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約束を

 廊下に溜まっていた水は廊下の端に刻まれた溝へと流されて消えていた。

 しかし、玄関はビシャビシャのヌレヌレだった。

 水が玄関をぐしょぐしょに濡らしており、靴は全滅。

 唯一幸せだったことはドアの背へと水が放たれ、ドアが強制的に閉まったことだろう。

 反対側のドア腹に水が当たったなら水が誘導されて玄関どころか室内がぐしょぐしょになった挙句、ドアが水の勢いで吹き飛ぶまであった。

「ら、ラッキーだったねある意味」

「そうだね……とりあえず処理しないと」

 黒は靴を靴箱へと適当に詰め込んだ後、しゃがみ込んで水溜まりへと手を入れる。

 そうしないと、靴まで転移させてしまうのだ。

 眼帯を左目から離す。左目が廊下の風景を捉えた。

「あ、あの能力がまた見れる!?」

 興奮した様子の鎧の騎士にどう反応していいか分からず、困惑しながらも黒はイメージする。

 空間を捻じ曲げ、水溜まりと共に廊下へと到達するイメージ。

 イメージを解放する。

 ふっと、黒と水溜まりの姿が掻き消えた。同時に黒と水溜まりが廊下の一センチほど上へと現れた。

 水がびしゃりと跳ね、黒の身体が廊下へと落ちる。

「す、凄い……。瞬間移動? ワープ? っていうか遺物って目なんだ!? そうなんだ!?」

 興奮しきったように言う鎧の騎士に黒は若干怖くなりながらも答えた。

「どっちも正解だよ」

 黒は立ち上がると、部屋の中へと入って行く。

 ワンルームの狭い部屋だが、黒にとっては丁度居心地の良い最適な広さだった。

 国公立の学校の寮であるということと地価の安さが重なり破格の安さで提供されている。

 部屋に敷かれている畳と、中央にでんと置かれているガラステーブル、隅に置かれているベッドが和洋折衷ごちゃ混ぜでアンマッチだった。

しかし黒は特に気にしていない。

「す、凄い……タタミって日本っぽーい!」

 ガシャンガシャンと鎧姿で部屋に入ろうとするが、黒は慌てて止めると言った。

「鎧脱ぐことってできないの?」

 部屋なら鎧を気兼ねなく脱ぐことができるだろう。

「……うーん。まあいっか。それじゃ……解除!」

「解除?」

 疑問に思った黒が見たのは、ぱあっと魔法のように分解されていく鎧だった。まるでブロックで作られた鎧が独りでに分解されたかのようである。

 分解されていく鎧の隙間からチラリと顔が見えたが、まさに一瞬の出来事だったため女なのか男なのかも分からない。

 やがて黒の前には抜け殻となった鎧が玄関に鎮座した。鎧の後ろからひょっこりと現れたのは可愛い女の子。

「え!?」

 身長は一五〇センチほど。

 小さな顔にヤスリでもかけて作ったかのようなパーツが綺麗に配置されている。

 柳眉を寄せてキラキラと輝く碧眼を黒に向けた。

 艶やかさが目に見えるほどに綺麗な黄金の髪は肩ほどまで伸びている。

 金髪碧眼の美少女が『最低限』な表現であると思うくらいには可愛かった。

 服装は春だというのに夏のような軽装。シャツ一枚に活動的なパンツ姿。

 鎧の中が蒸れるから当然の処置ではあるのだが、黒はそこまで頭が回らない。

 グラグラと頭が揺れる。普通の男なら嬉しさで発狂するのだろうが、黒は違う。

 ぼっちな黒は『人間』であるというだけで耐性がない。ゆえに『可愛い』『外国人』『女の子』という三拍子揃った人間に対抗する術も持っていなかった。おまけに薄着だ。

 と言うか、一八〇センチはあるであろう鎧から小さな女の子が出てくるなんてどう予想すれば良いんだ!

「えーっと……そんなに珍しかった?」

「ひうぅっ!? え、あえーっと……め、珍しい、と思う」

 外国人は街を歩けば見つけることは可能だろうが『美少女外国人』という括りになるとまた別である。

 街中を歩く外国人を千人ウォッチしたとしても見つからないレベルで珍しいと黒は思う。

 それほどに可愛いのだ。

「そっか。鎧タイプの遺物って珍しいんだ。これ置き場所に困るから面倒なんだよね。遺物だから誰かに盗まれないとも限らないし」

 女の子はぽんぽんと鎧を叩く。黒は自身の勘違いに顔を赤くする。

「それじゃあ上がるわね」

「き、汚い所だけど。どうぞ座ってください」

 緊張でガチガチになりながらガラステーブルへと歩き出すが、二歩ほど歩いた瞬間、脚がもつれて黒の身体が投げ出された。

「うわっ!?」

「危ないっ!」

 咄嗟に女の子が黒の身体を支えようと襟を掴んだが、支え切れずにそのままテーブルとベッドの間に二人して倒れる。

「ありがとう……」

 黒はお礼を言って無意識に閉じてしまっていた目を開いた。

 瞬間、頭が沸騰。

 目の前にくりくりとした碧眼。そして縄のように脚が絡み合っているという事実が皮膚を通じて脳へと伝達される。

 腕は愛し合う男女のようにお互いを抱き締め合っていた。

 そう言えば、倒れる瞬間黒は無意識に女の子を抱き締めたような気がする。

 ふにふにとした女の子特有の柔らかさも、少し汗ばんだしとしとした肌の感触も、甘い女の子の匂いも、きょとんとした女の子の綺麗な碧眼も、全て黒を動揺させる材料となった。

