6-6
結局、波のプールは臨時メンテナンスということで、封鎖されるということとなった。
人食いプールなんて、開いたままにはできないだろう。
事務室から解放された俺とイブキは、真っ先に波のプールへと向かった。
あそこに魔人が潜んでいるなら、目を離すわけにはいかないからだ。
波のプールに行くと、すでにライムが待機していた。
事務室に連行されるとき、携帯で呼んでおいたんだ。
すでに話はついている。
「ソウタ!」
俺達を発見したライムは、早速こちらに駆け寄ってきた。
「本当に、あそこにいるの?」
ライムは、波のプールへと視線をやる。
プールは鎖で閉鎖されただけ、メンテナンスが始まる気配はない。
恐らくは、営業時間外に行うつもりなのだろう。
「ああ、間違いない。
おっさんへの連絡は?」
「済んだわ」
するとライムは、タバコを吸っているような仕草をしながら、眉間に皺を寄せた。
「『細かいことはなんとする』って、かっこつけてたから、何とかしてくれるんじゃない?」
おっさんの真似かよ……。
まあどうでもいい!
「ってことは、俺の出番ってことか!」
俺はライムにメイルドライバーを差し出す。
本当に持ってきてよかった。
ライムは俺の腕を胸に抱き寄せると、ピリピリと魔力を流し始めた。
肌と肌が触れ合う所為で、ライムのスベスベの感触が……。
なんて鼻を伸ばしていると、イブキは悔しそうな顔をして俯いてしまった。
これは仕方ないよな、仕方ない。
「イブキ、お前は刀を取ってきてくれ。
更衣室にはあるだろ?」
イブキを蚊帳の外にするのは、少し可哀想だ。
だから俺は、イブキにも協力してもらうこととした。
俺の戦闘のバックアップだ。
「は、はい。
ありますけど……」
不意に話を振られたイブキは、ぱっと顔を上げる。
「こいつを渡しておく。
今回は人も多い、いざという時には、お前の力も借りたい」
俺は、水着のチャック付きポケットから、風のコンバータを取り出して、イブキへと渡す。
彼女からもらって以来、俺がずっと持っていたが、元々はイブキのものだ。
「は、はい!
お任せください!!」
そう言い残すと、コンバータを受け取ったイブキは、パタパタと更衣室に戻っていった。
「それにしてもどうするつもり?
魔人は隠れているんでしょう?」
「簡単だ。
顔を隠してプールに潜る。
んで、発生器に近付いたら――」
「――ぶっ潰す!
って寸法ね」
こいつ……人のセリフを盗りやがって……。
「ああ、そうだよ」
くっそ。
言いたいこと言われちまうと、決まらないんだよ。
<Starting>
俺のモヤモヤ感を拭うように、メイルドライバーが始動の案内音を鳴らす。
始動完了だ。
「ソウタ……気を付けてね。
無理はしちゃだめよ」
「わかってるって」
そして俺は、両手で顔を隠しつつ、波のプールへと駆け出した。
幸い、プールの周りに従業員はいない。
俺は、人々の注目の中、波のプールへを奥へと泳ぎ進んだ。
よく見ると、格子の真ん中下あたりが、ひん曲がっていることに気が付いた。
あの穴から人を引き込もうって寸法か。
格子に開いた穴の奥は、真っ暗。
宛ら、悪魔の巣ってところか。
格子のすぐ前まで付いた俺は、その場で様子を探ってみる。
今のところ、何も確認できない。
まさか、水路を使って逃げたってことはないよな。
なんて思った、その時だった。
俺の両足が、何者かによって掴まれたんだ。
「ぶば!!!」
そいつは、グイグイと俺を格子の中へと引き込んでいく。
俺は両足に視線を落とした。
水の中で俺の足を掴んでいたのは、スライムのように見える何か。
感触もスライムだ。
おとなしく逃げておけば、この場は生き残れたかもしれないってのに、バカな奴だ。
俺はスライムっぽい手を両手で掴み返して、水の中で叫んだ。
「ばぶぼう!!!!!!!!!!!」
<Burning Drive>
同時に、メイルドライバーから這い出た超高温が、水を瞬く間に蒸発させる。
それによって発生した爆発が、俺を空中へと投げ出した。
大量の水しぶきと共に、3,4メートルは吹き飛ばされる。
左手から漏れ出す炎が、俺を包み込み、空中でメイルを形成していった。
俺は、波のプールの目の前で着地する。
一拍遅れて、舞い上がった水しぶきが、雨のように降り注いだ。
波のプールは、先程の爆発で、殆どの水が奪われてしまったようだ。
だが、格子の向こうの水は別。
ブヨブヨと蠢く水は、格子を曲げ、岩山を壊し、ついにその姿を現した。
周りを歩いていた人々が、悲鳴を上げて逃げ出していく。
中には写真を撮っている奴もいるが……。
そんな悲鳴の中で現れたのは、10メートルはあろう巨大なスライム魔人。
その体系は、まるで胎児。
肥えた胴体に、短い手足、カエルのような顔。
胎児とは言っても、可愛げは全くと言っていいほどない。
だが、最大の特徴はそこではなかった。
俺は、奴の腹を見て言葉を失う。
魔人の腹の中にいたのは、2人の子供。
片方が男の子で、もう片方が女の子だ。
まさか、迷子になっていた2人か!?
