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5-1

「……あのなぁ。勝手なことされると困るんだよ」


 古臭い事務所。年代物の事務机の前で、左からイブキ・俺・ライムと3人並んで座っていた。

 その事務机に座っていたのは、無精髭を生やした強面のおっさん。

 おっさんは煙草をくわえると、その先端をじりじりと灰に変えていく。

 その光景を、俺達はただ座ってみていた。

 イブキは、少しだけ硬くなっているみたいだが。


「一応、お前等が知ってるのは機密情報だ。

 機密情報の意味わかるか?

 そう易々と吹聴されちゃあ困る情報ってことだ」


 煙草を口から離して、俺達を睨み付けながら、おっさんは言う。

 一緒に口から漏れる煙が、疎の威圧感をより高めていた。


 俺の隣に座っていたライムは、その言葉に異を唱える。


「彼女は魔女フロイアに育てられた。

 つまりは当事者よ。

 知る権利はあるわ」


「権利を行使すれば、義務が生まれる。わかるだろ?」


 ライムとおっさんの間で、両者譲らないにらみ合いが繰り広げられていた。

 おっかないったらありゃしない。


 いま俺達が話しているのは、イブキに関することだ。

 このおっさんは、彼女に魔人やこの街の情報を与えたことが気に食わないらしい。


 そもそも、このおっさんは誰かって?

 それはまあ、今日俺達がここにいる理由と絡めて話すとしよう。


 前回の魔人を退治してから2週間後、とある理由から、俺達はマフル警備隊の本部に足を運んだ。

 その理由というのは、簡単に言えば「警備隊が魔人の存在を公表する上での情報共有」だ。

 俺がここに来てから、確認されている魔人は8体。

 隠し切るにも限界というものがある。

 そこで、警備隊は俺を中心とした対魔人部隊を設立。

 その上で魔人の存在を、世間に公表しようというのだ。


 っと言う事で、マフル警備隊に招かれた。

 でもせっかくのことだし、イブキも一緒に連れて行こうということになったのまではいいのだが……。

 民間人に機密を漏らしたのは、警備隊のおっさんにとって、面白いことではなかったのだろう。

 彼は途端に不機嫌になってしまった、ということだ。


 俺の目の前に座っているのは、マフル警備隊「魔物対策課」の課長ソルジス・テンドルト。

 課といっても、属しているのは僅か3人。

 もともとは、街の中に魔物が入ってきた際の対策をするための部署だったようだが、街の守りが固まるにつれて、仕事が無くなっていったようだ。

 そして今では、立派な窓際族になっているらしい。

 そんな中での魔人の出現。

 今までのどの部署にも処理できない仕事ということ、機密性が求められるため少数が好まれるということから、魔人の対策係として魔物対策課に白羽の矢が立った。

 可哀想なことに、魔人に対する対応はすべて押し付けられていると言ってもいいらしい。


「彼女なら義務も果たせるわ。

 ねぇ、イブキちゃん?」


 ライムは、ガチガチに固まっているイブキにも、容赦なく話を振りやがる。

 俺を挟んで反対側に座るイブキは、ビクリと肩を震わせた。


「は、はい!!

 任せてください!!」


 そんなイブキをじっと見つめて、おっさんは煙草を口に咥えた。

 煙草の先端が赤く染まり、白い棒が段々と灰に変わっていく。


「……大丈夫か、この子?」


 課長は煙と共に、疑問を俺へと投げつけた。

 ……俺も初対面の時は同じことを思ったよ。


「まあ、頼りにはなると思うけどな。

 曲がりなりにも俺の師匠だ。

 それに、いい子だし」


 とりあえず、ここはお茶を濁しておこう。

 隣のイブキは「旦那様……!」なんて言って目を輝かせているが、今の発言の何処に目を輝かせる要素があるのだろうか。


「ボウズがそう言うなら、そういう事にしておくが……。

 おいカミナリ、今後お前が正式に俺達の一員になるのなら、今の認識じゃ困るぞ。

 わかってるよな?」


 そう言って、おっさんは再び煙草を咥えた。


「私だって、ただでこの子達を貸してあげる訳じゃないわ。

 あなた達の一員になることは否定しないけれど、協力するかどうかは私達次第ということを忘れないで」


 普段はあれ程柔らかいライムの、この言い様。

 完全に俺達の保護者だ。

 しかもこの「子」達って……俺も入ってるんだよな?


「その物言い、気に入らねぇな」


「……私こそ」


 俺の横で、おっさんとライムの視線が、バチバチと音を立てながらぶつかり合う。

 こいつら、なんだかよくわからないけど、仲が悪いんだよなぁ。

 これから仲間になるっていう所なんだから、仲良くしてほしいもんだが……下手に手を出したらこっちまで巻き込まれそうだ。

 触らぬ神になんとやら、だ。

 イブキもイブキで、普段見られないライムの様子に、少し怯えてるみたいだし。


 そんな緊迫した空気を粉砕するように、ドアが開け放たれる。

 その向こうから現れたのは、コーヒーを乗せたお盆を持った妙齢の女性。

 スタイル良し、顔も良し、栗色の髪を肩辺りまで伸ばし、警備隊の制服に身を包んだ別嬪さんだ。

 彼女は魔物対策課のリユ・リユキ・シンジキド。

 一言でいうと、変な奴だ。


「さぁ~てみなさん!

