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はかない宴  作者: 安野穏
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戦いの行方2

 カルトーランの街の東には、クヌギやブナなどの落葉樹の森が広がっている。穏やかな息吹きを感じさせる森は、季節毎にたくさんの恵を街の人に与えてきた。フォーサスは、カルトーラン周辺の環境を地の利として利用することを考えていた。


 ロスモールに依頼した特注の武器が極秘に届けられると、フォーサスは周りの者に有無を言わさず、自分の配下の者を率いて一気に攻勢へと転じた。まず、フォーサス自身の直接の配下の一人である弓の名手リトライスに命じて、彼の率いる弓矢隊を森の中へと隠れることができるようなカモフラージュを施した。その後、闇夜に紛れて弓矢隊を森の主要箇所へと秘密裏に配置させたのだ。枯れ野の季節なのでカモフラージュは大変だったが、太く絡み合うように張った木の幹が人の隠れるのを容易く手伝ってくれた。


 主戦場では配下の騎馬隊長フェモールの騎馬隊を敵の左前面に配し、中央からはロスモールに特注した武器、長槍を装備した長槍隊を突撃させた。長槍隊を率いたのは、ササナリと同じ傭兵出身で豪放磊落な気性を持つシバである。長槍隊そのものが、フォーサスに敬服する傭兵たちの集まりであり、前からシバを中心にして、長槍の訓練を受けていたことも勝利に繋がった。剣や普通の長さの槍が主流の戦いの中で、通常の槍の一.五倍もある長槍は画期的だった。敵の攻撃が届く前にスッと敵を突き刺したり、弾き飛ばしたりできる。


 威力のある武器を勇猛果敢な傭兵たちに持たせたということから、フォーサスが並みの才覚の持ち主でないということがわかる。幾つかの準備には、参謀であるチェシャも一役買っていた。フォーサスをアスタロット地方の一領主にさせてわざと怠惰な生活を送らせながら、一方でフォーサス配下の騎士や兵士、傭兵たちを地道に育て上げてきたのだ。


 戦場では敵が怯んで、退却しようとしていた。そこへ左陣から通常の槍を装備した騎馬隊が乗りこみ、更に追い討ちをかけるように叩きのめし、敵を落葉樹の森へと追い込んでいった。敵が森に近付いたところで、隠れていた弓矢隊がたくさんの矢を敵の頭上に雨のように射かけた。


 既に勝敗は決していた。今までの戦いでのアーリアン軍の腑甲斐のない戦いぶりに、イマザシェン軍は勝ったも同然に驕り高ぶっていた。半ば勝利に酔い知れていたイマザシェン軍には、油断もあったのだ。これもチェシャが目論んだ作戦の一つだった。今回の作戦はチェシャが立案し、フォーサスやトシェインが練り上げたのである。


 敵が蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う中、フォーサスたちは敵の大将であるイマザシェンの王子と首脳部の側近や将軍を追い詰め、討ち取った。


 組織というものの弱点は、率いていたトップを失うと、下の者たちは途方に暮れるということだ。総崩れになったイマザシェン軍は、国境を目指して敗走したが、フォーサスの命を受けて素早く敵の背後に回ったササナリの指揮する傭兵の別動隊が現れるに致って、味方の反乱かと勘違いした敵軍は互いの不安をあおり自滅したのだ。


 カルトーランの街の人々は、凱旋したフォーサスの軍隊を歓喜の声でもって迎えた。医療所でも負傷兵たちが涙を滲ませ、女たちは抱き合って喜んだ。





「さて、どうしますか?」


 旅に出る支度を整えて誰にも知らせずにひっそりと医療所を出たあとで、チェシャはソフィアに振り返った。蒼氷色の瞳が優しく光った。ソフィアは目を伏せて頭を左右に忙しく振ると、蒼ざめた顔を上げて前を見つめた。チェシャは肩を軽く竦めると、「仕方ないですね」と、短く呟いた。チェシャは街を出る前にフォーサスに会うかと尋ねたのだが、ソフィアは無言でフォーサスには会いたくないと答えたのだ。二人は喜びで賑わうカルトーランの街を足早に過ぎ去った。


 チェシャが予想した通りにこの戦いは、フォーサスの名をチャイニェン大陸に広めた。近在の新興国と姻戚同盟を組むことで大きくなったイマザシェン国は、大敗の後でアーリアン帝国との和睦を望んだが、それを皇帝は「否」と一言で拒絶した。フォーサスの軍を先遣隊としてカルトーランからイマザシェン国へ派遣し、今度は残りの二人の息子たちに本隊を任せて、イマザシェン国に乗りこませたのだ。その裏には、フォーサス一人に名を成らしめることを妬んだジェリスやラシェイルたちの思惑が絡んでいた。


 先遣隊として派遣されたフォーサスの軍は前回の勝利で士気が高まっていた。イマザシェン国の軍勢が前の戦いでほぼ半数を失ったことにもよるが、比較的楽な戦いで国境を越えると、次々に砦を破り快進撃を続けた。本隊の到達する前に、イマザシェン国の王都ジェランカをあっさりと陥落させ、国王を自刃に追い込みイマザシェン国を降伏させたのである。


