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今回は蜘蛛の魔人視点となります。
魔女サラマディエから言い渡された「魔女を食え」という命令は、私にとって死刑宣告も同然だった。
自我に目覚めた魔人「ウィザード」である私でも、魔女には到底敵わない。
とはいえ、サラマディエに逆らうことも出来ない。
そんなことが出来るなら、最初から魔女を倒すことなんて簡単だ。
だから私は、せめてもの反逆として、面倒事を起してやることにした。
幸い、サラマディエも手段は問わないと言ってくれていることだし。
彼女の属する「組織」にとって「知性を持った魔人が警備隊を襲った」なんてことが起こったら、いい迷惑だ。
これまで噂程度で済んでいた魔人の存在が、事実であると証明されてしまうのだから。
そして、マフル警備隊も魔人が実在すると認めざるをえなくなるだろう。
そうすれば、陰で動いていた組織の活動にも支障が出る筈だ。
サラマディエは、私に対する手向けと謂わんばかりに、様々な物資を支給してくれた。
一つ一つならただの魔装だが、使い方によっては魔女に勝てるかもしれない。
そのうち一つが、魔力を帯びた電気を、別のエネルギーに変換する魔装。
これのおかげで、魔女ライムの一撃を受け止めることが出来た。
さらに屋上には、私が戦いやすいように、蜘蛛の糸を張り巡らせておいた。
これだけ準備を整えたんだ。
私でも、生きて帰ることが出来るかもしれない。
警備隊本部の壁を登り、その屋上に用意した繭へと侵入した私は、足で突き刺していたライムを、地面へと叩き付けた。
その衝撃で、ライムは口から血を吐き出す。
深紅の液体が、蜘蛛の糸が張り巡らされた地面に水溜りを作った。
心臓を突き刺されたというのに、ライムはまだピンピンしている。
やはり、人の姿をしていても、魔女は化け物なんだ。
ライムは血が滴る胸を押えながら、私の全身に視線を流す。
今の私は、巨大な蜘蛛の頭部から人の上半身が生えている状態。
一般人が見たら、裸足で逃げ出すような醜い姿。
だから私は、あまりこの姿が好きじゃない。
彼女に視線は、私の腹……人間の姿をした部分の腹部に止まる。
そこに巻かれたベルトのバックルを見て、ライムは言った。
「まさか、魔装!?
何処でそんなものを……!?」
フィセント・メイル程のレア物ではないとはいえ、一般的な魔力兵装もなかなかお目には掛かれない。
持っているのは警備隊の一部と、防衛隊ぐらいだ。
だからこそ、ライムは今、目を丸くしているのだろう。
「知り合いから、少しね!!」
私は、蜘蛛の尻に当たる位置から繭玉を投げつける。
その繭玉は、空中でネットのように展開し、ライムを捕えようと覆いかぶさる。
実際の蜘蛛にこんな真似が出来るのかは知らないが、少なくとも魔人である私ならば容易だ。
だが、ライムもそう簡単には捕まらないだろう。
「ぐっ!!」
彼女は痛みに歯を食いしばりながらも、右腕の袖をこちらに向ける。
すると、そこから一本の剣が射出された。
私は反応できなかったが、幸いにもその一撃は私の横を掠めたのみ。
ネットこそ両断されてしまったが、これはただのネットではない。
私の体内で生成した、粘着性の糸。
極太の蜘蛛の糸だ。
真っ二つに切り裂かれたとしても、獲物を拘束する能力は残っている。
左右に分かれたネットは、ライムの両腕を地面へと縫い付ける。
「蜘蛛の糸……!?」
ライムは、もがきながら呟いた。
だが、どれだけもがこうと、脱出することは叶わない。
それが、私の糸。
今までこうやって、沢山の人を食ってきたのだから。
糸から逃れることなどできないと悟ったのか、ライムはもがくのをやめ、私を睨み付けた。
「あなた、私を知っているのでしょう?
それに、その魔装。
これは誰の命令?」
「命令?
