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気が付くと、俺は鎧のようなものに包まれていた。
手放しそうになっていた意識も、今でははっきりとしている。
恐る恐る手元を見てみると、メタリックブルーに金色の差し色が施されているようだ。
「な、なんだよこれ!?
パワードスーツか!?」
視界には、パソコンでいうウィンドウのようなものが3つ浮いている。
そのどれにも、よくわからないゲージが記されている。
しかし数秒後には、全て消え去ってしまった。
さっき魔女とか言っていた奴は、魔力だかなんだか言っていたっけ?
でもこれじゃ、魔法というよりも科学技術の結晶だ。
「うんうん。
久しぶりに見る鎧だけど、なかなか似合ってるわね」
顎に手を当てて、頷いている魔女。
周囲を怪物に囲まれてるというのに、随分と余裕をこいてるな。
すると魔女は、ローブから手鏡を取出し、俺に今の姿を見せつけてきた。
俺の兜は、後頭部からエビの背のように、複数の板が重なって頭全体を保護している……ような形をしている。
バイザーには、視界を確保するためのスリットのようなものが見受けられ、その奥で角張った眼のような物が光っていた。
一目見て、西洋兜をモチーフにしたものとわかる。
その一方で、耳を覆うように取り付けられている板と、顎のラインを描いたディテールなど、まるでロボットアニメの主人公機の様なデザインが見受けられる。
そして、所々に雷の意匠が感じられた。
「こ、こいつで俺に戦えって言うのかよ!?」
「ええ。
もちろん、無理強いはしないけど……」
そんなの……そんなの……!!
「めちゃくちゃかっこいいじゃねぇか!!!!」
まるで変身ヒーローじゃねえか!!
憧れてたんだよこういうの!!
「で、でも、俺って戦いの素人だし……」
「戦い方なら、その鎧が教えてくれるわ」
そう言うと彼女は、黄色い半透明の球体を、自らの周囲に展開する。
まるで巨大なシャボン玉だ。
もしかしてバリアなのか?
「じゃあ私はここにいるから、頑張ってね」
「鎧が教えてくれる……?」
すると、魔法陣を囲んでいた怪物たちが、一斉に俺へと襲い掛かってきた。
先陣を切るのは、巨大な犬?
頭まで、高さ2メートルはある。
フィセント・メイルとかいうスーツを纏っていても、その巨大さは誤魔化せない。
「ひぃ……!!」
俺は、見る見るうちに迫ってくる巨体に、怖気付いてしまった。
デカすぎて、何処からどう攻めていいのかわからない!?
しかも、フィセント・メイルの機能なのか、このままだと攻撃をくらうぞってことがビンビン肌に伝わってきやがる!
巨大な犬は、高く跳躍すると、口の中に並んでいる牙をキラリと光らせた。
あんなのに噛み付かれたら、ひとたまりも無いということはわかる。
フィセント・メイルとかいうのも、どこまで持つのやら……。
「と、とにかく……!
ぶん殴る!!!!」
俺は、犬の噛み付きをバックステップで躱して、渾身のストレートを見舞う。
俺が殴ったところで、大したダメージにはならないと思うが……。
だが、俺の一撃は犬の顔面を破壊し、そのまま数メートル吹き飛ばした。
犬の後方を走っていた化け物が、巻き添えを喰らい、バタバタと倒れて行った。
「すげぇ……」
鎧が戦い方を教えてくれるって、こう言う事か?
刹那、左右から放たれる殺気を、俺の肌が察知する。
人型のゾンビの怪物と、骸骨の怪物が、俺へと殴り掛かってきているようだ。
だが、この2体の攻撃は、恐らくほぼ同時に繰り出されるはずだ。
だったら、迎撃する必要すらない。
俺は、攻撃が届く瞬間に、その場から前転した。
案の定、ゾンビたちはお互いの攻撃で同士討ち。
そのまま倒れこんでしまった。
「はは。
こいつはいいや!」
なんだかよくわからないが、強いぜ! 今の俺!!
