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ぼっちの決意

 隣で笑いかけてくれる人が存在しない。

 それは友達であったり、恋人であったり、仲間だったり。その誰もが居なかった。

 正真正銘の独りぼっち。

 今ままでも独りだったのだからこれからもそうだろうと何の根拠もなく思い込んでいた。

 しかし、四月七日、運命の出逢いを果たすことになる。

 国立遺物研究学校の専用寮であるワンルームのベッドの上で真剣に活字と向き合っている少年が居た。

 少年の名前は赤目黒あかめくろ

 平均よりも筋肉質な身体だが、意思の弱そうな雰囲気のせいで全体としてひ弱そうな印象を与えている。

 少年には一つ、大きな特徴があった。

左目を覆う黒の眼帯である。

 眼帯は長年替えていないのが分かるほどにボロボロで、医療用ではないことは明白だった。

 そんな眼帯少年赤目黒が読んでいる本のタイトルはズバリ『独りぼっちを回避する10の方法』

 タイトルを見た瞬間、誰もが黒の状況を察し、身体から立ち昇る哀愁漂わせたオーラを可視化するだろう。

 黒はベッドの上で読んでいた本から少し目を逸らすと、机に置いてある目覚まし時計を見た。

 八時三〇分。あと二〇分で始業時間だ。

 本をパタリと閉じると、音声を聞くために垂れ流しにしていたテレビにふと視線をやる。

 海外にてハンターなる者たちが暴れまわったとアナウンサーが話し終えたところで、ハンター軍団の写真が掲載されていた。見るからにおっかない顔をしている。その写真を見ながらコメンテーターが「遺物が戦争の主役ですからねえ」などとしたり顔で喋っていた。

黒はテレビの電源を消し、学生鞄を手に取って玄関へ向かう。

 ドアを開ける前に一つ深呼吸。

「さあ、行くぞ。――今日こそ友達を作りに」

 虚しすぎる宣言と共にドアを開き、玄関を跨いだ。

 その日常の始まりを告げる第一歩を踏み出した瞬間、凄まじい風が黒の前髪を嬲った。

 直後、身体ががくんと激しく揺さぶられたと認識する。それと同時に地面から足が離れた。

「うひゃあ!?」

 まるでひったくり犯のように何者かが黒を連れ去った。

 万力で挟まれたかのように身体がミシミシと痛み、風圧が頬を押す。右目に鈍い銀色の鉄塊が映った。

(何、だ……っ!?)

 黒が纏まらない思考を強引に纏めようと意味のない心の声を発す。

 次の瞬間、黒の身体に凄まじいGが上方向からかかった。何か凄まじいエネルギーを固めて強引に打ち出したかのような音が耳に響く。例えて言うなら砲弾を打ち出したような轟音だった。

「あ」

 鉄塊からしまった、とでも言うような声が聞こえる。

 鉄塊内から聞こえた声は上手い具合にくぐもっていて女か男かを特定するには至らないが、黒の目下の課題は鉄塊の主が女か男かだなんて些細な真実ではなく、今現状どうなっているのかである。

 身体を揺すり、鉄塊から手を抜き出すと上へ上へと登っていく。すぐ登頂したことに安堵しながら、現在の状況を把握しようと鉄塊の向こう側へと視線をやった。

鳥にでもなったかのように三階建ての寮が俯瞰で見える。

「え?」

三〇メートルほどの高さに現在、黒は居た。

「ええええええええええええええ!?」

 重力からの解放はそうは長くは続かない。

 重力はいつの時でも絶えず黒達を拘束しているのだから。

「あはは……これじゃ狙い撃ちされるかも……」

 鉄塊が何やらぼやく。

(狙い撃ち?)

