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初投稿です。
よろしくお願いします。
その日、俺は死んだ。
何故死んだかって? 死因は単純明快だ。
原チャリに押しつぶされたんだよ。
轢かれたんじゃない、潰されたんだ。
俺が歩道を歩いていたら、すぐそばで事故が起こるじゃないか。
ブレーキ音と衝突音に、俺はギョッとしたよ。
驚いて、音のした方向に視線を向けると、原チャリと車が正面衝突していたんだ。
事故現場の絵面は、なかなか悲惨だったよ。
なんせ、原チャリとその運転手が吹っ飛んでたんだ。
……俺の方へ。
で、その原チャリが俺の頭をぶっ潰したってわけ。
理不尽? ああそうさ、理不尽さ。
そりゃそうだ、こんなに理不尽なことはない。
だけど、世の中ってのはそんなもんだ。
……と、俺の目の視界が真っ黒になってから、随分と経つのだが……。
まったく視界が晴れない。
事故が起こってから、すでに数時間……いや、数週間か……あるいは数年か。
何もないし、何も起こらない。
疲れも空腹もないこの空間では、流れた時間を把握することすらできない。
ただ一つわかるのは、事故から相当な時間が経っているということだけだ。
最初は事故によって乱れていた心も、今ではすっかり元通り。
これが死後の世界というものだろうか。
このまま永遠に真っ黒の世界が続くのだろうか。
これならば、血の池・針の山その他諸々に放り込まれた方がよっぽどマシだ。
なんて思った、そんなときだった。
「こっち……こっちに来て……!」
その声は、確かに聞こえた。
聞こえたと言うには、語弊があるかもしれない。
どちらかと言うと、頭の中に直接響いている感じか。
だが、その呼び声がどこから発せられているのかはわかる。
どうしたらいいのかわからない俺は、その声を頼りに真っ暗な空間を進んで行った。
障害物はない。というか何もない。
俺はただ、声のした方向へ、暗闇をかき分けながら歩いて行った。
進むにつれて、俺を呼ぶ声はだんだんと大きくなる。
声の主に近付いているということか。
そして、何歩目か、何百歩目かを踏み出した瞬間、俺の視界が真っ白に染まった――。
次に俺の視界に映ったのは、木々覆い隠された青空だった。
「あれ……? 俺は……?」
どうやら、森のど真ん中で眠っていたようだ。
「どこだ……此処?」
寝そべったまま見る青空は、所々が背の高い木に隠されている。
のどかな光景だ。
都会育ちの俺とは無縁だった、自然あふれる場所。
さっき俺が死んで、此処で目を覚ましたことを考えると、此処は天国ということか?
それなら納得だ。
俺がゆっくりと上半身を起こすと、そこには一人の女性が立っていた。
美しい銀髪を腰まで伸ばし、前髪の隙間から宝玉の様な瞳を覗かせる。
鋭い眼光に、整った顔つきは、まさにクールビューティーと言ったところか。
ローブの様な衣服だが、腰辺りがベルトで絞められている。
そのベルトの所為で、なんというか……魅力的なスタイルが強調されている。
こんな美人さんが、下界にいるものか。
俺は、彼女を見た瞬間、此処が天国であると確信した。
ってことはこの人は天使?
それとも閻魔大王様か?
まあどちらにせよ、美人さんであることに変わりはない。
「……え~と、天使さん……ですか?
ここは天国?」
「ええ、そうよ……って言ったら信じる?」
「え? あ、はい……」
本当に、綺麗な人だ。
一目見ただけで、彼女の持つ品性を感じ取れる。
女性は優しく微笑んだまま「冗談よ」と付け加えた。
その可愛らしい仕草に、俺の胸が飛び跳ねる。
「私は魔女よ。魔女ライム。
残念だけど、ここは天国ではないわ。
あなたがいた世界とは違う世界。
今まさに天国に召されようとしていたあなたの魂と身体の一部を、無理矢理こっちの世界に移したの」
「は、はぁ……」
ってことは、俺は死んでいないのか?