あなたは、ご飯を食べる事すら、命令されなくちゃできないの?」
やはり、これだけ完全装備で、なおかつ魔女を狙って攫うだなんてことをすれば、後ろに誰がいるのか疑われるか。
魔女サラマディエですよ、と言えばそれまでだが、おそらく信じてはくれないだろう。
無論、信じてもらう必要などないけど。
「それじゃあ、私をどこで?」
「あなたは昨日食べたお肉が、何処から来たのか把握している?
私はしていない、それだけよ」
これから食べられてしまうというのに、随分と冷静なライム。
今の状況をピンチだと思っていない?
確かに、魔女の実力なら、この状況から逆転するのも難しくないかもしれない。
でもここは、私の「巣」。
そう簡単には逃れられない。
「私はしてるわ。
あの子たちに変なものを食べさせるわけには、行かないから!!」
ライムは、体表に稲妻を走らせる。
すると――。
バァン!!
という発砲音と共に、彼女のローブの下……太腿あたりから銃弾が撃ち出された。
5発の弾丸が、ローブを突き破って私に襲い掛かってきたのだ。
恐らく、隠していた弾丸を、電撃で無理やり発砲したのだろう。
だがこんな豆鉄砲、怖くとも何ともない。
その銃弾は、私の下半身――蜘蛛の頭部に当たる部分にプスプスと小さな穴を開けたのみ、反撃の一手にはなり得ない。
だが――。
その鉄砲玉の一つが、私の頬を掠めた。
いや、弾丸じゃない……手裏剣!?
私の横を過ぎて行った手裏剣は、ぐるりと方向を変え、私の方へと戻ってくる。
これが本命か!?
ちょうど私の腹を狙ってきている。
一見ただの手裏剣だが、ライムが操作している……?
ということは、魔力兵装――!
「く、小賢しい!!」
私は身を捻って、寸でのところで手裏剣を躱す。
それは勢いを残したまま、ライムの方へと進んで行く。
まさか、自殺でもするつもり!?
だがその手裏剣は、四つある刃を分離させた。
そして、ライムの両腕を固定する私の糸を切り裂く。
狙いはこれか。
今までライムの武装は見て来たけど、まさかこんな隠し玉があるだなんて。
なんて、どうでもいいことが頭を過ったのも束の間、今までライムがいた場所には、血の水溜りがあるだけだった。
あいつ、何処に……?
血の水溜りへと落ちていく、赤い雫が一粒。
その上に、もう一粒。
さらにその上には――!!
魔女ライムは、胸から血を流しながら、大きく跳躍していた。
私の頭部よりもはるか上、この繭の天井スレスレまで。
「はぁあああああああああああ!!!」
思い切り、右腕を振りかぶるライム。
やはり、所詮魔人では魔女には勝てないか……。
でも、ここは私の巣。
こうなることなど想定の内。
私は、足元にあらかじめ張っておいた蜘蛛の糸を、足で軽く弾いた。
私の鋭い蜘蛛の足が、細い糸を切断する。
それを合図に、ライムの四方八方から現れた糸が、彼女を絡め取っていく。
「な、なに!?」
ライムは、見る見るうちに糸に包まれていく。
そして、巨大な繭の中に、もう一つの繭が造られた。
ライムの身体を包む繭から延びる無数の糸が、彼女を空中で固定させている。
運のいいことに、顔の一部だけは包まれていないようだ。
糸の隙間から、彼女の右目が覗いている。
まあ、自分が食べられるのを見させるというのも、面白いかもしれない。
私じゃ魔女には勝てないということは、最初から分かっていた。
だったらそれを覆すだけの準備をすればいい話。
私は、床から7・8メートル程の高さで固定されている繭へと歩み寄った。
「何って、ここは蜘蛛の巣よ。
一度足を踏み入れたが最後」
私達魔人の食事方法は二つ。
一つは、人に魔力を流し込んで、体を乗っ取る方法。
これは、自分の持つ魔力が、得物よりも多くなければできない。
故に、今回は使えないだろう。
そしてもう一つは、獲物の魔力を吸い尽くす方法。
力の弱い魔人がよく使う手法だ。
今の私の魔力量は、魔女よりも圧倒的に劣るため、この方法を取るしかない。
魔女ほどの魔力を吸い尽くすのに、どれだけの時間が掛かることやら。
「大丈夫。
痛くはないわ。
ただ、意識が遠のいていくだけ」
私は、尻から出した糸を、ライムの身体に張り付けた。
糸を通してしまうと、魔力の吸収に時間が掛かるが、彼女が高い位置に固定されている以上はしょうがない。
さあ、1年ぶりの食事の時間だ。
なんて、思った瞬間だった。
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!!!!!」
何処からともなく聞こえた……声?
