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金を工面→同居

 とにもかくにも黒はヘブン状態なのだった!

「ふふふ……」

「そんなに私に仲間だって言われたのが嬉しかったの?」

 二人は学校のPC教室で肩を並べて、キーボードをカタカタやっていた。

「いやそれじゃなくて、神宮寺と仲良くなれそうなんだ」

「へ、へー」

 くぐもった声にほんの少し機嫌の悪そうな色が混じっていたが、黒は全く気づかない。

「いやー。俺ずっと友達になりたかったんだ。夢が叶ったよ」

 うふふふふ、と笑う黒の横顔を見ながらエマが呆れたような声を出した。

「良かったね」

「うん」

 嬉しそうに頷きながら、ディスプレイに目を通す。

『ダンジョン内ってモンスター出るけどオッケー?』

『危険がいっぱい夢いっぱい! オッケー?』

『受験料三千円。オッケー?』

 意訳するとこんな感じの注意書きにチェックを入れていく。

キーボードをタイプしていくが黒の生存本能がお玉で鍋を叩きまくって警鐘を鳴らしていた。

 最後のチェックボックスに思わず手を止めた。


『ライセンス取得するには装備品買わなきゃいけないよ? 貧乏人は回れ右! オッケー? ※お値段破格の一〇万円ですっ』


『………………』

 二人の気持ちが一つになった。無言で顔を見合わせ、乾いた笑みを浮かべる。

『利権』の二文字が黒とエマの頭を過った。

 椅子をギシギシと言わせながら座っているエマは、不安そうな色を滲ませて言う。

「私はチェックするけど……黒は、もう良いよ。何か無理やり気味だったしね」

 あはは、とエマが元気なく笑う。

「でも……仲間は五人以上要るんじゃないの?」

「まあそうだけど、頑張れば何とかなるし」

 黒は学生の一番の敵――金欠と相対していた。

 仕送り金の額と今月一杯の食事のことを考えつつ、チェックボックスを見る。

 時間があればバイトするという手もあるのだろうが、何と合格した明後日までにお金を振り込まないといけなかったのだ。

 合格発表日が当日だということを考えると、約三日後である。時間はない。

『私の名前はエマ・ブレア。これからきっと楽しいことがいっぱいだよ。私と一緒に、部活、立ち上げよう!』

 言ってくれたあの瞬間、黒は確かに人生のレールが切り替わった音を聞いた。

 エマと一緒ならもしかしたらこんな人生から抜け出せるんじゃないかという淡い期待。

 それに、そうでなくてもクラブ設立という目標に邁進するエマは眩しく、役に立ちたいと思ったのだ。

 危険もあるだろう。お金も使う。

 けれど、だけど。

 エマの横に居たかった。

 きっと、独りぼっちの弱い心が見せた幻のような願い。

 それでも黒は突き進むことを決めた。

 いじめられっ子であっても、独りぼっちであっても仲間と言ってくれた人を悲しませる選択肢は選びたくない。

 黒は覚悟を決めてチェックボックスへチェックを入れる。

「良いの……?」

「うん。俺、エマと一緒に楽しいことをいっぱい経験したいから」

 そう言って黒はエンターキーを押す。

「それに初成果の度合いに応じてお金貰えるんだよね? それに賭けるよ」

 鉄塊が腕を大きく開けてぐぎゅう、と黒を抱き締めた。

「私は信じてたよ黒!」

「痛いよエマ!?」

 エマ・ブレア。

 職業、高校生。

 残金、一万円。

 そこから導き出せる結論はたった一つであった。

 黒と別れてから学生課へと突入し、

「寮解約させて下さい!」

 黒に教わった敬語と共にジャパニーズDOGEZA!

