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5-5

今回は蜘蛛の魔人視点となります。

 魔女サラマディエから言い渡された「魔女を食え」という命令は、私にとって死刑宣告も同然だった。

 自我に目覚めた魔人「ウィザード」である私でも、魔女には到底敵わない。

 とはいえ、サラマディエに逆らうことも出来ない。

 そんなことが出来るなら、最初から魔女を倒すことなんて簡単だ。


 だから私は、せめてもの反逆として、面倒事を起してやることにした。

 幸い、サラマディエも手段は問わないと言ってくれていることだし。

 彼女の属する「組織」にとって「知性を持った魔人が警備隊を襲った」なんてことが起こったら、いい迷惑だ。

 これまで噂程度で済んでいた魔人の存在が、事実であると証明されてしまうのだから。

 そして、マフル警備隊も魔人が実在すると認めざるをえなくなるだろう。

 そうすれば、陰で動いていた組織の活動にも支障が出る筈だ。


 サラマディエは、私に対する手向けと謂わんばかりに、様々な物資を支給してくれた。

 一つ一つならただの魔装だが、使い方によっては魔女に勝てるかもしれない。


 そのうち一つが、魔力を帯びた電気を、別のエネルギーに変換する魔装。

 これのおかげで、魔女ライムの一撃を受け止めることが出来た。

 さらに屋上には、私が戦いやすいように、蜘蛛の糸を張り巡らせておいた。

 これだけ準備を整えたんだ。

 私でも、生きて帰ることが出来るかもしれない。


 警備隊本部の壁を登り、その屋上に用意した繭へと侵入した私は、足で突き刺していたライムを、地面へと叩き付けた。

 その衝撃で、ライムは口から血を吐き出す。

 深紅の液体が、蜘蛛の糸が張り巡らされた地面に水溜りを作った。

 心臓を突き刺されたというのに、ライムはまだピンピンしている。

 やはり、人の姿をしていても、魔女は化け物なんだ。


 ライムは血が滴る胸を押えながら、私の全身に視線を流す。

 今の私は、巨大な蜘蛛の頭部から人の上半身が生えている状態。

 一般人が見たら、裸足で逃げ出すような醜い姿。

 だから私は、あまりこの姿が好きじゃない。


 彼女に視線は、私の腹……人間の姿をした部分の腹部に止まる。

 そこに巻かれたベルトのバックルを見て、ライムは言った。


「まさか、魔装!?

 何処でそんなものを……!?」


 フィセント・メイル程のレア物ではないとはいえ、一般的な魔力兵装もなかなかお目には掛かれない。

 持っているのは警備隊の一部と、防衛隊ぐらいだ。

 だからこそ、ライムは今、目を丸くしているのだろう。


「知り合いから、少しね!!」


 私は、蜘蛛の尻に当たる位置から繭玉を投げつける。

 その繭玉は、空中でネットのように展開し、ライムを捕えようと覆いかぶさる。

 実際の蜘蛛にこんな真似が出来るのかは知らないが、少なくとも魔人である私ならば容易だ。

 だが、ライムもそう簡単には捕まらないだろう。


「ぐっ!!」


 彼女は痛みに歯を食いしばりながらも、右腕の袖をこちらに向ける。

 すると、そこから一本の剣が射出された。

 私は反応できなかったが、幸いにもその一撃は私の横を掠めたのみ。

 ネットこそ両断されてしまったが、これはただのネットではない。

 私の体内で生成した、粘着性の糸。

 極太の蜘蛛の糸だ。

 真っ二つに切り裂かれたとしても、獲物を拘束する能力は残っている。

 左右に分かれたネットは、ライムの両腕を地面へと縫い付ける。

 

「蜘蛛の糸……!?」


 ライムは、もがきながら呟いた。

 だが、どれだけもがこうと、脱出することは叶わない。

 それが、私の糸。

 今までこうやって、沢山の人を食ってきたのだから。


 糸から逃れることなどできないと悟ったのか、ライムはもがくのをやめ、私を睨み付けた。


「あなた、私を知っているのでしょう?

 それに、その魔装。

 これは誰の命令?」

 

「命令?

