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5-3

 俺は、俺とライムでイブキを挟むように、車の後部座席に座っていた。


 俺達を乗せた車は、マフル警備隊本部の門を潜る。

 真正面にそびえたつ10階建てのビルは、窓以外真っ白というシンプルな見た目ながらも、威厳を放っていた。

 あれこそが、現在のマフル警備隊本部。

 俺がこの世界に来る数年前に建てられた、比較的新しい建物らしい。


 だが、俺の乗る車は構内の十字路に差し掛かると、そこを右折した。

 真っ白な警備隊本部が、左後方に消えていく。

 俺達の後ろを走っていたもう一台の車は、その道を直進していった。


 この車の目的地は、警備隊本部の新棟ではない。

 何故なら、俺達が用のある魔物対策課は、新棟の中には入っていないからだ。


 車が停止したのは、ボロい平屋建ての建物。

 窓以外が白いという点は新棟と共通だが、築50年を超えるこの建物からは、みすぼらしささえ覚える。

 そんな、入り口のガラス扉の横には「魔物対策課」の札が掛けられている。

 そう、俺達と繋がりのある魔物対策課は、もはや窓際部署ですらないのだ。

 言うなれば、地境部署だろうか。

 言わずもがな、その背景には魔人という存在の機密性を保持するという目的が隠れている。

 一般の警備隊員が興味を示したり、うっかり情報を目にしてしまったりしないようにするためらしい。


 元々は魔物対策課も新棟に居を構えていたが、魔人への対応を請け負うようになってから、わざわざ引っ越したようだ。

 こんなボロい建物じゃ、大事な情報なんてとても扱えないとは思うが……。

 まあ実際に機密情報を保存しているのは、警備隊の中でも偉い連中だけ。

 あくまで魔物対策課は面倒事を押し付けられているだけの、トカゲのしっぽということだ。

 世知辛いもんだ。


 俺達を乗せる車は、そんなボロい建物の入り口に着けて停車する。

 魔力で僅かに浮いていた車体が、ゆっくりと地面に降りる。

 完全に停止してから、運転手が「どうぞ」と短く告げた。

 この運転手も、魔人の存在を知る、一握りの警備員の内の一人だろう。

 最も、魔物対策課の連中とは違って、お偉いさんに付いている人間だろうが。


「ええ。

 ありがとうね」

 

 と、運転手に礼を言ってから、ドアに手を掛けるライム。

 しかし、運転手は一切の反応を示さなかった。

 恐らくは、俺達への過度の干渉を禁じられているのだろう。

 それか、人ではない「魔女」に掛ける言葉はないというのだろうか?


 俺は、黙って車から降りた。

 お人好しのライムは、どんな状況でも礼を言ったりするが、俺は違う。

 こっちだって、最初から俺達の相手をする気なんて無い奴に、掛ける言葉などない。


 しかし、俺より先に降りたイブキは、運転手に対して一礼をしていた。

 ……俺が異端なのだろうか?


 最後に車から降りた俺が、そのドアを閉めるのとほぼ同時に、車は走り出す。

 そして、あっという間に新棟の方へ去っていった。

 何かしらの事情があるとはいえ、感じが悪い。


「礼を言ってるんだから、返事くらいしてほしもんだ」


「仕方ないわよ。

 あの人たちだって、好きでそうしている訳じゃないわ。

 そんなことよりも……」


 ライムは、魔物対策課の入り口へと歩き出す。


 確かに、今はそんなことに拘っている場合じゃないな。

 今まさに、魔人が人々を食おうとしているところなんだ。


 俺はライムに続いて、扉を潜る。

 扉を支えたまま待っていると、イブキが小走りでこちらに入ってきた。


 この建物の中は単純な構造だ。

 入り口から左方向に一直線の廊下があって、その途中途中に4つの部屋が用意されている。

 今使われているのは、一番手前の一つだけ。

 それ以外は、単なる物置だ。


 ライムは早足で、一番手前の扉へと向かう。

 俺達も、その後に続いた。

 ライムが事務室に繋がる鉄扉に手を掛けようとした瞬間、彼女は何かを察したのか後ろに飛び退いた。

 直後、バァンと勢い良く扉が開け放たれる。

 

「あ、ライちゃんお帰り~!