異世界転移って奴か?
「……ごめんなさいね。私の勝手な都合で、こんなところに呼んでしまって。
でも、あなたにはどうしても協力してほしいことがあるの」
「……こんなところ?」
どうやら俺は、魔法陣の中心にいたようだ。
これが俺を呼んだ魔法? なのだろうか。
辺りを見渡すと、その魔方陣を囲うように、大量の魔物のようなものが所狭しと並んでした。
「ひぃ!!」
俺は思わず腰を抜かす。
だってよ、スライムにや蝙蝠っぽいのならともかく、腐りかけのゾンビや骸骨までもが、俺に向かって手を伸ばしてるんだ。
だけどそいつらは、俺に近付こうと頑張ってる割に、それ以上近付いて来ない。まるで、透明な壁に遮られているような……。
「あなたを呼ぶのに、相当な魔力を使かってしまったの。
それを魔物達に嗅ぎつけられたみたい。
でも大丈夫。奴らはこの中に入ってこれないわ」
なるほど、なら大丈夫……なのか?
だが、ライムと名乗った女性は最後に、
「まあ私達も、ここから出られないのだけれど」
と付け足した。
「そ、それじゃあどうしろって言うんだよ!?
まさか、こいつらを倒せとでも言うのか!?」
「そのまさかよ」
こいつらを一掃できる策があるってことか? それとも……
「大丈夫、あなたならきっと……」
ライムさんはそう言うと、俺の左手を取った。
柔らかな女性の手の感触……。
言われてみれば、女の人の手をしっかりと握ったのはこれが初めてかもしれない。
なんて呆けていると、ライムさんは俺の左手に謎の端末を装着した。
まるで、スマートフォンから腕時計のベルトが生えた様な見た目の端末だ。
中央には、黄色い長方形のチップのようなものがはまっている。
「な、なんだこれ?」
「これがあれば、あなたはこの世界で最強になれる。
ここにいる魔物なんて、一撃で蹴散らせるほどに」
そんな便利なものがあるのなら、自分で使えよ!
なんて思うが、世界最強って響きは嫌いじゃない。
「これを使える人間は、この世界にはいない。
だからあなたを呼んだの」
……なるほど、なんとなくだけど、状況が読めてきた。
いや、まだわからないことだらけだが。
「まずは、そうね。ここにいる魔物共を、それ……『フィセント・メイル』で蹴散らしましょうか」
「蹴散らせってどうやって!?」
「大丈夫、すぐにわかるわ」
ライムさんはそう言うと、俺の手を両手で掴んで、自らの胸元へと運んだ。
女性特有の柔らかい手と、胸部の膨らみの感触が、俺の手から伝わってくる。
寂しい人生を送ってきた俺にとって、それは初めての感触だった。
しかし、その感触は、すぐに痛みに支配された。
「ぐっ!? あああああああああああ!?!?!?!」
俺の全身に、鋭い針が這っていくような感覚……!? この女、何をした!?
そいつの胸元に添えられた俺の左手に視線をやると、ピリピリと稲妻が漏れだしていた。
こいつ、まさか電流を俺に送っているのか……?
「大丈夫、痛いのは最初だけだから」
ライムさんはそう言うと、俺に流す電流を一層強めた。
電撃が俺の五臓六腑を焼き尽くし、全身の神経と言う神経に風穴を開けていくようだ。
「あああああ!! ぐあああああああああ!!」
必死に彼女から手を放そうにも、両手にガッチリ挟まれ、抜け出せそうにない。
俺はただ、全身を駆け巡る痛みに耐えるしかなかった。
俺があまりの痛みに、自らの意識を手放そうとした……その時だった。
<Starting>
俺の左手に巻き付けられた端末が、無機質な声を上げる。
それは宛ら電子音声だ。
凄まじい痛みに晒され、全身から力が抜けていく中、俺の身体は、金色の光に包まれていった。
<Electric Drive>
そして、眩い光の中から現れた鎧が、俺の全身を包み込み――。