ダンジョン
赤目黒は熟練の独りぼっち兼いじめられっ子である。
小学一年生から高校一年生の今までに至るまで友達なんて概念でしか知らなかったくせにトイレの水の味は知っているという偏った経験則の持ち主だ。
黒にとって友達とは都市伝説。苛めとはありふれた日常。
遊び相手は本。最近になってようやく料理という遊び相手も増えた。
しかし、欲しいのは人間の友達だ。
黒がいじめられた原因は異形の左目。鮮やかなほどに真っ赤な瞳。
黒が遺物研究学校などという胡散臭い学校に来たのも、この変な学校であれば『左目』も歓迎してくれるのではないか? という淡い期待からだった。
何かこう、皆で「お前の遺物どんなだよー」「能力はー?」「えー、赤目くんの遺物って目なの? しかも能力は特質系?」「すっげー。持ち歩かなくていいとか最高じゃん。特質系とか珍しいし」などなどの楽しい会話から友達に、みたいな。
二月から三月にかけて夜眠る前には必ずその妄そ――もとい、妄想を行っていた。
しかし、蓋を開ければあら不思議。遺物は目立たない物が多く、しかも友人になってから能力を教えるという順序が暗黙の了解であった。
今思えば当たり前である。そんなに親しくないのに能力なんてパーソナルな話をする訳がない。
そんな訳で、引っ込み思案でコミュ力〇の赤目黒は高校でもぼっちなのであった。
わいわいと騒ぐクラスメート達の会話に聞き耳を立てながら、活字を上下の眼球運動で追って行く。
(俺も頑張って友達を作らなきゃ……)
花の高校生。
しかも一年生。
更に言えば、入学式を終えてまだ一週間!
(チャンスは一杯ある。まだまだ大丈夫……)
そう言えばこの台詞、一週間にも言っていた気がする。
本の陰からちらりと視線を這わせながらクラスメートを観察。
一人で勉強の用意をしている子、誰かとお喋りしている子と色々なクラスメートが居る中、一際目立っているグループが視界に飛び込んできた。
爆発的なキラキラオーラを振りまく女子、神宮寺実咲と何やら容姿に気を使っている男の子と女の子は楽しそうにお喋りに興じている。
(神宮寺……。友達になりたいなあ)
黒はぽつりと脳内で絶対に実現しないであろう台詞を吐いた。
左手で左目をそっと触る。眼帯の布の感触が指先に伝わる。
黒の左目には黒い眼帯が装着されていた。
神宮寺実咲、黒にとっては特別な女の子。
しかし。
(俺みたいな根暗な男に話しかけられても気持ち悪がられるに決まってるよ! そもそも小学校から一緒だったのに今更どう話しかけろと!?)
問題は二つあった。
垢抜けているキラキラオーラ爆発中な女の子に話しかける資格を取得――取得方法はチャラい人気者になること、もしくは恐れない勇気を持つこと――していない上に小学校からの付き合いなのに今に至るまで話しかけていないという状況が不自然すぎて今更話しかけられない。タイミングを逃した、というやつである。
うだうだ悩みながらキラキラ笑顔を振りまいている神宮寺をじっと見る。
その時、ちらりと神宮寺の視線が黒へと向いた。
そして、黒へとニッコリと笑顔を向ける。
ビブヴァッ! という空気を引き裂く音と共に黒は視線を本へと戻す。
(見ら、見ら、見られたぁああ!? 絶対に気持ち悪がられた!)
黒はバクバクと心臓を鳴らしながら活字を追って行く。
と、その時だった。
ガシャンという金属音が黒の耳を突き刺した。
ゾッとする。
聞いたことのある金属音。
黒の初めての『仲間』
(まさか……エ、エマ……!?)