 心配したんだよ~!

 大丈夫だった?」


 扉の向こうから現れたのは、リユ。

 相変わらずのマイペースさであるが、それでも心配はしてくれていたようだ。


「ええ私はね。

 でも……」


 ライムは、俺に視線を流す。

 釣られてこちらを向いたリユが、目を丸くした。


「ソウくん!?

 どうしちゃったの!?」


「コーラを零しただけだ。

 そんなことより、おっさんは今どうしてる?」


 リユは「中にいるよ~」と言いながら、廊下の奥へと走り去っていった。

 雑巾でも用意してくれるのだろうか?

 あいつはなんだかんだ気が利くが、価値観が人とずれている。

 何を持ってくることやら……。


 リユが去ってから、事務室の中に入る。

 俺達が2、3時間前まで、おっさんと話していた部屋だ。

 相変わらずのぼろい部屋の真ん中で座りながら、おっさんは部屋に入った俺達を睨み付けた。


「あら、随分と怖い顔ね」


 おっさんに対し、すかさずジャブを繰り出すライム。


「勘弁してくれ、生まれつきだ」


 反撃があるかと思ったが、おっさんは随分と弱っているようだった。

 まあ今まで無理矢理隠してきた魔人が、こんな大都会に現れてしまったなんて、頭を抱えたくなるのもわかる。

 この一件の問題は「魔人の目撃情報が、警備隊まで届いてしまった」ことにある。

 通報があったからには、動かざるを得ない。

 そしてもし、魔人の目撃情報が本当だったら「これは魔物です」とシラを切るしかないだろう。

 しかし、それは街の外を守るマフル防衛軍……噛み砕いて言えば軍隊だ、に責任をなすりつけるということになる。

 だってそうだろ?

 軍隊がしっかりしてないから、魔物が侵入したんだ、と言い訳をするということなんだから。


 もちろん、軍の頭と警備隊の頭は繋がっている。

 組織間の確執を作ってでも、魔人の存在を秘匿したいと考えている筈だ。


 恐らく、この件に関して采配を振るうのは、お偉様方たちだ。

 そして、その責任を押し付けられるのは、おっさん達。

 つまり、今ここでおっさんが何を悩もうが、もう手詰まりってことだ。


 おっさんの予想外の反応に、ライムは表情を曇らせた。

 いつもは反抗してくるおっさんがこれじゃ、ライムも調子が狂うのだろう。


「生まれつきでも説明くらいできるだろ。

 今回俺はどうすればいい?」


 おっさんの事務机の前に用意された、三つの丸椅子。

 そのうち真ん中の椅子に、俺は腰を掛けた。

 おっさんは、タバコを口に咥えてから小さな声で答えた。


「待機だ」


「……は?」


 半ば諦めを含んだ表情で、タバコに火を付けるおっさん。

 言葉を詰まらせている俺の前で、そいつは灰に変わったタバコの先端を灰皿に落とした。


「待機ってどういうことだよ!

 せっかく警備隊のお膳立ても出来てるんだぞ!?

 後は俺が行って、魔人をぶっ飛ばしてくるだけじゃねぇか!!」


 机に両手を叩きつけ、おっさんに詰め寄る。

 今回の命令は、こいつより遥か上の人間が出していることだって承知の上だが、街中に魔人がいるかもしれないってのに、指を咥えて見てろなんて、納得できるわけがない。


「……チャンスだとよ」


 おっさんの口から漏れる白い煙が、そいつの顔に沿って上へと登る。

 もう俺達じゃどうしようもできないということが、その態度から読み取れた。


「チャンス?」


「ああ。

 今回の一件で、正体不明の魔人を、ついに確認できたってことにする。

 それに対処するために、魔人対策課を新設。

 一件の黒幕は、魔女ルイスに押し付ける。

 そうすれば、今まで邪魔でしかなかった魔女ルイスが、マフル市民の仮想敵を一手に引き受けてくれるってわけだ。

 ……お偉様方の中で、そう言うシナリオが出来ているらしい。

 警備隊の身軽さをアピールするための、絶好の機会だってな。

 だから、今回は魔人と遭遇した方が……多少被害が出てくれた方が有難いらしい」


「……わざと被害を出すって訳か?」


 おっさんは、黙ってうなずいた。

 つまり、魔人の存在を警備隊のプロパガンダに使うってことか?

