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ダンジョンの罠

 三日後、黒とエマは部屋で装備品とライセンスを眺めていた。

「これで私たちもダンジョンへ行けるのよ!」

「やったねエマ!」

「うん! 今日の放課後早速行くわよ!」

 エマの提案に黒が頷く。

 黒とエマが座っている少し離れた場所に机があった。

 机の上に乗っているのはライスと米。そして申し訳程度の海苔。

 もう限界だった。戦争が終わって二〇年。もうこんな食生活をしている人は居ない。

「早くクラブ設立して部費か給料が出ないと死んじゃうしね私たち……」

「うん……」

 装備品を買うためのお金を無理やりに捻出した二人は、クラブを設立しなければ栄養失調で病院コースもあり得る状況なのだった。

「今日の放課後、遺物を見つけてパパっと認定を貰うわよ!」

「お、おおー!」


 ダンジョンで黒は呆然としていた。

 学校を出て電車で一本。すぐさま現れた巨大な石造物。それがダンジョンだった。

 大きな口のような入り口の近くにプレハブ小屋のような事務所がぽつねんと建っている。

 事務所の窓口にライセンスを見せると、ダンジョンの探索許可を貰い、準備は完了。

 黒は大きく深呼吸する。

 ダンジョンで強力な遺物を収集できるのは年に数度だけとも聞く。それほどに見つけ難いのだ。

 しかし、黒にはエマという強力な仲間が存在する。

 知覚之霧肌と言う世にも珍しい遺物探索能力。

その能力を使えば遺物探しなどイチコロであろう。

ダンジョンに入って行く人は黒が見る限りは皆無だった。おそらく平日ということが影響しているのだろう。

黒の姿はいつものブレザー姿ではなく、装備品の一つであるジャージになっていた。

何でも衝撃が服に伝わると、素材がぎゅっと硬化して防御するらしい。

黒は少し考えた後、好奇心に逆らえずに思い切り自分の腹部をぶん殴った。

「ごふぅっ!?」

 痛かった。ただ、硬いクッションでも殴ったかのような感触があり、痛みを軽減させる効果は確かにあるようだ。それだけでも怪我をする確率は大分違うのだろう。

「何やってるの……?」

 黒の隣に居たエマが黒の奇行に若干引きながら、鎧の頭部を窓でも開けるかのように開けた。

「ジャージの防御力実験、かな……」

 専用のバカでかいリュックサックから取り出した棒状の保存食をむしゃむしゃと食べ出す。

「んー。久々の味。黒も食べといた方が良いわよ。気合を入れるために」

「た、確かにそうかも」

 黒は頷くと、リュックサックから保存食を取り出しむしゃむしゃと食べる。

 そんな食い意地張った二人の前に生徒会が颯爽と現れた。

 礼二と國島古宵の二人以外にも数人居る。

 礼二は黒とエマを一瞥して、前を通り過ぎると何の躊躇もなく入り口へと入って行った。

 その後に続く仲間たち。最後に國島古宵がぺこりと頭を下げた。

「あなたたちも気をつけて」

 一言言うと、さっと入って行った。

「むぐむぐむーぐ!」

「何を言ってるの?」

 頬を一杯にしたエマが保存食を咀嚼し、嚥下し、鎧の頭部をシャットダウンさせてから言い直す。

「負けずに行くわよ!」

「別に勝負じゃないんじゃ……」

「もし遺物を取られたら一大事でしょ! 速く行くわよ!」

「ちょっとエマ!? 地図を見て行かなくても良いの!?」

 脱兎のごとく走り出すエマ。入り口近くまで走っていき、ざっと切り返す。

 黒を担ぎ上げると、入り口へ入って行った。

「地図なんて要らないわ! だって遺物があるなら谷でも山でも行くんだからね!」

「……ほ、本気の目だ」

 ダンジョン内部はまるで遺跡のような造りだった。

 数メートルほど進むと行き止まりに当たる。

 代わりに洞穴が一〇以上存在してあり、どれを選ぶかによってルートが変わるようだ。

 もしくは意表を突いて全部一緒の可能性もあるかもしれない。

「うーん。別れる?」

「それはヤダ!」

「うわあっ!? 耳元でうるさい!」

 がつん、と黒の頭を叩くエマ。