果たしてドアから入って来たのは先生と鎧姿のエマであった。
黒の脳がフリーズする。
正直、正直、ちょっと期待していた。
めちゃくちゃ可愛いエマが黒のことを呼んで「えー。あんな可愛い子と友達なのかよー」みたいな。で、クラスメートと仲良くなっちゃうみたいな。そんな……夢物語を。
クラスの空気がフリーズした。
一八〇センチは下らない鎧姿の大男が現れたのだから、そうもなるだろう。
先生はからからと笑いながら言った。
「いやー、コイツのおかげでお前らうるさくなくて良いわ」
先生の名前は志葉英司。
遺物学科の先生で遺物のスペシャリストである。
言葉が汚いのが玉に瑕だが。
直後、生徒の一人がうわあっと声を上げて立ち上がった。
「先生、今の念話うるさすぎですよ!」
その生徒は先生を睨んで恨み言を吐く。
先生の遺物は古ぼけたピンマイクで、能力は念話。
顔と名前さえ知っていればお話可能という超便利遺物である。
「うるせえな、こそこそ内職してるお前が悪い」
志葉先生が一刀両断すると、
「えーっと、コイツは転校生とかじゃねえぞ。ただちょっと海外で厄介事に巻き込まれてな。まあ、アレだ。流石に一週間経った今自然に登校しろっつーのも酷だろ? つー訳で今から自己紹介させっからちゃんと聞いとけよ。はい、よろしく」
黒板用のペンを鎧姿のエマに渡すと、壇上を顎で指した。
エマは軽く頷くと、壇上に上がり、黒板にペンを走らせる。
「エマ・ブレアです。よろしく」
鎧から漏れ出る声は、くぐもっていて男か女かも分からない。
凄まじい威圧感の中、クラスメートがパラパラとまばらな拍手をし始めた。
黒もとりあえず目立たないように拍手しながら隣の席を見る。
ずっと空席だった、一番後ろの窓際の席。
これが意味するところは一つしかないだろう。
「あ、黒の隣空いてる。ってことは私黒の隣?」
鎧の騎士が凄まじく空気の読めない台詞を放った。
クラスメートが皆、黒の方へ振り向く。
皆の表情が物語っていた。
「え? お前みたいな根暗が何であんな怖い鎧の奴と知り合いなの?」と。
神宮寺も驚いたように目を見開いて黒を見つめている。
黒はぼうっと呆けたように口を開けた。
「と、言う訳で、クラブ設立に要るのはこれよ!」
昼休み。黒の机で鎧姿のエマが一枚の紙をバン、と机に叩きつけた。
鎧の遺物の力により、凄まじい音が鳴り響く。
クラスメートが全員、一瞬だが、びくぅ! と身体を跳ねさせた。無論、黒もである。
クラスメートは黒とエマを観察するように見る。黒の頬が熱を持って真っ赤になった。胃が痛む。
「あ、興奮しちゃった」
どうやら制御をミスしたらしい。てへっ、という風に言うエマだが、鎧姿のため全く可愛くない。むしろ怖い。
頼むから目立たないで欲しいと一心に祈る黒だが、祈りは聞き届けられないだろうなと若干諦めてもいた。
エマは黒とは正反対で目立つことに何ら苦しみを持たないタイプで、しかも黒とは違って目立つタイプだ。相性は最悪。
黒は紙を手に取ると、読み始める。
流麗な英語だった。
「よ、読めない……」
「遺物クラブの特別な設立方法が書いてるわ。なぜかって言うと……そう、遺物系の部活には部費と更に給料が出るかららしいわ。流石遺物の研究校よね」
「凄いねそれは……。いくらくらい出るんだろう?」
「それは成果によって変わるらしいわ。今一番勢いに乗ってる第一遺物研究部なんて一人当たり二〇万とか貰ってるってそこら辺に居た生徒が言ってたわ」
「す、凄い……ん? 生徒?」
「うん。そこら辺でケータイ触ってたから聞いたら親切に教えてくれてね」
「へ、へー。その子声震えてなかった?」
「そう言えばちょっと恥ずかしがり屋な子だったかも。よく分かったわね? ……はっ! まさか遺物を二つ持ってるの!? 双遺物使い(ダブルファクター)!? それとも二重能力!?」
興奮したように喋るエマに黒はそっと視線を逸らした。
「ただの勘で双遺物使いじゃないよ」
エマは究極の鈍感さんなようである。
一八〇センチほどの鉄の塊から詰め寄られる恐怖は受けた者にしか分からないだろう。
「まあ、そういう訳で普通の成果程度じゃ部活として申請できないらしいわ」
「条件があるってことだね」