 その為なら、人一人くらい死んだって惜しくはないと!?


「魔人の目撃情報が、本当だったらな」


「そんなの……そんなの、許せるわけねぇだろ!!!

 魔女ルイスにすべてをなすりつけるってのは、100歩譲って許してやるよ。

 でもな、そのために人を見殺しにするなんて――!!」


「だから今、俺が足りねぇ頭で考えてるんだろうが!!!!」


 人死には許せない、というのはおっさんも同じ……。

 今の言葉から、俺はそれを感じ取った。 

 だがおっさんには、俺達と違って立場ってものがある。

 俺が勝手に動けば、魔物対策課そのものに迷惑を掛けることになる。

 どうすれば……。


 俺は頭をフル回転させ、被害を少しでも少なくする方法を搾り出そうとする。

 だが、警備隊歴の長いおっさんに出ないアイデアが、俺から出て来ることはない。


 そんな時、事務室の扉が開け放たれた。

 その向こうに立っていたのは、タライを持ったリユ……?


「もう!

 そんなにムカムカしてたら、ムカデになっちゃいますよ!」


 彼女はそう言うと、タライを水平に保ちながら、おっさんの机に歩み寄ってきた。

 何をするつもりなのかと眺めていると、続いてタライの中からコーヒーカップを取り出す。

 なんでタライなんだ……?


「とりあえず、おコ~ヒ~でも飲んで、落ち着いてください。

 それとソウくん!

 濡れた服なんて着てたら風邪ひきますよ!」


 あ~。なんでタライなのかよくわかった。

 ……手で洗うつもりかよコイツ。


「ほら、脱~いじゃってください!!」


「なんでよりによって手洗いなんだよ!!」


「だって洗濯機ありませんし」


「そう言う事を聞いてんじゃねぇ!!」


 ……なんかめんどくさくなってきた。

 とりあえず、Tシャツはリユに任せておこう。

 俺はシャツを脱いで、リユに投げ渡した。

 なんで洗濯板なんてものがあるのか気になる所だが、十中八九魔物対策課に属する「もう一人の隊員」の私物だろう。

 まあそいつの紹介は、また今度だ。

 Tシャツの下には何も着ていないから、上裸になってしまったが、まあいいだろう。


「それじゃあ洗ってきますね~」


 なんて言って、リユは出て行った。

 こんな状況なのに、マイペースな奴だ。


「あいつは気楽でいいよな」


 腰に手を当てながら、俺はぼやいた。

 目の前で仲間が頭を悩ませているってのに……。


 だがおっさんは「あれでいいんだ」と答えた。


「あのアホを見てたら、俺は冷静でいなくちゃなって思える。

 反面教師って奴だよ」


 口ではそう言っているおっさんだが、実際のところ、ムードメーカーがいてくれることが嬉しいのだろう。

 心なしか、ライムの表情も和らいでいるようだった。


「……それで、冷静になってなんか思いついたのか?」


 その程度で解決策が思いつくのなら、人生そう苦労はしない


「そんな簡単な問題じゃねぇ!!」


 おっさんもそんなことはわかっているのか、突然立ち上がると、手を机に思い切り叩きつけた。

 机に置かれたコーヒーカップと、イブキの肩がびくりと震える。

 どうやら、冷静にすらなれていないようだ。


 そんなおっさんを見上げながら、ライムは冷静に口を開く。


「それなら、簡単にしちゃいましょう?

 私達はまだ、警備隊でもなんでもないわ。

 私とソウタが、あなたの命令を無視して勝手に飛び出したってことにしたらどう?」


 あれほどおっさんにキツかったライムからの提案。

 こいつの言う事は至極真っ当だ。

 俺達は警備隊から何か報酬を貰っている訳でも、ましてや警備隊に属している訳じゃない……今はまだ、だが。

 故に、俺達が独断で動き出したってことにすれば、命令無視もおっさんの落ち度ではなくなる。


「俺の監督責任が問われるだろうが」


 半ば呆れ気味に、おっさんは答える。

 その目からは「300年も生きていてそんなこともわからないのか」という声が聞こえるかのようだ。

 だが、やはりそう簡単には行かないわな。

 まったく、大人の世界ってのは面倒なもんだ。


 そんな時、ブラインドに覆われた窓から、ドンドンという音が聞こえた。

 誰かが外から叩いている……?

