乞食にも夢はあった
「スペースシャトル エンデヴァー号が空を切り裂いています」
寒い、だが雪の気配はしない冬の夜。
大型スクリーンの中で、宇宙船が光をひく。
人々は顔を上げない。
「このシャトルは人類初の木星への有人探査船となります」
街の人々がスクリーンを見上げることはない。
空なんて尚更のこと。
アナウンサーは原稿に視線を落とす。
「このシャトルには4人の船員が搭乗しています。その全員が各分野のエキスパートなのです」
隣県で発射された船は、今ならこの通りからもよく見える。
ほら、だんだんと遠ざかって行くというのに。
そんな時、道の陰でうずくまる乞食がふと目を上げた。
またたく光が空を登ってゆく。
もう星と同じくらいの輝きだ。
じきに見えなくなる。
いつもの癖で右手を握りこむ。
遅すぎると分かっていたので、空に手を伸ばしたりはしなかった。
涙は流れなかった。
1人の船員がふと地表を見た。
誰かが自分を見つめているのような気がしたのだ。
だが見えるのは都市の明かりばかり。
それもそうだ、視線なんて感じる方が変な話だ。
ああ、思えば今まで長い道のりだった!
だがあの苦痛も、あの喜びも、今や地球に置き去りにしてきた。
それでも彼の体は、心は、はちきれんばかりなのだ。
ゴウと加速が増す。
体が椅子に押し付けられる。
彼は右手をグッと握り混んで、前方の宇宙を、星を睨み付けた。
星の瞳から少し涙がこぼれる。
もう彼が振り返ることはない。
「今日のスポーツの結果をお知らせします......」
乞食は身動き一つしない。
死んだような色の皮膚。
汚い茶碗に錆びた一円玉。
ただ目だけは、目だけは空の煌めきに満ちている。
雫が1つ、彼の頬に落ちた。
そうしてゆっくりと瞼が下りた。
こじきはホゥと息を吐いて、地面に背中を預けた。




