表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/78

8-1

 俺は、新居で平和な休日を満喫していた。

 俺の部屋は一階であることから、テラス付きだ。

 隣の部屋との仕切りはないため、テラスは共通となっている。

 

 隣に住んでいるのは、ライムとイブキ。

 昼間は同じ部屋で過ごすことも多いため、実質寝る部屋が分けられているだけだ。

 俺としては、男一人でいられるスペースが出来ただけでもありがたい。


 俺は、木でつくられたテラスの床に寝そべり、空を見上げた。

 テラスの屋根と、高い塀に縁取られた空は、今日も快晴。

 そんな俺の傍らで、イブキとノインが、タライを用いて洗濯物を手洗いしていた。


 今日は、おっさん以外の対策課は全員非番。

 だから、皆で休日をエンジョイしているところだ。

 まあ何かあったら、俺はともかくノインはすぐに駆り出されるのだが。


 ノインは、手を動かしている方が落ち着くと言って、昔からこんな調子だ。

 食事、風呂、ありとあらゆるものを、自分の手を動かして準備する。

 だが、イブキまで付き合う必要はない筈だ。


「イブキ、こんなやつに付き合う必要はないんだぞ?」


「大丈夫です!

 せっかくですし、一緒に洗濯しちゃいましょう!

 私だって、手洗いくらいできますし!」


 せっせと手を動かしながら、イブキはそう言うが……。

 ただでさえ、家事は何から何まで任せてしまっている中、そんな手間まで掛けられてしまうとなぁ。

 とはいえ、俺が手伝うと言うと、拒んでくるんだよな。


「つってもなぁ」


「奥様がそう言っているんだ。

 キサラギは休んでいたらどうだ?」


 元凶のノインもこんなことを言う始末。

 人がせっせと働いてる横でなんて、休みたくても休めない。


「元はと言えば、おまえが手洗いなんて始めたからだろうが!」


「これが俺のライフワークだからな」


 すると、ノインは懐から一本の筒を取り出した。

 先端の無いキセルのようなものだ。

 彼はそれを、俺に差し出すと「シャボン玉でもどうだ?」なんて言い出した。

 ……なんでそんなものなんか持ってるんだよ。

 と思いつつも、俺は筒を手に取った。


 タライに入った水に、筒の先端を漬ける。

 そして、その反対側から息を吹き込むと、小さなシャボン玉が空へと舞った。


「まったく、酔狂な野郎だ」


 青空に溶けそうなシャボン玉の群れを見つめながら、俺は呟いた。


「そう思うなら、キサラギはもう少し、奥様の気持ちを考えた方がいい。

 このままでは、墓穴に足を取られるぞ」


「はぁ?」


 イブキの気持ちを考えろって?

 洗濯物を手洗いすることに、気持ちも何もあるのか?

 

 俺はイブキに視線をやる。

 彼女は、空を舞うシャボン玉に視線を奪われているようだった。

 シャボン玉に興味があるのか?


「イブキ~」


 だったら筒を貸してやろうと思い、声を掛けてみるが、イブキの視線はシャボン玉に捕えられたまま。

 こちらのことなど、意識の外のようだ。

 まあ確かに、シャボン玉は綺麗だが……。


「おい、イブキ!!」


 イブキは肩を震わせると、ハッと俺に視線を戻した。


「は、はい!」


「シャボン玉、やるか?」


「い、いいんですか!?」


 イブキは目を輝かせながら、タライにそこに手を突いて、こちらに身を乗り出す。

 そんなにやりたかったのか……。

 しかし彼女は、またもハッと肩を震わせると、鋭い視線をノインに向ける。


「い、いえ!

 私には、大切な仕事があるので……」


 そして、再び手洗いを始めた。


 ……彼女が一瞬、ノインの方へと向けた視線を、俺は見逃さなかった。

 まるで戦闘中の時の、抜身の刀の様な視線。

 まさに「敵」を見る時の様な瞳。


「イブキ……?

 どうしたんだよ?」


 そう問いかけても、イブキはせっせと洗濯をするのみ。

 ノインの方を見ても、溜息を吐いているのみだ。


 どうしたらいいんだよ……なんて考えた時、テラスの引き戸が思い切り開かれた。

 開ききった瞬間、パキンと嫌な音がしたのを俺は聞き逃さなかった。


「さぁ~てみなさん!

 おバナナシェイクが入りましたよ~!」


 扉の向こうから現れたのは、お盆を持ったリユとライム。

 リユはクルクルと回りながら、タライの横まで器用に移動してくる。

 これだけ激しく動いておきながら、カップから一滴も零さないのは、やはり才能というべきか。


 彼女はタライの隣に、バナナシェイクの注がれた三つのグラスを置いた。


「シンジキド……俺は甘いものは苦手だと言ってなかったか?」


 しかしノインは、バナナシェイクに手を出そうとしない。

 こいつ、甘いものは苦手なのか……。

 俺はむしろ好きなんだがなぁ。


「そう言うと思って、ノイくんには私特製ドリンクを用意しました!!」


 そう言って彼女が取り出してきたのは、紫色をした……飲み物?