その子達は、魔人の腹の中で溺れている様に見える。
しかし、こちらに向かって何かを訴えかけているのを見るに、意識はあるようだ。
腹にだけ空気を溜めてあるのか?
「迷子もお前の仕業ってことかよ……!!」
俺は、怒りに呑まれないよう、ゆっくりと息を吐く。
「さあ、ヒーローごっこと――」
そして、いつもの決まり文句を言おうとした、その時だった。
ある言葉が、脳裏を過ったのは。
『呪ったわよ……。
ヒーローごっこで……遊びで全てを奪われる……こんな運命』
そうだ。
俺はこの前から、何も学習していない。
遊びで命を奪って、勝手に傷ついて、それでまた遊びで命を奪おうとしている。
これじゃあ、快楽殺人者と変わらない。
「ヨミコ……ヨミコなのか!?」
不意に、横から男の声が聞こえた。
そちらに目をやると、一人の男性が、形相を変えてこちらに走ってきていた。
この人は……掴まってる子供の父親……?
その男性は、俺な方を掴むと、俺の身体をグラグラと揺らしてきた。
「お願いします!!
ヨミコを助けてください……!
お願いします……!!!」
……そうか。
俺にとっては、これはヒーローごっこだ。
でも、俺に寄って救われる命は、確かにある。
魔人は救えなくても、人の命は救える。
「……わかりました。
危ないですから、離れていてください」
俺は、男性の手を肩から下ろさせた。
こんなことで迷ってちゃ、ヒーローじゃない。
俺が戦わなくちゃ、失われちまう命もあるんだ!!
「さあ、ヒーローごっこと洒落込もうか!!!」
俺は助けたいわけじゃない、殺したいわけでもない。
ヒーローでいたいんだ!!
「呪うんだな、俺に出会った運命を!!!」
俺は魔断剣を抜刀し、上段に構える。
熱の魔力を纏った剣は、刀身を赤熱させた。
だが、魔人はそんな俺を見て、カエルのような顔をニヤリと歪ませる。
腹の中に溺れていた2人の子供の内、女の子の方を、腹から胸、胸から腕へと巡らせていく。
そして、左手から女の子を取り出すと、その右脚をつまんだ。
続いて、右手で左足をつまみ――。
「い、痛い痛い痛い――!!!!」
女の子が、悲鳴を上げる。
魔人が、両手で彼女の両足を思い切り引っ張ったからだ。
「よ、ヨミコぉぉぉぉ!!!!!!」
女の子の父親が、声をからしながら叫ぶ。
この魔人、人質のつもりか!?
俺はすぐに剣を捨て、両手を上げた。
このままじゃ、父親の前で無惨な死に方をさせてしまう。
スライム魔人は、納得したかのように頷くと、右手につまんだ少女をひらひらとさせる。
まるで、俺に見せつけるかのように。
確かに、人質を取られたなら、俺に打つ手はない。
俺には――。
だが、この魔人は奢るべきじゃなかった。
「今だ!!