 おコ~ヒ~が入りましたよ~!」


 彼女は、そそくさと部屋に入ると、ドアを蹴り閉める。

 バタンと言う音と同時に、ミシリと嫌な音がしたのを俺は聞き逃さなかった。

 その後クルクルと回りながら、机の横まで器用に移動してくる。

 これだけ激しく動いておきながら、カップから一滴も零さないのは、やはり才能というべきか。


「は~い!

 課長は深みを味わうブラ~ック!

 ライちゃんは、ミルクを添えて口当たりを良く~!

 ソウくんは~、甘ったれたカフェオレで~!

 イブちゃんは~、ライちゃんのと同じ!!」


 クルクルと回りながら、俺達の前にコーヒーを差し出していくリユ。

 まるで他人の好みを把握しているかのように、コーヒーを淹れ分けているが、これは完全にリユの気分次第である。

 

「さぁ召し上がれ!!

 特にイブちゃん!!」


 話がふられるとは思っていなかったのか、イブキはびくりと肩を震わせた。


「は、はい!?」


「うちのコーヒーは、豆にもこだわってるから!

 飲んで飲んで!!」


 イブキは「は、はぁ」と漏らし、コーヒーカップを手に取る。

 リユがいれるコーヒーは曰く付きというか、むしろ何もついてないというかだが……。

 まあ、イブキの反応が楽しみなのでここは何も言わないでおこう。


「で、でも私、コーヒーの味とかわかりませんし……」


「だいじょーぶ!

 誰が飲んでも一目瞭然の美味しさだから!!」


「は、はい」


 釈然としない様子で、イブキはコーヒーを口に運ぶ。

 恐る恐る傾けられたカップの中の黒い液体が、イブキの唇に触れた瞬間、彼女の喉がコクリと動いた。


「お、おいしいと思います……」


 カップを戻してから言うイブキの表情は、コーヒーを飲む前と変わらない。

 特に言う事もないと言った様子だ。


「でしょでしょ!!

 は~やっぱりいいわよね~。

 ナスカフェのシルバーブレンド」


 ……ばっちりインスタントです、ハイ。

 俺もここに初めて来たときは、全く同じ反応をした覚えがある。

 そりゃ、コーヒーの味がわかるなんて、一部のグルメだけだろ。

 全人類のどのくらいの割合がコーヒーの違いがわかるのか知らないが、少なくともここにわかる奴はいない。

 ……って言うかインスタントじゃないコーヒーってどう入れるんだ?


「シルバーブレンド……高級品なんですね……!」


 イブキはイブキなんか感動してるし。

 そこらで買えるっつーの。

 まあそんなところも可愛いんだけどさ。


「……それで、話を戻したいんだが……」


 おずおずと口を開くおっさん。

 ライムは目を閉じて、インスタントコーヒーを堪能しているところだった。

 おっさんの話をタダで飲む気はない、という心意気が感じ取れる。


「……出された飲み物を飲むってことは、俺の話を呑むってことでいいんだよな、カミナリ?」


 おっさんは、ああ憎らしやという視線を、ライムへと向ける。

 ライムは、おっさんの視線に反応する気など最初から無いようだ。


「リユちゃんの淹れてくれたコーヒーだもの、温かいうちに楽しむのが礼儀でしょ?

 それ以上の意味はないわ」


 ……やっぱりこの二人、仲が悪い。


 そんな時、俺の左腕をイブキが指でちょちょいと突いてきた。

 彼女の方へ視線をやると、彼女は可愛らしい顔を俺に近付けてくる。


「な、なんか今日のライムさん、怖くないですか?」


 イブキが耳打ちしてきたのは、そんな内容だった。


「昔からおっさん相手にはこうなんだよ……」


 と、イブキに耳打ちをし返す。

 ……おっさん達には、聞こえてないよな?

