地球の星
ウエキセンカは、国連宇宙防衛軍の正装姿でうろうろしていた。最近は着慣れてしまった戦闘服よりも、正装姿に喪章をつけて、お偉いさんとの会議ばかりだったなとふと思い出した。
いつもなら、ロビー活動だ会議前の最後の確認だで忙しいのだが、今日の慰霊祭はさすがにそんなことはない。もっとも「弔問外交」なんて言葉もあるが。
さすがに高校生なので、きっと大きな傷を負ったに違いない、慰霊祭のために働かせるのは酷だということで、慰霊祭に関しては割と他に任せてもらっていた。が、実際には唯一の生存者として馬車馬のように働いていたのだが。
まだ時間があるので、なんとなく展示館に向かった。今までなんとなく避けていたのだ。じっくり見に行くのはこれが初めてかもしれない。
「えー、こちらが、戦艦オリオンの第一作戦室で使われていたテーブルの残骸です。半分ほどですが、奇跡的に残っていたそうです。」
喪服を着たレポーターとカメラマンがいた。慰霊祭の様子を中継しようと、メディアが駆けつけていた。
「えー、あの、ウエキ戦略長代理ですか?」
突然レポーターに声をかけられた。
「はい。」
なんとか答える。
「いま、CM中なんですけど、あのもしよければ、戦艦オリオンの話……聞かせていただけませんか?」
レポーターが不安そうな声で聞いてきた。つい頷いてしまった。
「CM終わります!」
「はい、こちらテラポルトス宇宙開発展示館です。ここでは宇宙開発に関する様々な資料が公開されています。今回、慰霊祭に合わせて、辺境戦争の資料が展示されています。」
レポーターが淡々と説明を続ける。
「そして今、国連宇宙防衛軍戦艦オリオン戦略長代理、ウエキセンカ中尉が展示館にいます。」
「よろしくお願いします。」
カメラに向かって、センカは軽く敬礼をした。
「さっそくですがウエキ戦略長代理、この戦艦オリオン第一作戦室のテーブルとは?」
「はい、これは第一作戦室という私たち戦略班がよく使っていたテーブルです。戦略班は全員で意見を出し合いながら長期的な作戦を立てることが多いので、個別のデスクではなく、大きなテーブルに座って作業をすることが多かったんです。」
センカは続ける。
「吹き飛んでいますし、私はすぐアルテミスケノンに転属しましたが……。ちょうどあのあたりによく私は座っていました。このあたりが、トダメグミ戦略長の席でした。と言ってもほとんどいなかったですね。」
センカは少し笑った。
「戦略長はいつも他の部署や第一艦橋にいました。だから他の部署の現状をいつも知っていた……今思うと、いつあれだけの作戦を立案していたのか不思議です。」
「そうなんですか……。」
「ええ、で、このあたりがエリーゼ・フェシカ副戦略長の席でした……。」
センカはそういって残っている部分を指さした。そして言葉を失った。血の跡が生々しく残っていた。
「ウエキ中尉……?」
「すみません……確か、フェシカ大尉は、K作戦では報告書をまとめていたはず……。おそらくここにいたんだと思います。」
「つまりこの血痕は……?」
「エリーゼさんのですね……。」
レポーターは戸惑った。慌てて他のものに近寄る。
「ウエキ中尉。これは……?」
「これは戦艦オリオンの大階段の一部ですよ。オリオンは意外と居住性も良くて。」
「そうなんですか。ちなみにウエキ中尉のおすすめスポット、はどこでしたか?」
「そうですね……お風呂かな。戦艦なのに充実してて、少し驚いたんですよ。なんでも宇宙空間でのいろいろな実験も兼ねていたらしくて……。」
センカは無理に笑った。
なんとかレポーターと別れ、会場に向かう。会場はテラポルトスの巨大な芝生広場だった。
「ああ、ウエキセンカさんだね。このたびは……。」
「ああ、大統領ですか。本日はありがとうございます……。」
センカはどこぞの国の大統領に向かって頭を下げる。確かこの間の会議では宇宙時代における超国家的な行政機関への協力を見事に突っぱねられた。センカはわざとしおらしくする。
「いろいろ大変だろう……。君はまだ16歳だし……。」
微かな軽蔑が含まれている。
