4-4
風のメイルを纏った旦那様が、刀を構えます。
いくらヒーローであるために戦うと言っても、心の中の恐怖は消しきれていない……。
旦那様の構えた刀から、私はそれを感じました。
「そう。あなたはこの街が嫌いなのね。
なら、どうして嫌いなのか教えてくれないかしら?」
魔女ルイスに対して、ライムさんは一歩も引く気配はありません。
絶対にルイスを説得する、という強い意志が彼女の瞳から読み取れます。
「気に入らないに決まっているわよ。
犠牲の上に成り立っておきながら、その犠牲を忘れようとしてるこの街なんか!!」
対するルイスも、ライムさんに対する敵意を隠す様子はありませんでした。
「犠牲……?
それって、300年前の大破壊の事?
確かにたくさんの人が犠牲になった。
でも、だからって今生きている人が幸せであってはならないなんてことはないでしょう!?」
「わからないなら……口を出さないで!!」
ルイスは、怒声と共に、巨大な水の球体を空中に生成します。
それはうねうねと波打ちながら、見る見るうちに小さくなっていきます。
水を圧縮しているということでしょうか……?
その瞬間――。
バチィ!
という轟音が、私の隣から鳴り響きました。
雲一つない空から降ってきた稲妻が、ライムさんの身体を直撃します。
それと共に放たれた眩い光に、私は目を塞いでしました。
私が恐る恐る目を開くと、ライムさんは降ってきた稲妻を全身に纏っていました。
彼女の身体を這うように漏れ出す無数の稲妻。
少しの熱すらもらさずに、あれだけの電気を操れるのは、やはり魔女故の力なのでしょうか?
「わからないわよ。
だから、あなたの話を聞きたいの、ルイス」
300年前からに友人相手に刃を向ける。
それは、ライムさんにとって、とっても辛いことのはず。
しかし、彼女の瞳に迷いはありませんでした。
「ソウタ、イブキちゃん。魔人をお願い。
これは私達の問題だから」
旦那様は、普段からは想像もつかないライムさんを見て、驚きを隠せない様子でした。
仮面に顔が隠されていたとしても、はっきりとわかるほどに。
「お、おう!」
道路の真ん中で地面を這っている、瀕死の魔人。
人の両腕が翼になっており、口には嘴が付いている異形の怪物。
奴に向けて、旦那様は向き直りました。
しかし、そんな旦那様と魔人の間に、魔女ルイスに付き従っていたフィセント・メイルが立ちはだかりました。
まるで、魔人を守るかのように。
「おっと、私の話を聞くというのなら、そいつには手を出さないでほしいわね」
「魔人を、守る気ですか!?」
奴は人を喰らう怪物です。
そんなのを守るなんて、一体何を考えて……!?
「そいつは3日前のと違って利用価値がありそうだしね」
利用……価値……?
「魔人に利用価値……?
そいつは人を食う怪物だ!
そんなもん守って、何に使うつもりだお前ら!?」
声を荒げる旦那様を、ライムさんは手で制しました。
「そう、わかったわ。ソウタには手を出させない。
だから教えて頂戴。魔人を使って何をするつもり」
ルイスの思惑がわかるまでは、あくまで聞くことに徹するライムさん。
強張った表情からは、彼女の心の中で渦巻く負の感情が感じられました。
「警備隊と繋がってるようなのに喋ると思う?」
「……警備隊? なにを言ってるの?」
警備隊との繋がりを見抜かれている!?