 十中八九リユだろうが。

 

「だああああ!!

 うるせえな!!」

 

 おっさんが怒声と共に立ち上がるのとほぼ同時に、机の上の電話が鳴り響く。

 おっさんは俺に目で何かを訴えかけてから、受話器を取った。


「はい。こちら魔物対策課」


 おっさんが俺に伝えようとしたことをなんとなく察し、俺は窓へと歩み寄る。

 ブラインドを上げた先に立っていたのは、やはりリユだった。

 何やら形相を変えて、一心不乱に窓を叩いている。

 洗剤が切れていたのだろうか?


 とにもかくにも、話くらい聞いてやろうと思った俺は、窓を開けた。

 窓枠の向こうで、リユは何やら斜め上の方を指差している。

 その方向にあるのは、警備隊の本部、新棟だ。


「ソウくん……!

 あれ……あれ何……!?」


 仮にも警備隊に属する人間が、本部を指差してあれ何はないだろう。

 なんて思いながら、リユの指差す先に目をやる。

 そこにあったのは、想像を絶する光景だった。

 警備隊本部に、まるで蜘蛛の糸のような何かが巻き付いているのだ。

 その奥上には、繭とも言える程に複雑に絡まった糸。


「なんだ……ありゃ……!」


「本部に魔人!?」


 俺の驚きと同期するようなタイミングで、おっさんは声を荒げる。

 本部に魔人が出現したということか……!?

 俺はおっさんの会話から、何が起きたのかを少しでも把握しようと、耳を傾けた。


「はい。はい。

 ……承知しました。すぐに向かわせます。」


 応対こそ丁寧だが、受話器を叩きつけて電話を切る様に、おっさんの苛立ちを垣間見ることが出来た。

 その後、まるで苛立ちを吐き出すかのように溜息を吐くと、おっさんは淡々と驚愕の事実を口にした。


「……本部に魔人が出たそうだ。

 被害者を装って侵入して来たらしい」


 被害者を装って……?

 じゃあまさか、魔人に出会ったって言うあの女性は……!


「ま、待てよ!!

 被害者!!?

 あれは完全に人だった!!

 それに、そんな知能を持った魔人がいるのなら――!!」


 ただ事じゃない。

 魔人は人を喰らえば喰らうほど、強く賢くなる。

 つまり、理論上人並みの知能を持っている奴が出現しても、おかしくはない。

 おかしくはないが、そんな奴は存在しない……そう思いたかった。


 ダァン!!

 と、おっさんが机を殴りつける。

 その音が、続く俺の言葉を遮った。


「すぐにでも戦力を寄越せということだ。

 まったく、さっきまで犠牲が出た方が有難いなんて言ってた連中が、情けない。

 ボウズ、行けるか?」


 人に化ける程の知能を持った魔人……。

 となると、今までの相手のように簡単には行かない。

 俺が相手にならなければ!!


「……決まってんだろ。

 俺を誰だと思ってやがる!!」


 困っている人がいるなら、ちょっと意地汚い野郎どもでも救ってやる。

 それが俺のやり方だ。

 クソッタレみたいなお偉方も、死なれちゃ改心させることなんて出来ないからな。


 すると、なんとリユは、窓から事務室に侵入してくる。


「課長!

 私にも出来ることは!?」


「待機だ待機!!

 おとなしくしてろ!!」


 おっさんは、リユを一言でねじ伏せた。

 だが実際、俺とライム以外には、とても敵う相手じゃない。

 イブキという例外もいなくはないが……。

 

 とにかく、まずはメイルの始動からだ。

 俺がライムの方に向き直った瞬間――。

 

 巨大な影が、窓からの太陽の光を遮った。

 イブキが、そしてライムまでもが、目を丸くしている。

 太陽が雲に隠れた?

