7-1
今回より第2章となります!
蜘蛛の巨大魔人の襲撃から、2カ月がたった。
おっさんから言い渡された、引っ越しのタイムリミットだ。
俺達の新居は、小奇麗なただのアパートだった。
変わったことと言えば2つ。
4部屋すべてが魔物対策課改め、魔人対策課の人間が住んでいるということ。
そしてもう1つは、地下の秘密基地に繋がっているということだ。
俺達は、今まさにその秘密基地へと向かっていた。
行くのは簡単、各部屋に用意されているエレベーターに乗るだけだ。
レールさえあれば上下左右に動けるそのエレベーターを使えば、秘密基地まであっという間。
しかも、マフル警備隊の各支部及び、出撃ゲートにも繋がっているらしい。
有事の際の出撃も、スムーズに行えるってわけだ。
むしろなぜ、今まで使わせてくれなかったのかというレベルだ。
「ここは元々、フィセント・メイルでの運用を前提としているからな。
使わしてやりたいのは山々だった。
つっても、ぽっと出のボウズを連れてきていい場所じゃないからな。」
おっさんは淡々と、俺の疑問について答えてくれた。
「メイルでの運用?
じゃあ俺が来なかったら、秘密基地は無駄だったってことか?」
「何百年か前に、ライムが異世界から人間を呼び出す方法を思いついたらしくてな。
もしメイルが必要なほどの一大事があった時の為に、この施設を作ったみたいだ」
何百年って……。
やっぱり魔女、生きる単位が違う。
俺の驚きを余所に、ライムは「そんな昔だったかしら」と首を傾げていた。
ちなみに俺は今、エレベーターで秘密基地の中でも最重要施設・魔力研究所へ向かっていた。
どうやら、研究員が俺と顔合わせをしたいらしい。
エレベーターに乗っているのは、おっさんと俺、ライムとイブキ。
リユは本部に駆り出されているらしい。
なんて考えていたら、チ~ンという音と共に、エレベーターの扉が開いた。
その先に広がっていたのは、白い壁に白い天井廊下。
それが、エレベーターから左右に伸びるように広がっている。
目に付くものと言えば、自動ドアと思しき扉と、その横に設置されているカードリーダーくらいだ。
「まるで病院だ」
俺は、思わず呟いた。
「病院ならもう少し彩があるだろ。
俺には監獄に見えるな」
おっさんが溜め息交じりに答える。
こいつにとっても、ここはあまり居心地のいい空間じゃないのだろう。
俺達が降りたことを検知したエレベーターが、扉を閉じて右方向へとスライドしていった。
元の世界で言う、電車のホームの様な感じだ。
廊下の横にはエレベーター用のレールが走っている。
もちろん、レールの横にはフェンスがあるため、中には入れない。
一定間隔で引き戸が用意されていて、そこからエレベーターに乗れる仕組みのようだ。
元の世界で言う、駅のホームのホームドアのような構造だ。
これだけのものを使わなければ移動できない程の巨大な施設が、マフルの地下にあったなんて。
しかも、これはそのうちの一つのフロアに過ぎない。
エレベーターの表示を見るに、まだ下に何かあるようだ。
あまりの規模の大きさに、頭がくらくらする。
それから俺達は、おっさんの案内に従って、長い廊下を歩いた。
無数に並んだ自動ドアが、俺達の右側を過ぎていく。
そして、4つか5つ目の自動ドアの前に、おっさんは立ち止まった。
おっさんは懐から1枚のカードを取り出すと、それをカードリーダーに読み込ませる。
リーダーについている電灯が緑色に光り、自動ドアが開かれた。
その奥には――。
天井と壁に並ぶ、大量のモニター。
腰辺りの位置にせり出した大量のキーボード。
そして、その前に用意された椅子。
まさに研究室のイメージを体現したかのような光景だ。
そのど真ん中に、両手を広げて立つ男が一人。
黒い髪に四角い黒縁眼鏡、白衣を纏った、まさに研究者といった風貌だ。
こうまでステレオタイプな人間は、そうそうお目に掛かれないかもしれない。
そいつは俺達が訪れるのを待っていたかのように、高らかに声を上げた。
「ようこそいらっしゃいました、仮面の騎士グレイス殿!
我ら、マフル魔力研究室は歓迎します、貴殿らを!!」
……なんだこいつ?