私は、思わず肩を震わせました。
その横で、ライムさんは冷静にシラを切ります。
ルイスは、大きくため息を吐きました。
「とぼけたって無駄。
あれでよくバレないなんて思うわね」
「……意地でも教えないつもり?」
私達と魔人の間に立つメイル使いが、私と旦那様に銃を向けます。
彼女が放つ殺気は、まるで今にも私達を射抜こうとしているようでした。
「うん。意地でも……!」
私の傍らで、旦那様が小さく舌打ちをしました。
敵のメイル使いは、少しでも動いたら撃つ、と暗に言っています。
その殺気を、旦那様も感じているのでしょう。
魔人にとどめを刺したくても、目の前にいるフィセント・メイルという壁は、あまりにも高く厚い。
そのメイル使いの後ろで、傷だらけの魔人は地面を這いずりながら、逃亡を図っているようでした。
あれほどダメージを受けていれば、よっぽどなことがない限り逃げられはしない筈……。
「でも、あんたらにとっても悪い話じゃない筈だけど?」
ルイスは、メイル使いに睨み付けられて動けない私達を見ながら、そう切り出します。
今の彼女の話を聞くところ、悪い話ばっかりだと思うのですが。
「……どういうこと?」
「私は、この魔人が手に入れば、あとはどうでもいい。
つまり、今日こいつさえ見逃してくれれば、今後ナルを味方につけてあげる」
……ナル? このメイル使いのことでしょうか?
なるほど、ルイスもいたずらに街を荒そうとしている訳ではない、ということですか。
しかし、魔人を利用して何を企んでいるのかわからない以上、頷くわけにはいかないでしょう。
私は、ちらりとライムさんに目をやりました。
この交渉に首を縦に振るかは、彼女が判断した方がいいと思うからです。
「……この魔人を見逃したとして、それを利用して何をするつもり?
もしそれを育てるつもりなら、人を食べさせなくちゃならないのよ?」
ライムさんは、やはり冷静です。
確かに、魔人は人を食べる。
つまり、定期的に人を与えなければならないということ。
「必要経費でしょ?」
ルイスは、そう吐き捨てました。
その瞬間、ライムさんにもう一筋の雷が降り注ぎます。
まるで、ルイスを脅すかのように。
「もう一度聞くわ。
魔人を使って何をするつもり?」
ライムさんの問いに対して、ルイスは目の前で迸る雷光など、気にもしていない様子で返しました。
「さっきも言ったでしょ?
あんた達には教えられない――」
ダァン!!
それは、雷光でした。
肉眼では捉えきれない程に早く、全てを貫く稲妻。
その瞬間、ライムさんは雷そのものでした。
一瞬。1秒の数千分の1の間に、ライムさんは、ルイスに一撃を見舞っていたのです。
ワンテンポ置いて、一歩踏み出した衝撃波が、暴風となって私達を襲います。
先ほどまでライムさんが立っていた石畳は砕け、そこからはモクモクと砂埃が舞っていました。
……何も見えなかった。
おばあさまに剣術を仕込んでもらった私にさえ。
ライムさんの殺気は、魔力の機微から察することは出来ました。
しかし、殺気が放たれてから実際に攻撃がされるまでの間隔が、あまりにも短いのです。
そして、攻撃が来るとわかっていても防げない程のスピード。
これが、魔女の本気……?
ライムさんは、ルイスの鳩尾に向かって右足を突き出していました。
対するルイスはというと、水の盾を展開し、ライムさんの足を掴んでいます。
ライムさんのスピードにも驚きですが、それを難なく受けるルイスにも恐怖を覚えました。
彼女たちの底知れぬ戦闘力。
いくら魔女に仕込んでもらったからといえ、私がいくら努力しようにも届かない程の力。
最強の魔装であるフィセント・メイルすらも敵わなかったという事実が証明する、圧倒的な力。
その一瞬の出来事に、私も旦那様も、視線が釘付けになっていました。
「……ありがとう。よくわかったわ」
ライムさんは、ぽつりと呟きました。
ルイスは、ライムさんを睨みつけながら「何が?」と言いました。
蹴りを見舞ったライムさんと、水をスライムのようにしてそれを受け止めるルイス。
両者一歩も譲らない競り合いが、私の目の前で繰り広げ得られていました。
「あなたが、この街にとっての敵だってことがね!!!!!」
ライムさんが突き出した右足の太腿辺りに、稲妻が走ります。
バァン!! という轟音と共に、太腿から何かがルイスへと放たれました。
その瞬間、ルイス五メートル程後方に吹き飛ばされました。
一体、何が起こって……?
