5-6
「さあ!
ヒーローごっこと洒落込もうか!!」
切っ先を向けた先で、蜘蛛の魔人は俺を睨んでいた。
巨大な蜘蛛の魔人……それも、ライムを追い込むほどの知性を持っている。
こうして対峙してみると、奴の持つ異様さがよくわかる。
蜘蛛としての胴体と頭があるというのに、人の上半身も生えているなんて。
それに、人並みの知性。
あの巨体と知性は、そのまま脅威になり得る。
……相手にとって不足はない!!
「気は進まないけど、付き合ってあげるわ。
ヒーローさん?」
俺の目の前で、蜘蛛の魔人は随分と余裕を見せていた。
俺なんか、目じゃないって言いたいのかよ。
「もちろん、お前は敵役だ!!」
こんなでかい相手に、何処から攻撃を仕掛ければいいのかなんてわからない。
だが、怯んでもいられない!!
俺は床を蹴り、魔人へと一気に距離を詰めた。
奴の近くに行けばいくほど、蜘蛛の魔人が巨大さが伝わってくる。
恐らく弱点は、人の姿をした上半身。
しかし巨体故に、その弱点は地面から3メートル程離れている。
ジャンプをすれば余裕で届くが、床から足を離すなんてことをしたら、大きな隙を晒すことになる。
だったら、まず攻撃するのは、足。
俺が囮になれば、その間にナルが上半身をぶち抜けるって寸法だ。
だが、魔人もそんなことはわかっているようだ。
奴は右前脚を振り上げ、俺へと向ける。
先程ライムの胸を突き刺したのと同じ、足を針として使う攻撃か。
こんな大振りな攻撃、当たるかよ!!
俺は身を捻って、上半身を数センチ左へとずらす。
ほぼ同時に、魔人の足が、俺の胸を擦過した。
奴の足が過ぎてから、俺は足を踏ん張って、体を捻った際の勢いを増幅させる。
そして、一回転しながら一歩踏ん張って、蜘蛛魔人の右足、手前から二番目のを斬りつけた。
回転の勢いを乗せた一撃だ!
恐らく、イブキが見たらめちゃくちゃな一撃だと言うだろうな。
軸だってぶれてるし、視線だって回る。
相当な隙を晒していることになるんだ。
でも、そんなめちゃくちゃな一撃を、有効打に変えちまう。
戦闘の素人を、プロ顔負けにしちまう。
それがフィセント・メイルだ!
俺は、回転のエネルギーを乗せた一撃を、蜘蛛野郎の足に叩き込んだ。
驚異的な切断力を持つ魔断剣で繰り出す、強力無比の一撃!
だが――。
ガキィン!
という音が発される。
魔断剣は、蜘蛛の足に当たったきり、斬り進もうとしない。
鋼鉄すらも、容易に切断する魔断剣でさえ……?
しかも、電気の魔力で高周波を流し、剣の表面を構成している組織を振動させている。
ただでさえ高い切断力を、さらに高めている状態だってわけだ。
この間のスライムのように、柔らかく受け止めている訳じゃない。
単純な硬度で、この魔断剣を受け止めやがった!?
「な!?
硬ぇぇ!!!」
驚きも束の間。
一本の細い針のようなものが、太陽を覆い隠した。
俺は、その影へと視線をやる。
視線の先で、蜘蛛の魔人が、俺に向けて足を振り上げていた。
「やべ……!?」
俺は全力で右へとステップする。
ほぼ同時に振り下ろされた足が、俺のすぐ左を過ぎる。
蜘蛛の足に踏みつけられた床には、打痕が打ち付けられた。
刹那、俺の左を魔力の奔流が過ぎる。
蜘蛛の魔人の胴体を射抜くように。
この攻撃は、ナルのか!
それとほぼ同時に、圧縮された水流が、魔力の奔流の後を追った。
ナルの主武装、超水鉄砲だ。
俺も随分とこいつに苦しめられたもんだが、今は心強い!!
ナルの一撃を察した蜘蛛野郎は、後方に飛び退いた。
奴が空中にいる間にも、ナルは蜘蛛魔人へと銃撃を繰り返す。
ナルの射撃は正確だ。
だが、蜘蛛魔人は空中で身を捻り、器用に銃撃を躱す。
まさか、あいつも魔力の機微を読むことが出来るのか!?