まるで、水の中に溺れているかのような……。
しかもその声は、だんだんと近付いてきている?
「なんの、声……?」
刹那――!!!!
繭の天井を突き破り、屋上の床に降り立つ巨大な球が二つ。
それはスライムのように形を変え、落下の勢いを殺した。
これは……水の球!?
その中にいたのは――。
「ソウタ!?
どうして!?」
魔女ライムが、驚きの声を上げる。
だが、そこだけじゃない。
もう一つの球の中にいたのは、ナル!?
魔女ルイスの使いが、何故ここに!?
まさか、この水の球も……。
巨大な雫は、地面で弾ける。
ソウタは、腹から地面に叩き付けられた。
ナルは、手慣れたように足から着地する。
天上が貫かれたことによって、形を保てなくなった繭が崩壊する。
同時に、ライムも床へと落下した。
私が用意した巣が、こうも一瞬で……!
私の目の前で、ソウタはゆっくりと立ち上がった。
「どうやら、間に合ったようだな。
ったく、ルイスの奴も、やり方ってもんがあるだろ」
びしょ濡れになったズボンを払いながら、上裸のソウタがぼやく。
やはり、魔女ルイスが力を貸した?
でも、なんで!?
「ルイスが助けてくれたの……?」
まるで芋虫のように地面に転がったライムは、ソウタに問う。
いくら空中で固定できなくなったとはいえ、糸に絡められていることに変わりはない。
ソウタは、そんな彼女を一瞥してから、私を真っ直ぐ見つめた。
「話は後だ。
今は、こいつをぶっ潰す!!!」
私は、死を覚悟した。
必死に蜘蛛の巣を作って、ようやく魔女と並んだのに、その巣を壊されて、さらにフィセント・メイルが二人。
もうこの戦いに勝ち目はない。
だけど、ここで逃げても、私の居場所はなくなったまま。
勝たなきゃ、帰れないんだ。
そんな私の決意など知らぬと言った様子で、ソウタはポーズを決める。
両手をクロスするように前へ突き出し、左腕はそのままに、右腕を手前に引き寄せ、右脇を締める
その格好のまま、両手をにぎりしめながら、ソウタは叫んだ。
「雷装!!」
<Electric Drive>
掛け声に連動して、冷たい声がメイルドライバーから放たれる。
同時に、ソウタの上空から降り注いだ稲妻が、私の視界を白く塗りつぶした。
耳を劈く轟音が、警備隊本部に木霊する。
光が収まると、稲妻の落ちた地点に、一人の人影が。
……仮面の騎士「グレイス」……!
その傍らで、ナルは何も言わずにメイルを装着した。
<Liquid Drive>
メイルドライバーから這い出た水色の魔力が、ナルの全身に鎧を形成していく。
並び立つ、二人の仮面の騎士。
所詮私は、ヒーローに殺される悪役に過ぎなかったということか。
グレイスは、そんな私に刀の切っ先を向け、こう叫んだ。
「さぁ、ヒーローごっこと洒落込もうか!!!!!」
ヒーローごっこ?
ふざけるな。
これは、私にとって生きるという行為そのもの。
遊びじゃない、私のライフサイクルの一つ。
私の中に芽生えた怒りなど、きっと彼には届かないだろう。
何故なら、彼にとってこれはヒーローごっこなのだから。