 あなたは、ご飯を食べる事すら、命令されなくちゃできないの?」


 やはり、これだけ完全装備で、なおかつ魔女を狙って攫うだなんてことをすれば、後ろに誰がいるのか疑われるか。

 魔女サラマディエですよ、と言えばそれまでだが、おそらく信じてはくれないだろう。

 無論、信じてもらう必要などないけど。


「それじゃあ、私をどこで?」


「あなたは昨日食べたお肉が、何処から来たのか把握している?

 私はしていない、それだけよ」


 これから食べられてしまうというのに、随分と冷静なライム。

 今の状況をピンチだと思っていない?

 確かに、魔女の実力なら、この状況から逆転するのも難しくないかもしれない。

 でもここは、私の「巣」。

 そう簡単には逃れられない。


「私はしてるわ。

 あの子たちに変なものを食べさせるわけには、行かないから!!」


 ライムは、体表に稲妻を走らせる。

 すると――。


 バァン!!

 という発砲音と共に、彼女のローブの下……太腿あたりから銃弾が撃ち出された。

 5発の弾丸が、ローブを突き破って私に襲い掛かってきたのだ。

 恐らく、隠していた弾丸を、電撃で無理やり発砲したのだろう。

 だがこんな豆鉄砲、怖くとも何ともない。

 その銃弾は、私の下半身――蜘蛛の頭部に当たる部分にプスプスと小さな穴を開けたのみ、反撃の一手にはなり得ない。

 だが――。

 その鉄砲玉の一つが、私の頬を掠めた。

 いや、弾丸じゃない……手裏剣!?


 私の横を過ぎて行った手裏剣は、ぐるりと方向を変え、私の方へと戻ってくる。

 これが本命か!?

 ちょうど私の腹を狙ってきている。

 一見ただの手裏剣だが、ライムが操作している……?

 ということは、魔力兵装――!


「く、小賢しい!!」


 私は身を捻って、寸でのところで手裏剣を躱す。

 それは勢いを残したまま、ライムの方へと進んで行く。

 まさか、自殺でもするつもり!?

 

 だがその手裏剣は、四つある刃を分離させた。

 そして、ライムの両腕を固定する私の糸を切り裂く。

 狙いはこれか。

 今までライムの武装は見て来たけど、まさかこんな隠し玉があるだなんて。


 なんて、どうでもいいことが頭を過ったのも束の間、今までライムがいた場所には、血の水溜りがあるだけだった。

 あいつ、何処に……?


 血の水溜りへと落ちていく、赤い雫が一粒。

 その上に、もう一粒。

 さらにその上には――!!