 瞬間、黒達はぐん、と勢い良く地上を目指して落下を始めた。

「ひぎゃあああああああああ!?」

 叫びながら落ち続ける黒の瞳に水浸しの廊下が映る。

 水浸しの廊下に立っているのは黒と同じくらいの年齢の男、三人。

 黄金色の髪に着崩した制服――不良学生と呼ぶには十分過ぎた。

 しかし、三人には『不良学生』よりも確実なカテゴリ名が存在する。

 一人は大きな絵画。一人は骨董品であろう壺。一人は鎖。

 その特徴的な物体を持っていることから導けるただ一つの答え。

『遺物使い(アーティファクター)』

 人の思念が宿ることにより特殊な力を宿した物体――遺物アーティファクト――に呼応し、操ることの出来る者を総称してそう呼ぶ。

 そして、轟音を鳴らしたのはほぼ間違いなく遺物だった。

 黒の思考が危険信号を明滅させた。

 慌てて見えない左目へと手を伸ばす。

 三人はそれぞれの武器を二人に向けた。

 左目を覆う黒の眼帯を脱ぎ去る。

 左目に光が戻った。

殺人的な太陽光を無理矢理に無視して、意識を集中させる。

 ぎゅっと鉄塊が黒を抱き締めた。

「飛んだのはまずったなあ!? 吹き飛びやがれ!」

「巻き込んでごめめめめん!」

 一人の号令で全員が遺物の能力を放った。

 絵画から闇が吹き出す。壺から轟音と共に消防車の放水よりも勢いの強い水が放出される。鎖がぐん、と蛇のように素早く黒と鉄塊に襲いかかる。

 空間と空間を接続する感覚。もしくはねじ曲げてA地点とB地点を繋げるような感覚。

 第一シークエンス、終了。

 鉄塊と共に向かうは寮、一階。

 第二シークエンス、終了。

 空間の通り道、確保。

 黒は能力を発動する。

「跳べっ!」

 瞬間、この場に居た誰もが呆然とした。

 なぜならば空中に居た二人が消えていたのだから。

 攻撃は虚しく空を切った。

「え……?」

 不良学生達はキョロキョロと辺りを見渡し、二人が忽然と消えた空中をぼんやりと眺める。

「何だあれ……? 遺物、か?」

「だとしたら特質系か? チッ、面倒臭え」

「つーか俺ら寮水浸しにしちゃってんじゃん……。見つかる前に逃げようぜ」

 そんな不良学生たちのほぼ真下に黒と鉄塊は居た。

 きょとんとしている鉄塊から黒は抜け出すと、眼帯をつけ直す。

 鉄塊から抜けだして分かったが、それは鎧だった。

 鉄の人形みたいだ、と黒は思う。

 中世ヨーロッパやゲームでよく見かける全身装甲タイプの鎧。腰には黒い鞘を纏った剣が装備してあった。

 従って顔は見えないし、身体つきも分からない。

 鎧の頭部、格子がついている窓のような兜を開ければ顔が覗けるのだろうが、残念なことに黒はそこまで無謀でバイタリティ溢れる人間ではなかった。

 しかし、推測だけなら可能である。鎧の騎士の身長は一八〇ほどだからきっと男だろうと黒は確信に近い答えを持つ。

 鎧の騎士はガタガタと身体を揺らすと、黒へと凄まじい速さで接近した。

「うわっ!?」

 一歩、二歩と退るが鎧の騎士は無視して黒の肩をがばあっ! と掴んだ。

「いひぃっ!?」

 黒の口から普段は絶対に漏れないような奇声が出た。

 想像してみて欲しい。

 一八〇センチもある鉄塊が凄まじい速さで襲ってくる恐怖を。

「な、何でしょうかっ!?」

「別に敬語じゃなくても良いわっていうか超凄いね何アレ遺物よねすっごいその眼帯の能力!?」

 鎧がめちゃくちゃフレンドリーに一息で言い切った。

 一気に毒気を抜かれながらも警戒心を持ったまま小さく首を振る。

「いや、これは俺の宝物で……あの……が、眼帯は違います」

「だから敬語じゃなくても良いってばー。……こっちも迷惑かけちゃったしむしろ私が敬語を使う側……?」

 私、という一人称や話し方から女なのだろうか? と黒は自身の中の鎧の騎士の性別を修正するかどうか迷う。

「えーと、大丈夫です。いや、大丈夫。気にしてないから。……何があったの?」

「お、怒らないんだ? 優しいのね」

 鎧の騎士がにっこりと微笑んだような気がして、黒は少し照れたように頬を赤らめる。

(優しいとか言われたの一〇年ぶりくらい?)