「いえ、まだ15歳なんです。あと数日で誕生日なんですけど。」
「そうかそうだったな。いやいや、こんな子供なのに……。」
「しかし従軍し、今後を任されましたから……。やるしかありませんわ。」
すこし困ったような顔をする。
「まだ高校生で、政治のこともよくわかりませんし……。」
嘘だ。一昨日シイナリンカ情報長代理から、新たな行政機関設立によって国家の権限が制限されることを嫌がった政治家たちが、莫大な裏金を動かしていることを聞かされ、一緒にそのルートをたどり、怪しい国や政治家をリスト化したばかりだ。
「このあいだも、『宇宙再興寄付金』を集めている政治家の方々がいらっしゃると聞いて、戸惑ってしまって……。」
大統領の顔がみるみる青くなる。『宇宙再興寄付金』とは、裏金の表向きの名前だ。
「寄付は心強いのですけれど、どうお金を使えばいいのかもわかりませんし……。」
これも嘘だ。先日新たな行政機関の予算について国連総会から質問が上がった際に、スギヤマスズナ主計長代理がほぼ完璧な予算を提出した。これによって資金面からの反対意見をあげることがほぼ困難になったくらいだ。
「何か間違えたことがあればすぐに指摘してください。」
涙ながらに言ってみる。
「ああ、協力するよ……。」
大統領が気まずそうに返事をした。
「ありがとうございます……。本当に分からないことばかりで……例えば設立に関わっているメンバーが私たち日本人ばかりだとか、高校生が作っているとか批判されて……。防衛軍で正式な手順によってたてられたZ作戦の存在や、最終的な判断は国連に任せていることなどを何度も説明しているのですが……どう説明すればいいのでしょうか……。」
「あー、それは、信頼できる他国から信頼できるとお墨付きでも来れば従わざるを得ないんだが……。」
「信頼できる……?」
「例えば、経済的に発展してる国だとか、民主的な国だとか……影響力の強い国だとか……。」
「例えばどの国ですか?」
センカは高校生らしく詰め寄る。大統領は途方に暮れていた。
「ああ、ウエキセンカさんではないですか!」
また別の外交官が来る。センカはまた返事を返す。
「そうですよね、大変ですよね。ところで大統領。うちの国ではそろそろ規制緩和を……。」
なんだかんだ慰霊祭が始まった。
厳かな音楽。様々な宗教関係者からの言葉。大統領や王族、外交官たちが次々と感動的なスピーチをする。辺境移民の遺族の言葉。そして防衛軍遺族の言葉。途中辺境戦争を紹介する記録映像が流れたり、アーティストによる作品が登場したり。
チームゼロもそれぞれスピーチをした。長くはなかったが、まぁ言いたいことの半分は言えた気がした。
そして慰霊碑のお披露目。今回の戦争で亡くなったすべての人の名前が、彼らの母国語で刻まれていた。慰霊碑に参加者がぞろぞろ集まる。センカたちがチームジパングの名前を刻んだ石をなでたり、ユウキたちが移民星アスの紋章が刻まれた石に花を捧げたりする様子が、次々と写真に写された。各国の首脳たちも、自国出身の者の名前をさすったりしている。
元々スパイであり、普段はコードネームを使っていたチームジパングの面々を思い出し、センカは少しだけ笑った。本名が日本語できっちり刻まれていることを彼らはどう思うのだろうか。幸いなことに、かっこの中にコードネームも書いてもらっていた。
ふと、航空隊の紋章に目が向く。ディルク・バイルシュミットとテレーゼ・バイルシュミット(旧姓フェシカ)両航空隊長の名前の下に、1人分不自然な空間が空いている。エリーゼ・フェシカが書いた報告書には、姉テレーゼのお腹にいた2人の航空隊長の子供も、死者の1人として数えられていた。この事実を知っていたのは、エリーゼだけだった。慰霊碑に刻むとき、報告書を読んだチームゼロが書き加えるように頼んだのだった。
遺族の1人が突然慰霊碑の前で泣き叫び始めた。全員の視線がそちらに移る。その瞬間を、センカたちは逃さなかった。
チームゼロの8人と、ユウキとカズマ、全部で10人のゼロパイロットは、巨大な慰霊碑のそばに立つ別の慰霊碑に向かった。
