血が欲しい
翌日昼。
昨日の約束の通り、松田と雛子を引き合わせるため、昼には誰も通らない1F下駄箱の隅に琴子と雛子はきていた。
果たして雛子の思い出の中の子役"龍"と今の松田をみて雛子は納得するのか琴子は不安だったが、松田は思いのほか早くやってきた。
「あ、松田先輩」
松田はメガネにマスクといういでたちでやってきて、琴子達に気が付くと小さくお辞儀した。
「こちら、門雛子さんです! 門さん、こちらが松田先輩です」
「こ、こここんにち! 門雛子です! こんにちは! あの、いきなりですがサインを貰っても良いですか?!」
雛子は色紙とペンを前に差し出した。
「僕もう芸能活動してないけど」
「それでもいいんです! 私、小さい頃からテレビっ子で、その中でも龍君の出てたドラマに大ハマりして、とにかくそのドラマの中でも龍君が一番大好きだったんです! 私の中では永遠のヒーローなんです!」
雛子は色紙を前に突き出し深く頭を下げた。松田は静かに色紙とペンを取ると、サッと書き上げ雛子に渡した。
「あ、ありがとうございます!!!」
「松田先輩ありがとうございます」
松田は終始下を向いているので表情はあまり読み取れないが、"どういたしまして"というふうに小さく首を横に振った。
「それで、こちら門さんの絵なんですが、どうでしょう、松田先輩の作る曲とイメージ合いますか?」
琴子は先ほど雛子から受け取っていたスケッチブックを松田に
差し出した。松田はそれを受け取ると中身をペラペラと見始めた。
「私のだけじゃなくて、部の人にもお願いしたりできますので!」
雛子が緊張した面持ちで話す。
「これでいい。これに音と歌詞入ってるから、合うようなイラスト3枚くらいよろしく」
松田はポケットからUSBを取り出すと、スケッチブックと共に雛子に渡した。
「頑張ります!」
松田はそそくさとその場を離れて行った。感動している様子の
雛子を促し、琴子は自分たちの教室に戻った。
「門さん、当時の子役の龍ってどんなだったの?」
「マイナーなドラマだったんだけどね『お化け学園』っていうドラマの主人公やってたの」
「主人公?!」
「うん。子役ばかりでてるドラマだったんだけど、私ドハマりしちゃって。龍君はボソボソ喋る暗い役なんだけど、お化け退治とか出来ちゃう子なの」
「へー」
「成長した本人もその主人公と同じ感じで感動しちゃったー! あれ素の演技だったのかなぁ~!」
サイン色紙をみてニヤつく雛子を眺めながら、じゃあ思い出の中の龍と松田は特にギャップがなかったんだ、良かった。と琴子は一息ついた。
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部活の日。
先日池尻と手作りバラブローチを作るということで決定し、池尻に教えられながら琴子はレースのバラを作っていた。そこに岡崎が入ってきた。
「こんにちはー」
「パイセンちっす」
「こんにちは」
縫い物をしながら挨拶したせいで手元がおろそかになり、琴子は針で指を刺してしまった。
「いたっ」
「ん? 琴ちゃんだいじょう……」
刺した指先から血が滲み出てくるのを見た岡崎は咄嗟に琴子の手首を掴み引っ張った。
「えっ」
「これ、ちょうだい」
血走った目で岡崎は琴子の手首を掴んだまま鞄からゴソゴソとスポイトを取り出す。
「はぁ?! ちょっちょっと待ってください」
「岡崎先輩ーー?!」
慌てた池尻が岡崎を引きはがしにかかる。そこに松田も入ってきた。松田は何事かと一瞬フリーズしたが池尻とともに岡崎の引きはがしに参加した。
松田が琴子の手首をガッチリ握っている岡崎の手を指一本一本取り外し、池尻が岡崎を後ろから羽交い絞めの状態にした。
「岡崎先輩冗談キツイっすってー、そんなに血が欲しいなら俺のを上げますから、落ち着いてくださいよ」
「ダメだ処女の血じゃないと」
「わーわー! 言葉に気を付けてくださ~い!!」
池尻が大声を出したが琴子はさらに引きつり後ずさりした。そこへ坂井と長島が入ってくる。
「こんにちはーって、どうしたんですか」
「あ、ちょっと助けてよー! 岡崎先輩がー!」
池尻が羽交い絞めしている岡崎の様子をみて長島が目の前にいる部員達を押しのけて岡崎の席まで行きそのあたりの荷物から何かを取り出した。坂井はとりあえず固まっている琴子を席に着くよう促した。
「先輩、これ飲んで」
小さいパックのトマトジュースだった。長島は丁寧にパックについているストローを飲み口にさすと岡崎の口にもっていった。岡崎は池尻を一瞥すると池尻の羽交い絞めを解かせ、紙パックを長島から受け取り飲んだ。
え? トマトジュースで落ち着くの?CMでみた変な吸血鬼みたいだなと琴子は思った。
「ごめん、山田さん」
すっかり肩を落とした岡崎がうなだれながら琴子に言った。
「あ、いえ……突然のことでびっくりしましたけども」
「長島ちゃんには言ってあったんだけど……俺、一回大きな病気に
かかって。留年してるのもそれが理由」
「先輩座ろうか?」
長島が優しい声で岡崎に言った。岡崎が席に着くと、他の立ってた部員も座った。
「移植を受けなきゃ助からないってレベルで、ドナー待ちしてたんだけど、なかなか現れなくて。この年でこのまま死ぬのかなんて色々考える時間ばかり増えて行ってさ」
「ほんとに色々考えた。そのうち誰かが死ぬのを願ったり。いっぱい死ねば俺にも移植の順番がやってくるかもしれないって」
「そんなことを考える自分が嫌で、今度は他に生きる方法がないのかって考え始めて、俺が自分で死体を好きにできたらそれで生きられるんじゃないのかとか。でも綺麗な遺体は解剖の許可でなさそうだから、あ、じゃあひどい状態の遺体なら使えるとか」
「昔の外国の女王とかは処女の生き血を吸って若返るって信じてた、とかそういう話も鵜呑みにして、よしやろう!とかって頭の中そんなことばかりだった」
「そんな中、ドナーが……俺の順番がきてしまった。あんなに希望してたのに、複雑だったよ」
「と、まぁ色々こじらせた結果、今の状態になっちゃったんだ。今でも血があればもう病気しないとか思いこんじゃってて。さっきみたいにたまにおかしくなる。そんなときはこれがまぁ、まさかの落ち着く安定剤」
岡崎は机の下から大量の紙パックトマトジュースが入っている鞄を出した。
「山田さんごめん。まぁ、山田さんさえよければいつでも欲しいんですが」
「先輩それはダメー! 琴ちゃんに手ださないで! そうだ琴ちゃん俺と付き合えば血の効果がなくなるからほらぜひ俺と」
池尻の隣にいた長島がすばやく席の上のキーボードを持ち上げ池尻の顔に激突させた。
「ぎゃっ」
「山田さん、大丈夫?」
長島の問いかけに琴子は答える。
「大丈夫です」
琴子は岡崎にも言った。
「私、大丈夫ですから」
「ありがとう、山田さん!」
岡崎は懲りずにスポイトを持ってアピールしていたが、坂井がガードしたりしながら、この日は通常の作業にみんな戻って行った。