そして、奴はそのまま、屋上から落下。
床の下に姿を消した。
「逃げんのかこの野郎!!」
すぐさま下を覗こうと、際に駆け寄った……その時!!
俺の前方で、一粒の光が爆ぜた。
ダァン!!
という発砲音とほぼ同時に、俺の下腹部に強い衝撃が走った。
そのまま後方へと押し飛ばされた俺は、数メートル吹き飛び、ナルのすぐ隣に身を打ち付けた。
俺と入れ違いに、過ぎて行ったナルの圧縮水が、先程光の爆ぜた個所を射抜く。
超水鉄砲に射抜かれた「何か」は、その正体を晒した。
まるで空間を歪ませるかのように、人の身長の1.5倍はある長銃身が姿を現す。
光学ステルスで隠されたライフルが、空中に浮いていたのか?
しかし、魔力を使った攻撃ならば、メイルがその前兆を察知して知らせてくれる。
つまり、今の攻撃は純粋な火器によるもの!?
それも、メイルを吹き飛ばすほどの威力……。
よくわからないが、対物ライフルとか、そう言うレベルの奴か!?
一見ただの長い銃身の銃に見える。
あんなのが空を飛ぶってのもおかしな話だ。
恐らくは、浮遊にのみ魔力を使っているのだろう。
発砲に魔力を使用していないのは、魔力で察知されるのを防ぐためか……。
そこから察するに、あれは最初から魔女やフィセント・メイルを相手にするための兵器だということ。
しかも目に見えないとなると、あのレベルのをいくつ隠し持っている事やら。
「ソウタ! 大丈夫!?」
糸にくるまれたライムが、芋虫のようにこちらへと張ってくる。
緊急時ではあるが、あんまり女の子がしていい行動じゃないぞこれ……。
「大丈夫に見えるか?
結構痛ぇよ……」
俺は、銃弾の直撃を受けた腹を押えながら立ち上がる。
銃撃を受けた部位が、見事に凹んでいる。
しかも、ジンジンとした痛みが腹部を揺さぶる。
フィセント・メイルに打撃を与える火器なんて、人が当たったら粉々になってるぞ!?
だが、あの蜘蛛魔人にまともな知性があるなら、切り札をこんなところで使うわけがない。
考えたくはないが、まだ隠し玉はあるということだ。
不可視の銃か……。
でも、メイルの魔力感度を用いれば、見えないものを見ることだってできる!
俺は、微弱な電磁波を周囲にばら撒いた。
一般人がきづかないレベルのものだ。
これが何かに当たって帰ってくれば、メイルがその魔力を俺に伝えてくれる。
後は、メイルによる思考能力強化で、目を使わずとも周囲にある物の外形くらいならわかる。
だが、俺の目……というか、肌に飛び込んできたのは、とんでもない現状だった。
このビルの屋上を囲んでいるのは、小型のマシンガンのような物。
確かサブマシンガンとか言ったか?
どれも宙に浮かんでいる。
その数は――。
「10……30……50……いや、そんな程度じゃない!?」
ライムが声を荒げた。
恐らく、彼女も今俺と同じことをしているのだろう。
俺も感じる、俺を取り囲む銃の気配を。
その数は……100を超えている!?
「マジかよ……」
それだけじゃない。
その銃の合間合間にある、長い銃身……。
恐らく、さっきの。
俺の目の前に広がっているのは、屋上から見るマフルの大都会。
透明な銃に睨まれているなんて、にわかには信じられない。
その時、100個のマシンガンの内、一つの銃身がピクリと動いた、俺に向かって。
そして、それに連動するように、100個の銃身が、まるで目玉のようにギョロギョロと動き出す。
まさか、最初からこいつら全部を使うつもりか……!?
「ライム!!!
伏せろ!!!!!」
もう伏せているとか、そう言うツッコミは無しだ!!
360度を、無数の銃に囲まれているこの状況。
鎧を纏っている俺やナルならともかく、ライムは生身だ。
いくら頑丈な魔女だと言っても、これだけの銃弾を何発受けられるか。
ライムは俺の方に頭を向け、胎児のように丸くなる。
あいつの身体には、魔女の力をもってしても破れない糸が巻かれている。
ともなれば、それを防御に使うのは当然の判断だろう。
でも、丸出しの頭は、俺が守らなければ……!
