偽りの生活のあとで
「あのじゃじゃ馬め!」
記憶が戻った時に、ソフィアの出奔を知らされたフォーサスは一言だけそう怒鳴った。ソフィアが出奔してから三日目のことである。
皇太后からの急な連絡で、後宮の館へ赴いたフォーサスは、自信をなくして落ち込んでいるというソフィアのために、不承不承ながらも短い期間、市井に生きることを承諾した。一時的に記憶をなくすという怪しげな薬を飲まされたあとのことは、よく覚えていなかった。定期的に様子を見に来ていたチェシャからは、フォーサスがソフィアをいたわる優しい夫を演じていたと茶化された。ソフィアが記憶を取り戻して出奔するまでは、夫婦仲睦まじく暮らしていたらしい。おまけにソフィアが出て行ったあとは気落ちして、食事も手につかなかったなどと言われて、フォーサスの気分は最悪。
「ロスモールに命じて、あの撥ねっ返りを早く捜させろ!」
チェシャに茶化されて、不機嫌になったフォーサスは、ムスッとした声で命じた。フォーサスに言われるまでもなく、ソフィアの捜索はロスモールたちに任せていたのだが、フォーサスが一人になりたいのだと気が付いたので、クククと忍び笑いをしながら、チェシャは部屋を出て行った。
「勝手にしろ!」
口ぐせになっている独り言を呟くと、面白くなさそうな顔でフォーサスは長椅子に寝そべった。
しばらく留守にしていたせいで、ロスモールから幾つかの懸案事項の報告が入っていた。フォーサスは精力的に公務に没頭した。フォーサスがいない間のラシェイルたちへの言い訳は、ソフィアの体調不調で静養に行ったことにしておいた。今でも、ソフィア一人が静養を続けていることになっている。
「公務よりも女が大事とは結構な身分だな。神聖ルアニス帝国の皇女に何かあっては、父上に姑息に取り入った苦労も水の泡か。元も子もないというわけだ。強引にものにした女の身分のお陰で、権力というお情にすがれるのだから、これほど楽な生活はないだろう。まあ、皇女に何かあっては、こちらも困るというものだ。せいぜい、かわいがってやることだ。いつまで続くかわからないがな」
ラシェルから弾丸のように飛びだした嫌味たっぷりな言葉をもらっても、フォーサスは眉を寄せただけで、相手にしなかった。ロスモールからもたされた情報で頭が一杯だったからだ。
フォーサスが留守の間に、チェシャとカーディスが陰でどう動いていたのかわからないが、旧イマザシェン国と同盟を組んでいた小国家の大半は、アーリアン帝国との同盟に同意してきたとロスモールが伝えてきたのである。フォーサスは後で知ったのだが、チェシャはロスモールを使って、マティーラ国以外の小国家に流言を流したのだ。
「アーリアン帝国は、旧イマザシェン国の残党を匿う国には容赦しない。帝国に与しない国は徹底的に叩き潰す」
「マティーラ国がアーリアン帝国と同盟を結ぶつもりなのは、他国を我がものとするためである」
「他の連合国がイマザシェン国の後ろ盾のない小国家に攻め入ろうとしているらしい」
噂話には、更に様々な憶測が付けられた。イマザシェン国という大国に守られて安穏と暮らしてきた小国家の指導者を蒼ざめさせるには十分だった。不安を目一杯あおったあとで、アーリアン帝国第二皇位継承者である穏やかな顔のカーディスが親善外交と称して、各国を訪れ、にこやかな笑顔で帝国への傘下を呼びかける。人間という生き物が無意識に何に怯えるのかというと、一つは孤立することであり、もう一つは不信という恐怖にかられたときなどに、裏で何を考えているかわからない菩薩顔の人間にニマァッと微笑まれることである。チェシャの揺さぶりに心理的に追い詰められ、今更独立する勇気を持たない国々がアーリアン帝国との同盟を求めてきたのである。
