表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第一章 面倒臭いんです
8/67

Are you serious? 1

どうしてこういう事になったんだか。


もちろん、自分の能力を直視して来なかった自分のせいです。

だけど好きでこんな能力を持っている訳でもないし、それに迷惑をかけているのは主にお兄にだけよっ。

いえ、だから許されるって訳じゃない事ぐらいわかっているけど。



誰かに一言、文句を言わねば、気が済まない。



なのに家に帰ると誰もいなくて、そう言えば今日はお母さんは友達と用事があると言っていた。

コンロの上にはカレーのお鍋。

靴があったので、お兄は部屋にいるハズ。



「お祖母ちゃんは?」


軽くノックをして、返事を待ってドアを開けた。

少しの隙間から覗き込む様な形で顔を出すと、椅子に座って何かをやっていたお兄がこちらに体を向けた。

あたしがお兄の部屋に来るなんて事は滅多にないので、珍しそうな表情をしている。



「おぅ、お帰り。今日は遅くなるらしいぜ? 急患が入ったらしい」

「・・・・」


今この瞬間、あたしの八つ当たりの相手がお兄一人に決定しました。



「何だよ?」

「・・・お兄、でっかい蚊って知ってた?」

「何??」


お兄が素っ頓狂な顔をした。ポカンと口をあける。

あたしは真正面から八つ当たりをするのも恥ずかしいので、文句を言う内容を、訓練の不平からなんちゃってヴァンパイアへすり替える事にした。



「でっかい蚊。でもその蚊、血は吸わないの」

「花の蜜でも吸うのか? 聞いた事あるぞ」


すっごい。この人、瞬時に話についてってるよ。どういう感覚してんの? あたしが振った話題だけどさ。

 

「・・・そーゆーマトモな話でなくて。その蚊、気を吸うんだって」

「・・・気?」

「そう。人間の姿をした、でっかい蚊。気を吸う、蚊」



一瞬、訝しげに眉根を寄せる。

そして次に、お兄の目は見開かれた。


「・・・おま・・・まさか・・・」


予想通りの反応に、ちょっぴり気分爽快。お兄が単細胞で良かった。


「やっぱ知ってたんだ」


わざと唇を尖らせて、むくれて見せた。

フンっだ。思いっきり慌てちゃえばいいんだっ。困らせてやるっ。



「何で今まで教えてくれなかったの?」

「会ったのか?」

「うん」

「どこで?!」

「駅前の商店街」

「一人でか?!」

「そうだよ?」


「なっ・・・そういう時は俺を呼べって言ってたろっ?」



は? 何言ってるの、この人? 第一そんな約束したっけ?


「何で? さっぱり意味わかんないんだけど」


あたしが少しイラついて聞き返したら、珍しくもお兄が黙り込んだ。

え? どうしたの? いつもならこういう時、わめいてばかりなのに??

どういう事?



「ばあちゃんは何て言ってんだ?」


お兄が声を低くして聞いてきた。

似合わないそのシリアスな雰囲気に、あたしは少し身構えてしまった。



「まだ何も? てかお兄は何を知っているの?」

「・・・・」

「またお兄の心配性なの? さっきから何?」



お兄は再び黙りこむ。だからあたしも黙り込んだ。こうなったら根競べだ。



「・・・イットの好物は、お前みたいな奴なんだよ」



やっとお兄は口を開いた。あたしの顔を見もせずに、一言、強めに言い切る。

イットだって! やっぱ知ってたんだ。

でもあたしの予想通りだったのに、実際目の前で、あたしの知らない事をお兄が知っていた事実を見ると、なんだか少しショックだった。

だってお兄は、ずっとあたしと目線が一緒なんだと思っていたのに。本当はあたしの数歩先を歩いていた。


そして振り向いて、実はあたしに目線を合わせていた。


そう言われた気がして、あたしは更に不機嫌になる。そんなあたしに気付いているのかいないのか、お兄は言葉を続けた。



「お前みたいな能力者の、気が好物なんだ」


・・・サイの気が好物??