そして、最初の一発が放たれた瞬間、全方位から放たれた銃弾の雨が、俺達を襲った。
俺はライムの頭の前に駆け寄り、自ら肉壁になった。
銃弾がメイルに衝突し、カンカンと言った音が生じる。
全身が銃撃に揺さぶられるが、有難いことに痛みはない。
むしろこの衝撃が気持ちいいくらいだ。
2つ3つの銃からの銃撃なら、魔断剣で切り落とせる。
でも、この数じゃそんな芸当は無理だ。
幸い、このマシンガン程度の威力なら、メイルには傷一つ付けられない。
警戒するのは、さっきの対物ライフルだ。
正式名称はわからないから、ここは便宜上対メイルライフルとでも呼んでおこう。
その時俺は、透明な対メイルライフルの銃身が、ピクリと動いたのを感じ取った。
射線は、俺に向いている。
あの威力でライムを狙えば、魔女だってタダじゃ済まない。
それでも俺を狙うってことは、蜘蛛魔人は最初から、ライムを殺す気はないということか?
だが、あれを避けようとライムから離れたら、その隙に何をされるかわからない。
なら、切り落とすまでだ!!
俺は刀を構え、俺を狙う対メイルライフルの動向に全神経を注ぐ。
今のところ20は確認できるライフル、そのどれが発砲するのかはわからない。
もし同時に撃たれたら、それこそフィセント・メイルでも耐えきれるかどうか……。
俺にビンビン跳ね返ってくる電磁波から、不可視の銃の動向を探る。
だが、無数に放たれた銃弾の所為で、感知の精度が落ちている。
まさか、蜘蛛魔人はそこまで読んで……?
20丁ある対メイルライフルの内、一つがピタリと俺に照準を定めた。
――来る!!
俺が刀を構え、発砲に備えるのとほぼ同時、俺の左斜め前の一丁が火を噴いた。
その銃弾の軌道、スピード、全てが手に取るようにわかる。
これが、フィセント・メイルの力!
その着弾点を読み、俺は銃弾を切り裂いた。
左右真っ二つに割れた銃弾が、俺の横を過ぎて行った。
だが俺が、放たれた銃弾が一つでなかったことに気が付いたのは、それとほぼ同時だった。
俺に衝突する無数の銃弾と、対メイルライフルの一撃は囮だった?
今の俺では、この一撃をいなすことは出来ない。
このままでは……!
その時、水色の鎧が俺の視界に割り込んできた。
フィセント・メイルを纏ったナルだ。
不可視の銃を察知することが出来なかったナルも、銃のマズルフラッシュに目を光らせれば、本命の一撃を見抜くことも出来るということか。
ナルは対メイルライフルの一撃を、左手の甲で受け止めると、そのまま力任せに左方向へと受け流した。
同時に、スライムの様な柔らかい壁を四方に展開し、無数に襲い掛かる銃弾を防いでくれた。
四方から逃げ道を塞がれている状態だが、銃弾に晒されるよりはよっこどマシだ。
今なら、ライムを何とかすることも出来るかもしれない。
「ライム、動けるか?」
俺は糸を切り落とすため、刀を構えてライムに問う。
ライムはもぞもぞと顔を上げて、俺を見上げた。
「動ける、と言いたいところだけど……」
ライムは語尾を濁らせる。
すると……。
グゥウウウウウウウ~。
っと、銃撃の雨の中でも聞き取れる、腹の虫の鳴き声が鳴り響いた。
……燃料切れかよ。
「わかったよ」
まともに動けないなら、銃弾も防げる蜘蛛の糸を切っちまえば、逆に危険ってところか。
「ソウタ、私を屋上から投げて」
っと思ったら、こいつは何を言い出すんだ。
「バカかよ!
死にたいのか!!」
「知ってるでしょう?
私はそう簡単に死なないわ
それに――」
ライムは、銃弾を次々と受け止めているスライムの壁に目をやった。
「此処よりはよっぽど安全」
確かに、心臓を貫かれてもピンピンしてるライムが、10階前後のビルから落ちたところで死ぬとは思えないが……拘束されている女の子を投げ捨てるなんて、罪悪感で心臓が潰されそうだ。
「私がいなければ、ソウタも本気で戦える。
そうでしょ?」
その通りだ。
これだけの銃撃の中、ライムを守っていたら攻勢には出られない。
どうする……?