結果的にアーリアン帝国は、旧イマザシェン国が持っていた勢力の大半を手中にできたのだ。これでアーリアン帝国は国境を挟む国全部と同盟を組むことができたのである。当面は外交に関する危機感はなくなり、フォーサスはかねてより懸案となっていた帝国の内政面に目を向けることにした。
フォーサスがマティーラ国の姫を愛妾に迎えるという噂は、帝国中に瞬く間に伝わった。お輿入れの馬車がしずしずと通りを進む中を、民衆の歓声がわき上がる。馬車の窓からかいま見えた華奢な少女は、淡いピンクのドレスを身にまとい、唇をキュッとかみ締めていた。
「バート、どうしたんだ?」
顔中髭だらけの男に、ポンと頭を叩かれた少年は、「何でもないよ」と少々ムクれたような声を出して振り向いた。少年の顔は前髪で隠れていて、よく見えない。男が喉の奥でクククと込み上がる笑いを殺した。
「行こう、皆が待ってる」
お輿入れの行列にぶつかり、我を忘れたように見入ってた少年は、声変わりもしてない少女のような声で言うと、人込みから離れて細い路地に入りこみ、スタスタと先を急いだ。買物を済ませたばかりで、少年も髭の男も両手には大きな紙袋を抱えこんでいた。
「気になるのか?」
「違うよ」
「気にしてるって、顔をしてるぞ」
「違うって言ってんだろうが」
人のいない通りに出ると、足を止めて男を三白眼でにらみつけた。通りを駆け抜ける風が、少年の短い黒髪を撫でつけていく。遠くに見える皇宮城への門を辛そうな目で見てから、プイッと顔を横に向けて、通りの中心を怒ったようにドスドスと歩きだした。前から吹きつける風が前髪を払い退け、少年の顔が露になった。少年と見えたのは、男の子のように髪を短く切ったソフィアだった。傍らの髭の男の名はリルサル、チャイニェン大陸各地を巡業する旅芸人一座の用心棒兼医者として雇われている。ソフィアは、一座の雑用係だった。皇都の市場まで買いだしに出た、ソフィアの荷物持ちについてきたと本人は言っているが、何かあったときのための用心についてきたのだろう。
「もう、関係ないよ」
「関係なくないだろう。向こうはまだおまえを捜してるんだ」
「もう、止めろよ。遅くなると、お姉さんたちに叱られるから、俺は先に行くぜ」
歩く速度を速めると、駆けるように皇都の外れへと向かって、通りを先へと急いだ。
「バトちゃん、遅いよ。皆お腹空かせてるんだから早くしてね」
二人が皇都の外れにある旅芸人一座のテントに辿りつくと、一人の女から待ちくたびれたような声がかかった。「ごめん」と謝ってから、抱えてきた袋を急こしらえで造った簡易キッチンのテーブルの上に広げた。手慣れた様子で買ってきた野菜や肉をスタタタッときざみ、大鍋に貯水カメから水を入れ、幾つかの調味料をパパパと放り込むときざんだ野菜や肉をパラパラと入れた。夕方から興行が始まるので、一座の夕食は早い。
マティーラ国からお輿入れになる姫君のために、皇都では明日から三日間にわたる盛大な祭りが開かれる予定なのだ。旅芸人一座にとっては、大きな祭りは稼ぎ時でもある。
「おっ、いい匂」
ソフィアより、二、三歳ほど年上に見える少年が、後ろから鍋を覗きこんで、でき上がった煮物をパクンと口に入れた。
「バートはやっぱりいい嫁さんになれるよ。ねえ、俺のこと真剣に考えてみない?」
バコンというフライパンの音が辺りに響き渡った。「バカ!」という甲高い声と「いてえな」という少年の声が同時に発せられた。少年の名はヒデ、二年前に医者になりたいとリルサルの許へ押しかけてきて、強引に弟子入りしたのだが、今は舞台に出てナイフ投げの的になっている。
「ヒデちゃんたら、また、バトちゃんに言い寄ってふられてるの?」
髪の長い若い女が、ヒョコンと顔を出した。ヒデの相棒のナイフ投げのアニタである。この一座は実を言うと、女旅芸人一座なのだ。男はリルサルとヒデだけで、あとは若い女たちである。
