瓦礫の故郷
太陽系辺境防衛戦争終結から1か月ほどたった。
人々は傷をいやし、戦後の混乱を整理し、あの悲惨な人類史上初の宇宙戦争に必死で意味をつけて、過去のものにしようとしていた。
K作戦において壊されたあのワープウェイのゲートの復旧が済み、例の戦場への調査も本格的に始まった。あの時冥王星を守った2人のゼロパイロット、アサヒユウキとクラモトカズマを中心に、遺品の回収や調査が始まっていた。2人は零号機という特殊な宇宙戦闘機を扱うパイロットではあったが、あくまで移民星アス自警団の民間人である。2人は、妹のアサヒミノリ、クラモトカズマ、それから宇宙生まれの赤子である、移民星キノスラ唯一の生存者、レーシャ・コーサチュとパトリック・シャーリーを連れて、一度地球に戻ったが、ユウキとカズマは再び辺境に戻っていた。
なんといっても人手不足だった。傷をいやす暇などなかった。
謎の機械、メカとの戦闘で国連宇宙防衛軍は壊滅してしまった。戦場を経験し、宇宙でまともに動けるのは、チームゼロの8人と、この移民星アスの2人しかいなかった。
チームゼロは現在、戦後処理と地球防衛に追われている。彼らの上司たち、戦艦オリオンの乗組員たちや「チームジパング」から託された未来を実現するために奔走していたからだ。彼らは捨て身の特攻作戦、Kamikaze作戦で宇宙に命を散らしたが、その前にまだ高校生のチームゼロに、Zero作戦として、今後の地球や太陽系の未来を託していたのだ。具体的には、戦後の防衛軍、その発展形である超国家的行政機関の再建・設立である。
彼らは戦艦オリオンの幹部職を代理という形で引き継ぎ、それを武器に立ち回って、このとてつもない構想を実現させるべく動いていた。
ユウキたちは民間人ではあったが、戦略長代理を引き受け、世界中を駆け回っている戦友のウエキセンカに「働かざる者食うべからず」と脅され、辺境の戦後処理を引き受けた。
もっとも、ユウキとカズマは、将来的に壊滅してしまった第2の故郷、移民星アスの再建を目指していた。そのためにも、戦後処理は欠かせない。太陽系外縁部には詳しいので適任なのも自覚していた。今は、海王星や天王星プラントの自警団とも協力し、あれこれ進めている。
「ひでえもんだよな。」
カズマがぼそっとつぶやいた。
回収した戦艦オリオンの残骸や遺品は、かつて戦艦オリオンが停泊していた小惑星ポイオーティアに集められていた。ポイオーティアの仮設基地には、見覚えのある様々なものが並んでいた。
戦艦オリオン航空隊のものと思しき1号機の残骸。ユウキはその残骸に残る番号を見て歯を食いしばった。「朝鮮の小さな誇り」と呼ばれた、小柄で素早く、控えめだったキム・ヨンミンの機体だ。冥王星がメカに襲われた時から、ポイオーティアで囮となっていた航空隊が壊滅し突破されたことはわかっていたが、こう改めて見ると、悔しさが再びむせ返ってきた。
「アサヒさん、地球へ送る遺品リストです。確認お願いします。」
「ああ。」
ユウキはうつろな返事をした。もうすぐ、辺境戦争の慰霊祭を行うことになっていた。その際に、戦艦オリオンの残骸や遺品などを地球で展示・公開することになっていた。センカ曰く、将来的にはポイオーティアに辺境戦争の資料館を作りたいと思っているらしい。だが、戦争の記憶を風化させないためにも、一部を地球のテラポルトス、本部かつ唯一の宇宙港の展示館で公開することを決めたらしい。両親を失ったユウキとしても賛成だったが、何を送るかは少し悩んだ。
遺品を地球へ送る輸送船を見送ると、ユウキとカズマは、特別に許可をもらって、彼らの家である、移民星アスに向かった。
ポイオーティアへは最短でも3日ほどかかる。いままで作業隊に任せていたが、さすがに顔を出したいと思い、ぎりぎりのタイミングだったが行かせてもらうことにした。
移民星アスは、遺品と遺体の回収と調査がほとんど終わっていた。作業隊も残っているのは残りわずかだ。滑走路に降り立つと、作業隊に両親の墓のありかを訪ねた。
市街地から外れた農場の中に、見慣れない白い墓標が並んでいた。墓標見慣れなかったが、名前はどれも見慣れたものだった。その中に、2人はそれぞれ両親の墓標を見つけた。静かに手を合わせる。何も思わなかった。一通り墓標を見てから、なんとなく市街地へ向かった。
街へ入った瞬間、2人はハッとした。
街が壊れていない!
道行く移民団の仲間たちが、「よぉユウキ。」「ニイハオ、カズマ!」と声をかけてくる。
「なんだよこれ……。」
「おい、ユウキ。いままでどこにいたんだ?」
「お母さん心配してたわよ?」
「カズマ、また悪さしたのかい?」
次々と声がかけられる。いつもの夕暮れの風景。次の瞬間、2人は走り出した。途中2人は当たり前のように別れる。無我夢中で家に向かって走っていく。ユウキは玄関から飛び込んだ。
「お……っ!」
「ユウキ!」
台所に立つ母と、座って何かの手入れをしている父が、悲しそうな表情で自分の名前を呼んだ。
「父さん、母さん!」
だが1歩進んだとき、両親の姿は消えた。
気が付くと、壊されボロボロになった台所に、1人立っていた。
ユウキは初めて、移民団壊滅、両親との永遠の別れを実感した。戦争のさなか、忘れていたものが湧き上がってくる。がれきの中、ユウキは呆然と立ち尽くしていた。