02
空は、からっと晴れて。青空が広がっている。
所々にある雲が、少しずつ風に沿って流れていく。
「マオさん、あの次の町に何があるんですか?」
「ん? 人と待ち合わせしてるの」
「魔王軍の人?」
「うん、大丈夫よ。怖くない人だから、もし怖がらせたら私が守ってあげるからね」
二人は、仲良さげに手をつないでいる。
まるで、ショッピングに出かける親子のようだ。
クリュウは、途中地べたに座り込んでしまう。
「あっ、駄目だよ。服が汚れちゃうよ」
「ごめんなさい。でも、僕歩き疲れちゃって」
「そっか……。ん~、ならそこで少し休憩していこっか」
指さした先には、二人が座れる程の岩と木が一本立っていた。二人の歩いている場所は、ほとんど草木は枯れ。土は、乾ききっている。
そんな場所にある岩と一本の木は、砂漠にあるオアシスとも言える。
「んしょっと。もう、足が棒だよ」
「いっぱい歩いたもんね、よし私。近くに水がないかちょっと探してくる」
「えっ、でもこんな場所に水なんて」
「もしかしたら、少し遠くに川があるかもしれないから。クリュウ君、絶対にここを動いちゃだめだからね?」
コクリとクリュウが頷くと、マオはまるで風のようにどこかに駆けていった。
「行っちゃった……。どうしてようかな」
足をぶらぶらとさせ、退屈そうに眺める姿は子供そのもの。
そんな彼に岩の下からにょろにょろしたものが。
ぶわっと彼を包みこむ。
「ごぼっ!? ごぼぼぼっ!」
ジタバタとする彼は、水の塊に包まれる。水の塊は姿を変え、人の形へと姿を変える。
それは、どこか女性を思わせるもので。彼女のお腹あたりで凝縮されるように丸まった形で。クリュウはいた。
「久々の食料……。大丈夫、落ち着いて。ゆっくりと咀嚼してあげるから」
その姿は、まるで子を身ごもった母親のようだ。
彼女は、お腹をなでて中にいるクリュウを落ち着かせる。
徐々にクリュウの抵抗がなくなり、落ち着いてくる。
「じゃあね、僕」
クリュウの体が水に溶け込み始めたその時、背中を突き破る何かを彼女は感じる。
「誰の断りがあって、私の物を奪う気だ」
その何かは、マオだ。
彼女は、背中から腕を突き入れ。体の中から、クリュウを引きずり出す。
「貴方は、何者? 私の食事の邪魔をしないで」
「通りすがりの……魔王様だ。覚えておけ」
「何、そのどこぞで聞いた決め台詞。 というか、魔王?」
「子供を懐柔するなら、子供番組は見ておくことね。そうよ、私が魔王よ!」
マオは、ドヤ顔でそういうとクリュウを岩の上へとゆっくりと置く。
「魔王ってこう、男のイメージがあるんだけど」
「なら、私だって言わせてもらう。貴様。スライムみたいだけど、私のイメージ的には。頭の上に甲冑を乗せているんだが?」
「時代は、進化する。そして、それは我々スライムも同じこと」
「そう。まぁ、スライムって倒せないから。とりあえず、ここから消えてくれない?」
「なら、お腰に着けてるそのお水下さいな」
瓢箪の形をした入れ物を指差す。
「いいわ、少しならね。あとは、この子にあげないといけないから」
入れ物を投げると、スライムはパシッと受け取り瓢箪の中の水を飲む。
ごくごくっと喉を鳴らし、飲み終わると入れ物を投げて返す。だが、その入れ物はほとんど空に近かった。
「ちょ、ちょっと! 熱中症って知らないの!? 子供というのは、熱中症にかかりやすいんだから。水を飲まないといけないの! 只でさえ、歩き詰めで疲れてるのに!」
「まるで、母親みたいね」
ふふっと笑ったスライムは、自分の体を地面に叩きつけると飛散し、どこかに散っていった。
「私が母親……か」
岩へと座り込み、膝にクリュウの頭を乗せる。
整った息をしている彼の頭を優しく撫でて、自分と彼の違いを考える。
クリュウは、人間でありまだ幼い少年。
マオは、魔王であり彼とは違う存在。
二人が、一緒に暮らせる世界は、まだこの世にどこにも存在しない。
何故なら、魔物は搾取する側であり。人間は、搾取される側。
食べる物と食べられる物。
