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6-5

 俺がイブキを連れて来たのは、波の出るプール。

 イブキ曰く、海で遊んだことはないとのことなので、初の波を体験させてあげようと思ったわけだ。


 作り物の岩山の下で、扇状に造られたプール。

 そのプールの底は浅瀬のように斜面になっている。

 恐らくは、岩山の下にある装置で、波を起こしているのだろう。


「すごいですね……。

 本物の海みたいです……」


「ん?

 イブキは、川でしか遊んだことないんじゃないのか?」


「いえ、遊んだことがないだけで、海を越えたことはありますよ。

 ここに来るまでに」


 するとイブキは、快晴の空に視線をやって目を細めた。

 まるで遠くでも見るかのように。


「長く、険しい道程でした……」


「そ、そうか」


 底知れない何かを感じ取った俺は、それ以上の言及はしなかった。

 これは触れない方がいいだろう……。


「こ、今回はただのプールだからさ。

 辛いことなんて忘れて、パーっとはしゃごう。

 な?」


「辛かったわけではありませんが……。

 こうして、旦那様とも出会えたわけですし」


 そう言ってイブキは、屈託のない笑みを浮かべる。

 どうしてこうもポンポンと、殺し文句を言うんだいこいつは。


「……はいはい。

 とりあえず乗り込むぞ!」


 俺はイブキを抱きしめたいという衝動を、無理矢理胸の中に仕舞った。

 また事務室に連行なんてされたら、今度こそイブキが口を聞いてくれなくなる。


 その時だった。

 再び、施設内のスピーカーから、迷子の呼び出しがされたのは。


『迷子のお呼び出しを致します。

 タロト・ダンくん、お父様がお待ちです。

 更衣室前、サービスカウンターにお越しください。

 お見かけのお客様がおりましたら、従業員にお尋ねください。

 服装は――』


 今日が特別多いのか、それとも毎日こんな調子なのか……。

 迷子探しなんか始めれば、仕事に困ることはなさそうだ。

 しかし――。


『続いて、迷子のお呼び出しを致します。

 ヨミコ・キフエちゃん、お父様がお待ちです。

 更衣室前、サービスカウンターにお越しください。

 お見かけのお客様がおりましたら、従業員にお尋ねください。

 服装は――』


 これって、さっきも呼び出されてた子だよな……。

 まだ見つかってないのか?


「さっきの子、まだ見つかっていないんですね。

 大丈夫でしょうか……?」


 俺の傍らで、イブキが声を上げる。

 上っ面は俺の言う事を聞いたようでも、やはり心配なのは変わらないか。

 って言う俺も、ヨミコとかいう子が見つかっていないことが気になってしまっているが。


「気にするだけ無駄!

 俺達は俺達で楽しまないとな!!」


 俺はイブキの手を引いて、波のプールへとズンズン歩いて行く。

 イブキは「待ってください」と言いつつも、笑って手を引かれていた。


 波は最大でも俺の腹辺り、イブキの胸辺りだ。

 波を受けたイブキは、小さな悲鳴を上げつつも、笑顔で波と戯れていた。

 俺は、そんなイブキの姿に、思わず頬を緩めてしまった。


「あの、旦那様……」


 足元をキョロキョロと見渡しながら、イブキは俺に尋ねてきた。


「どうした?」


「お魚はどこに?」


 ……どうしてそこまで魚に拘るんだ。

 イブキにどういって現実を知らせようか迷った俺は、波のプールに視線をやる。

 魚狩りなんて、プールじゃさすがにできないだろ……。


 なんて思った、その時だった。


 波のプールの奥、波の発生装置のすぐ近くにいた男の子が、ぽちゃんと沈んだ。

 まるで、何かに引っ張られたかのように。

 きっと、悪戯で友達が無理矢理沈めたのだろう。

 危ない遊びだ。


 ……しかし、その子の周囲に、人は見当たらない。

 波のプールの底で、沈んだ男の子が、必至にもがいているように見えた。

 まさか、溺れた!?


 俺はすぐさま周囲を見る。

 男の子の様子に気付いている人はいない。

 こうしている間にも、その子は格子で塞がれた波の発生装置の中へと引っ張られているようだ。


「どういうことだ……!?」


 そんな危ない設計はされていない筈。

 というか、格子で塞がれているのなら、その中に入るなんてできない。

 

 いや、今はそんなことはどうでもいい!

 あの子を助けないと!!


「イブキ、お前は誰かに声を掛けてくれ!!」


 イブキは、意味が解らないと言った様子で、俺を見ている。


「ど、どうしたんですか!?」


「男の子が溺れてんだよ!!」


 俺は波のプールの奥へと走りながら、そう言い残す。

 それを聞くや否や、イブキの表情は、まるで戦闘中かのように引き締まった。


 俺が挙げた声に、人々が一斉に波のプールに目をやった。

 その視線の中、俺は一人でプールへと飛び込んだ。


 水中で溺れている男の子は、波の発生装置に足を取られているようだった。

 必死にもがきながらも、脱出できない様子だ。

 格子に足が引っ掛かっている?

 いや、そんなことはない。

 俺は泳ぎ進み、その子の手を掴む。


 幸いこのプールは、大人の腹程度の深さしかない。

 プールの底に足を着いて、力一杯男の子を引っ張った。

 だが、全くと言っていいほどに男の子は動かない。


「どういうことだよ!?」


 すると、俺の後ろから、一人の男性が声を掛けてきた。

 30代前後の、冴えない男性といった様子の人だ。


「どうしましたか!?」


「男の子が、格子に足を取られているようなんです!!」


 男性は「まさか!」と声を荒げると、プールに潜る。

 そして、男の子の足付近に手を伸ばした。

 彼も足に引っ掛かっている物を探ったり、引っ張ったりしているようだが、やはり男の子は動かない。


「何が、どうなってんだ!!」


 不意に、水の中で何かが蠢く。

 それは、男の子の足に絡みついているようだった。

 水の色とほぼ変わらない何かは、一目見ただけでは見間違いかと思うレベルだ。


 プールに潜っていた男性は、顔を水面に出すと俺へと語りかける。


「な、何か透明なものが引っ掛かっているみたいです!!」


 やはり見間違いじゃない。

 となると……俺は、全身の肌が粟立つのを感じた。

 何故なら、水に溶け込む透明な、しかも人を攫うものに心当たりがあるからだ。

 もしかするとこいつは魔人!?


「俺にも見えました!

 ……でも!?」


 だったらどうする!?

 ライムを呼ぶか?

 ダメだ、そんな時間はない!

 どうする、どうすれば……!


 その時、透明な何かがぐにょりと蠢き、波の発生装置の中へと逃げて行った。

 同時に、男の子が途端に軽くなる。


「のわぁ!!」


 引っ張った衝撃で、俺は後ろへと倒れこんでしまった。


 だけど、男の子は助けられた……。

 その子は、泣きながら家族の方へと走っていった。

 怖かっただろうな……。


「あそこです!!」


 不意にイブキの声が響いた。

 どうやら、従業員を連れて来たようだ。


 こうして俺達は、再び事務室へと連行されるのであった。

 今回は、男の子を救ったヒーローとして。

3日連続更新!

明後日の更新分で第7話完となります!


お楽しみに!!

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