その瞬間、スライムの壁の向こうで、巨大な影が空へと登った。
ここにいる3人の視線が、一斉にその影へと向けられる。
視線の先にいたのは、蜘蛛の魔人。
今までビル屋上から姿を消していた奴が、下から躍り出てきたんだ。
一見丸腰のように見えるが、奴のポーズからわかる。
あいつは、目には見えない何かを肩に担いでいる……?
目には見えない何かは、光を歪ませながらその正体を現す。
現れたのは、人の身長程はあるであろう筒状の武器――。
蜘蛛魔人が銃口と思われるものをこちらに向けると同時に、メイルが魔力の機微を俺の肌に伝えてきた。
ってことは、魔力を攻撃に使用する兵器!?
兵器のことは詳しくないが、わかることはただ一つ。
あれに当たっちゃいけないってことだ!!
どうやら、ライムの扱いに迷っている暇はないらしい。
「わかった!
怪我しても恨みっこなしだからな!!」
俺は剣を収め、すぐにライムを抱える。
先程の俺達の会話を聞いていたのか、ナルはライムを包むように水の球を発生させた。
ライムは驚いたのか、水の中で目を丸くしている。
さっき俺も体験したが、やるなら一声かけてほしいもんだ。
これで溺れ死んだなんて言ったら、シャレにならない。
蜘蛛魔人の銃口から放たれる魔力が、一層強まる。
そして、その銃口が輝いた瞬間――。
「走るぞ!!!」
ナルはスライムの壁を消し去った。
俺とナルは、左右に分かれて走り出す。
俺は少しでもライムに行く衝撃が少なくなるように、彼女を思い切り抱きしめる。
此処でぶん投げてもいいかもしれないが、蜘蛛魔人の構える武器の威力がわからない以上、何かあったら俺が守らなくちゃならない。
蜘蛛魔人の構える兵器から放たれたのは、魔力の砲弾。
あれの射線上から逃れた今でも、強大な魔力をビンビン感じる。
あんなのに当たったら、ひとたまりもない。
今は、少しでも着弾点から離れなくては。
そして、俺達の後方で強大な魔力を持つ砲弾が、爆音と共に爆ぜた。
ドォォォォォオオオオオン!!!
という音が聞こえた時にはすでに、俺の背中は強い風圧に押されていた。
いや、風圧なんかじゃない、まるで魔力そのもので俺達を押し出しているかのような。
これだけの威力なら、撃った本人だってタダじゃ済まないだろ!?
吹き飛ばされながら振り返ると、蜘蛛魔人はちゃっかり、ビルの壁に糸を張り付けていたようだ。
奴も同じく吹き飛ばされながら、床の下へと姿を消していく。
砲弾が爆発してから、銃弾の雨も止んだ。
爆風に晒されて、100個もある銃のコントロールができないってことか?
なら、今がチャンスだ!!
「ライム!!
このままぶん投げるぞ!!!!!」
ライムの返事を待たぬまま、俺は彼女を放り投げた。
そして、すぐさま魔断剣を抜刀し、ライムを拘束する糸を切り裂く。
蜘蛛の糸は爆風に吹き飛ばされ、ライムは晴れて自由の身となった。
これなら、多少高いところから落ちても大丈夫だろう。
空中に浮いていた透明な銃を押しのけ、ライムは屋上の外へと落下していく。
あいつがいなくなれば、あとは魔人をぶっ潰すだけだ!!
「おっと!!」
俺は、屋上の縁ギリギリに着地した。
少し身を乗り出せば、地上の様子が見える程だ。
それなら、ライムの無事を確かめようなんて思った瞬間、俺放つ電磁波が、対メイルライフルの動きを察知した。
丁度俺の真後ろにあるライフルの銃口が、俺の方に向いたことを。
「おっとっと!!!」
俺はすぐに地面を転がり、右方向へと避ける。
それから一拍おいて、屋上の縁が大きく穿たれた。
まったく、油断も隙もあったもんじゃない。
ビルの壁を登り、ゆっくりと屋上に顔を出す蜘蛛の魔人。
俺は立ち上がってから剣を構え、奴を見据えた。