 いや、そうじゃない。

 まるで、巨人が覆いかぶさったかのような――。


 振り返った俺の目に入ってきたのは、ワゴン車1台はあるであろう、巨大な豆の様なもの。

 豆から生える細い棒が、それを支えている。

 これは、巨大な蜘蛛……!!??

 本来蜘蛛の目があるであろう場所からは、人の上半身が生えている。

 こいつは――!?


「あら、あなたが仮面の騎士様ね。

 さっきはごめんなさいね。

 お怪我はなかったかしら?」


 ――魔人!!

 しかし、人の言葉を喋っている……!?

 さっきっていつのことだ?


 俺は魔人の顔に視線をやった。

 本物の蜘蛛のように、8つの目が頬から額に掛けて点在している。

 しかし、その顔付きは……ゲーセン前でぶつかった女性に似ている。

 やはり、あれが!


 思わず言葉を詰まらせる俺。

 どうしていいのかわからない。

 立ち向かう? 逃げる?

 何をしても、こいつ相手じゃどうしようもない。

 魔人は、生物としての根本的な力量差を、見る物に与えていた。


「……元気みたいね。

 本当に、良かった」


 魔人はそう言うと、蜘蛛の足の内一本を振り上げた。

 足といっても、その様はまるで針だ。

 8本の中折れする針が、巨体を支えている。

 あんなもので踏みつけられたら――。


 魔人は、まるで石のように固まってしまった俺に向けて、足を振り下ろした。

 黒い巨大な針が、まるで剣のように俺を睨み付ける。

 ……こんなやつに目を付けられて、殺されるだなんて、とんだ理不尽じゃねぇかよ……。

 そんな言葉が、頭を過った、その時だった。


「ソウタ!!」


 後ろから聞こえた叫び声が、俺の心臓を震わせる。

 それとほぼ同時に後方から来た衝撃が、俺の身体を前方に吹き飛ばした。

 

 俺は身体を捻り、窓のすぐ下の壁に、背中を叩きつけるようにして制止した。

 俺の視界に映ったのは、ライム。

 彼女が、俺を救ってくれた……?

 でも、あの位置じゃ!!


 直後、ライムの胸を、黒い針が貫いた。

 彼女を貫通した針からは、赤い液体が滴っている。


「ライム!!」


 俺は、思わず叫んだ。

 叫ぶ者、声を詰まらせる者、この場にいる全員が違った反応を見せる。

 

「あら、邪魔者を消すつもりだったけど、本命が来てくれるだなんて。

 嬉しいわ。」


 ライムは眉間に皺をよせ、歯を食いしばっていた。

 いくら頑丈な魔女とはいえ、痛みはある筈だ。

 彼女はまるで咳をするように、血を吐き出してから、力強い視線を魔人へと向ける。


「放して!!!!」


 雷のような轟音と共に、閃光が部屋を覆い尽くす。

 ような、じゃない。雷そのものだ。

 あの魔女ルイスすらも焦がした、巨大な雷。


 ――だが、魔人はその閃光に、怯みもしなかった。

 そして、何事もなかったかのように、足に刺さったライムの身体を持ち上げる。


「御同行願いますよ、魔女様?」


 ライムは必死にもがいているが、魔女の怪力をもってしても逃れられないのか!?


「ライム!!」


 俺は立ち上がり、窓の外へと消えていくライムへ、左腕を伸ばす。

 ライムは、俺の意図を察したのか、俺に向かって特大の稲妻を打ち出した。


 まるで避雷針のように、稲妻を引き寄せるメイルドライバー。

 その稲妻と同時に、針に刺されたような痛みが、全身を駆け巡った。


「ぐっ!!!!!」


 メイルを始動さえさせちまえば、あんな魔人!!

 だが、メイルドライバーからは、何も鳴らない。

 魔力が足りていない……!?


「ソウタぁ!!!!」


 そんな一瞬の間にも、巨大な蜘蛛は大きく跳躍し、警備隊本部の壁に取りつく。

 ライムは、あっという間に遠くへと消えて行った。

 

 ……ライムが、攫われた……!?

 彼女がいなければ、俺はヒーローになんかなれない、ただの人だ。

 快晴の空に照らされた事務室に、暗い絶望が渦巻いていた。

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