ライムさんの右足には、稲妻が這っていました。
同時に、彼女のローブの右側、太腿辺りから爪先に掛けて、一本のスリットが通ります。
ローブはその切れ目からはらりと地面に垂れました。
今まで隠されていたライムさんの長く美しい脚が、スリットから外に伸びていました。
彼女の足には、太腿からくるぶしに掛けて、拳銃や弾帯、魔力障壁の発生装置など、様々な兵器が括り付けられていました。
その弾帯に取り付けられた弾丸の内、一つが無くなっています。
今のは、雷の魔力を使って、あれを放ったということ……?
吹き飛ばされたルイスは、空中で身を翻すと、両足と左腕の三本を地面に突いて着地しました。
その表情に怒りを宿しながら。
「私には、この街を護る義務がある。
アウロラが守るこの街を!!!」
ライムさんは、今までの迷いを振り切るように叫びました。
「どの口が……それを言うんだ!!!!」
対するルイスは、私にまで聞こえるほどの大きな歯軋りと共に、巨大な水流を出現させます。
そして、あっという間にそれを圧縮し、ライムさんへと放ちました。
ライムさんは、全く避けようとしません。
「ライムさん!! 危ない!!!」
ライムさんは、私の叫びなど聞こえない様子で、左腕を前に突き出します。
彼女の手首からは、魔力障壁が斜め横向きに展開されました。
ルイスの放った水流は、その魔力障壁によって軌道を変えられ、ライムさんのすぐ横を過ぎて行きました。
障壁を斜めに展開して、直撃コースを外した……?
そんな手があったなんて、と私は呆気にとられてしまいました。
次の瞬間。
バチィ!! という轟音が、ライムさんから放たれます。
先ほどと同じ、閃光とも言える程に素早い一撃。
ライムさんは、一足飛びでルイスへと近づくと、稲妻を纏う右脚で、ルイスの側頭部を蹴りつけようとしました。
しかし、ルイスもただではやられません。
左腕で側頭部を守りながら、水の盾を形成します。
柔らかい盾は、ライムさんの一撃をふわりと受け止めました。
純粋な水は電気を通さないと旦那様が言っていたのを覚えています。
つまり、ライムさんの電撃も流れないということ。
しかし――。
バチィ!!!!!
ライムさんの電撃は、その純水さえも貫きました。
凄まじい轟音と共に、眩い光がルイスとライムさんを包み込みます。
光が失せた中に立っていたのは、服が焦げたルイスと、傷一つ負っていないライムさん。
ライムさんが押している……?
その凄まじい戦闘の傍ら、旦那様はルイスに付いていたメイル使いに向かって、一言投げかけます。
「なあナル。ご主人様が危ないみたいだぞ?
助けなくてもいいのか?」
旦那様は、メイル使いをナルと呼びました。
やはり、それが彼女の名前ということでしょう。
しかし、ナルはまったく動じず、私達に銃口を向けているきりでした。
その鋭い殺気に、私達は身動きが取れません。
それを悟ったライムさんは、こちらに向かって右足の弾帯から一発の銃弾を放ちました。
「よそ見していて、大丈夫なの!!!」
という挑発と共に。
その銃弾は、ナルの兜に命中。
カン! という音と共に、彼女の首を僅かに揺らしました。
しかし、ナルはこちらに銃を向けたまま動こうとしません。
あくまでも、私達の動きを封じるつもりなのでしょうか。
「ナル!! こいつを止めて!!」
魔女ルイスは、ナルに向かって叫びます。
血気迫る表情の彼女からは、ライムさんがここまで攻撃してくることを想定していなかったことが窺えました。
ルイスの命令通り、ライムさんに向かって、銃口を向けるナル。
まるで、操り人形のよう。
この状況で、私達から目を離したらどうなるか、少し考えればわかりそうなものなのに。
しかし、私達にとって好機であることは変わりません。
私達はこの瞬間を待っていたんです!