「えーっと……条件一、部員が五名以上居ること。条件二、目に見える成果を出して先生又は生徒会に認定してもらうこと……。ま、それはあくまで部活会議の議題に上げてもらう条件らしいけどね。でもこれをこなせば私達のクラブが完成するのよ!」
興奮したように喋るエマに、黒は自信なさげに言う。
「でも目に見える成果って? 俺は遺物に関して凄い詳しい博士的キャラじゃないけど……」
「大丈夫。私に案があるわ。……それは……」
「それは……?」
ごくりと我知らず唾を飲み込む黒。
何せ返答によっては黒の学校生活が決まってしまうのだ。
「遺物を見つけ出すのよ!」
エマが素晴らしいプレゼンしたサラリーマンのような表情と共に言う。
黒はその案を聞いて、へーと頷く。
「遺物資料でも見て探すの?」
第三次世界大戦中に国が遺物をデータ管理した。
遺物使いは戦争に狩り出されることを恐れ手放したり、戦争で功績を上げようと強奪することもあった。
そんなこんなで放棄されたりした遺物は行方が分からなくなり、第三次世界大戦が終わった今でも回収し切れていない。
回収するために作られた失われた遺物の資料集が『遺物資料』なのだ。
基本的に遺物探索で生計を立てている遺物ハンターなる者達の行動指針となる資料集である。
「まあそうね。けど、資料を見て無闇矢鱈に探す真似はしないわ」
「じゃあどうやって?」
黒のもっともな疑問にエマは鎧姿のまま黒に近づいた。
「ちょっと耳を貸して」
黒はそっとエマに耳を向ける。
「実は私、遺物の存在が分かるのよ」
「え!? あの遺物――」
「だあああああ! うるさいっ!」
鉄塊が黒の口を思い切り塞いだ。
鎧の騎士の怒声にまたも身体が震えるクラスメートたち。
エマの評判はすでに地に落ちてしまったようである。
エマはそんな事を全く気に留めずに黒の耳元に口を寄せて呟いた。
「絶対にこの事は言わないでよね……言ったら裏切ったとみなして殺すから」
一瞬、ぶるっと身体が震えるが、今の台詞に引っかかるモノを感じて思考を再び回す。
裏切ったら? 裏切りなんて言葉を使うのは友達とか仲間だけ……つまり?
「……えへえへえへ」
「な、何で笑ってるの?」
「うん? いや、嬉しいなあって思って」
黒の蕩け切った声音にエマは若干引いたのか黒から一歩離れた。
「ま、まあ分かってくれたなら良いわ。とにかく私のこの希少な能力――知覚之霧肌さえあれば遺物探索なんて楽勝よ」
ふふん、と胸を張る鎧の騎士。
「知覚之霧肌?」
「カッコイイでしょ? 日本の技名とかカッコイイから絶対に日本に来たら能力名も遺物名も日本っぽくしようと思ってたのよ!」
「へ、へー」
「あ、黒のも考えてあげようか?」
エマの提案に黒はしばし考え込む。
黒は自分の能力名を考えたことがない。
ちらりと黒はエマを見た。
仲間と意思疎通するためには能力名も必要だろう。
「じゃあお願いしようかな。よく考えたら能力名ってないし」
「任せておいて。短くカッコイイ名前を上げるわ」
エマが嬉しそうに言った。
知覚之霧肌――通称、遺物探索能力は希少な能力である。
探索範囲は人により違うらしいが遺物を探し当てられる能力は誰もが欲しがるものなのだ。
世界でも十数人ほどしか持っておらず、その正体は遺物に対しての凄まじい直感力だと言う。
人の思念が強く纏わりついた物体である以上、感知できる人間が居ても不思議ではないと黒は思っている。
「で、黒。今日の放課後は空いてる?」
「うん」
「だったらダンジョン攻略するために色々と準備するわよ」
「だ、ダンジョンってあの?」
「学校周辺にあるダンジョンなら当たり」
エマが嬉しそうに言う。
鎧の騎士の姿のまま放つ台詞はとても禍々しく聞こえた。
この学校は特殊で、遺物で作り上げた土地に存在しており、その学校を中央として東西南北にそれぞれ特色がある。
その内の一つ、北区にダンジョンが存在しているのだ。
ダンジョンが存在する理由として戦時中に敵を拷問するためにだとか、重要人を守るためにだとか、遺物を人工的に作るためにだとか、様々な話が存在するが証拠もなく噂話の域を出ていない。
出ていないが、火のないところに煙は立たない。そこら辺のお化け屋敷よりも怖い究極のホラースポットなのだった。
「先生にダンジョン云々の話は聞いたんだけど、ネットから申請する必要があるらしいのよね」
「うん。確かプリントを貰って……捨てた」
「じゃあ放課後プリント貰いに行くわよ!」