 魔女ライムは、胸から血を流しながら、大きく跳躍していた。

 私の頭部よりもはるか上、この繭の天井スレスレまで。


「はぁあああああああああああ!!!」


 思い切り、右腕を振りかぶるライム。

 やはり、所詮魔人では魔女には勝てないか……。

 でも、ここは私の巣。

 こうなることなど想定の内。


 私は、足元にあらかじめ張っておいた蜘蛛の糸を、足で軽く弾いた。

 私の鋭い蜘蛛の足が、細い糸を切断する。

 それを合図に、ライムの四方八方から現れた糸が、彼女を絡め取っていく。


「な、なに!?」


 ライムは、見る見るうちに糸に包まれていく。

 そして、巨大な繭の中に、もう一つの繭が造られた。

 ライムの身体を包む繭から延びる無数の糸が、彼女を空中で固定させている。

 運のいいことに、顔の一部だけは包まれていないようだ。

 糸の隙間から、彼女の右目が覗いている。

 まあ、自分が食べられるのを見させるというのも、面白いかもしれない。


 私じゃ魔女には勝てないということは、最初から分かっていた。

 だったらそれを覆すだけの準備をすればいい話。

 私は、床から7・8メートル程の高さで固定されている繭へと歩み寄った。


「何って、ここは蜘蛛の巣よ。

 一度足を踏み入れたが最後」


 私達魔人の食事方法は二つ。

 一つは、人に魔力を流し込んで、体を乗っ取る方法。

 これは、自分の持つ魔力が、得物よりも多くなければできない。

 故に、今回は使えないだろう。


 そしてもう一つは、獲物の魔力を吸い尽くす方法。

 力の弱い魔人がよく使う手法だ。

 今の私の魔力量は、魔女よりも圧倒的に劣るため、この方法を取るしかない。

 魔女ほどの魔力を吸い尽くすのに、どれだけの時間が掛かることやら。


「大丈夫。

 痛くはないわ。

 ただ、意識が遠のいていくだけ」


 私は、尻から出した糸を、ライムの身体に張り付けた。

 糸を通してしまうと、魔力の吸収に時間が掛かるが、彼女が高い位置に固定されている以上はしょうがない。


 さあ、1年ぶりの食事の時間だ。

 なんて、思った瞬間だった。


「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!!!!!」


 何処からともなく聞こえた……声?

 まるで、水の中に溺れているかのような……。

 しかもその声は、だんだんと近付いてきている?


「なんの、声……?」


 刹那――!!!!

 繭の天井を突き破り、屋上の床に降り立つ巨大な球が二つ。

 それはスライムのように形を変え、落下の勢いを殺した。


 これは……水の球!?

 その中にいたのは――。


「ソウタ!?

 どうして!?」


 魔女ライムが、驚きの声を上げる。

 だが、そこだけじゃない。

 もう一つの球の中にいたのは、ナル!?

 魔女ルイスの使いが、何故ここに!?

 まさか、この水の球も……。


 巨大な雫は、地面で弾ける。

 ソウタは、腹から地面に叩き付けられた。

 ナルは、手慣れたように足から着地する。


 天上が貫かれたことによって、形を保てなくなった繭が崩壊する。

 同時に、ライムも床へと落下した。


 私が用意した巣が、こうも一瞬で……!


 私の目の前で、ソウタはゆっくりと立ち上がった。


「どうやら、間に合ったようだな。

 ったく、ルイスの奴も、やり方ってもんがあるだろ」


 びしょ濡れになったズボンを払いながら、上裸のソウタがぼやく。

 やはり、魔女ルイスが力を貸した?

 でも、なんで!?


「ルイスが助けてくれたの……?」


 まるで芋虫のように地面に転がったライムは、ソウタに問う。

 いくら空中で固定できなくなったとはいえ、糸に絡められていることに変わりはない。


 ソウタは、そんな彼女を一瞥してから、私を真っ直ぐ見つめた。


「話は後だ。

 今は、こいつをぶっ潰す!!!」


 私は、死を覚悟した。

 必死に蜘蛛の巣を作って、ようやく魔女と並んだのに、その巣を壊されて、さらにフィセント・メイルが二人。

 もうこの戦いに勝ち目はない。

 だけど、ここで逃げても、私の居場所はなくなったまま。

 勝たなきゃ、帰れないんだ。

 

 そんな私の決意など知らぬと言った様子で、ソウタはポーズを決める。

 両手をクロスするように前へ突き出し、左腕はそのままに、右腕を手前に引き寄せ、右脇を締める

 その格好のまま、両手をにぎりしめながら、ソウタは叫んだ。


「雷装!!」


<Electric Drive>


 掛け声に連動して、冷たい声がメイルドライバーから放たれる。

 同時に、ソウタの上空から降り注いだ稲妻が、私の視界を白く塗りつぶした。

 耳を劈く轟音が、警備隊本部に木霊する。

 

 光が収まると、稲妻の落ちた地点に、一人の人影が。

 ……仮面の騎士「グレイス」……!


 その傍らで、ナルは何も言わずにメイルを装着した。


<Liquid Drive>


 メイルドライバーから這い出た水色の魔力が、ナルの全身に鎧を形成していく。


 並び立つ、二人の仮面の騎士。

 所詮私は、ヒーローに殺される悪役に過ぎなかったということか。


 グレイスは、そんな私に刀の切っ先を向け、こう叫んだ。


「さぁ、ヒーローごっこと洒落込もうか!!!!!」


 ヒーローごっこ?

 ふざけるな。

 これは、私にとって生きるという行為そのもの。

 遊びじゃない、私のライフサイクルの一つ。

 

 私の中に芽生えた怒りなど、きっと彼には届かないだろう。

 何故なら、彼にとってこれはヒーローごっこなのだから。

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