「うわあああああああああああああああああああッッ!?」

 脚を払い、腕を振り解くとベッドをよじ登り、頭を壁にぶつける。

「ごふっ!?」

 あうあうと頭を抱える黒をじとっと睨む女の子。

 プライドが傷ついたかのような表情を浮かべて言った。

「そんなに叫ばれると女の子としての私の立場がないんだけど!」

「ご、ごめんなさい?」

「本当だよね。普通は私がキャー! って言って押し退けるところよ全く」

 女の子がぶつくさと文句を言いながら、起き上がるとテーブルの前に座る。

 ぱんぱんとテーブルを叩いた。

「ほら、こっち来てよ」

「……は、はい」

極力女の子から離れた場所をチョイスして座ると、女の子は柳眉を寄せて小首を傾げる。

「何でそんなに他人行儀なの?」

「ええっと……」

 可愛いから、女の子だから、様々な答えがグルグルと脳内を駆け巡るが、一番の理由を言った。

「俺……ずっと独りぼっちだからよく分からなくて。距離感とか、そういうのが」

 小学校で苛められ続けたまま中学校に上がり、とある女の子から眼帯をもらったことをキッカケに苛めが表立って行われなくなった時、黒は新たな課題にぶつかった。

 そもそも、友達の作り方とは?

 一三年の人生の内、六年ちょっともクラス中に苛められていた経験を持つ黒にとって、築けた人間関係は『いじめっ子といじめられっ子』以外なかった。

 故に、友達という対等な関係性を築ける術も知らず、今の今までずるずると修正もできずに人生を生き続けてきている。

「だからごめんなさい」

 頭を下げて謝る。

 好かれるための努力よりも嫌われないための努力を続けてきた黒は悲しいことに謝罪の能力に長けていた。

 黒の謝罪に女の子は喜怒哀楽の感じられない無表情で人差し指でぐりぐりっとツムジをイジる。

「な、何をするのっ!?」

 黒が弾かれたように頭を上げて、声を荒らげた。

「あはは。だってツムジが見えたから」

 女の子は黒の反応が面白いとでも言うように弾けるように笑う。

 理由になってない。全くなってない。

 けれど、黒は小さく頷いた。

「それじゃあ、話題を変えて……。黒の遺物って何なの?」

「え?」

「ん?」

「な、名前呼び?」

「駄目だった?」

「駄目、じゃないけど……」

「うん。それじゃ黒の遺物って何なの?」

 黒は少し逡巡してから眼帯を人差し指で叩いた。

「義眼が埋まってるんだけど、それが遺物なんだ」

「へー。見せて見せて!」

 ずいっとテーブルから身を乗り出す女の子に黒は首を振る。

「だ、駄目」

「えー? それじゃあさっき私を抱いた分慰謝料請求するわよ?」

 にっこり笑顔で言い切った女の子に黒は思わず項垂れる。

 悪いのは黒で、女の子は紛うことなく被害者なのだ。

「でも、気持ち悪いよ……?」

 最後の抵抗とばかりに呟く黒に女の子が笑う。

「大丈夫。……よっぽどグロテスクじゃなければ」

「……じゃあ、外すよ」

 黒は眼帯をゆっくりと外していく。

『何だよあの目。気持ちわりー』

『赤っ。病気じゃねえの?』

 過去に浴びせられた罵声が脳内でリフレインする。

(もう、何度も気持ち悪がられてきた。だったらもう一回増えるだけ)