「まずあの人達が誰かに乱暴してたのね。で、私がドロップキックをかまして」

「ドロップキックしたの!?」

 目を白黒させる黒に鎧の騎士は頷く。

「多分、すっごい痛かったんだろうね。泣きながら追いかけてきたし」

「泣いたんだ……」

「って、ここに居ちゃマズイわね。さっさとドロンしよう」

 ドロンしよう、なんて昭和な言葉今どき使わないんじゃ、と黒は思いながら頷く。

 鎧の騎士と一緒に居た所を見られているし、能力を使ってしまったので不良学生に敵対者だと思われている可能性が高い。

 鎧の騎士と一緒に行動している方が理に適っているだろう。

 しかし、それは冷静に考えればの話。

 今の黒は思考停止状態でとりあえず流れに流されているだけなのだった。

 ふっと、黒の身体が浮いた。

 鎧の騎士が黒の身体を持ち上げたのだ。

 黒の思考が凍てつく。

「え? どうした……のぅ!?」

 鎧の騎士が一挙に動いた。

 バイクがいきなりトップスピードで走ったような強烈な風圧が黒の身体を叩く。

「さあて、どっかお店に入って話の続きをしましょう」

「学校は(がっごうば)!?」

 上下左右三次元的な動きを多用しながら街中を爆走する鎧の騎士はやがて足を止めた。

 鎧の騎士が身体を解放してくれるが、催す吐き気とぶっ壊れた三半規管のせいでまともに歩けない。

「世界が……世界が歪んでる……」

 ぐらぐらと世界が揺れ動いていた。

 視界にはピカソの絵画のように歪んだ喫茶店がある。

 黒は目をグリグリと強く揉んでもう一度喫茶店を眺めた。

 レトロな感じの佇まいの喫茶店だった。こじんまりとしたドアには小さなプラカードが引っかかっている。

プラカードには『ドゥーチェ』と書かれていた。

「雰囲気いいわねここ。ここで話すわよ」

 ガシャガシャと金属音を響かせながら鎧の騎士が喫茶店に入って行く。

 五秒も経たずに鎧の騎士が店員に連れられて出てきた。

「ちょっと何で鎧着てちゃ駄目なの!?」

「怯えるお客様も居るので……」

「ちょっとアナタも何か言ってやって!」

 いきなりのフリに黒はぱちくりと目を閉じたり開いたりを繰り返し、ジャパニーズ・スマイルを浮かべる。

「ですよねえ……」

「早速裏切られた!?」

 がーんという効果音が聞こえてきそうな感じで驚く鎧の騎士。

 黒はペコペコと店員さんに頭を下げて鎧の騎士と一緒にドゥーチェを後にする。

「全くいきなり裏切るなんて思ってもみなかったわ」

「だって……正論なんだもん」

「これだから日本は嫌いなのよね。私が居たヨーロッパじゃそんなこと……あー、あった、わね」

 あったのかよ! とツッコミたい衝動をぐっと押さえて黒は言う。

「えーと、それじゃあここでバイバイってことで……学校もあるし」

「今更学校行くの? もう一時間目終わってる気がするけど」

 鎧の騎士の指摘にぐっと押し黙った。

 二時間目登校したら目立つ。目立ったら虐められるかもしれない。ここは風邪を引いていた大作戦だ、と一気に答えを導き出す黒。

 伊達に一〇年独りぼっち兼いじめられっ子を経験している訳ではないのだ。

「と、言うわけでアナタの寮に行かない? 多分、アイツらも居ないだろうし。あと多分すっごいことになってるし……」

 バツが悪そうに呟く鎧の騎士に黒はふと思い出した。

 水浸しになった廊下に居た不良学生。

 で、あの瞬間、不良学生が廊下に居たということは一瞬前の鎧の騎士も居たということで。

 鎧の騎士が居たということは黒も居たということで。

 ならば水浸しになった寮の廊下は赤目黒の部屋へ直結しているということで?

「え?」

 黒の顔が絶望に侵食されたかのように青くなっていく。

「もしかして今頃気づいたの?」

 呆れた、とでも言うような台詞に黒は心象風景の中でサラサラと灰になっていく。

(だって怒涛の展開過ぎて思考がついて行かなったんだもん……だもん……)

 思わず語尾がリフレインしちゃう程度には傷ついた。

「まあ良いや、行こ……えーと名前なんて言うの?」

「赤目黒。歳は一五でクラスはA」

 機械的に自己紹介を始める黒に鎧の騎士は一拍間を置いて言った。

「それじゃあ私と一緒じゃない。私もAクラスで歳は一五」

「え?」

 エアポケットのような空白が思考に生まれる。

 同級生?

「だって一週間ずっと居なかった……よね?」

 鎧の騎士は数秒何かを考えるように間を置いてから言った。

「まあちょっとハンターと色々あってね」

「ハンター……?」

 凄まじい爆弾発言に一気に身が固くなる。

 確か今日の朝、アナウンサーが話していた気がする、と。

「あー、ほら。今って遺物使い売買が流行ってるでしょ?」

「流行って、たっけ?」

「外国ではそうなのよ」

 ああ、と黒は納得する。

 第三次世界大戦が終わって約二〇年。

 しかしそれは世界大戦が終わったに過ぎなかった。

 小国は未だに争いを続けているし、戦争が終結している大国では『遺物使い』を小国へ売り払う事件も少なくないと聞く。

 人の思念が宿り、超常の力を適合した者に与える遺物は世界大戦時であっても、世界大戦後であっても有用とされた。

 そんな科学の力を超える力を持つ遺物と遺物使いはかなりの高値で売買されているらしい。

「それで敵殲滅したりピンチなところを警察が加わってくれたりして……何とかこの学校に来れたのが丁度今日なのよ。……なのに登校初日にサボることになって……はあ」

 何やら鬱モードに入った鎧の騎士。

 黒は異国の治安の悪さに戦慄を禁じ得ないし、同時に今日テレビで見たニュースに巻き込まれた人間が目の前に居ることに一種の奇跡を感じていた。

 何か声をかけた方が良いのだろうか? と思うが、黒のようなぼっちに元気づける一言が思い浮かぶ筈もない。

 早々に断念すると、黒は鎧の騎士の復活を持った。

 数秒後に鎧の騎士が「まあでも」と、前置きをしてから、

「これも君みたいな遺物使いに会える代償と考えると些細なことだけどね! 一円失って一ドル返ってくるみたいな!」

 よく分からない例えを話しと共に元気よく歩き出した。

黒はじーんと胸を打たれる。

 会えて良かった!? 不幸なんて些細なこと!? 会えて良かった!? 黒の心象風景では黒はすでに灰から復活し、羽を生やして分身すると、どこからかラッパを取り出して吹き鳴らしまくっていた。ぴーひゃらどんちゃんどんちゃん。

 鎧の騎士は着いて来ない黒へと振り返って言った。

「ど、どうしたの? 何か凄い気持ち悪い顔してるけど……?」

「き、気持ち悪い……?」

「あー嘘嘘! 超カッコイイよ!」

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