小さな墓が、木のそばにひっそり立っていた。「日本の小さな春への哀悼の意を込めて」と日本語で書いてある。裏に「TAKAHASHI Koharu」とひっそり書かれていた。
零号機の実験で命を命を落とした、チームジパングの優秀なエージェントで、タカハシハヤト戦艦オリオン艦長の妹、タカハシコハルの墓だった。
そのゼロを乗継ぎ、コハルの死によって付けられた安全装置を解除することで、10人のゼロパイロットは生きのびたのだ。
その墓の前に、先客がいた。
トニイ、ダブ、ブンタ、キッド、トメグ、そして見たことのない小柄な女性……。
「スプさん……?」
そっと、オオノハルカ医務長代理が声をかけた。
タカハシコハルことスプは悲しげな笑顔でうなずいた。
「どうしてここに……?」
ハシモトショウタ艦長および戦術長代理が、トニイに絞り出すような声で聞いた。
「あなたたちは……。」
死んだ、と言えなかった。認めたくなかったのだ。
「戦争が終わったら、ここに来る予定だった。」
トニイがぽつりと言った。
「ゼロがあるのはコハルのおかげだ。」
トニイは妹の肩をたたく。
「僕らの希望はゼロ……君たちだった。そしてコハルだった。」
「コハル……やっと会えたな。」
ブンタが絞るような声で言った。
「お前のおかげで俺は……俺たちはここまで来た。」
「面白い人生だったな。」
トメグが笑う。
「あの日、第一艦橋で全部が吹き飛んだときも面白かった。生き抜いたって達成感がすごくあって。」
「怖いだなんて全然思わなかった。」
キッドも頷く。
「痛く……なかったの?」
センカはかつての上司に聞く。エリーゼの血痕が目に浮かんだ。
「うーん。痛みすら快感というか……。」
「それにも勝る達成感というか……。」
「まったくおまえら。何を吹き込んでいるんだ。」
ブンタがしかめっ面をした。
「そりゃ痛い。お前ら、簡単に死のうとなんてするんじゃないぞ。苦しくて痛くて、それでも生き続けるのが人間だ。痛みを感じないで死ぬのはメカだ。」
「まぁ、一瞬過ぎて、痛いかどうかわからなかったから、いろいろ思い悩まなくていいよ。」
ダブがさらりとフォローする。いつもの上司たちの姿に、思わず涙がこぼれた。
「ところで、チームゼロの諸君、最後にひとつお願いがある。」
トニイの真剣な顔に、全員姿勢を整えた。
「僕たちを、コハルの横に埋めてほしいんだ……。」
10人は絶句した。
あれだけの大爆発と、粉々になった戦艦オリオン。チームジパングの5人の遺体は、欠片も見つかっていない。
「お兄ちゃん!」
スプがひそひそ怒鳴る。
「ああ、そうだな。」
トニイは頭をかいた。
「僕らの体はバラバラになってしまったけれど、たぶん『あれ』が残っているはず……。それをここに埋めてほしいんだ。」
「艦長……何を?」
ショウタがおそるおそる訪ねる。
「うん。たぶん艦長室の棚の残骸が残ってて、いま地球にあると思う。熱であかなくなった引き出しの中に、コップといろいろ入ってるから……それをここに。」
トニイは寂しげに笑う。
「なるべく早くお願いできるかい?」
「行くぞっ!」
ショウタは叫んだ。今は慰霊碑見物がてらの休憩時間だ。今しかない。10人は走り出した。
展示館の人混みを走り抜け、隅のほうにある壊れた戸棚に飛びついた。キャプションには「戦艦オリオンの戸棚。個室に置いてあったもの。」とだけ書いてあった。
「コウスケ。」
「ああ、熱で歪んじまって引き出しがあかなくなってる。でも耐熱だから、中身は大丈夫だと思う。」
「どうやって開けようか。」
カズマが首を曲げた。コウスケが黙って宇宙レーザー銃を出した。
「これで無理やり開ける。」
「馬鹿。」
ニイムラトウキ航海長代理が止める。
「ばれたらさすがにやばいぞ。」
「トウキ、考えがある。」
ニシオカタケル建設長代理がにやりと笑った。
「あそこの火災報知器。」
「なるほどな。」
ショウタが笑う。タケルはそのまま火災報知機に近づき、わざと押した。たちまち激しい警報が鳴る。
「ああ、すみません!」