胡散臭い奴だな。
「久しぶりね、プロフェッサー」
そんな中、ライムが科学者に気さくに話しかけた。
「ライム、知り合いなのか?」
その問いに答えたのは、ライムではなく、研究者の方だった。
「それはもう、生まれた時からの付き合いですよ」
ライムは研究者の傍らまで歩いて行くと、手の先を彼に向けた。
「私から紹介するわ。
マフル魔力研究室の最高責任者、キリマ・ミル。
魔術に関するエキスパートよ」
ライムによって紹介された科学者・キリマは、胸に手を当てて一礼する。
「ご紹介に預かりました、キリマと申します。
気軽にお呼びください、プロフェッサーと」
紹介されても、こいつの胡散臭さは拭えない。
といっても、これから組むことになる奴なら、俺もあいさつしないとな。
「初めまして、俺が――」
「おおっと、伺っておりますよ!
仮面の騎士グレイスこと、ソウタ・キサラギ!
そしてその奥さま、イブキ!」
聞いていたとしても自己紹介くらいさせろよ!!
話を途中で切られてしまった俺は、その後になんと言っていいのかわからなくなってしまった。
そんな俺の傍らで、おっさんは「相変わらずうるせぇな」とぼやきながら、タバコに火をつけていた。
「おや、ここは禁煙ですよ、テンドルト課長」
「吸いたい気分なんだよ。
誰かさんがうるせぇからな」
プロフェッサーは「これだから喫煙者は」と、溜息を吐いた。
「ま、いいでしょう。
本日はありがとうございます、わざわざのご足労。
お時間を取らせてしまうのも、申し訳ありませんので、さらりとこれからの説明をさせていただきます」
そう言うと、プロフェッサーは後ろに並ぶ無数のモニターへと歩き出す。
俺達もそれに続いて、研究室の奥へと進んだ。
「今回お呼びしたのは、他でもありません。
説明の為です、あなた方の使用できる設備、装備についての」
プロフェッサーは何やら、モニターの前のキーボードをカタカタと操作している。
すると、四方八方のモニターに、様々な道具の設計図? のようなものが表示された。
「まずはこれです」
そして彼が白衣から取り出したのは、腕時計の様な道具。
「これは、魔人の出現を知らせるためのアイテムです。
それだけでなく、通信機の役目も果たします。
しかも、メイルを装着していても、魔力ノイズ影響を受けずに通信が可能です」
「へぇ……。
って、魔力ノイズ?」
どうやら便利な道具のようだが、聞き慣れない単語が1つ。
魔力ノイズってのは何だ?
今まで気にしたことがなかったが……。
「おや、メイルの装着者も知らないとは。
魔力ノイズとは、魔力のノイズです、その名の通り。
簡単に言えば、僅かに空気中に漏れだしてしまった魔力を指します。
特に、雷の魔力などは精密な電子機器等に悪影響を及ぼすので、メイルの周りでは一部通信機器が使用できなくなるのです」
そうなのか……。
メイルを着装している時は、携帯を取り出せないから、そんなことは考えたこともなかった。
ってことは、これがあれば戦闘中にも、誰かに連絡が取れるということか。
「んなこと気にしたことなかったな……」
「あ、もちろんこの施設内の精密機器は全て、対魔力ノイズ製品です。
安心してメイルの始動を行ってください」
こんなところでメイルを始動することなんてあるのか?
なんて思いながら、俺はその腕時計のようなものを受け取った。
「魔人に関する通報があった際、それが振動します。
たとえ熟睡していても、叩き起こしてくれるのです。
もちろん、人数分ありますよ」
イブキやライムも、プロフェッサーから腕時計を受け取る。
俺は腕時計のような物を右手に装着した。
左手はメイルドライバーで埋まっているから、こっちの方がいいだろう。
よく見たら、現在時刻も書いてある。
本当に腕時計なのか……。
ライムはそんな腕時計を眺めながら、プロフェッサーに微笑んだ。
「最近見ないと思ったら、こんなものを開発していたのね。
助かるわ、プロフェッサー」
「光栄です、魔女様。
これからは、我々魔術研究室も尽力いたします、魔人殲滅に」
プロフェッサーはキーボードの前へと移動すると、タバコを吸っているおっさんへと声を掛ける。
「テンドルト課長、バンドの動作テストを頼みます」
「へいへい」
おっさんは煙を上に向かって噴き出してから、懐から携帯のような物を取り出した。
何やらそれをポチポチと操作している。
すると――。
ブーブーと腕時計が振動し始めた!
「のわ!?」
結構強く振動する腕時計に、俺は思わず身を震わせてしまった。
俺の傍らで、イブキも肩を震わせている。
「結構強く振動するでしょう?