「特製、バナナコーヒーシェイクです!

 バナナとコーヒー……ベストマッチですよ!!」


「……には見えないが……」


 まあ、リユはノインに任せて、俺はバナナシェイクを楽しむとするか。

 俺は、普通のバナナシェイクへと手を伸ばす。

 しかし、それはライムによって奪われてしまった。


「あ、おい!

 それ俺のだぞ!」


「ソウタ。

 久しぶりにノイン君に会えてうれしいのはわかるけど、イブキちゃんにもかまってあげなきゃダメよ」


「はぁ?」


 確かに、越してきてからノインと話すことは多いが……。

 イブキとは毎日話してるし、飯だって一緒に食べてる。


「イブキちゃんたら、この前なんてね――」


「あ、だ、ダメです!

 言っちゃダメ!!」


 ライムが何か言いかけた途端、これまで選択に集中していたイブキが血相を変えて叫ぶ。

 ……イブキがここまで取り乱すなんて、ライムは何を言おうとしたんだ?


 まて……?

 イブキがさっきノインに見せた、鋭い目つき……。

 そして、ノインやライムの言葉。

 イブキの手洗いに対する執着は、ノインへの対抗意識とも取れないか……?


 そこから導き出される答えは一つ……!


「嫉妬か!!

 イブキはやっぱりかわいいなぁ!!」


 俺の渾身の褒め言葉だったが、イブキはぷいとそっぽを向いてしまった。


「……ソウタ……前々から思ってたけど、デリカシーないわね」


 その様子を見たライムはそんなことを言いやがる。

 俺だって、元の世界じゃ結構うまく立ち回ってきたんだぞ?

 デリカシーの一つや二つあるわ。


「わりかしある方だろ。

 な、イブキ。

 あ、今のはデリカシーとわりかしを掛けたわけじゃないぞ」


「……別に嫉妬ではありません。

 ただ、旦那様の妻になる者として、私は常に旦那様の一番でいたいだけです」


 それを嫉妬って言うんじゃないのか?

 とは思うが、ここは言わないでおこう。

 俺はデリカシーのある人間だからな。


 イブキは頬を赤らめながら、洗濯を続ける。

 彼女の、俺に向き合う姿勢は、死ぬほどうれしい。

 今すぐイブキを抱きしめたいところだが、一生懸命洗濯をしている彼女を見ていたくもある。


「まあ、彼女の気持ちがわかったのならいいわ」


 そう言うと、ライムは奪い取ったグラスを、俺に手渡してきた。

 そいつを握ると、俺の手にひんやりとした感覚が伝わってくる。

 キンキンに冷えたバナナシェイク、なかなか美味そうじゃないか……。


 それを口に運ぼうとした瞬間、右腕の腕時計が震えはじめた。

 俺の物だけじゃない、この場にいる全員のものが。

 それってつまり……!?


『ノイン、聞こえるか』


 全員の腕時計から、どうじに聞こえるおっさんの声。

 どうやら、俺達の休日はここまでのようだ。


「課長!

 本日は御日柄もよく――」


「魔人の目撃情報と思しき通報があった。

 すぐに調査隊を派遣する。

 ノインは即応配置に付け」


 流石おっさん、ノインと長いことやってるだけのことはある。

 ノインの長ったらしい挨拶を、問答無用でぶった切りやがった。


「……了解です」


 ノインは、歯がゆい様子で小さく返事をする。


「それと、ボウズは待機だ。

 なるたけ早く準備をしとけよ」


「はいはい」


 警備隊と俺が正式に手を組むこととなっても、やはりフィセント・メイルの存在は機密事項だ。

 一般人や事情を知らない隊員に勘繰られないために、俺はあくまで魔力研究室からの外部協力者と言う体を取っている。

 故に、ディア・メイルの制式採用が決まってからは、ノインが現場に先行するんだ。

 ま、ヒーローは遅れてやってくるってことだな。


「ではキサラギ、先に行ってるぞ」


「おう。

 ライムはメイルの始動を頼む」


 俺は、テラスの戸を開けて、室内に入る。

 そして、巨大な冷蔵庫にも見える戸を開き、その中に入った。

 ライムも、それに続く。

 これこそが、秘密基地に繋がるエレベーターなんだ。


 イブキは、洗剤の泡の付いた手のままで、俺達を見送りに来た。


「旦那様、お気をつけて」


「ああ、帰るまでには、洗濯終わらせとけよ!」


 エレベーターの扉が閉まり、イブキの姿は見えなくなる。

 ライムと二人きりになった室内で、俺達はメイルの始動を始めた。


 きっと今日も、すぐに帰れる。

 そんなことを思いながら――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