「と、とにかくこんな怖いところで独りぼっちとか絶対にダメだから! 無理だから!」

 黒が痛みに目をチカチカさせながらも情けない台詞を喚く。

「分かったわよ……。一緒に行くとしてどれを選ぶ?」

「……後ろ」

「後ろって出口じゃない馬鹿!」

 エマは黒を担いだまま適当に選んだ穴へと足を踏み入れる。

 二メートルほどの小さな穴の中は暗闇で満たされていた。

「さ、行くわよ!」

 と、エマが気合いを込め勢い良く走ろうとした瞬間、地面が嫌な音を立てた。

「え?」

「だああああああああああああああああああああああっ!?」

 鎧+女の子+男の重量によって地盤が緩んだ場所が崩壊。

 二人は重力に引かれて落ちて行く。エマは黒を担ぎ直すと、地面への落下に備えた。

 だが二人の予想に反して下は土ではなく水だった。どぼん! と黒とエマは沈んでいく。やがて勢いが弱まったところで黒がスイスイと上へと泳いでいき、違和感を覚えて下を見た。

 バタバタバタバタバタァっ! と凄まじい勢いで扇風機のように腕を振り回す鎧。

 鎧の重さで泳げないのか、エマ自身に泳ぐ能力がないのか、完全に溺れていた。

「うばぶっ!?」

 エマ!? と叫んで黒が水の中へと潜り、エマの手を取った。

 左手で引き裂くように眼帯を外す。ぼやけた景色の中、能力を発動させた。

 ぱっと二人は消え、水上へと現れる。更に黒が能力を発動させようと意識を集中させた。

 重力落下にて水にどぼん! ともう一度沈んだ直後、黒とエマが掻き消える。

 ぱっとマジックのように二人は地上へと姿を現した。

「うぐっ……」

 左目を押さえて黒が呻く。

 不明瞭な景色の中での能力発動と連続駆動により、瞳の奥が焼けるように痛んだ。

 ちらりとエマを見ると、鎧の頭部を開き、水をどばどば出している。どうやら鎧の中にかなりの水が溜まったようだ。

「あ、ありがと……死ぬかと思ったわ」

 痛みが段々と引いていく。黒はゆっくりと眼帯をつけ直した。

「だろうね。凄かったもん」

「……お、泳げないのは内緒にしてね」

「言う人がいないよ……」

「? あの、あの子は? 雅な名前の」

「雅……? ああ、神宮寺?」

「ああ、そうそうその子」

「あの人は……ううーん? 友達というか貴族というか富裕層というか女王と一般市民というか。とにかく俺とは住む世界が違う人だから」

「住む世界ねえ。今まで友達が居なかったのって案外黒が拒絶してたからだったりして」

「そんなことないって! そもそも俺みたいな根暗な金もない面白くもない人と一緒に居ようって人なんて居ないんだから! 神宮寺は人好きのする性格だし、俺を友達に選ぶ必要がないもあだっ!?」

 黒が頭を押さえながらきょろきょろと周りを見渡してみるが、特に何もない。

「どうしたの?」

「いや、何か頭に石的なモノが当って……何だったんだろ?」

「さあ? とにかく、出発しよ」

 エマは立ち上がり、じっと観察するように辺りを見渡す。

 前方には泉という表現がぴったりなサイズの水溜まり。右、左、後方にはゴツゴツとした絶壁。但し、天井に吸い込まれるようにして終わっているため、絶壁を登ったとして得られるものはない。

 エマは青い顔をしながら水へと視線を飛ばす。

「もしかして……この水の中?」

「うーん、多分?」

「ないないないないそれはない! あり得ないから! 認めないもん!」

 エマが泣きそうになりながら頭を振る。

「こうなったら知覚之霧肌を使うわ! ……あ、そう言えば何で知覚之霧肌って言うのか黒に説明してなかったわね?」

「え、されてないけど別に説明は要らないよ?」

 興味ないし、と言外に伝える黒。しかし、相手はエマである。

「遠慮しない遠慮しない」

 鼻歌でも歌うかのように言うと、説明を始めた。

「まず遺物を発見するこの能力なんだけど、肌の感覚で分かるのね」

「ああ、うん。こうなったら最後まで聞くよ」

「で。その時の感覚がこう……霧が肌に当たってるみたいな微かな感覚なのよ。それによって距離も少しは分かるっていうか。だから、知覚之霧肌。どう? 良いネーミングでしょ?」