「うるさいな」
「うるさいって何よ、ヒデちゃんたら、バトちゃんが来る前はあたしにしつこく言い寄ってたくせに、冷たいんだから」
「別に俺は」
「バトちゃん、こういう不実な男はずぇったいにダメよ。あとで、泣く羽目になるからね」
二人が言い合いを始めたので、これ幸いにソフィアはテーブルの上に皿を並べ始めた。
ソフィアが偽りの生活を続けていた村から逃げ出して、既に二ヵ月が経っていた。女旅芸人一座と知り合ったのは、村を出てすぐだった。逃げ出したものの、行くあてもなく途方に暮れていたソフィアは、近くの村の祭りに来ていた旅芸人一座に雇ってくれないかと頼みこんだのだ。最初は渋っていた女座長のバーバラだったが、ソフィアをジロジロと眺めていた用心棒のリルサルがボソボソと耳打ちすると、態度を変えた。
「へえ、あんたが神聖ルアニス帝国の皇女ソフィア様ね」
バーバラの言葉にソフィアの身体が堅くなった。スッと血の気が引くのを感じた。こんな小さな旅芸人一座にも、ロスモールの配下がいるのかと思ったからだ。そうでなければ、髪と瞳の色を変えているのに、顔を見ただけでソフィアとわかるはずがなかった。
「まあ、リルサル様にはだいぶ世話になっているし、わかったよ、ここで働いてもらうことにするよ。ただし、あんたの身分は、他の者には内諸だよ」
バーバラの声にソフィアは、機械的に頷くしかなかった。すぐに皇都に戻されると、半ば諦めきっていたのだ。
二人きりになったときに、リルサルは「神聖ルアニス帝国の元騎士でロスモールの知り合いだ」と名乗った。やっぱりと首をうなだれたソフィアに、「神聖ルアニス帝国が滅んでからはロスモールに一度も会っていない」と苦笑しながら答えた。髭だらけなのでよくわからない顔だちだが、ジッと目を凝らして見ていると、リルサルの碧い瞳に懐かしさを感じた。「姫の気が済むまでここにいればいい」という男の勧めるままに、ソフィアはこの一座の雑用係になった。
長い髪を少年にように短く切ったのは、フォーサスたちに見つかることを恐れたからだ。男の子の振りをしていれば、すぐに見つかることはないだろうというリルサルの助言もあってのことだ。
興行は満員で、舞台の間、ソフィアは独楽鼠みたいに忙しく立ち働いた。顔を出したくないソフィアは、専ら裏方専門の仕事のために、衣裳やら小物やらを準備したりしまったりと一番忙しいのだ。
興行が終わると、夜食用に作っておいたオニギリをテーブルの上に置いて、人数分のお茶を入れた。客を見送って戻ってきた女たちが、思い思いに腰掛けて、オニギリを頬張り始めると、衣裳に破れや綻びがないか調べると丁寧に埃を払って、衣裳ケースに片付ける。破れや綻びのあるものは、すぐに修理する。後回しにすると、他の仕事に追われてできなくなるからだ。
衣裳や小物を大切にしまったあとは、皆が食べ散らかした夜食を片付け、次の日の朝食の下ごしらえもしておく。全ての仕事を片付けると、ソフィアはフゥと吐息を洩らした。
座長は興行主に呼ばれて、今夜は戻らないと誰かが言っていた。芸人の女たちも贔屓にしてくれる客がいると、一夜を共にする。なんのかんのと言い争いをしながらも、ヒデとアニタが大人の関係であることもわかっていた。一座の乱れた風潮に、最初、ソフィアは嫌悪の表情を見せていた。
「きれいごとじゃ、食っていけないのさ」
一緒に旅を始めて、三日目のことだった。話があると言って、ソフィアを呼び出したバーバラは、サバサバとした口調でそう言った。長い黒髪は、艶やかで洗い髪のように輝いていた。年の頃は、二十五、六歳といった感じで、自分の一座を持つまでは、踊り子として各地を転々としてきたらしい。
「ここが嫌なら出て行ってもいいんだよ。あたしもその気位の高い態度で見さげられていると思うと頭にくるんだよ」