 別に聞こえても困るようなもんじゃないけど。


「そんなに呑んでほしいお願いがあるのなら、早く話したらどう?」


「言われなくてもそうするつもりだ……!」


 怖い、やっぱり怖い。

 ライムは、背伸びしたってぱっと見17歳前後の少女。

 実年齢がどうであれ、そこまでの威圧感はない。

 だが問題は、おっさんの方だ。

 長年培ってきた、人生経験の重みを感じさせる眼差し。

 あんなのに睨まれたらちびるぞ……。

 なんて思っている矢先、おっさんの視線が俺に突き刺さった。

 あまりの鋭さに、俺の身体が硬直してしまう。


「……今回、ボウズ達を正式に警備隊に配属するにあたって、呑んでほしい依頼は二つ。

 一つは、3人ともセントラルシティで生活してほしいということ。

 居所の手配は出来ている」


「手配が済んでいるなんて、気の早い事ね。

 いつまでに引っ越しを済ませろというの?」


 ライムはやはりというべきか、おっさんの持ちかける話に真っ先に食い掛かる。

 おっさんは、ライムを一瞥してから「2か月後だ」と続けた。


「2か月後ねぇ。随分急じゃないか?」


 2か月なんて、先のようであっという間だ。

 幸い、ほぼ家で暇してる俺には、荷造りする時間なんて有り余っているが。


「これでも妥協した方なんだよ」


 なんておっさんがたばこを咥えようとした後ろで、リユがピンと手を挙げる。


「引っ越しのお手伝いには私も同行しますので!!」


 ……来なくていいわ!!


「じゃあとりあえず、一つは検討しておくわ。

 もう一つは?」


 おっさんは、バツが悪そうに俯くとライムを一瞥した。

 ……よっぽどの内容なのか?


「言えない程のことなの?」


 その一瞬の隙さえも、ライムは逃がさない。

 前言撤回、ライムも怖ぇ……。

 そんなライムを見据えて、オッサンは口を開いた。


「……魔女ルイスの、排除だ」


 なるほど。

 300年前からの付き合いであるルイスの排除を頼むなんて、気が引くのは確かだ。

 だからって、これからもルイスの暴挙を許すわけにはいかないってことも理解できる。


「魔人の存在が公になれば、警備隊で魔人の対策を取ることは簡単だ。

 だが、フィセント・メイルが相手となると、話は別だ。

 いろんな意味でな」


「いろんな意味?」


 俺の左隣で、イブキが頭を傾げる。

 おっさんの言ういろんな意味ってのは、二つの意味だろう。


「知性の無い魔人ならともかく、俺達に敵対する人間がいるって事実が、公になるのが問題なんだ。

 しかもそいつは、とんでもない兵器を扱えると来た。

 そんでもう一つは、単純に強い相手がいると厄介ってことだ」


 俺は甘ったるいカフェオレ片手に、自慢げに答えた。

 だってなんか、こういう裏事情がわかるのって、ダークヒーローっぽくてかっこいいだろ?


「そう言う事なんですか……。

 流石は旦那様です!!」


「そ、そうか?」

 

 やっぱりそうか!!

 大人の世界がわかるって感じでかっこいいもんな!!


「それと、魔女の存在はトップシークレットだからな。

 300年前の大破壊の元凶が、まだ生きているなんてことがバレてみろ」


 おっさんはそう付け加える。

 そうか。

 確かに、ルイスが魔女の秘密をバラそうとすれば、いくらでもバラせる。

 魔女なんてのが生きてるなんて世間に知れたら、みんな大パニック。

 下手したら、マフル存続の危機に繋がりかねない。


「それも2か月後までにやれというの?」


「いいや、そう急かすつもりはねぇ。

 あくまで、奴を殺す気で探せってことだ。

 俺達も協力する」


 ルイスを殺す気で……ねぇ。

 ルイスの敵対にあれ程まで凹んでたライムが、そんな要求を呑むのか?

 だが、ライムの口から飛び出たのは、予想外の返事だった。


「……わかったわ。

 その二つに関してはね」


 ライムの奴、正気か?


「らしくないな。

 ルイスが敵になって、あれ程凹んでたってのに」


 俺の言葉に、ライムは苦虫を食い潰したような表情を浮かべる。


「そう、敵なのよ。

 戦わなければ、殺されるだけ」


 どうやらライムは、ルイスが相手だろうが、もう容赦はしないようだ。

 お人よしに見えて、芯は強いタイプだからな。

 そう決めたからには、ルイスの排除だってやってのけるつもりだろう。


「わかった。今日聞きたかったのはここまでだ。

 詳細は追って連絡する」


 おっさんはそう言い残すと、持っていたタバコを灰皿に押し付けた。

 残り少なくなっていたタバコが押しつぶされ、もくもくと上がっていた煙が次第に少なくなる。


「わかったわ。

 それじゃあソウタ、イブキちゃん、帰りましょう?」


 仲が悪い奴とはいたくないのか、ライムはすっと立ち上がった。


「も、もう帰るんですか?」


 あまりに淡泊なライムの態度に、ルイスは驚いている。

 俺も、初めて来たときは同じことを思ったな。

 毎回こんな調子だから慣れたけど。


 俺も立ち上がろうとしたとき、おっさんの後ろでリユがピンと手を挙げる。


「よろしければ、私が街を案内しましょう!!」


「来なくていいわ!!」


 俺は、渾身の突込みをリユに放った。


 ライムはリユに一礼してから、そそくさと部屋を後にする。

 俺とイブキも、それに続いて部屋の扉を潜った。

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