはここで……おさらばなんだから」
右腕から悪寒がした。
背筋が凍りつくように、あるいは全身の血管が収縮するかのように、俺の全身から血の気が引く。
まさか、そんなことがある訳が……。
俺はナルの左腕に目をやる。
奴が握っていたのは、刀身の無い柄。
そこから、水で形作られた刀身が伸びている。
俺は、俺の右腕に目をやる。
――肘から先が、見当たらない。
どうして?
肩もあるし、肘もある。
でもなんで、そっから先が無いんだ?
まさか……まさか……。
その瞬間、ナルが俺の首を掴み、外壁から伸びる魔力障壁に、俺を叩きつけた。
「さよなら」
ルイスがそう呟くと同時に、俺の周囲で十数もの光が爆ぜる。
見たことがある光だ。
二ヶ月前に戦った、蜘蛛の魔人が使っていた対メイルライフルの、マズルフラッシュ――。
今起こったことを、脳が処理してくれない。
だが三つわかったことがある。
一つ目は、十数もの対メイルライフルは、俺の腹部を狙って発砲されたということ。
腹に違和感が走ると同時に、赤い液体が俺の腹から溢れ出した。
二つ目は、その衝撃で魔力障壁が割られたこと。
いくら頑丈な障壁といえ、メイルに打撃を与える程の衝撃が大量に走れば、形を維持できない。
そして三つ目は、俺が街の外に追いやられたということ。
急激に修復が進む魔力障壁の向こうで、ナルのメイルと、笑みを浮かべるルイスの姿が遠ざかっていった――。