バシッと思いっきり頬を叩かれた。
「わたくし、別に見さげていません」
「いや、あんたは見さげているよ。あたしたちが身体を売ることに対してね」
ソフィアは「あっ」と声を上げた。後ろめたさに二、三歩後ずさった。
「ここへ来る前は、あんただって同じだろうが、この国の皇太子に身体を売って楽な生活をしてきたんだ。違うと言えるのかい?」
身体の奥からカァァァァッとわきたつような熱さを感じた。恥かしさと怒りと哀しみとが一度に押し寄せ、ごちゃ混ぜになった気分だ。気がついたら、「許せません」と叫びながらバーバラの頬を叩いていた。バーバラも容赦なく、ソフィアの頬を叩き返し、二人は取っ組み合いの喧嘩をしていた。
フゥフゥ、ハァハァと肩で呼吸をしながら、急にバーバラは笑いだした。
「それでいいんだよ。やればできるじゃないか。あんたに欠けているのは、自分の感情に正直になることだ」
バーバラの言葉がソフィアに戸惑いを与えた。目を大きく見開いて、口に出す言葉を探せないまま、口をパクパクとさせた。
「あんた、生きてて楽しいかい?」
バーバラの言葉は、ソフィアの胸を深く抉り取った。ソフィアは首をうなだれて、視線を足元に落としていた。
「人間は生きることに楽しみを見出せなきゃね。自分の感情に素直になれれば、結構楽しみを見つけられるもんだよ」
「座長さん、わたくし………」
「よしとくれよ。バーバラでいいさ。そのお上品な言葉使いも何とかしてほしいね。あんた一人が浮き上がっちまってるんだ」
バーバラがソフィアを呼び出した意図がやっと掴めた。「ごめんなさい」とソフィアは素直に謝った。バーバラは笑みを浮かべただけだった。
疲れていたが、寝てしまうには惜しい夜だった。落葉の季節を迎え、肌寒さを感じたが、空には星の大河がくっきりと浮き上がっていた。今日はお輿入れもあり、フォーサスはあの姫と夜を過ごしているはずだ。チェシャたちは警護についているはずなので、こんな夜更けなら、大丈夫だろうと高を括って、ソフィアはフラフラと歩きだした。昼間は怯えながら、歩いた通りだった。
誰もいない通りは薄暗く、月も出ていないので星明りだけが頼りだった。皇宮城にいた頃は、皇都を歩くことなど許されなかった。一度でいいから、こうして自由に皇都を歩いてみたかったのだ。皇都は意外なことに、ソフィアが最初に思ったよりも、活気にあふれる街ではなかった。貴族だけが踏ん反り返って暮らしている皇都は、物価も高く庶民には暮らしにくい街となっていた。
誰からも拘束されずに自由な暮らしを夢見ていたが、自由というものは思ったよりも、案外制約が多いものだと今はわかっている。
いずれはフォーサスの許に否応なしに帰らなければならない日が来るだろう。だが、今はまだ帰りたくなかった。ソフィアはまだ生きるべき道を見出せないのだ。フォーサスの許へ戻るからには、流されて生きていくような生き方はしたくない。女ではあるが、ソフィアは物ではないのだ。フォーサスと同じに生きている人間なのだ。
「ぼうず、夜更けの散歩か?」
不意に声をかけられて、ソフィアは身構えた。人の気配など感じなかったのだ。声が降ってきた方角は頭の上からで、ソフィアは何の気なしに上を見上げた。カサカサと枯れかかった葉の擦れ合う音がして、男がタンという軽やかな音をさせて、飛び降りた。
「今日はいい星見日和だな。ぼうずだと思ったが、女旅芸人か、外れから来たのだな。おまえは何の芸をする?」
ソフィアはブルブルと身体を震わせた。皇太子宮にいるはずのフォーサスが、こんな場所にいるとは思いも寄らなかった。困ったことにすぐにソフィアを女と気付いたのだ。ばれるのも時間の問題だと怯えたのである。
「俺が恐いのか?何もおまえを取って食おうというわけでない。女のところで少々長居をしてな。こうるさい奴が迎えに来る前に逃げ出したところだ」