「旦那様! 今です!!」
「わかってる!!」
旦那様は、展開しているメイルドライバーの外装を、手で押し戻します。
<Finally Drive>
という無機質な声が響き、旦那様の構える剣が竜巻を帯びていきます。
その竜巻から漏れた暴風が、私達を撫でて行きました。
「しまった!!」
と声を上げるルイス。
ライムさんの迎撃に夢中だったが故に、本当に守らなければならないものがわかっていなかったのでしょう。
ライムさんは、そんなルイスに向かって、稲妻を纏った回し蹴りを放ちました。
雷光の様なスピード。
一瞬でもライムさんから目を離してしまえば、とても避けれない程。
「自分の心配をしたらどう!!」
ライムさんの一撃を、魔女ルイスは寸でのところで躱します。
今はライムさんが押している。
早く魔人を片付ければ、私達も加勢出来ます。
旦那様は、今まさに魔人にとどめの一撃を放とうとしていました。
ナルは即座に標的を旦那様へと戻しますが、そんなこと、私が許しません!
私は抜刀と共に、ナルへと踏み込みます。
そして、彼女の右手首を切り落とす勢いで、思い切り斬りつけました。
「させません!!!」
おばあさまから譲り受けた刀とは言え、流石にフィセント・メイルの装甲を貫くことは出来ません。
しかし、旦那様が魔人にとどめを刺すだけの時間を稼ぐことは出来ます!
旦那様は、剣を下から振り上げると共に、人一人分程度の横幅の竜巻を、魔人に向けて放ちました。
その竜巻は、地面を滑りながら前進し、魔人を巻き込んで上空へと運んでいきます。
旦那様は、剣を上段へと構え直し、一気に振り下ろしました。
「食らえ、これが俺の必殺技……!!
『征星の風刃』!!!!!」
高らかに必殺技名を叫ぶ旦那様。
それを合図とするように、無数の風刃が魔人を四方八方から斬りつけます。
次の瞬間には、魔人は原形を留めない程粉々に切り裂かれていました。
ナルの攻撃を受け止めていた私はというと、フィセント・メイルに真っ向から挑んで敵うわけがなく、こちらが押され気味の攻防が進んでいました。
こちらが何度斬りつけても、ナルのメイルには一切傷がつきません。
それ故に、私は防戦一方に追い込まれてしまいました。
銃が使えない程の距離に潜り込んだとはいえ、鋼鉄以上の強度を誇るメイルは、生身の私にとっては全身凶器。
それを超人的なスピードで振り回してくるとなれば、守ることで精一杯です。
ナルは、私の太刀筋の間を縫って、私の鳩尾を思い切り殴りつけました。
「がっかはっ!!!」
まるで胃の中の物が全て逆流してくるような、いや、行き場のない吐き気が体の中を乱反射するような感覚。
思わず私は、膝から崩れ落ちてしまいました。
当然、そんな隙をナルは見逃してくれません。
奴は私に銃口を向けると、一切の迷いもなく、その引き金を引こうとしました。
旦那様は必殺技を放ってしまい、メイルが解除されています。
私はもはや、ナルの的になる以外何もできませんでした。
刹那、一筋の雷光が横からナルを貫きます。
その稲妻と共に現れたライムさんは、ナルの兜を掴み取ると、思い切り地面に叩き付けました。
地面の石畳が、粉々に砕けます。
「イブキちゃんを、やらせると思う?」
と言い残して。
私を守ってくれたライムさん。
しかし、迷いを捨てた彼女の表情からは、恐怖すら覚えました。
「ナル!
一旦、一旦引くよ……!!」
傷だらけになっていた魔女ルイスは、尻尾を巻いて逃げだそうとしているところでした。
頭を思い切り地面に叩き付けられたナルは、その体勢のままライムさんの腕を蹴り飛ばします。
そして、首が折れるような角度になったにも拘らず、ケロリと立ち上がりました。
ルイスと肩を並べたナルは、共に地面を蹴ります。
「逃がさないわよ、ルイス!!」
とはいえ、ライムさんもそう簡単には逃がすつもりはないでしょう。
しかし……。
ライムさんは、追撃の一歩を踏み出した途端、まるで糸が切れたかのように地面に倒れ伏してしまいました。
「ら、ライムさん!!」
私は、ライムさんに駆け寄りました。
「待ちやがれ!!」
旦那様はすぐさま追おうとしますが、ルイスたちの跳躍力が相手では、とても敵わない様子でした。
「ライムさん……ライムさん!!