タケルはそういいながら、ウインクしてきた。その隙にコウスケがレーザー銃で引き出しをこじ開け、中身を全部つかむ。
「誤作動ですね。ここを押せば……っと。はい、もう大丈夫です。」
タケルはそう言いながら人混みに紛れて消えた。
「スパイならもうちょっとましな方法で取るわよ。」
キッドが笑いながら10人の話を聞く。
「で、お宝は?」
「これです……。」
おもちゃのペンダントとコップが6つずつ。それだけだ。
「そう、これだ。」
トニイはそういってコウスケからペンダントを受け取ろうとした。だが、ペンダントは地面にばらばら落ちた。
しばらく無言の時間が流れた。
「そうか……。」
トニイが呟く。
「その……このペンダントは……?」
明らかに雑誌か何かの付録と思われるペンダントを拾いながら、リンカが尋ねた。
「チームジパングの証。」
ダブがにやりと笑う。
「強いて言うなら、って感じだが。」
「俺たちは、もとは日本のどこにでもガキのグループだったんだ。」
ブンタは懐かしそうに眼を細めた。
「私たちの代わりに中をあけて。」
スプが笑った。
中には、写真が入っていた。どれも違う写真だった。
「これは……小学生くらいの時のじゃないか?」
「これはCIAで訓練を受けてた時のよね。」
「これは……ああ、思い出した。初めて暗殺に成功した日だ。」
「懐かしいね。」
「これは保安隊に入ってから……最後に6人で撮った写真だ……。」
6人があれこれと話に花を咲かせ始めた。ゼロパイロットたちは黙って立ち尽くしていた。
「ああ、そうだ。時間がない。」
突然トニイが手をたたく。
「これを……埋めてほしい。そしてこのコップに……そうだなぁ。うまい酒でも注いでくれよ。」
「あそこに、日本の総理大臣が備えた日本酒があるでしょ?あれ私たちのためのだし、ちょっとかっぱらってきてよ。」
「わたしさっきフランスの大統領が備えてたワインがいいわ。」
「まぁまぁわがままを言うのはやめよう。」
トニイが笑う。センカとショウタは少し笑って、人混みの中に隠れた。
不思議なくらいばれなかった。というよりも供え物が多すぎて、2人は難なく大量のアルコールを持ち出せた。
それぞれ協力しながら、日本酒をコップに注ぐ。
「おい、そのビールこっちに持ってきてくれ。」
「バイルシュミット隊長、おごりじゃないんですか!?」
「別にいいじゃないか!俺んとこの首相が備えてくれた最高のビールだぞ。」
「これはうまい。」
聞き覚えのある声に、思わず振り向く。
戦艦オリオン航空隊の面々が笑っていた。直接は面識のない面々もいた。ディルク・バイルシュミット隊長の横には、テレーゼ・フェシカ隊長がぴったり寄り添っていた。
「何不景気な顔をしてるんだよ!」
テレーゼがショウタを呼び寄せる。
「君たちが生き残ってくれてよかった。本当に。約束を守ってくれてありがとうな。」
テレーゼ・フェシカに耳元でささやかれ、ショウタはアルテミスケノンへ出発するときのことを思い出した。
「ほら泣くんじゃないよ!それより、ビールを早く。」
「テレーゼ姉さん。お酒はダメ。」
エリーゼ・フェシカが姉のお腹を睨みながら言った。ディルクが大声で笑う。
「センカ、Z作戦はどう?」
「順調ですよ。」
センカはわざと疲れた表情で笑って見せた。
「あの作戦は、本当に立てたかった作戦だった。たててて気持ちよかったわ。それを実現していく面白さをあなたに取られたのが残念。」
エリーゼが笑う。
「わたしの最後にして最高傑作の作戦よ。でもZero。まっさらなの、気付いたわよね。」
センカは頷く。戦後の世界をお願いするとか言っておきながら、意外と選択に幅がある作戦だった。それが意図的であることも、センカはすでに見抜いていた。
「本当に、あなたたちに任せるわ。」
「あなたがいなければ……戦略というものは誕生していませんでした。」
「そうかなぁ。」
エリーゼはまた笑った。
「おーい、ウォッカ持ってきてくれ!」
ミシェル・スノーヴァ情報長が叫んだ。リンカが駆け寄る。
「おお、リンカ。ウォッカだ。情報班全員分だ!」
「リンカ、これ。」