 半ば自棄な気持ちで女の子を見た。

 女の子は綺麗な碧眼をぱちくりと瞬かせる。

「それが遺物なの?」

「うん」

 と黒は頷く。

 多分、気持ち悪がった、と黒は底なし沼に沈むような暗い気持ちが広がる。

 女の子は黒の瞳をじっと見て言った。

「真っ赤だね。それにしても」

「気持ち悪いでしょ?」

「うーん。どうだろう? そう言われれば気持ち悪い気もするけど」

「う……」

「でも、綺麗だって言われれば綺麗かもね」

 一瞬、女の子が放った言葉の意味が分からなかった。

「え?」

「宝石みたいだし」

 女の子が笑って言った。

 腹の底からぐぐっとマグマのような熱いモノが込み上げてきそうになって、黒は自分自身に戸惑ってしまう。

「産まれて初めて言われた。あり、がとう……」

 女の子の方も戸惑いながらも言った。

「ええっと、どういたしまして?」

 黒はほとんど泣きそうになりながらも説明を続ける。

 これ以上嫌われたくないという一心だった。

「俺の能力は一言で説明するとワープかな」

「ワープ? それってやっぱり特質系能力でZクラスじゃない!」

 キラキラキラキラっ! と百万ルクスの輝きを放つ碧眼に、黒は圧倒されながらも頷く。

 遺物には公式に系統が存在する。

 身体系、操作系、精神系、放出系、特質系の五つ。

 更に非公式に級、またはクラスと呼ばれる区分けがある。

 SS、S、A、B、C、D、Zの七つ。

 前者は純粋な能力の区分で、後者は現在の科学技術と照らし合わせてどれだけ科学に勝っているかを表す。

 無論、SSが最強で『既存の科学技術を大きく上回り、再現不可能な遺物』を表す。

 そして、Zクラスは『現象としてもほぼ不可能』を表す、イレギュラーな外れ値。

 Zクラスは遺物の中でも一パーセントにも満たない希少種だと言われている。

 空間移動ワープ時間跳躍タイムワープと並ぶ不可能現象の一つだ。

 そんな訳で、黒は特質系、Zクラスに位置する異質な遺物使いであった。

 だが、しかし。

「別に強い能力でもないけど」

「そんな事ないって! 凄い能力だよ! 例えばこっから学校へだって一瞬で行けるんでしょ!?」

 ギラギラギラギラァッ! と更に増す瞳の光に黒は圧倒されながら、申し訳無さそうに言った。

「この能力には有効範囲があるんだよ」

「五〇メートルくらい?」

「距離で言えば七メートル前後」

 黒のセリフに女の子が一瞬だけ、がっかりしたような表情を浮かべた。

 そう、Zクラスが最強ではないゆえんがここにある。

 Zクラスはあくまで不可能現象を起こせればそれで認定される外れ値なのだ。

 例えば、時間跳躍だって〇・一秒しか戻れなかったとしても戻れた時点でZクラスへと別けられてしまう。

 世界の常識から外れる存在だが、たったそれだけだ。

「でも凄いよね。空中で移動できるって凄いもん! それに水浸しの玄関もすぐに掃除できるし!」

 女の子が腕をふるって熱弁する。

 あまりに大きなモノはダメだが、人間サイズくらいのモノなら一緒に移動できる。

 あれは掃除を押し付けられた時に一人でゴミをちりとりに入れる方法として編み出した技だった。

 何かいけない扉が開きそうだったので全力で閉じると、黒は言う。

「それで、えーっと……帰る?」

 熱弁していた女の子が急にむっとなった。

「帰らせたいの?」

「い、いやそういうわけでは……」

 慌てて首を振る黒に女の子が四つん這いになってテーブルを周り、接近してきた。

「な、何?」

 黒との距離はおおよそ三〇センチ。

 女の子がすくっと姿勢を正して座ると言った。

「私には目標があるの」

「へ、へー」

「遺物校の部活パンフレット見た?」

「見たけど……目標は?」

「そう、見たのね。で、部活には入ってる?」

「いいや入ってないよ」

 入ろうとは思っていた。

 パンフレットを見て、様々なクラブの扉前まで行って、今一歩勇気を持てずに引き下がる。

 そんなことを繰り返し、早一週間だ。

 黒の返答ににこにこと笑顔を浮かべる女の子。

「私の目標はね……遺物探索クラブっていう部活を立ち上げることなのよ!」

 ぐっと拳を握り締めた。

「へ、へー」

「それで、黒の力を借りたいの」

 女の子がにっこりと笑って黒へ、言った。

 黒が欲しい、と。

「え」

 どくりと、胸が痛んだ。

 同級生から初めて必要とされた。

 でも、けれど。

 言葉にならない言葉が浮かんでは消える。

 何か拒絶するような言の葉がゆらゆらと脳内を埋め尽くす。

 その時だった。

「えいっ」

 女の子がぎゅっと黒の手を握り締める。

 黒の迷いが砂糖菓子を握り潰したかのように脆く崩れ去った。

 迷える子羊を導くシスターのような笑みで女の子は言う。

「私の名前はエマ・ブレア。これからきっと楽しいことがいっぱいだよ。私と一緒に、部活、立ち上げよう!」

 握られた掌から伝わる温かさと、そのセリフが黒の心をじわりと溶かしていく。

 さっき現れた言の葉はいつの間にか消えていた。

 きっとこの瞬間が二度目の人生の分岐点。

 黒は迷わず女の子と共に進む道を選んだ。

「うん。協力するよ……えーとブレア、さん?」

 今までの日常が崩れる音がした。

「エマで良いって。……て言うかエマじゃなきゃヤだ」

 頬を膨らませてエマが言う。

「……エ、え?」

 黒には女の子の名前呼びはレベルが高かった。

「何恥ずかしかってんの」

 あはは、と笑うエマは心底楽しそうだった。


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