3-2
それから20分。俺は、事件が発生したダセイン南部に到着した。
ここに来るまでに、メイルドライバーの充電も完了した。
中央の繋ぎ目からスライドした外装の間から、緑色の光が漏れている。
警備隊がバカ騒ぎしてくれているおかげで、何処に魔人がいるのかはすぐにわかる。
……はずだった。
確かに、警備隊員たちは、躍起になって何かを探している。
魔人を取り逃したのか?
だったら、魔人探しの手伝いをしてやろうと高度を落としたとき、俺の目に入ったのは、驚くべき光景だった。
道路に5人ほどの警備隊員達が倒れているのだ。
一人は建物に背を預け、一人はうつ伏せに……各々違うポーズで倒れている。
驚いた俺はすぐさま近付き、倒れている隊員たちの脈を計ってみた。
……どうやら全員気絶しているだけのようだ。
まさか、魔人にやられたのか……?
ここで何が起こったのかは、警備隊員に訊くのが一番早いのだろうが……そういうわけにもいかない。
魔人に逃げられたなら、とにかくまずはそいつを見つけるべきだと判断した俺は、地面を蹴ろうとした。
その時――。
「いたぞ!!」
という声と共に、警備隊員たちが俺に駆け寄ってくる。
下っ端の隊員達は、俺と警備隊の繋がりを知らない。
つまり、俺を不審者だと判断するだろう。
しかし「いたぞ」とはなんだ?
最初から俺を探していた……?
とにかく俺は、一旦浮上し、ここから逃げることにした。
ついでに、魔人も見つかれば一石二鳥だ。
俺が風を操り、地面から足を放すと、俺に向かってきた警備隊員達は
「あいつ……飛べるのか!?」
と驚愕の声を上げる。
しかし、それを食うように発せられた
「逃がすな!!」
という声が、驚く隊員を叱咤した。
今までも隊員が俺を捕まえようとしたことはある。
一応、俺はあいつらにとっては不審者だからだ。
でも、魔人がうろついてるってのに俺を一番捕まえようとするのはどういうことだ……?
まさか、メイルそっくりの魔人が現れて、隊員達が俺との見分けを付けられていないとか……。
あり得るのはそこらへんだろうな、と俺は納得し、地面から離れた。
魔人がいるってのに、警備隊の相手をするなんてごめんだ。
そのまま高度を上げ、周囲へ目を光らせる。
だが、目に入るのと言えば、俺を指差す警備隊員達だけ。
その隊員達が、無線機に向かって何かを話している。
十中八九、空へ飛ぶための足を手配しているのだろう。
この街では、空飛ぶ車は当たり前のように普及している。
それも、警備隊ならば、一般車両より高速に飛べるものを持っているだろう。
俺を追っているのなら、恐らく彼らはそれを使って、俺を捕えようとしてくるはずだ。
「そんなことよりやることがあるだろ……!」
とっとと魔人を見つけてくれれば、俺はそいつを片付けてさっさと帰るってのに、無駄なことを。
そんな時、俺の視界の片隅に、見慣れた車が映った。
猛スピードで空中を走ってくるそれは、間違いなくライムの愛車だ。
迎えに来るとは言っていたが、この距離だぞ。あまりに早すぎる。
今日は何から何までおかしい……。
俺はとりあえず、豆粒程度の大きさにしか見えないライムの車へと空を駆けた。
ライムの車と思われるものの周りを一周し、運転手を調べる。
車の運転席に座っていたのは、見慣れたライムの顔だった。
しかし、眉に皺を寄せ、俺に何かを訴えかけようとする彼女の表情は、今まで見たことのないものだった。
この街の車は左ハンドルだ。俺は、彼女の車の左側を並走する。この場合は並飛行か?
そして、ライムにスピードを落とせとハンドサインを送り、速度を落とさせる。
そうしないと、俺が操ってる風の所為で、声が聞き取れなくなるからだ。
十分に速度が落ちてから、ライムに運転席の窓を開けさせ、中にいる彼女に声を投げかけた。
「どうしたライム、随分早いな」
しかし、ライムはこちらの声も聞かずに、息を荒げてこう言った。
「大変なの!! あなたが家を出てすぐに連絡があって、フィセント・メイルが、隊員達を襲ってるって!!」
「はあ!? 俺はそんなことしてないぞ!!」
フィセント・メイルが……?
魔人の見間違いか何かか……?
そう言う情報が回っているから、奴らは俺を狙ってきたのか……?
「それで、予想外の出来事に現場が混乱していて、指揮系統も乱れているとか……!
あなたがうろちょろしてたら、きっと捕まるって聞いて」
「そんなことで指揮系統が乱れる訳――!」
待てよ。魔人は今まで、ターゲット以外の人間を襲うことはなかった。
つまり、警備隊員の中で魔人からのまともな攻撃を受けた人間はいないということだ。
つまり、隊員が真っ向から襲われたとなれば、指揮系統が乱れてもおかしくはない。
警備隊は軍隊じゃないんだ。
「そんな状態じゃ、メイルが隊員を襲ってるなんて話になってもおかしくはないのか……?」
「とにかく、今日は帰りましょう!