「うん」

 と、黒は頷いておく。特に名前に関してどうとも思わなかったが、得意気な声音を出すエマに「そうかな?」と言うのも無粋だろう。

「で、黒の能力名も考えたわ」

「え?」

「そういう約束だったでしょ?」

 黒は確かにそういう約束だったと頷く。

「二つで迷ったんだけど、空路くうろに決めたわ。空間に路を作る黒にはぴったりな名前でしょ?」

 黒はありがたく名を頂戴し、ふと思い出したことがあった。

「もしかして授業中うんうん悩みながら国語辞典引いてたのって名前をつけるため?」

「……さ、知覚之霧肌を使うわよ」

 エマは軽くスルーすると、鎧を分解した。魔法少女のような変身解除方法で鎧を脱いだ。

 黒の顔面がかああっっと熱を上げ、赤くなっていく。

 エマはさきほどまで水に使っていたわけで。そして鎧を着る時、エマは薄着なわけで。

 即ち、ピッタリと肌とシャツが一体化していた。

 ほんの少しの膨らみやくびれが綺麗に浮かび上がっており、否応なく色っぽい雰囲気を醸し出している。少し薄暗い洞窟内ということもあって、場末の酒場に舞い降りた天使のようだ。

 一秒、二秒、三秒と経つにつれおかしいと思ったのかエマは訝しげに黒の視線を追って、自分の姿を見下ろした瞬間、叫びながら泉へ向かって突進。そのままダイブした。

 エマは地面の縁に手をかけて黒を睨みつけた。

「く、くくくくくくく!」

 殆ど泣き笑いのような「く」の連続音に、黒がぎょっと目を剥く。

「うううううううう! もう、何で、そんな、じっと、見てくるのよ!? ばか!」

 ぺしっと水面を叩いて黒へと水をかけた。

「じっと見られたら……私だって……色々と」

 ぶくく、と顔半分を水に沈ませながら恨めしそうに呟く。

 少し薄暗い洞窟内でなければ、エマの真っ赤な頬と幼子のような半泣きの表情が黒にも視認できただろうが、生憎黒はエマが般若のような怖い顔をしている想像しかできなかった。

ふとエマがじぃっと水面から黒を見つめていることに気づく。

「ご、ごめんさない」

 謝る黒。

「……エロ黒」

 言葉の弾丸が黒の胸を撃ちぬいた。

「どっか岩陰ないかしら? 出て行ったら絶対あのエロ黒に見られるだろうし?」

 エマのじとっとした軽蔑するような視線に黒は思わず泣きそうになる。

「もう見ないよ……」

 黒の凄まじい落ち込んだ声に慌ててエマが手を振る。

「うそうそ私も悪かったしおあいこだよねうん!」

「いや、視線逸らすことも出来たのにしなかったのは俺だし……悪いのは俺で……」

「いやいやでも私だって黒が男の子だってことちょっと忘れてたし! 男の子だったらそういうことに興味あって普通だししょうがないんじゃないかな!? っていうか、次何か言ったらぶっ飛ばすからね!」

 エマがいじめっ子染みた脅迫をすると、黒は無言で頷いた。

 エマは人より一回り大きな岩を見つけると、さっと水から上がって駆け出し、岩陰に隠れる。

 なぜエマが鎧を脱いだのか。その理由は肌を露出させるためである。

 目を閉じて、集中する。エマの能力はレーダーのように正確に遺物の居場所が分かるような便利な代物ではない。どちらかと言うと船乗りが風を身体で感じるようなイメージのものだ。