なんて調子に乗っていたとき、俺を巨大な影が覆い尽くす。
「な……!?」
見上げると、頭上を飛んでいたのは、3メートルはあろう巨大な鳥。
そいつは俺へと向かって一直線に急降下してきた。
そして、あっという間に俺の目の前へと迫る。
まずい!!
俺は咄嗟に、左腕で顔を覆い隠した。
その瞬間――。
ガキィン!!
という、金属同士の衝突音のような音が響いた。
恐る恐る目を開くと、いつの間にか俺の左前腕に、剣が現れていた。
この剣が、巨大鳥の嘴を受け止めている!?
その剣は、左前腕・肘の少し先あたりのウェポンラックの様な所に搭載されている。
拳の先に柄があり、肘の方向へと刀身が伸びているのだ。
これも、フィセント・メイルの機能の一つ……?
まあなんだっていい!!
俺は巨大な鳥の顎を蹴り飛ばし、左腕の剣を抜刀する。
抜きざまに鳥の嘴を斬りつけた。
蹴り飛ばされて鳥は、数メートル程吹き飛んだ後に、地面へと降り立つ。
着地した巨大な鳥は、耳を劈く鳴声と共に首を振り上げ、俺へと嘴を向ける。
俺は、奴の一撃をギリギリで躱し、その首を刎ねた。
ポーンと宙を舞う鳥の首。
ついでに、俺はそいつを思い切り蹴り飛ばす。
「オラよ!!!!」
鳥の頭は、俺に襲い掛かる魔物達をなぎ倒していった。
残った蝙蝠怪物も、スライムっぽい奴も、一斬の下に斬り捨てられていく。
これじゃあ戦いなんかじゃない、ヒーローごっこだ。
そして、気が付いた頃には、魔法陣には大量の怪物の亡骸が転がっていた。
「フィセント・メイル、流石の性能ね。
ありがとう、これで私も外に出られるわ」
魔女はそう言うと、バリアを解除して俺へと歩み寄ってきた。
「それにしても、恐れずにこれだけの魔物を倒すだなんて……。
あなた、元の世界では何をしてたの?」
「別に何もしちゃいない。
変身ヒーローは男のロマンだからな!」
「そういうものかしら……?」
魔女は「まあいいわ」と微笑むと、魔法陣の外へと歩き出す。
彼女の進行方向上にあったのは、ボロボロの小屋。
さっきの怪物たちの所為で、こうなってしまったのだろうか。
「あなたには、一つ協力してほしいことがあるの」
「協力?」
俺は、魔女の後に付いて、小屋へと向かう。
彼女は、こちらを向いていたドアには目もくれず、小屋の周りをぐるりと迂回した。
俺もそれについていく。
小屋の反対側は車庫になっているようだった。
その中にあったのは、車輪の無い車のような物。
まるで、SF物に登場する、空飛ぶ車だ。
「乗って。
突然のことばかりで混乱すると思うけど、話は街でしましょう?」
こんな車に乗るのなら、今の鎧は邪魔になるよな……。
なんてことを思った瞬間、鎧が光の粒となって消えて行った。
なるほど、さっきの剣といい、考えれば勝手に動いてくれるのか。
便利な鎧だ。
俺は、魔女に従って車へと乗り込んだ。
どうせ、一度は死んだ命。
それをヒーローごっこに使えるのなら本望だ。
魔女の運転する車は、車庫から出ると、ぐんぐんと高度を上げていく。
今まで周りを覆っていた木々が、俺達の足元よりも下に広がっている。
視点が高くなったことで、今まで見えなかった物が見えるようになった。
そして俺は、森かなんかだと思っていた、ここの周りにある物に、思わず息を呑んだ。
ボロボロになり、所々が草に浸食されたビル。
乗り捨てられた、車輪のついた車。
それらに囲まれたここは、森ではない。
どちらかといえば、広い公園だ。
この世界……一体何があった……?
そんな荒廃した光景の中で、遠くに見える光。
さっき、魔女が展開していたバリアの様なものだ。
その中には、円筒状に形成された壁……?
「飛ばすわよ!
しっかり掴まってて!!」
俺を乗せた車は、そのバリアの張られた街へと一直線に向かう。
これが、俺とこの世界を巻き込んだ戦いの、始まりだった。