どうしたんですか!?」
突如倒れてしまったライムさん。
まるで、全てが体の中から抜けてしまったかのような様子。
彼女のどの部位にも、力が入っていませんでした。
まさか、さっきの戦闘で……!?
私がライムさんを抱えながらおろおろしていると、巨大な腹の虫の鳴き声が、周囲に放たれました。
「……おなか、すいた」
ライムさんは、その一言を残して、がくりと気を失いました。
「ら、らいむさああああああああああああああああああん!!!!!!」
私たち以外、誰もいなくなった街の中、私は叫びました。
家に戻った私達は、昼食を温め直して頂くことにしました。
いただきますの挨拶をした後、ライムさんは目にも留まらぬスピードで、料理を平らげていきます。
その一つ一つの動作にも気品を感じるのは、流石としか言いようがありません。
あれほどの魔力を使ったんです。
その分、お腹が空いてしまうのは当然かもしれません。
そんなライムさんを見て、旦那様は呟きました。
「お前がそれだけ強ければ、俺がいる価値なんてないのかもな」
旦那様が、旦那様に持て目ているのはヒーローであること。
しかし、ヒーローなんかいらないとわかった今、旦那様自身アイデンティティが崩れ去ろうとしているのでしょう。
私は、何と声を掛けたらいいのかわからず、思わず俯いてしまいました。
ライムさんは手を止めると、口に含んだものを飲み込んでからこう言いました。
「確かに私は最初、補欠を動員するためにあなたを呼んだわ。
思いの外やる気になってくれたから、戦いはあなたに任せることにしたけれど。
でも、最近になって、あなたを呼んでよかったなって思うことが一つあるの」
「家事の手伝いが増えたからか?」
旦那様は唇を尖らせながらそう漏らしました。
拗ねる旦那様が、可愛いと思ってしまう私がいます。
「いいえ、違うわ。
一人で戦うことってね、とっても大変なことなの。
支えてくれる人がいない、自分がやらなくちゃならない、そんな環境って。
でも、今はソウタがいる。ソウタを呼んだお陰で、イブキちゃんも来てくれた。
あなたが私の傍にいてくれる。
私にとって、それが何よりも大切な、あなたの存在価値」
それを聞いた旦那様は、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまいました。
ライムさんは、最後に「ね? イブキちゃん」と付け加えます。
これが、私の気持ちを伝える絶好の機会だと察した私は、腕を机に叩き付けて叫びました。
「わ、私も、同じです!
旦那さまがいてくれるだけで、十分なんです!!」
そして私は、意を決して旦那様に質問を投げかけました。
もしかしたら、私が傷つくことになるかもしれない。
だけど、ここで聞いておかないと、一生後悔することになるかもしれないから。
「……でも、旦那様にとって、私は何なのですか?」
旦那様は、予想外の質問だったのか、目を丸くしながら私の瞳に視線を移しました。
「旦那様は今朝、私に弱さを吐き出してくれました。
でも、戦いに向かう旦那様に、その弱さはなかった。
本当は、頼って欲しかったんです。
旦那様の力になりたかったんです……。
もしかしたら私は、旦那様にとって必要ないのかなって……」
どういう答えが返ってくるのか。
私は、心の中で身構えました。
旦那様は、照れくさそうに頭をボリボリと掻くと、ぽつりと呟きました。
「……お前と同じだよ。
イブキがいてくれれば、それでいい。
だから、傷ついてほしくないんだ」
そう言うと、旦那様はまたぷいとそっぽを向いてしまいました。
旦那様が、私を想ってくれている。
必要だとか、そうじゃないとか、そう言った存在価値じゃない。
私が私であることが存在価値だと言ってくれた。
感極まった私は、思わず旦那様に飛びついてしまいました。
「旦那様……。旦那様!!!!」
「のわ! 今食事中!!
おい、イブキ!!!!!」
私の心は、幸せでいっぱいでした。
私が強くなくても、私を必要としてくれる人がいる。
強さと存在価値はイコールじゃない。
おばあさまが教えてくれたその言葉が、嘘じゃないんだと実感できたから。