信じられない奴だとソフィアは呆れ果てた。他国の姫を愛妾にしたくせに、他の女の許に通うなどと怒りに似た感情を覚えたが、一方で男なんて、皆そんなものなのだろうかと冷めた目で考えている。あの偽りの生活の中にいたウィリーという男の影はどこにも見えなかった。それが寂しくもあり、悲しくもある。やはり、あれは偽りでしかないのだと諦める。
「ここで会ったのも何かの縁だ、おまえも何か話せ」
ソフィアは済まなそうな顔をして、口に手を当てると頭を左右に振った。口がきけない振りをしたのだ。下手に声色を変えるよりも、最初からしゃべらない方が無難だった。
「なんだ、そうか。では仕方ないな」
ソフィアはペコンと会釈して、逃げようと考えたが、それよりも早く、フォーサスがソフィアの腕を掴んだ。
「おい、女旅芸人は身体を売るのも商売だと聞いている。俺と今夜を過ごさないか?」
夢中でかぶりを振ったが、フォーサスは逃がさないようにソフィアを抱えると、いかがわしい宿屋へと連れこんだ。
男の力にかなわないことは、フォーサスとのやり取りで幾度も経験済みだった。それならば、正体がばれないように、娼婦の真似をした方がいい。ソフィアは金を受け取ると、自分から服を脱ぎ、フォーサスの前に身体を投げだした。
「おまえは、俺の知り合いに似てるな」
身体を合わせたあとで、フォーサスが何気なく呟いた。息を弾ませながら、ソフィアは小首をかしげた。自分はソフィアでなく、バートなのだと抱かれている間に何度も呟いていたお陰で、少しくらいでは動揺しなくなっていた。闇夜の中で、フォーサスはソフィアの顔を覗きこんだ。
「似てる。だが、あいつはおまえとは違う。生真面目な女だからな」
フォーサスはベッドから起き上がると、更に余分な金をソフィアに渡した。
「最初は俺の知り合いかと思ったが、そうではないようだ。金は幾らでもあった方がいいのだろう」
女を抱くという目的をすました彼は服を着ると、ソフィアを残して部屋を出て行った。ソフィアは心が凍ったような気がしていた。フォーサスではないが、ソフィア自身が自分で娼婦のように振る舞えると思っていなかった。なのに、ソフィアは平然と買われた女を演じていた。こんな真似をした自分が許せないと思いながらも、また自分も女なのだと思い知らされた。フォーサスに久し振りに抱かれた身体は喜んでいた。自分の中の女の部分を知り、それを恥じるよりも愉悦を感じたことに呆然としていた。
「きれいごとじゃ、食っていけない」
バーバラの言葉が不意に浮かんだ。
「きれいごとじゃ、生きていけない」
ソフィアは口の中で低く呟いた。バーバラたちとソフィアは、同じ女なのだ。男に身体を投げだして、生活の手段を得ることは結局一緒なのだ。市井に憧れた。自由を夢見た。だが、どこにいても女であることに変わりなかった。
テントに戻る道すがら、ソフィアはずっと俯いていた。通りの端には風が掃き捨てた落葉がたまっている。気紛れな風は男で、掃き捨てられた落葉が女なのだと痛感した。
「泣いてるようですよ。よろしいのですか?」
ソフィアが無事、テントに戻るのを見届けると、気配を殺してあとをつけてきた二人の男の内の一人が言葉を発した。チェシャである。もう一人はフォーサスだった。
「あいつにあんな真似ができるとは思わなかった。女とは変わるものなのだな」
「連れ戻さなくてもよろしいのですか?」
「今のところはいい。あいつの毒気にあてられた」
「ですが、私たちが気付いたように、ラシェイル様たちが気付くのも時間の問題です」
フォーサスは無言で、皇宮城へと足早に戻り始めた。フフフとチェシャは微笑み、フォーサスのあとを追いかけた。それを夜空に浮かぶ月だけが見ていた。