この関係を崩さない限り、マオは母親にも姉にも妹にもましてやお嫁さんになることさえ構わない。
二人の関係を深くするには、この世界のシステムが邪魔なのだ。
「世界を平和に……。そうすれば、クリュウ君。貴方は私から離れないでいてくれる?」
「ふみゃ……」
「貴方の為なら、私。本当に世界を平和に……。ううん、世界を変えることだってできる気がする。ずっと貴方が、大人になっても私と一緒に居てくれたら……うれしいな」
眠っているはずのクリュウは、その声を眠っていながらでもしっかり聞いてるのか笑顔になる。
マオもその笑顔を見て、自然と笑顔になった。
●
遂に、二人はミリウルこら何日もかけて西の町ルコンダへと到着する。
町は、ミリウルとは違い栄えており。沢山の人達が、道を歩いている。旅を続けてきたマオにとっては、見たことのある風景だが。
産まれて初めて町を出たクリュウにとっては、まるで夢の世界にでもきたかのような感覚だ。
「わぁ~! みてみてマオさん、色んなお店があるの!」
「ふふっ、ほら。あんまりはしゃいじゃ駄目。転んで怪我したら、大変だから」
動き回るクリュウの手をマオは、制止するように握る。すると、クリュウも落ち着きを取り戻し。周囲の景色を目をキラキラさせながら、見渡している。
マオは、そんな彼を優しい目で見ながら。待ち合わせ場所であるカフェ『ビアンゴ』を探す。
だが、なかなか見つからない為。建物の壁に背中を預け、談話している若者達に道を尋ねる。
「すみません、ビアンゴというお店を知りませんか?」
「ビアンゴ? あぁ、それなら知ってるぜ。って子連れか?」
「えっ? ええ、まぁ……」
「なら、子供は俺の仲間が預かるから。お姉さんは、付いてきな。案内する」
「そんな危ない場所にあるんですか?」
「ああ、子供にはあまり見せたくない場所にな」
マオは、心の中で待ち合わせの人物に怒った。 子供が来るとは伝えていないが、もうちょっと場所を選んで欲しいものだと。
クリュウを仕方なく知らない男達に預け、路地裏へと入っていく。
路地裏には、ゴミなどが無造作に置かれ。建物同士が近すぎるためなかなか明かりが入ってこない。
ある程度、入った所で男は振り返るとナイフを取りだしマオに突き付けてくる。
「なにをするんですか?」
「分からねぇのか、姉ちゃん。あんたは、騙されたんだ。ほら、刺されたくなかっあげぶっ!」
マオは、男の顎を掴み壁へと叩きつける。
「私は、今あの子おかけで気分がいいんです。だから、もう一度聞きます。店は、どこですか?」
顎の骨がバキバキと音色を奏でる。
「あぐっぐぐっ!」
必死に指を後ろに差す。
「あっちに行けばあるんですね? 分かりました」
手を離し、クリュウを迎えに行こうと路地を逆戻りしようとすると男は、逆上しナイフを突き付けようするが。
「一度あることは、二度あるですよ」
男の鎖骨に手を触れると男は、路地裏の建物を破壊し、吹き飛んでいった。
路地裏から出ると、先程の男達の仲間が待っていた。唖然とした顔で。
「貴様ら、私の子は?」
そこには、男達しかおず。クリュウの姿は、消えていた。瞬間的にマオは、自分よりも遥かにデカイ巨漢の男に詰め寄る。
「私の子をどこへやった!!」
「あっ……う、売っちまったよ」
「売った……だと?」
彼女の逆鱗に。つまり、魔王の逆鱗に彼らは触れてしまった。
マオは、巨漢の男の腹を殴り沈めると直ぐ様、背後の二人を沈め。残った一人の胸ぐらを掴み、持ち上げる。この時間、僅か数秒だった。
「おい、小僧。買っていた人物は、どんな奴だった?」
「ひっ、ひぃぃ!」
周囲がざわめき始め、この町の警備隊を誰かが呼ぶまえに決着をつけたかった。
「時間がない、怯えてないでさっさと言えっ! 命は、助けてやる!」
「お、女だった……。派手な格好した」
「そいつは、どこに向かった!」
「あ、あんたが探していた喫茶店に!」
それを伝えた瞬間、片手で男を近くの店の棚に叩きつけた。彼女は、直ぐ様その人間を遥かに凌駕した俊敏な足で駆ける。
(クリュウ君、ごめん。ごめんね! 私が、人間を信用しすぎたばかりに!)