紙コップが渡された。スズナがにやりと笑う。休憩時間なので、参列者による立食パーティが始まっていたのだ。そこからいつの間にかかっぱらってきたらしい。
「リンカ。」
「はい、情報長。」
リンカはすらっとした上司を見上げる。
「情報は絶対に伝えてはいけないし、絶対に伝えなければならない。わかってるな?」
「ええ。」
リンカは無理に笑った。スノーヴァの口癖だ。
「うん、いい子だ。これからも頑張れよ。お前のお姉さんに会えないのが残念だよ。」
スノーヴァが肩をポンポンとたたいてきた。
「アサヒユウキくんに、クラモトカズマくんだね?」
小柄な男性に声をかけられた。航空隊員の正装を着ていた。
「キム・ヨンミンさん……。」
「おーい。」
「ジョージ・コープさんも?」
ジョージ・コープは普段通りの戦闘服だが、ヨンミンは正装だった。
「こいつ、バイルシュミット隊長に会うのがうれしすぎて、めかしこんできたんだぜ!」
「なんだよ!バイルシュミット隊長とフェシカ隊長の晴れの舞台みたいなもんじゃないか!正装するのが当たり前だろ!」
2人は笑う。それからヨンミンが頭を下げた。
「すまなかった。ポイオーティアで死守できなかった。」
コープも頭を下げてきた。
「そんな……ポイオーティアでデブリの調査を行いました。あれだけのメカと戦って……。」
カズマは何も言えなくなってしまった。
「僕たちがなんとか対応できる数まで敵を減らしていただいたことに感謝します。」
2人のゼロパイロットも頭を下げた。いつまでも下げ続けていた。
「コウスケ。」
ツツイコウスケ技術長代理は呼び止められて後ろを向いた。
「俺たちは、残念ながら酒が飲めない。」
「ジュースにしてくれないか。」
同い年くらいの若者たちが次々と紙コップを回している。
「みんな……。」
「ありがとな。いろいろ……。そういえばスーマー、まだ歩けないのか。」
レープレヒト・バルツァー ヨーロッパ部隊長がそっと尋ねてくる。
「ああ。」
「スーマーだけを残してしまって申し訳ないと伝えてくれ。」
マーク・ワシントン アメリカ部隊長が静かに言う。
「俺たちは誰も守れなかった……。」
ロバート・ダヌイ アフリカ部隊長が自虐的な笑みを見せた。
「ほんと、部隊長失格って感じ。」
ジョン・ブラウエルが頭をかきながら言った。
「でも、悔いはありません。地球を……故郷を守れてよかったです。」
ウー・チュンミンが、黒髪をなびかせながら微笑んだ。
特別青年地球防衛隊の面々は、みなすがすがしい顔をしていた。コウスケも思わず笑顔になった。
「そうか、みんな帰れたか……。」
いつのまにか、戦艦オリオンのクルーたちや特別青年地球防衛隊のメンバーが勢ぞろいしていた。いつのまにか全員が何かしらコップを持っていた。ざわざわと騒ぎが大きくなる。
が、不意に静かになった。
タカハシ艦長が中心に歩み出てきた。
ゆっくりコップを上に突き出す。
「未来に。」
「未来に。」
あちこちで声が上がる。
「未来を作り上げた、大切な過去に。」
チームゼロはそうつぶやいて紙コップを上げた。
みんながそれを聞いて少しだけ笑ったような気がした。
ガシャン。
10人は我に返った。
あたりには紙コップや酒の入ったままのビンが散らばっていた。戦艦オリオンの乗組員たちは1人残らず消えていた。
風がさあっと吹き抜けていく。それぞれがつけていた喪章と、戦艦オリオンの所属章が、カタカタと揺れた。
慰霊祭の夜、チームゼロは何となく、あの木陰に集まっていた。
昼間の体験については、あのあと誰も語ろうとしなかった。
夢かもしれない。しかし火災報知器が鳴ったことも、供え物の酒が大量に消えたこともまた事実だった。
まだ冬と春の境目のはずだが、太平洋に浮かぶこの島には生温かな風が吹き抜けていた。
星が空いっぱいにまたたいていた。
「あ、ほたるだ。」
誰かが言った。草むらを無数のほたるが、ゆらゆら飛び交っていた。
「そういえば、蛍を魂にたとえていた人たちが昔いたんだっけ……。」
星がまたたく中、彼らはやっと、戦争の痛みと向き合うことができた。