 範囲も広くはなく、直径一〇〇メートルほど。肌にしとっと何かが張りつく。

 これが遺物だ。遺物の思念なのか、それとも遺物が発している特殊な電波なのかはエマには分からないが、遺物のみが発する特殊な信号なのだ。

 方向は前方。絶壁の向こう側。

「くちゅん! ひくしゅん! ひくしょん!」

 エマが思わずくしゃみを連発。鎧を脱げばエマはタダの病弱な女の子に過ぎない。

そんな身体で走ったり水へダイブしたのだから当然の結果とも言えた。

「病弱ってこと忘れちゃうのよね……。あの鎧を着てると」

 と、その時、ぱさりと乾いた布がエマの足元に落ちて来た。

 エマがそっと岩陰から顔を出すと、黒がこそこそと去って行こうとする後ろ姿が目に飛び込んでくる。

「黒?」

「あ、あの……俺の能力で頑張って水飛ばしたから……嫌じゃなければ、着てくれると……」

 震える声で言う黒にエマはふっと優しく微笑んだ。

「ありがと。黒って良い人よね」

「……とにかく俺はあの、目を瞑っとくから」

 黒が嬉しそうに遠ざかって行くのを見てからエマは黒のシャツを摘み上げた。

 すっとシャツに顔を近づけてみる。すんすん、鼻を近づけた。優しい香りが鼻孔を擽る。

 ついでに言えば鼻に残ることもなく、過ぎ去って行く影の薄い香りだった。

「黒の匂い……。何か、ぴったりね」

 すっと水を吸ったシャツを脱ごうとした瞬間、パアン! と頭に手で叩かれたような衝撃が走った。

「いたっ!? 何、今の!」

「後ろだよ!」

 鋭い女の声。エマは声の通り、後ろを振り向き、絶句した。

 絶壁から土塊が膿のように排出され、全長五メートルほどもある怪物の腕のように変化した。腕がぐにゃりと粘土のように滑らかに、関節部を無視して動く。空気を押し潰すかのような勢いでエマを襲った。

「ぬああああああああっ!?」

 エマは訳も分からず駆け出し、泉へ向かって頭から突っ込んだ。

 直後、台風のような風が辺りを舐めた。

「エマ!」

 黒の叫び声に呼応するかのようにエマがぷかりと浮く。隣で黒髪の綺麗な女の子がエマに肩を貸していた。

 神宮寺実咲。黒の友達になりたい女の子ナンバーワンがそこに居た。

「へ?」

 黒は思わず素っ頓狂な声を出すが、すぐさま思考を切り替えて土塊の化け物を観察する。

 土塊の化け物は腕、頭、そして身体と徐々に作り上げられていく。

 まるで絶壁の中に巨大な職人でも居るかのように、どんどんと顕在化が進む。もうすでに黒が十人居ても勝てないほどにバカでかい。

 神の使役する土塊の生物、ゴーレム。

 人間である限り勝てないだろうと思わせるその肌をひりつかせるような重圧。

 土の、岩の、圧倒的な存在感に黒の膝が笑い出す。

 動く度に鳴る砂をすり潰す音が鳴き声のようにも聞こえる。

「冗談、でしょ……?」

 神宮寺がエマを岸まで運んで、泉から上がる。エマも一緒に岸に上がり、くちゅんと可愛らしくくしゃみをした。

 黒と二人は示し合わせるように一つに固まると、

「ど、どどどどどうするエマ?」

 声を震わせて指示を仰ぐ黒にエマは頷いて言う。

「逃げる……と、言いたいところだけど、周りは絶壁に囲まれていて逃げ場はないわ。あるのは泉だけ」

「う、うん」

「戦うか、泉へ逃げるしかないわね」

「エマは泳げないよね?」

「まあね。だから私は戦うしかないわ。二人は逃げるなり何なりすれば良いわ」

 エマがそう言うと、鎧のある場所へ行き、魔法少女のように換装した。

 土塊の化け物、ゴーレムは足を作り始めている。そろそろ逃げるか戦うかを判断した方が良いだろう。

「今トドメを指す!」

 エマは気合一声。凄まじい脚力で化け物に向かって跳んで行く。

 黒にはそんな事できる自信なんてない。エマのような遺物があっても黒はおそらく動けなかった筈だ。

 がちがちと震える黒を見て、神宮寺が切なそうな、何か痛みを耐えるような表情で言う。

「赤目くん逃げよう。私たちじゃどうしようもないよ!」

「そう、だよね」

 黒は頷き、けれどその場から離れることができなかった。

 エマがジャンプしてゴーレムの顎を拳で弾く。しかし、ゴーレムにはそんな攻撃が効く筈もない。鬱陶しいハエを払うような仕草で巨大な手を振るうと、宙に居たエマを叩き落とした。