私達の手に負える話じゃ――!!」
その瞬間だった。
俺のメイルが、巨大な魔力の奔流を察知する。
今までに感じたこともないほどの、巨大な魔力を……。
その魔力は、地面から発射され、ライムの車を貫こうと突き進んでくる!!?
「危ない!!」
俺は咄嗟に、ライムの車を右へ蹴飛ばした。
刹那、ビームのような何かが、今までライムの車がいた位置を貫いた。
……なんだよ、これ。どうなってやがる!?
ライムの車は二転三転とロールするが、すぐに立て直して俺の右側に付いた。
「なに!? 今のは!?」
「攻撃だ!!」
今撃たれたビームは……水!?
圧縮された水が飛んで来たってのか!?
水が飛んできた方向に目をやると、もう一本の魔力の奔流が、今度は俺を睨み付けていた。
「なんなんだよ!」
俺は全力で体をロールし、魔力の奔流から逃れる。
それから一寸遅れて、水のようなビームが空を切り裂いた。
これで終わりじゃない……もう一発!? 今度はライムへか!?
「ライム!!」
「わかってる!!」
ライムは地面から撃たれた水のビームを躱すと、すぐに体勢を立て直した。
だが、まだ来る。今度は3発連続!?
「何が起こっていやがる!!」
俺は避けられる。だが、ライムは別だ。どうしたらいいのかわからない俺は、ただ吐き捨てることしかできなかった。
その時、ライムの車の後部座席が、ビームに貫かれて――!!
バアン! と煙を吹いた車が、推力を失う。
緊急動力に切り替わった車を、さらに飛び掛かる2本のビームが貫いた。
「きゃああああああああああ!!!!!!!!!」
成す術無く落ちていく車の中から聞こえるライムの叫び声が、次第に落下していく。
車は、もはや煙を吐き出すのみで動かないようだった。
「ライム!!」
俺は全力で、ライムへ向かって降下する。
そして、車に並んでから、運転席のドアを無理やり剥がした。
「ソウタ!!」
ライムは必死に、俺へと手を伸ばす。
俺はその手を掴んで、ライムを車から一気に引きずり出すと、もはや何の役にも立たない車を、遠くへと蹴飛ばした。
ライムを抱き留め、そのままお姫様抱っこのように持ち替えた。
「くっそ!!」
俺が発生させた推力と、重力が俺を地面へと誘う。
ものすごい勢いで迫ってくる石畳の床は、地獄の入り口に見間違えるほどに恐ろしい。
「ライム! 歯ぁ食いしばれ!!!!!!!!!」
俺はライムを抱えながら、開いたメイルドライバーの外装を押し戻す。
そして、俺は風で宙返りし、足を地面に向けた。
同時に<Finally Drive>という無機質な音声と共に、暴風が俺の身体を包んだ。
その暴風に、無理矢理俺を空へと押し出させるが、なかなか落下速度は落とせない。
「止まれ……止まれええええええええええええ!!!!!!!!」
みるみるうちに地面は俺達に迫り――!
ズサアアアアアアア!! という音と、石畳の破片が俺達の視界を埋め尽くした。
約数十メートルは滑っただろう。
俺は、左足と右下の二点で地面を抉りながら、落下の衝撃となんとか受け止めた。
メイル越しにも伝わってくる痛み……。
どれ程の速度で落下したかなんて、考えたくもない。
俺は、お姫様抱っこで抱えたライムに、息を切らせながら問いかける。
「ライム、生きてるか……?」
俺の腕の中で咳き込む声が聞こえた瞬間、俺は安堵した。
「私は魔女よ……。そう簡単には死なないわ」
言ってることは恐ろしいが、無様にも咳き込んでいるライム。
大量に待った土埃を吸ってしまったのだろうか。
「なんだったんだよ……今の……」
俺達が着地したのは……丁度、あのビームの射点当たり……!?
ってことは、この近くに例の水ビーム野郎が……!!
すぐさま戦闘態勢に入らなければならないが、必殺技を使っちまった所為で、メイルが風となって消えていった。
「見事なダイビングだね……グレイス。
流石は魔女様ね……ライム」
後ろから聞こえる、少女の声?
俺は、ライムを下ろしてから、その声の主へと向き直った。
俺が石畳に盛大に描いたレール。
その先に立っていたのは、イブキとそう変わらない年齢と思われる少女。
透き通るような水色の髪を、二つ結びで腰まで垂らしている。
この子、ライムの名前を知っている……?
ライムは、その子を見るや否や、目を真ん丸にした。
見ている方がびっくりするほどに。
「……ルイス、なの……?」
ルイス!? 一週間前に聞いたばかりだから覚えている。魔女の一人……!
ってことは、もしかして今の攻撃も!?
ルイスと呼ばれた少女は、俺を見やると、ニヤリと嗤った。




