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6-4

 羽目を外し過ぎた俺達は、オーシャン・セントラルの事務室へと連行されてしまった。

 やはり裸に近いような姿で、男女が戯れる施設である関係上、そのままおっぱじめそうになるカップルが多いらしい。

 比較的人の少ない平日はなおさら。

 故に、施設内の風紀の管理は、怠っていないようだ。


 俺は従業員の方に、優しい口調で注意された。

 その言葉の節々に、棘があるのは気のせいではあるまい。

 俺は精一杯の反省と共に、事務室から解放された。


 無事に屋外プールに戻ってきた俺達だが、イブキはつんと拗ねてしまった。

 人々の注目を集めてしまって、相当恥ずかしかったのだろう。


「なあイブキ、悪かったって」


 俺の数歩前を歩くイブキに、何度も何度も声を投げかける。

 しかし彼女は、ズンズンと歩みを進めるだけ。

 イブキがこんなに怒るなんて、初めてのことだ。

 というか、これは俺達が出会って以来の喧嘩になるのだろう。


 是非ライムの援護が欲しいものだが、肝心な時に彼女は、

「あとは若い二人に任せるわ」

といって、プールサイドのフードコートへと姿を消した。

 何故ライムは、長い髪をまとめていないのだろうとは思ったが、まさか最初から泳ぐ気がないなんて思わなかった。


 ライムの援護なしに、この状況をどう切り抜けるか……。

 イブキにしてしまったことは、今更取り返しなんてつかない。

 どんなに謝ったって、彼女は許してはくれないだろう。

 とはいえ、このままイブキがズンズンと歩いて行ってしまって、迷子になったなんて言ったら最悪だ。

 イブキは人ごみの恐ろしさをわかっていないからな。


 しばらく声を掛けずに、彼女の後を付いて行っていたら、不意にイブキがこちらに、ちらりと視線をやった。

 許してくれたのかと、イブキに声を掛けようとしたら、ぷいと顔を背け、また歩き始める。

 ……怒ってはいるが、俺が付いて来てるのか不安になったのか。

 どうして彼女は、こうまで可愛らしいのか。

 こんな調子じゃ、もう少し怒らせておいてもいいかな、なんて思ってしまう。


 イブキは優しい子だから、たとえ自分が怒っていても、傷ついた誰かがいれば、そちらを優先するだろう。

 イブキの弱みを突いているようで、少し気が引けるが、これも楽しいホリデーの為だ。

 ……無職の俺にとっては、毎日がホリデーだが。


「そうか……。

 イブキは俺と一緒にいたくないんだな……」


 俺は出来る限り声を潰し、涙声を演出する。

 案の定、イブキはギョッとこちらへ振り向いた。

 あたふたと慌てるイブキを尻目に、俺は涙声で語り続ける。


「せっかく、イブキと遊ぶのを楽しみにしてたのになぁ。

 あ、俺の所為か……ははは……」


 嘘泣きと見抜けるか、見抜けなかったとしたら、どうするのか。

 俺はイブキの動向を楽しみに、イブキに背を向けた。


「俺は一人で遊んでるからさ……。

 ライムのところに行って来いよ……」


 そこから数歩歩いても、イブキが近付いてくる気配はない。

 やっぱり嘘泣きと見抜かれたか……。


 その時、不意に右手が、柔らかく暖かい感触に包まれた。

 イブキが、俺の右手を握ってくれていたのだ。


「……嫌じゃありません……。

 ただ、人前では恥ずかしかっただけです……」


 まだご機嫌斜めといった様子だが、イブキはしっかりと俺の手に指を絡めていた。

 そして、そっぽを向きながらも、俺の身体に寄り掛かってきた。


「だから、嘘泣きはやめてください」


 やはり見抜かれていたか……。

 だが、嘘泣きとわかっていても、俺の相手をしてくれるイブキは、やはり可愛い。

 今の彼女は、宛ら水着の天使だった。


 バレたか、とおどける俺。

 口を尖らせながらも、こちちらにちらりと視線を寄越すイブキ。

 そんな俺達のことなどいざ知らず、屋外プールのスピーカーが呼び出し音を上げた。


『迷子のお呼び出しを致します。

 ヨミコ・キフエちゃん、お父様がお待ちです。

 更衣室前、サービスカウンターにお越しください。

 お見かけのお客様がおりましたら、従業員にお尋ねください。

 服装は――』


 どうやら、迷子の呼び出しのようだ。

 イブキは、それを聞くや否や、戦闘でも始まったかのように目付きを変えた。


「だ、旦那様!!

 迷子ですって!

 探さなくちゃ!!」


 やっぱりイブキは、本当にいい子だ。

 でもやっぱり、いらんことに首を突っ込む危うさは、直した方がいい。


「大丈夫だって。

 これだけ人がいれば、迷子にだってなる」


 こちらをじっと見つめ「でも……」と食い下がるイブキへと、俺は続ける。


「人が多いってことは、それだけすぐに見つかるってことだ。

 何をしても人目につくから、悪事も働けないしな。

 何より、迷子を捜すのは、ここで働いてる人たちの仕事だ」


 釈然としない様子のイブキ。

 彼女にとって、こういったレジャー施設は初めてなので、仕方がないことかもしれないが。


「確かに、その通りかもしませんが……」


「イブキのそういう所は、いいと思う。

 だけど、なんにでも首を突っ込んでいいってもんじゃない。

 今の俺達にとって重要なのは、楽しむことなんだ」


 せっかくプールに遊びに来たのに、迷子探しになんてなったら堪ったもんじゃない。

 これだけの人ごみなら、見つけた先から迷子になっていくはずだ。


 イブキは、目を丸くして俺を眺めていた。


「……おばあさまも、同じようなことを仰ってました」


「そうなのか?」


 イブキは、昔からこうだったのか。

 魔女フロイアのことはまったくわからないが、意外とドライなんだな。


「ええ。

 私の悪い癖だと……」


「それだけ、イブキがいい子だってことだ」


 俺は、イブキの手を強く握った。

 せっかくプールに来たんだ、もっとはしゃがないとな!


「さて、せっかくのプールなんだ、泳いでなんぼだろ!

 行くぞ!」


 俺はイブキの手を引いて、早足で歩き始めた。

 プールは走っちゃ危ないからな。


「では旦那様!」


 歩き出した俺の後ろで、イブキが声を上げる。

 彼女は、ヒマワリの様な満面の笑みを浮かべ、俺の手を強く握り返してきた。


「私、お魚の取れるプールに行きたいです!」


 だからここはお刺身天国じゃないっての。

 って、誰も教えてなかったか……。

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