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4-1

今回はイブキ視点となります。

 快晴のマフルの街。

 こんな美しい太陽の下、私・イブキは木刀を握っていました。

 旦那様に、稽古を付けてほしいと頼まれたからです。


 それが旦那様の願いならばと、私は喜んで引き受けました。

 しかし……

「はぁ……はぁ……。もっとだ……もっと来い……!」


 目の前の旦那様は、まるで何かに取りつかれたかのように、剣を振るっていました。

 そこに心はありません。体も付いて来ていない。

 故に、技と呼べるものを扱えていないのです。


「旦那様。もう今日はやめにしましょう。

 休息も修行の内です」


 これ以上の修業は意味がない、というのが私の見解でした。

 いえ、というよりは修行になっていないのです。


 今旦那様が振るっているのは、剣ではありません。乱れた心そのものです。

 剣としての切れ味も持たない、ただの棒。

 それも、当たれば折れてしまうほどに脆いもの。


 しかし、旦那様は私の意見に耳を傾けてはくれませんでした。


「まだ行ける! こんなん修行の内に入らねぇ!!」


 そう言い放つと、旦那様は木刀を構えました。


 ……切っ先が震えている。

 呼吸も乱れている。

 視線だってふらついている。

 旦那様が体力の限界なのは、火を見るよりも明らかでした。


「どう見れば、それで行けると言えるんですか?」

「うるさい!!

 俺は……俺は強くならなくちゃいけないんだ!!

 俺はヒーローでなくちゃならないんだ!!」


 目の前で傷ついている旦那様を、私は胸が締め付けられる思いで見ていました。


 3日前に起こったことは伺っています。

 ライムさん、そしておばあさまの旧友である魔女ルイスが、旦那様達を攻撃してきたこと。

 旦那様たちの前に、二人目のフィセント・メイルの使い手が現れたこと。

 そして、そのメイルに旦那様が殺されかけたこと……。


 今の旦那様が、どんな気持ちで剣を握っているか、私にはわかります。

 だって、昔の……おばあさまに拾われる前の私にそっくりだから。


 両親に捨てられた私が、真っ先に浮かべた感情は、自責の念でした。

 私が可愛くないから、両親にとって都合のいい存在でなかったから、私は捨てられた。

 そう思いました。

 だから私は、一人で生きて行こうと決めたんです。

 価値のある人間でいるために。


 おばあさまに拾われてからも、それは変わりませんでした。

 なんとかおばあさまに気に入られて、今度こそは捨てられないように縋りつく。

 そんな生活を続けていました。

 しかし、そんな私を、おばあさまが導いてくれた。


 今度は私の番です。

 自らの存在証明をはき違えている旦那様を、私が導かなければなりません。


 師匠として、将来の妻として……。

 もしかしたら、私にそっくりだから、私はこの人に惹かれたのかもしれません。


 私は、旦那様を見据えました。

 身体も心も痛めつけられ、今にも崩れてしまいそうな旦那様。

 それなのに、存在証明のためだけに、まだ傷つこうとしている。

 そんなの、修行でもなんでもありません。


「……まだ、やれるんですね?」


 私の問いに対して、旦那様は「そう言ったろ」と答えました。

 まだやれるのなら、容赦する必要はなさそうです。

 

 ダァン!!

 と私は旦那様へ、一気に踏み込みます。

 その勢いに、旦那様はびくりと肩を震わせていました。

 剣を構えながら、相手の挙動に驚くなど言語道断。

 

 私は、旦那様へ向けて上段から木刀を振り下ろそうと構えます。

 それに対する旦那様の反応は、ワンテンポ遅れていました。

 実戦ならば、勝負は決まっています。


 しかし私は、ここでもう一つ、フェイントをかけてみることにしました。


 上段からの一太刀を凌ぐのに精一杯の旦那様。

 彼の視界の下に、一瞬で潜り込んだのです。


 旦那様は、予想外の私の挙動に、視線すら付いて来ない様子でした。

 そして、立て続けに、旦那様に左足を、奥へと蹴り飛ばしました。

 

 足が後方に持っていかれ、バランスを崩した旦那様は、そのまま前につんのめる様に倒れこんできました。


「な!? くっそ……!?」


 転びそうだというのに、腕すら前に突き出せない旦那様。

 そこまで疲労しているというのに、まだ修行を続けようだなんて……。

 褒められたことではありませんが、その根性に惚れ直してしまう私がいました。


 今の旦那様はきっと、自分の存在価値は強さにしかないと考えているのでしょう。

 だから必死に強さを求める。

 他人に失望されないために。


 そんな旦那様の目を覚ますためには、私の愛を伝える他に、いい方法はきっとない。

 だから私は、倒れ込む旦那様の身体を、私の腕の中に抱きとめました。


 男性特有の、ガッチリとした力強い体が、私の腕のすっぽりと収まりました。


「……イブキ?」

 

 私の腕の中で、旦那様が不思議そうに声を上げます。

 私は、不安定な体勢の旦那様に、しっかり腰を下ろしいていただいてから、一層強く抱きしめました。


「どうしたんだよ。イブキ」


 これ以上、望んで傷つく必要はない。

 まずは落ち着いて、旦那様を必要とする人々の気持ちを考えてほしい。


 伝えたい思いはたくさんあっても、いざ伝えられる場面が来ると、なかなか口にはできないものです。

 私は、そんな気持ちを少しでも伝えるために、強く抱きしめたまま、旦那様の頭を撫でました。


「……焦らなくていいんです。旦那様は、旦那様のままでいいんです」


 それが、私の伝えられる精一杯でした。


「でも、俺の強さに惚れたって言ったのはお前だ。

 俺は、お前の旦那様でなくちゃいけないんだ……」

 

 今にも泣きそうな声で、旦那様は言いました。


 私が旦那様の強さに惚れ込んだのは事実です。

 でも、それは切欠にすぎません。

 

 もしかしたら、旦那様への思いも、一時の感情かもしれない。

 もしかしたら、私は恋に恋しているだけかもしれない。

 でも、私は今、旦那様を愛おしいと感じている。

 それだけは、わかってほしいと思いました。


「言ったじゃありませんか。

 旦那様は旦那様です。

 情けなくたっていい。

 ただ、苦しいのなら、その苦しみを分けてもらいたい。

 好きな人に対して、そう思うのは、おかしなことですか?」


 それから、旦那様は黙りこくったまま、何もおっしゃりませんでした。


 私の気持ちが伝えられたのならいいかと、旦那様から離れようとしたとき、私の後ろに回っていた彼の腕が、ギュッと私を抱き寄せてくれました。


「……あいつは、あいつは、まるでロボットみたいだった。

 俺を殺すことも厭わない、俺を人と認識していない……。

 怖かった。怖かったんだ。

 死が間近に迫ってくるのは……」


 「そうですか……」


 私は、旦那様のを抱きしめ、吐き出された気持ちを受け止めることしかできません。

 でも、それさえできれば、旦那様はまたいつもの旦那様に戻ってくれるかもしれない。

 まだであって2週間も経っていないけど、それだけは直感的にわかりました。


 私の胸に顔を埋める旦那様を受け止め、汗にまみれた頭をやさしく撫でてみます。

 旦那様は、まるで母親に甘えるかのように、私を求めてくれました。

 

 私の腕の中から漏れてくる嗚咽。

 それが、旦那様が抱えている気持ち。


 それを少しでも分けていただけるのなら、そんなに嬉しいことはありません。


 私達は、時間さえも忘れて、ただ二人で抱き合っていました。

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