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男子更衣室は、茶色い正方形の、畳の様なパネルが敷かれている。
ロッカーも含めて、全体的に茶色く統一されている更衣室は、落ち着いた雰囲気に包まれていた。
男子更衣室でも、1人でいるものは少数派だった。
殆どが子供連れ、あるいは数人単位で着替えていた。
ちらほらと1人で利用している物もいるが、カップルの片割れか、あるいは子供が女子更衣室で着替えているのだろう。
女の子は準備に時間が掛かるものだと言うし、俺もゆっくり着替えるとしよう。
見渡してみると、更衣室なのに随分といろんな物があるもんだ。
更衣室を入って右側の隅には、自動販売機が3つもある。
いや、よく見たらその隣には牛乳用の物もあるな。
さらにアイスを売っている物も含めれば、全部で5つだ。
その自販機のすぐ前には、一休みできるように丸椅子がいくつか並んでいる。
丸椅子を挟んで、自販機の反対側には洗面台。
なんと無料で化粧水が使い放題のようだ。
どうやら試供品らしく、売店で購入できるらしい。
こういうのを買っていく層って、どんな人たちなのだろうか?
お土産向きなのか?
っと、いろんなものに目移りしちゃうけど、まずは着替えないとな。
ロッカーは、一般的な銭湯にあるようなものと変わらないようだ。
空いているロッカーには、腕に巻くバンドと一体化した鍵が刺さっている。
仕方がないとはいえ、またバンドか。
メイルドライバーと合わせたら、3つのバンドを腕に巻いていることになる。
って言うか、水着にメイルドライバーを付けていたら目立つよな……。
といっても、置いて行けるような品じゃないし、付けていくしかないよなぁ。
それに、万が一ってこともある。
加えて、緊急連絡用に防水携帯諸々などを持っていくと、結構な荷物になるが……まあしょうがないか。
俺は、水着姿に着替えて屋外プールへと向かうのだった。
更衣室は、直接屋外プールに繋がっている。
2階から降りて来るときや、逆に他の階に行きたいときは、更衣室を経由せずに出入りも出来るようだ。
俺は、ライム達とあらかじめ決めておいた集合場所で待機していた。
集合場所は、更衣室を出てすぐの位置にある、巨大なバナナのオブジェだ。
位置的には、ビルから見て、屋外プールの中央やや右寄り。
更衣室のすぐ近くにあるということは、集合場所に使ってくださいということなのだろう。
その所為か、人が非常に多い。
元の世界で言う、昼間の「忠犬ハチ公像」付近に近いものを感じる。
恐らくは、開園直後だから、待ち合わせ中の客が多いってことなんだろう。
その証拠に、他のエリアはびっくりするほど空いている。
約十分程は待ったか。
ある1グループが合流し、ここを離れる度に、更衣室から出てきた人が、ここで待機を始まる。
そんなこんなで、ここ周辺は未だに大盛況だ。
その時、ワイワイと賑やかなこのプールに、一瞬の静寂が訪れた。
俺は職業? 柄か、厄介事でもあったのかと辺りを見渡す。
しかしこれといって、異常は見当たらない。
一つあると言えば、皆がある一点を凝視しているということか。
人々の視線の先にあるのは、女子更衣室の出口……?
そこにいたのは、まるでファッションショーのように、人々の視線の中歩く女性。
腰まで伸ばした銀髪に、切れ長の瞳、魅力的なスタイル。
彼女は紛れもなく、魔女ライムだった。
今まではローブに隠れてよく見えなかったが、彼女の歩き方はまるでファッションモデルだ。
しかし、どこか奥ゆかしさを覚える歩みからは、決して驕らない彼女の人間性が疑える。
纏っているのは彼女のイメージを崩さない、黒いホルターネックのビキニ。
無駄な装飾は一切ない、まさに素材を生かしたチョイスと言える。
ビキニを押し上げる、大迫力の胸は、周りの男性陣の目を攫っていた。
さらに、腰に巻いているパレオは、左膝を隠し、右の太腿をちらりと覗かせる。
彼女の白い肌と黒い水着のコントラストは、俺には眩しすぎる。
布で覆い隠す面積が狭くなったことで、彼女の人間離れした魅力が、余すことなく解き放たれている。
今ライムと会話をしたら、これを見ている老若男女の視線を集めることになってしまう。
誇らしいという気持ちと、逃げ出したいという気持ちが俺の頭を掻きまわした。
その時俺は、ライムの後ろに隠れている人影に気付く。
ちょこちょこ覗く桃色の髪から、イブキであることは見当がつくが、何で隠れてるんだ?
