裸の微笑みの貴公子と元子役
昼休み。
「山田さーん」
琴子の教室に坂井がやってきた。お弁当をそのままに琴子は廊下に出た。
「これ、パソコンの本」
実は、琴子はパソコンをあまりいじれなかった。隣の席である坂井はすぐそれに気づきちょこちょこ教えてくれていて、今度初心者用の本貸すよという話になっていた。
「ありがとうございます」
「わからないことがあったらいつでも聞きに来て。2-Cに大体いるから」
「はい」
そういうと坂井は去っていた。琴子が教室に戻り席につくと、向かいに座っていた眼鏡の女子生徒が話しかけてきた。
「今の坂井先輩だよね?」
この女子生徒は門雛子
出席番号が近かったこともあり、無気力系琴子にガンガン話しかけてくれた貴重なお友達である。漫画研究部に属している。
「うん」
「私、中学一緒だよ! あの人中学の時生徒会長ですっごい人気あったんだよ!」
「へぇー」
まさかである。
「雰囲気が柔らかくてさー、でも全校生徒の前での挨拶とかだとキリッとして、坂井先輩が3年の時の生徒会は"チームホークス"とか呼ばれてて」
琴子は、でもノーパンだけど。とか、部室ではホークどころか"鷹チン"と呼ばれちゃってますけど。とか思っていた。
「今ってパソコン部なの? 坂井先輩」
「うん」
「そっかあんま目立たなくなっちゃったんだねー。部活ではどんな感じ?」
ノーパン……とは言えなかった。
「優しい。かな」
「えーいいなー! 他には何人いるんだっけパソ部」
「5人」
「全員男?」
「うん」
「あ!! パソ部といえば、元子役がいるらしいんだけど
聞いたことない?!」
「え? 知らない」
「私その子役の子結構ファンだったんだよね。龍って名前で活動してたんだけど」
琴子はそんな名前の人いなかったよな、と考え込んだ。
「お願い! なんとなく聞いてみて~! サイン欲しいの!」
「はぁ……でも元ってことはもう活動してないんでしょ?」
「でも! 私にとっては初恋みたいなものなのよー!龍君かわいかったんだからー!」
「そう……」
琴子は雛子がいつも何かに夢中になっているのを見ていて羨ましかった。そしてそれを他人にスラスラと喋れてしまうことにも、琴子には魅力に映っていた。
「ちょっと待ってよ? 坂井先輩以外誰がいる?」
「うーん三年で部長の長島って人と」
「三年の長島?! あ、池尻って人といつも一緒にいる?!」
「いつも一緒にいるかわからないけど池尻って人もいるね」
「知ってる知ってる! うちの部で先輩たちが話してた!いつも一緒にいてイイ題材になるって」
「はぁ」
「背の高い黒髪美男子×少し小さ目茶髪アホの子系」
この話は長くなりそうだったので別の部員の名前を出すことにした。
「あと三年の岡崎って人と二年の松田って人」
「岡崎。ああ長髪の人でしょ? 見たことある。あの人綺麗だよね。色素薄い感じで」
そういわれると岡崎先輩は長髪だからいつも髪結んでるんだなと思った。
それよりも気持ち悪いもの好きっていうイメージがあるので琴子にはゾンビっぽく見えていたのだが、知らない人からみると綺麗にみえるのか。と驚いた。
「松田ーって人は知らないなぁ。あ、もしかしたらその人が龍かも! お願い! 聞いてみてー!」
「聞けたらね……」
琴子は松田のガスマスク姿を思い出しながら弁当を平らげた。
放課後。
部室に行くとちょうど松田のみが座って作業をしていた。
「こんにちはー」
松田は小さく頷いた。
「あ、あの、突然なんですが、松田先輩は子役やってたりしましたか?」
面倒くさいことはさっさと済ませてしまおうと唐突に質問した。が、松田はその言葉で止まってしまった。
「あ、全然違ったらすいません、なんでもないです」
席に着こうと動いた瞬間、松田が立ち上がった。ビックリして松田を見ると、松田が琴子のほうへ近づいてきた。
「え? え?」
松田は傍にあった布を手に取ると琴子の目の前に広げた。先日池尻が持ってきた着替え用にしたカーテンだった。
え?何?消えろってこと?と琴子がおののいていると、くぐもった声がした。
「着替え、どうぞ」
着替え?ああこの間着ていたやつか。と思ったが琴子は悩んだ。
「いや、なんか悪いですし今日は別に」
「着替えないの?」
「うーん」
「苦しくならない?」
「へ?」
「僕、子役やってたよ。いつも誰かに見られてた。気づいたら誰かに見られてると息苦しくなるようになった」
「そうだったんですか……」
「好きなことはすればいいしやりたくないことはやらないで済むならやらなくていいんじゃない。ここでは」
シンプルだなーと琴子は思った。
「はい。じゃあ、服、机のところにあるんですが」
松田はカーテンをどけた。琴子は松田に笑いかけて、服を取り、また松田にカーテンを広げて貰った。
着替えが終わり、松田も琴子も席に戻り作業を始めた。琴子は昼に坂井から貰った本片手にのろのろとだが。
「こんにちは」
するといつものように坂井がズボンを脱ぎながら入ってきた。生徒会長でみんなの人気者だった坂井がどうしてこうなったのか、琴子は気になって顔をじっと見つめてしまった。
「山田さん進んでる?」
「あっ、はい。なんとか。本ありがとうございます」
席に着きながら、坂井は琴子のパソコンをのぞきこむ。
「そっかー。でも山田さんが全部できるようになってこうやって教えられなくなるのは寂しいな」
「まだまだですよ」
そういう琴子に、坂井は優しく微笑み返した。上半身だけだったら、すごい爽やかな絵面だろうに。と琴子は思った。