 勝利の裏にはロスモールが意図的に流布したイマザシェン国民への懐柔策もあった。戦を嫌うのはどこの国の民も同じである。特に他所の国からの侵略軍は、民衆への掠奪や暴行は当然のことと考える。「アーリアン帝国の第一皇位継承者の軍は、民衆を絶対に虐待しないらしい」という噂は半信半疑でも、もしかしてとの期待も込めて心の隅に留まる。


 フォーサスは自軍に対する規律として、戦での常となっている兵士の民衆への掠奪・暴行行為を極力戒めた。そのために兵士たちへの食料や物品の配給は、欠かすことなくきちんと取り行なわれた。本国との補給線の確保や闇ルートの補給は、ロスモールの配下の者たちが死守した。フォーサスの軍が礼儀正しく行軍する姿は、イマザシェン国民に厚意を持って受け入れられたのである。それが大した抵抗もなく、王都ジェランカへと辿りついた最大の理由だった。


 イマザシェン国はアーリアン帝国の地方領主の領地となり、新たにカーディスがイマザシェン地方領主に任命された。チェシャが秘密裏にカーディスに書簡を送り、それを読んだ本人が、自ら皇帝に願い出たのである。フォーサスは不承不承ながらも一時皇都へと戻され、チェシャの目論見通りに無事に皇太子として擁立されたのだ。皇太子として擁立されても、フォーサスは皇都でのんびりと過ごすわけにはいかなかった。皇都の治安及び警備の統括責任者は、ラシェイルが任ぜられいるので、皇太子であるフォーサスには、国境周辺部の治安と警備を統轄するようにと皇帝から申し渡されたのである。


 隣国のサナザール公国とはここ二年ほど、国境線を巡って小競り合いを繰り返しているが、本格的な戦にはならず決着はついてなかった。まるで皇太子としてのフォーサスの力量を確かめるかのように「まず手始めにサナザール公国との決着をつけるように」と、フォーサスに皇帝から勅命が下された。暗にサナザール公国を滅ぼすことを示唆したのである。別に腐るわけでもなくフォーサスは黙々と準備を整えると、皇都からアーリアン帝国軍サナザール公国討伐指揮司令官として、国境沿いの前線基地へと赴いた。


「田舎ですね」


 トシェインが、前線基地とは名ばかりの山の麓に急遽し立てられたような何もない砦を見て、ブスッとして呟いた。ササナリやシバがクククと笑いをこらえるようにして笑った。


「トシェインは街以外に住んだことがなかったのだな。これでなかなか楽しいものがある。男同志の恋愛もなかなかいいものだぞ」


 フォーサスは後ろから、トシェインの首に腕を回してギュッと女のような少年の身体を抱きしめた。トシェインの顔色がサッと蒼ざめた。


「ぼ、ぼくは兄さんとは違います。女装など、断じてしませんからね」


 あわてふためくようにもがいて何とかフォーサスの手を逃れると、夢中でバタバタと砦の方へ駆けだしていった。後に残された男たちは、声を高らかにして笑いだした。


「殿下も人が悪すぎる」


 シバの大らかな声にフォーサスは悪戯っ子みたいにニヤッと笑みを浮かべた。


「トシェインはチェシャに似ているが、まだまだだ。参謀は平気で汚れるようなこともできなければ、やっていけない」


「確かにそうですな」


「チェシャには、個別に動いてもらわなければならない場合が、今後も増えてくるだろう。今回がいい教訓となった。チェシャの抜けた穴を埋めるためにも、トシェインを早く一人前の参謀にしたいのだ」


「難しいですな。トシェインは少々潔癖すぎるところがありますからな」


 言いながら、シバは鷹揚に笑い声を上げた。傍らのまだ若いササナリは、二人の話に耳を傾けながら無言で大剣を握りしめていた。前方の茂みの中から、殺気を押し殺したような人の気配を敏感に感じたからだ。


「大丈夫だ」


 ボソッとフォーサスが小声でささやくように呟いた。横目で主君の顔を見ながらも、手を大剣から離そうとしなかった。


-ヒューン!


 風を切る音がフォーサスの耳元で鳴響いた。矢は耳元を掠めて、後方へと消え去った。バシンと音を立てて、シバが次の矢を落とした。出遅れたササナリが、射かけられた矢の飛んできた方向へ一目散に走る。ササナリの脇を擦り抜けるように、一本の矢が低くうなりを上げて飛んでいった。茂みから胸に矢の刺さった男が、転がり出てきた。弓矢がバサンと男の手元から地面に転がるように落ちる。ササナリが勢いをつけて茂みに飛びこんだが、他の者は既に逃げたあとらしく、地面に数本の矢が乱雑に散らばっていただけだった。


「リトライス、助かった」


 ササナリが茂みの中から大きく手を振った。フォーサスの傍らで辺りに気を配っていたシバがそれを見て、警戒を解いた。フォーサスがまだ、弓を構えて立っているリトライスに微笑んだ。ペコンとフォーサスにお辞儀をすると、リトライスは弓を下ろし、何事もなかったかのようにその場を去っていった。ササナリが戻ってきて、


「相変わらず、無愛想な奴だ」


 と、ぼやいた。フォーサスは矢で乱れた髪を手で撫でつけるように直し、賊の消えた方向をチラッと一瞥した。そう遠くない時期に、ラシェイルたちとは本格的に事を構える必要がありそうだと思いながら、にわか造りの砦へと足を速めた。


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