なんて考えている間に、ライムは俺の目の前まで迫ってきていた。
「ソウタ、お待たせ」
その瞬間、周りの人々の視線が、一斉に俺の方へと集まる。
男性陣から放たれるのは、嫉妬の眼差し。
何処からか舌打ちすら聞こえてくる。
なんだか少し誇らしい。
対して、女性陣は目を丸くしていた。
……わかってるよ。
ライムと俺とじゃ釣り合わないって言いたいんだろ!?
俺だってこいつと付き合ってるわけじゃねーわバカ!!
っと、胸中で叫び、目を丸くする女性の一人を睨み返した。
その女性は、俺を鼻で笑うと、傍らにいた女友達の手を引いて、俺の視界から消えて行った。
なんだろう、この敗北感。
「ソウタ?」
すると、ライムが屈んで、俺の瞳を覗きこんでくる。
こいつ、こんなスタイルして屈むなんて……わかってやってんだろ!?
俺の視線は、ライムの魅力的な谷間に縫い付けられて、離せない。
「な、なんだよ」
必死に目を泳がせて答える俺。
ライムはそんな俺を見て、優しく微笑んだ。
「せっかく若い子と遊ぶんだからと思って、挑戦してみたけど……。
少し大胆だったかしら?」
「ああ大胆だ!
身の程を弁えとけ!!」
俺はまだ見ていたいと駄々をこねる目を閉じ、腕を組んで捨て台詞を吐いた。
「そうね、ソウタも男の子だものね」
ライムは俺をからかうようにそう言うと、彼女の後ろに隠れているイブキに声を掛ける。
「だ、ダメです……。
ライムさんと比べると、私なんか全然……」
「そんなことないわよ。
きっとソウタも喜んでくれるわ」
「で、でも……」
目を閉じているせいでわからないが、どうやらイブキがライムの後ろに隠れたまま出てこないようだ。
確かに、こんな別嬪さんと並びたがる女の子なんて、そうそういないだろう。
でも、イブキだって負けず劣らずの別嬪さんだと思うけどなぁ。
「もう、ほらソウタ!
目を開けて!!」
ライムがそう言うので、俺は片目を開けて彼女の方へと目をやる。
俺の視線の先では、ライムがイブキの肩を後ろから掴んで、俺の方へと突き出していた。
イブキは、俺の目の前で、恥ずかしそうに手を捏ねている。
俺は、イブキの水着姿に、思わず言葉を失った。
彼女が着ているのは、ピンクのフリルが付いたオフショルビキニ。
ボトムにも、スカートのようにフリルが巻かれている。
肩が露出していることによって、彼女の華奢な、それでいて美しいボディラインが強調されている。
確か、これを選んだのもライムだったな。
バストを隠すようにフリルが付けられているのは、胸元をカバーしてあげようと言うライムなりの気遣いか。
肌はライムよりは肌色に近いが、十分白い。
白と桃色の優しいハーモニーは、春の桜を思わせる色合いだ。
そして何よりも、恥じらう彼女の姿が、俺の庇護欲を掻きたてた。
なにげにいつものポニーテールがお団子になっているのも、ポイントが高い。
「……恥ずかしがらなくたっていい。
すごく、似合ってる」
どう声を掛けたらいいのかわからず、俺は取り合えずそう言っておく。
別に悪い意味じゃない、イブキが魅力的過ぎて、彼女をどう褒めればいいのかわからないんだ。
「そ、そうでしょうか……?
旦那様がそう言ってくれるのでしたら、勇気を出した甲斐がありました」
イブキはそう言って、恥ずかしそうに笑う。
その時、俺の中で何かが切れた音がした。
「ああああああああ!!
イブキは可愛いなぁぁぁぁぁ!」
気が付くと俺は、イブキ腕の中に抱きこんでいた。
「だ、旦那様!?
は、離してください!?
は、肌が触れあって……!?」
口ではそう言っているけど、実は嫌がっていないんだろ?
嫌よ嫌よも好きの内って言うしな!!
「やめてください~~!!」
イブキは抵抗こそ見せるものの、本気で離れようとしている訳ではないようだ。
彼女が本気になれば、メイルを纏ってなんかいない俺なんて、一瞬で蹴散らせるしな。
そんな俺達を、ライムは笑顔で見届けていた。
しかし――。
不意に、俺の肩が何者かに叩かれる。
ライムの手にしては、随分とゴツイが……。
振り返った俺の先にいたのは、3人1組になった屈強な従業員達だった。




