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羽目を外し過ぎた俺達は、オーシャン・セントラルの事務室へと連行されてしまった。
やはり裸に近いような姿で、男女が戯れる施設である関係上、そのままおっぱじめそうになるカップルが多いらしい。
比較的人の少ない平日はなおさら。
故に、施設内の風紀の管理は、怠っていないようだ。
俺は従業員の方に、優しい口調で注意された。
その言葉の節々に、棘があるのは気のせいではあるまい。
俺は精一杯の反省と共に、事務室から解放された。
無事に屋外プールに戻ってきた俺達だが、イブキはつんと拗ねてしまった。
人々の注目を集めてしまって、相当恥ずかしかったのだろう。
「なあイブキ、悪かったって」
俺の数歩前を歩くイブキに、何度も何度も声を投げかける。
しかし彼女は、ズンズンと歩みを進めるだけ。
イブキがこんなに怒るなんて、初めてのことだ。
というか、これは俺達が出会って以来の喧嘩になるのだろう。
是非ライムの援護が欲しいものだが、肝心な時に彼女は、
「あとは若い二人に任せるわ」
といって、プールサイドのフードコートへと姿を消した。
何故ライムは、長い髪をまとめていないのだろうとは思ったが、まさか最初から泳ぐ気がないなんて思わなかった。
ライムの援護なしに、この状況をどう切り抜けるか……。
イブキにしてしまったことは、今更取り返しなんてつかない。
どんなに謝ったって、彼女は許してはくれないだろう。
とはいえ、このままイブキがズンズンと歩いて行ってしまって、迷子になったなんて言ったら最悪だ。
イブキは人ごみの恐ろしさをわかっていないからな。
しばらく声を掛けずに、彼女の後を付いて行っていたら、不意にイブキがこちらに、ちらりと視線をやった。
許してくれたのかと、イブキに声を掛けようとしたら、ぷいと顔を背け、また歩き始める。
……怒ってはいるが、俺が付いて来てるのか不安になったのか。
どうして彼女は、こうまで可愛らしいのか。
こんな調子じゃ、もう少し怒らせておいてもいいかな、なんて思ってしまう。
イブキは優しい子だから、たとえ自分が怒っていても、傷ついた誰かがいれば、そちらを優先するだろう。
イブキの弱みを突いているようで、少し気が引けるが、これも楽しいホリデーの為だ。
……無職の俺にとっては、毎日がホリデーだが。
「そうか……。
イブキは俺と一緒にいたくないんだな……」
俺は出来る限り声を潰し、涙声を演出する。
案の定、イブキはギョッとこちらへ振り向いた。
あたふたと慌てるイブキを尻目に、俺は涙声で語り続ける。
「せっかく、イブキと遊ぶのを楽しみにしてたのになぁ。
あ、俺の所為か……ははは……」
嘘泣きと見抜けるか、見抜けなかったとしたら、どうするのか。
俺はイブキの動向を楽しみに、イブキに背を向けた。
「俺は一人で遊んでるからさ……。
ライムのところに行って来いよ……」
そこから数歩歩いても、イブキが近付いてくる気配はない。
やっぱり嘘泣きと見抜かれたか……。
その時、不意に右手が、柔らかく暖かい感触に包まれた。
イブキが、俺の右手を握ってくれていたのだ。
「……嫌じゃありません……。
ただ、人前では恥ずかしかっただけです……」
まだご機嫌斜めといった様子だが、イブキはしっかりと俺の手に指を絡めていた。
そして、そっぽを向きながらも、俺の身体に寄り掛かってきた。
「だから、嘘泣きはやめてください」
やはり見抜かれていたか……。
だが、嘘泣きとわかっていても、俺の相手をしてくれるイブキは、やはり可愛い。
今の彼女は、宛ら水着の天使だった。
バレたか、とおどける俺。
口を尖らせながらも、こちちらにちらりと視線を寄越すイブキ。
そんな俺達のことなどいざ知らず、屋外プールのスピーカーが呼び出し音を上げた。
『迷子のお呼び出しを致します。
ヨミコ・キフエちゃん、お父様がお待ちです。
更衣室前、サービスカウンターにお越しください。
お見かけのお客様がおりましたら、従業員にお尋ねください。
服装は――』
どうやら、迷子の呼び出しのようだ。
イブキは、それを聞くや否や、戦闘でも始まったかのように目付きを変えた。
「だ、旦那様!!
迷子ですって!
探さなくちゃ!!」
やっぱりイブキは、本当にいい子だ。
でもやっぱり、いらんことに首を突っ込む危うさは、直した方がいい。
「大丈夫だって。
これだけ人がいれば、迷子にだってなる」
こちらをじっと見つめ「でも……」と食い下がるイブキへと、俺は続ける。
「人が多いってことは、それだけすぐに見つかるってことだ。
何をしても人目につくから、悪事も働けないしな。
何より、迷子を捜すのは、ここで働いてる人たちの仕事だ」
釈然としない様子のイブキ。
彼女にとって、こういったレジャー施設は初めてなので、仕方がないことかもしれないが。
「確かに、その通りかもしませんが……」
「イブキのそういう所は、いいと思う。
だけど、なんにでも首を突っ込んでいいってもんじゃない。
今の俺達にとって重要なのは、楽しむことなんだ」
せっかくプールに遊びに来たのに、迷子探しになんてなったら堪ったもんじゃない。
これだけの人ごみなら、見つけた先から迷子になっていくはずだ。
イブキは、目を丸くして俺を眺めていた。
「……おばあさまも、同じようなことを仰ってました」
「そうなのか?」
イブキは、昔からこうだったのか。
魔女フロイアのことはまったくわからないが、意外とドライなんだな。
「ええ。
私の悪い癖だと……」
「それだけ、イブキがいい子だってことだ」
俺は、イブキの手を強く握った。
せっかくプールに来たんだ、もっとはしゃがないとな!
「さて、せっかくのプールなんだ、泳いでなんぼだろ!
行くぞ!」
俺はイブキの手を引いて、早足で歩き始めた。
プールは走っちゃ危ないからな。
「では旦那様!」
歩き出した俺の後ろで、イブキが声を上げる。
彼女は、ヒマワリの様な満面の笑みを浮かべ、俺の手を強く握り返してきた。
「私、お魚の取れるプールに行きたいです!」
だからここはお刺身天国じゃないっての。
って、誰も教えてなかったか……。