彼女は、喫茶店の看板を見つけ。乱暴にドアを開けると、彼の名前を叫ぶ。
「クリュウ君、どこ返事をしてっ!!」
周囲の人物の目が、マオに注がれたがそんなの気にも止めずに周囲に目を見張る。
「あっ、マオさん」
「クリュウ君!」
彼の声を聞こえた方を向くと、そこにはクリュウを足に乗せ後ろから抱き止めている女性がいた。
直ぐ様、どうやって始末をつけようか思考するが。その女性の声で我へと変える。
「マ、マオ……ウ様?」
「エリン……?」
それは、彼女が待ち合わせしていた部下のミリュエリンだった。男の言うように、派手な格好をしておりまるで踊り子のように肌を過剰に露出した服装をしている。
マオとは違い、彼女は黒に相対するように銀髪をしていた。
「良かった……無事で」
「マオさん、何言ってるの?」
すこしばかり、目を潤ませながらマオはクリュウの頭を撫でて、向かいの席に座った。
「まさかエリン、お前が人間の少年を買うなんて」
「魔王様、違うんですこれは」
キッとマオは、睨みつけその名で呼ぶなと目で語る。エリンは、そのことに気付き。直ぐ様、呼び直す。
「こ、これはですね。この子が、私に買ってほしそうな目で訴えていたから」
「クリュウは、ペットショップに居る猫か犬か。まぁ、助かったことに変わりはない。ありがと、エリン」
「えっ! いえ、私はただこの子を欲しかっただけで。その、この子とマオ様はどんな関係で?」
そのことに答えたのは、マオではなくクリュウだった。
「マオさんに助けられて、一緒に旅をすることになって……。それで」
そこで、何と言えばいいか思いつかずクリュウは黙ってしまう。エリンは、クリュウの頭を撫でて続きを求めるようにマオの方を見る。
「あの町は、ケンタウルスにやられてしまって。私は、この子を見捨てることができずに。連れてきた、天涯孤独な彼にとっての私は保護者というわけだ」
「なるほど、それじゃ。マオ様、この子を私に下さい」
「断る。クリュウは、誰にも渡さない」
そんな~と嘆く彼女に、本題に入ることを薦める。
「はいはい、それでマオ様。人の世界を見て、お考えは決まりましたか?」
「あぁ、決まった。私は、この世界を救うことにした」
飲んでいた珈琲を喉でつまらせ、エリンはむせてしまう。驚くことも無理もない魔王が、世界を救うというのだ。悪である魔王が。
「私には、二つ案があった。一つは、私が絶対悪となり世界のイザコザを向かせて大きな闘いを止める」
「つまり、先代から続いてきた歴史を続ける案と」
「そして、もう一つだ。魔物と人間を共存させる」
エリンには、その言葉の意味が分からなかった。人間と魔物が共存。そんなことができるわけないと思っているからだ。
「魔物にも二種類いる、人間を食らう者とそれ以外でも生きれる者。私は、これはこの二つとも人間社会に溶け込めると思っている」
「どうやって!? そんなの無理ですよ!」
「聞いてくれ、私は人間を食らう者を罪人の処刑道具として生きて生かせようと考えている。それならば、人は誰も文句も言わないし。人には罪を犯す恐怖を与えることもできて予防線になる」
「なるほど……」
「それ以外の者は、私達と同じように人間らしい生活をすればいい。これならば、人間は何も言うまい」
二人が、熱論している時。クリュウには、難しいことはよく分からなかったが。それでも、共存しようと考えていることだけは分かった。
「ですが、皆が賛同するかどうか……」
「しない奴は、私の命に置いて排除する。残念だが、人間達にとって私達は驚異だ。つまり、恐れている。人からは、歩みよれなくても私達が歩み寄ればいい」
「つまり、どういうことですか?」
「人間と魔物が、協力し敵を倒す。つまり私達にとっては、同族討ちだ」
ゴクリとエリンは、唾を飲み込む。エリンは思った。人間側の視点で、魔王は世界を見ていると。
「マオ様は、人間側に立たれるんですね」
「エリン……。殺し、殺されの関係は止めたいと思わないか? もうそろそろ私達は、共存するべきなんだ」
その目は、真剣そのものだった。
魔王の言っていることは、分かるが。多くの魔物は、人を餌としてしか見ていない。
彼女もその一人だ。
彼女は、吸血鬼であり多くの人間の血を吸って生きてきた。店の中にいる多くの人間も餌としてか見れない。
その時、エリンの膝から視線を感じる。
クリュウがエリンをじっと見ていた。
エリンは、彼を買ったが。そこに吸血しようという食物の考えはなく。
その存在に愛着を感じたのだ。
生まれて初めて、人間に対する愛着。
それは、ペットとしてかもしれない。
だが、彼女は自分の中に人間に対する愛着が、少しでもあることを今日自覚した。
エリンは、クリュウに微笑みを投げるとマオの顔を真っ直ぐ見た。
「分かりました、マオ様の意思に私は賛同します」
「ありがとう、エリン」
にこりとマオは、安堵の表情を浮かべる。
「それじゃ、城に戻られますか?」
「ええ、戻るわ」
「この子は?」
「勿論、連れていく」
「ですよね」
エリンには、分かっていた。
会って間もない自分が、これだけ変えられたのだ。自分よりも長く一緒にいた魔王は、それこそ全てを変えられたのだと。
そんな大切な子を手放すわけがないと。
世界を変える主導者は、必ず大人でも。
それをつき動かすのは、いつも子供だ。
この子によって、世界は変わっていくとエリンはそう感じたのだった。
「それで、エリン。クリュウ君を返して」
「クリュウ君は、お姉ちゃんと一緒に居たいよね」
ふふっとその膨らみを頭に当てるとクリュウは、顔を真っ赤にして動かなくなる。
「は……はい」
「クリュウ君!?」
「ふふっ、私と一緒に居たいみたいですよ?」
「くっ、クリュウ君は必ず取り戻すから!」
こんな人と魔物同士が仲良く会話することができるのか、それはこれからの未来に掛かっていた。
これからどうなっていくか楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。要望など感想がありましたら、よろしくお願いいたします。