これなら、眠れる森の美女だって叩き起こせますよ」
なるほど、これならばすぐに魔人の出現を知ることが出来そうだ。
ちょっと心臓に悪いが……。
そんな時、イブキは明るい顔をぱあっと上げた。
「これを頂いたってことは、私も戦闘に参加できるってことですね!」
「ダメだ。
お前はあくまでも一般人、たとえ魔女に育てられたとしてもな」
だがおっさんは、無慈悲な現実をイブキへと叩き付けた。
俺としても、イブキが戦場に出てきたら、そっちが心配になって戦闘にはならないから、これでいいんだけど。
イブキはしゅんと肩を竦めてしまった。
「とまあ、このように振動するということは、魔人の出現か、それに準ずる一大事です。
その腕時計は通信機にもなるので、まずは指示を仰いでください、対策課の。
課長、もうよろしいでしょう」
おっさんは「へいへい」と携帯を操作している。
しかし、一向にバイブレーションは収まらない。
「おっさん?
もういいらしいぞ?」
「いや、テストモードは切ったぞ」
おっさん……やっぱり歳だからか、機械の扱いがうまく行かないのか?
俺は右腕の腕時計に目をやった。
いや、違う。
これは、本物の――。
「スクランブル!?」
あわあわと慌てる俺達の傍ら、プロフェッサーは落ち着いてキーボードを操作している。
すると、大量のモニターに街の風景が映し出された。
そこに映っていたのは、いつもと変わらない晴天の街並み。
そして、そこを堂々と歩くカブトムシの様な頭部を持つ青い魔人。
「ライム、始動を頼む!
早速秘密基地の本領発揮だな!」
「おっと、待ってください。
こんな時の為に、用意してあるのです、スーパーマシンを」
「す、スーパーマシン!?」
流石は魔力研究室のトップ。
魔人の出現に動じないどころか、スーパーマシンまで用意してあるなんて!
「ええ。
使用する出撃ゲートは、そのマシンの移動速度も鑑みて、最も早く到着できるものが選ばれます。
魔人が出現した際は、グレイスの出撃が最優先になるので、皆さまはエレベーターに乗って頂けえれば、すぐにでも出撃が可能です」
「なるほど……本当に秘密基地だな……」
研究室から出た俺達は、プロフェッサーの指示に従って、エレベーターへと乗り込んだ。
緊急時に俺達がエレベーターに乗ると、勝手に出撃ゲートに運んでくれるようだ。
誰が乗ったかは、先程配られた腕時計で検知しているらしい。
先ほど、ここに来たときよりも、エレベーターは高速に動いている。
俺とライムは、エレベーターの中でメイルの始動を行っていた。
そして、始動が完了するとほぼ同時に、エレベーターは出撃ゲートへと到着した。
「こちらは、セントラルシティの汚水処理場の真下です」
開いたエレベーターの扉の向こうに、車輪の無いバイクが1つ。
これは……ライムが持ってはいたが、今まで出番のなかった蒼いバイク!?
この前、ライムがイブキを乗せて、ルイスの元まで乗ってきた奴だ。
あの時、このマシンは無理な着陸をしてボロボロになった覚えがあるが……。
「この間、ルイスの攻撃で破損したあのバイクの外装を、一部流用させていただきました。
私も好きですからね、あの美しいマシンが。
どうです、仮面の騎士の専用マシンにふさわしいでしょう?」
確かに、蒼いボディとその所々に輝く金色。
ヒーローのマシンに相応しい!
「ああ、最高だ!!」
俺は、そのバイクへと跨る。
実は1回もバイクには乗ったことがないが……まあ何とかなるだろう。
「ちなみにそのバイクは速いです、風のコンバータを纏ったメイルよりも。
メイルの生み出したエネルギーを、そのまま運動エネルギーに変換するため、燃料切れの心配もない!
そして何よりも……初心者にも安心、セミオート運転です。
考えるだけで、簡単に運転も可能。
さらに、先程のバンドがあれば、遠距離からの操作も可能です」
「まさに、スーパーマシンだな!!」
俺は股を締めて、前傾姿勢でバイクのハンドルを握る。
すると、俺が何かを操作するよりも早く、バイクが離陸を始めた。
「じゃあライム、イブキ、行ってくる」
「はい、気を付けてくださいね、旦那様」
「いってらっしゃい。
無理をしちゃだめよ」
二人の言葉を聞いてから、俺は前へと視線を戻した。
しかし、不意に上方から光が差しこんだ。
どうやら出撃ゲートは、真上のようだ。
俺の思考を汲み取ったバイクが、真上へと急加速する。
急激な加速に、体が置いて行かれそうになる中、俺は叫んだ。
「雷装!!」
<Electric Drive>
そして俺が、汚水処理場に紛れ込んだ出撃ゲートから出た時には、すでにメイルの装着は完了していた。
蒼いバイクを駆る蒼い騎士が、空を駆ける!!
さあ、ヒーローの出撃だ!!