イブキ!!!!!!」
俺の叫び声と同時に、魔人の後ろから躍り出た人影が1つ。
刀を提げ、髪をポニーテールへと戻したイブキだ。
彼女は抜刀し、鞘を投げ捨てる。
そして、振り向こうとする魔人の右腕を、切り落とした。
切り落とされた魔人の腕は、ただの水となって落下していく。
右腕につままれていた少女は、その水と共に地面に真っ逆さまだ。
だが、先に着地したイブキが、少女をお姫様抱っこで受け止めた。
「ヨミコ……ヨミコぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
少女の父親は、イブキの下へと駆け寄っていった。
これで、残る人質は1人。
そして、もう1つ気が付いたことがある。
あのスライム魔人は、切り落とされた体がただの水に戻るのだ。
つまり、あいつの核になっている部分さえ切り取ってしまえば、残った人質も解放できる。
右腕を切り落とされた魔人は、今度は男の子を身体から取り出そうとしているようだ。
早く奴の核を切り落とさなくては――。
「させません!!」
俺が動くよりわずかに早く、イブキがスライム魔人へと跳躍した。
「颪ノ参・叢雲裂!!」
叫び声と共に、彼女は魔人の首を叩き斬る。
彼女が、受け身を取って着地をすると、魔人の身体を無数の風刃が斬り付け始めた。
男の子には、一切の被害はない。
すげぇ……これがイブキの本気……。
しかも技名カッコいい……。
首が切り落とされた魔人の身体は、ただの水となってその場に崩れ落ちる。
刀を捨てたイブキは、崩れる水に飛び込んで、男の子を受け止めた。
「旦那様、今です!!」
呆気にとられていた俺に、イブキが声を投げつけてくる。
っと、危ない、見惚れてる場合じゃないな。
どうやら、奴の本体は頭のようだ。
身体はただの水と化したが、頭はまだそのまま。
地面に落下した魔人の頭部は、そのままグニグニと動いて、脱出を図っているようだった。
だが、そんなことは俺が許さない。
スライム魔人の前に立ちはだかった俺は、右手の拳に熱を溜めた。
頭だけになった魔人は、俺に許しを乞うているようだが、許すかを決めるのは俺ではない。
こいつが誰かを食おうとしているなら、きっとこの先も犠牲者が出る。
なら、ここで逃がす訳には行かない。
「悪いな……お前を生かしておくわけにはいかないんだ」
これは、ヒーローごっこだ。
俺が、奪われるだけの誰かの為に、奪うんだ。
俺は、胸に何度も刺さる誰かの言葉を振り払うように。
右手にためた熱を、魔人に押し付けた。
炎が魔人を包み、瞬く間に蒸発させていく。
声にならない叫びが、炎の中に消えていく。
こうして俺はまた一つ、命を奪った。
――魔人騒ぎの所為で、プールは大騒ぎ。
俺達はめでたく警備隊本部へと呼ばれ、2時間は拘束された。
「――ヒーローごっこだな」
帰り道、警備隊に手配された車の中で、俺は1人呟いた。
「どうしたの、突然」
3人並んで後部座席に座っていた俺達の内、一番右側に座っていたライムが反応した。
「いや。
俺は、誰かを助けるために、魔人の命を奪うことしかできなかった。
魔人を救うことは出来なかった。
だから、ヒーローじゃない、ごっこなんだよ」
元の世界で、俺が見ていたヒーローたちは、時として敵の怪人にさえ手を差し伸べていた。
でも、俺にはそんなことは出来ない。
奪うことでしか、誰かを救えない。
だから俺の戦いは、所詮ヒーローごっこなんだ。
「誰かを救ったのなら、ヒーローでいいんじゃない?」
ライムは微笑みながら、そう答える。
確かに、その通りかもしれない。
だけど、俺は別に、誰かを救うために戦っていた訳じゃない。
「ああいいさ。
でも、俺の戦いは誰かの為じゃないからさ」
憧れたいたヒーローになれる、俺はただそれだけの為に戦っていた。
正義の味方なんて言っていたけど、そんなことはない、ただの快楽殺人者だ。
でも、それでいいって、今日わかった。
「そんな旦那様に、おばあさまの教えを説きましょう!」
俺とライムの真ん中に座っていたイブキが、人差し指を立てる。
「教え?」
「はい!
おばあさまが言っていました『舞う葉も種も、風にとっては知らぬこと』」
「どういう意味だよ?」
「風は時に災厄となり、時に恵みとなります。
でも、風は誰かの為に吹いている訳ではありません。
自分が正しいと思うことの為に力を振るえ、という意味だと私は捕えています」
なるほどな。
自分が正しいことの為に力を振るう、か……。
「まあ、私の解釈が正しいのか、おばあさまは教えてくれなかったんですが」
「いや、きっと正解なんてないのさ」
そうだ、正解なんてない。
だから俺は、俺を信じて力を振るう。
これからも、ヒーローごっこの為に。
明日のエピローグ更新を持って7話完結です!