 隕石のような勢いで地面へと激突したエマはゴムボールのようにバウンドして絶壁に激突。

 そのまま崩れ落ちるように地面へと倒れ、巨大な手がエマを更に地面へと叩き込んだ。凄まじい風が洞窟内を荒れ狂い、黒の髪を、瞳をいたぶる。

 エマがバスケットボールを床に叩きつけたように浮き上がった。

「……え、エマ」

 黒は震える脚を前へ一歩ずつ動かしていく。

 目の前で散る命を、黒は諦めたくない。

「神宮寺……」

 呆然としている神宮寺に言う。

「また、ごめん」

 走り出し、眼帯を引き剥がす。

 化け物がもう一度手を挙げた。確実に敵を叩きのめすために。

 黒の脳裏に過去の失敗が過ぎる。

 幼い女の子の辛い表情。完全に守ることのできなかった過去。間に合わなかった後七歩。

 幼かった頃の七歩――約一〇メートル。黒が〇へと変えられる距離!

 一歩、二歩と高速で地に足跡を刻む。意識を集中。飛ぶ。

「間に合えぇえええええええええええええええええ!」

 黒の姿が掻き消え、エマの元へと〇秒で到達。動かしていた足を無理やり押し留め、地面にブレーキ痕をつけた。

 ざっと視線を飛ばす。敵は見ない。見るのは安全地帯のみ。更に連続集中。

「何やってるの黒っ!?」

 エマが叫んだ。巨大な掌が蟻でも潰すかのように振りかかる。

 黒の瞳が能力を発動しようとし――ズキリとした痛みで集中が途切れた。

(え……っ?)

 思考が暗転する。絶望、希望の光が途絶えた。再発動まで二秒はかかる。

 思考が絶望に染まり、けれど手を伸ばす。

 黒とエマが同時に動いた。お互いがお互い、抱きしめ合う。

 身体はザクロのように弾け飛び、赤い血肉を撒き散らすのだろうと黒は予測して、けれどどうすることもできない。

 エマを置いて逃げることも、守ることも、ゴーレムを殺すことも。

 ただただ死を享受するしか黒に残された道はない。エマを強く抱き締め、ただ願うしか無い。

 仲間はどうか死なないように、と。

「エ、マ……ッ!」

 直後、凄まじい風圧が黒とエマを襲う。

 風圧が止み、黒は違和感に目を見開き驚いた。

「え?」

 ゴーレムはギチギチと油の切れた機械人形のような鈍い動きで拳を止めていた。

 もしくは神の操り糸で拳を無理やり止めているかのような不自然な光景。

「エネルギー切れってわけね」

 エマが身のこなし軽く立ち上がると、飛び上がってゴーレムの腹へと拳をめり込ませる。

「これで、崩れろ!」

 トラックが衝突したかのような重い音を響かせると、ゴーレムがブロックのようにガラガラと崩れていく。

 デカい岩が落下して起きる轟音に耳が悲鳴を上げる。細かい砂が大量に舞い、視界を埋め尽くした。

 黒は目を瞑り、辺り舞う砂を手で払いながらエマが居た場所へと駆けて行く。

 と、手に何かが当たった。黒はちらり薄目を開けて見ると、それはプリントくらいの大きさの紙だった。

 とりあえずプリントをポケットへねじ込むと、砂をかき分けてエマが居た場所へと移動する。

「うぺっ! 砂が! 砂が私の中入って……か、解除っ!」

 エマがわたわたと身体をくねらせていた。意外と鎧の遺物は欠陥が多いのかもしれない。

「でもまあ、エマが無事でよかった。崩落に巻き込まれたかもしれなかったし」

 と、黒が笑った。

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