 そして、嘘をでっち上げて寮解約。

 そもそも寮解約は程度の差こそあれ毎年何人かは起こす問題らしく、解約は簡単に出来た。

 返戻金が戻るのは明後日になるらしいが問題はない。振込日は三日後なのだから。


「――と、言うわけで一緒に住もう黒くん!」

「え?」

 事の始まりは三分前。時間は午後七時。

 本を読みながら過ごしていた黒に来客があった。来客の名前はエマ・ブレア。

 ぱんぱんに太らせたリュックを鎧姿のまま担ぎながら黒の部屋へ入ると、そんなことを言ったのだった。

 黒はフリーズから解除されると、力いっぱい叫んだ。

「ええええええッ!!? 何を言ってるの!? 馬鹿なの? あ、分かった! 馬鹿なんだ!」

「むっ。別に馬鹿じゃないもん。ほら、私って目標に向かって邁進するタイプだから後のことはあんまり考えないんだよね」

「第一何でそんな解約してまで!?」

 思わず怒鳴る黒に鎧の騎士が可愛らしくびくっと身体を震わせた。

「何でって言われると……夢のため、かなあ」

「夢?」

 黒は首を傾げる。エマはリュックを地面に降ろし、鎧を解除。鎧がブロックのようにバラバラに分解される。

 鎧はすぐに再構築され、置物のようにエマの前に鎮座。ひょこっとエマが後ろから現れる。

 魔法少女のような素早い変身の仕方だった。

 エマは少し微笑んで、大事なモノを黒へ託すように音の調べに乗せて言う。

「うん。私、遺物ハンターになりたいの」

 それはこの世界にある純然たる職業だった。

 遺物はこの世界では生きる不発弾のようなもの。

 時に人を癒やし、時に国を丸ごと消し飛ばす。非常に振れ幅の大きな不発弾だった。

 しかも善悪の区別なく適正者でさえあれば力を与えるときている。

 遺物を探し出し、国や個人へと売り飛ばす職業が出来るのは道理でもあった。

 公的機関や、国から認められた民間企業へと遺物を売る規則正しい者を遺物ハンター。金さえ貰えれば誰にでも遺物を売り払う者を闇遺物ハンターとして区別している。

「そう。だから部活を立ち上げたっていう業績やそこからの華々しい活躍を持ってハンター業界に入るの」

 うっとりと夢見る乙女のような表情を浮かべるエマ。

「遺物ハンターって業績なんて要るの?」

 あくまでイメージだが、黒には一人で黙々と遺物をハントしている職業で業績なんて意味がないように思えた。

 エマは「ちっちっ」と指を振って否定する。

「遺物ハンターはチームプレイよ。SS級の遺物なら強固な守りを行ってる場所に置いてることもあるし、探索するには人数が多い方が良いしね。それに、国が依頼する場合はまず大きな会社に依頼するわ」

 要するに、とエマは言う。

「業績を持ってハンターを多数擁している大きな企業に入るのが私の夢なの。いや、入るのがというよりも入ってから色んな凄い遺物や冒険をするのが私の夢」

 言い切った。

 照れたように誤魔化すことなく、言い訳めいた言葉を口にすることなく。

 黒の『夢』は友人や仲間、親しい他人を得ること。しかし、将来したいことなど考えたもなかった。

 だからだろう。エマはとても大人に見えて、眩しく映る。

 黒の眩しそうな表情を何か勘違いしたのか、エマがぱんと両の手を打ち合わせて言った。

「……お願い! 一緒に住もうよ! ほらほら今なら朝昼晩と私の手料理がついてくるよ?」

「いや、そういう問題ではなくて、流石に男女同居はマズイのではないかと」

「それじゃあマッサージコースも付けちゃう!」

「あっれー? 俺の言いたいことが全く伝わってない!?」

「何よぉ……。黒ってそんな頑なな性格だったっけ? 何か当たり強いし……」

 鎧の騎士が不満三割、不安二割、動揺五割といった感じで言う。

「確かに俺は根暗だし地味だし押しに弱いけどそれはダメ! っていうか友達とか居ないの?」

「今日転校してきてずっと黒と一緒だったのに友達が居るとでも?」

「……そう言えばそっか」

 黒は考える。

 超絶美少女と一緒に住んで果たして自分の精神は耐えれるのか? と。

 が、黒の葛藤を無視してエマが言う。

「まあ、そういう訳だからよろしくね」

「……あのー。まだお話は終わってないんだけど……」

 エマは小さく拳を形の良い顎に当てて上目遣い。更に瞳をしぱしぱさせて、顔を一緒だけ背けた。

「ちょっと待ってて」

 たたっと廊下を走り、トイレに入ること数秒、すぐにトイレから出てきた。

 床に座り、もう一度小さく拳を顎に当てて上目遣い。瞳は涙でも流しているかのようにうるうると潤んでいた。

「こんなか弱い女の子を外に放り出すの……?」

「あ、あ明らかに目薬差しに行ってたよね!?」

「いーいーじゃーなーいー!」

 黒の動揺した態度とは裏腹の冷静なツッコミにエマはふて腐れるようにベッドに寝転がると、黒をじとっと睨んだ。

「私はここから動かなごほっごほっ……」

 言った途中で咳き込んだ。

「だ、大丈夫?」

「う、うん。ちょっと身体弱くてね」

「そうなの? 元気いっぱいに見えるけど……?」

「それは私が鎧を着てる時だけ。呼吸器官系の病気でね。ちょっと身体が弱いの」

「だから学校に来る時も鎧を?」

 少し恥ずかしげに言うエマに黒は尋ねた。

 エマはうん、と肯定する。

「鎧の能力で身体が強くなるからね」

 こほん、と小さく咳をした。

 黒はその様子をぼーっと見て、言う。

「そっか。……分かったよ。一緒に住もう」

「え? 良いの? こんな話で黒って折れてくれるんだ。利用しがいがありそうね……」

「そういう黒い思考は己の中で処理してね」

 最初から放り出すなんて考えていなかった。

 黒はそこまで非情にはなれないのだ。なれたら多分、イジメらっれぱなしなんてことはなかっただろう。

 それにエマの破天荒でハチャメチャな性格のお陰かいつの間にか緊張感というモノが弾けて消えていた。同居生活もきっと可能だろう。

(可能……だよね? 凄く不安だけど……)

 エマは悪戯っ子のような笑みを浮かべると、複雑そうな表情の黒に言う。

「それじゃあこのエマさんが晩御飯を作ってあげよう! 食べた後は作業よ!」

「さ、ぎょう……?」

 きょとんと首を傾げる黒にエマは満面の笑みで頷いた。


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