それは初めて聞いた。美形コンビはそんな事、言ってなかったな。

・・・でもそんな事言われたってさ。



「・・・お兄がいた所で、どうにかなるの?」


イットがどの程度の生き物なのかなんて知らないけどさ、お兄が太刀打ち出来るとは思えないんだけど。



「・・・・」

「というか、そういう事をどうして今まで、あたしに誰も伝えないワケ?」

「・・・こっちにも色々、事情があるんだよ」


お兄が憮然として答えた。逆切れってヤツですか? それってあたしの持ち技なんだけど?

さっきから全然話が進まないじゃない。



「何それ。あり得なくない?」

「お前、それでどうやって乗り切ったんだ?」

「・・・同族さん達が現れたのよ」


あたしは溜息をついた。

自分からお兄に絡んでおいて何だけど、なんだか面倒臭くなってきた。話、打ち切ろうかな。

けれどもお兄はあたしの言葉を聞いて、少し考え込んだ後、何かに気づいた様に呟いた。


「・・・ばあちゃんか。そうか」


僅かに、唇を噛む。


「この間の、あれか・・・」



あの時お祖母ちゃんが言っていた『喰われる』って、そういう意味だったのね。

あの時訝しそうな表情をしていたお兄は、本当は全部解っていたのね。


しかもまだまだ、あたしの知らない事を知っていそうな様子。


でももういいや、教えてくれないなら、知らないよ、こっちも。


あたしは完璧にヘソを曲げてしまい、お兄の部屋を去ろうとした。

すると後ろから声をかけられた。



「とりあえず、そういう事で事情はわかったろ? 明日からは俺と登下校だ」


はあ?

あたしはイラッと振り向いた。

子供っぽく膨れて、睨み上げてしまう。

わかっていますよ、これも一種の甘え、だよね。ええ、ブラコンですよ。



「お兄が何の役に立つのさ?」

「文句を言うな」

「別に大丈夫だよ。というかお断りだよ。なんかあったら、跳ぶか走るかするから。お兄がいたらかえって足手まといだよ」

「そんなんで対処出来るのかよ」



頭にきたので、あたしはかなり失礼な事をお兄に言った。なのにお兄はいつもみたいに怒鳴り返す事無く、こっちの顔を見ながら冷静に言う。

それが更にあたしを腹ただしくさせ、同時に恥ずかしい気持ちにもさせた。


居心地がうんと悪くなったので、今度こそ部屋を出る決意を固める。



「週末、特訓だし。同族のお兄さん方が色々教えてくれるでしょ」



そう言うと、扉をバタンと閉めた。

そしてお兄がアタフタしている所を想像して、ブラコン娘は気を紛らわせる。

ふーんだ。しばらく口、聞いてやんない。ふんっ。








それから数日後の朝。

あたしの隣の席に座って頬杖をつきながら、唯がしみじみとあたしに言った。


「真琴、この頃、随分早く学校にくるねぇ」

「うん。まあ、ね」


あたしは一限目の英語の予習をしながら、顔を上げずに言葉を濁した。

突っ込まれると、具合が悪いのよね・・・。

すると唯が、探る様に顔を近づけてきた。


「菊池さんより早く来ていたって聞いたよ? 何時に来ているの?」


菊池さんとは、新学期以来、クラス一早く登校している女の子。


「・・・7時15分、かな」

「7時!?」


唯がのけ反る。

違うよ、7時15分だよ、7時じゃまだ門は開いていないんだよ。

・・・というと、何だか墓穴を掘る気がする。


「でも他にも何人かいたよ?」


言い訳になるのかな? これって。

うちは進学校だから、結構朝早くから、自習の為に学校にやってくるガリ勉君達が沢山いる。まさか自分がその一員になる日が来ようとは。

しかも日毎ひごとに人数が少なくなってきてるんだよね。風邪が流行っているらしくって。あたしにはその気配が全くないんだけど。上手く風邪をひけたら、週末が潰れて嬉しいのにっ。



「・・・へぇー。すごーい。どうしちゃったの? 志望校、変えるの?」


感心した様に唯に言われた。


「真琴ならさ、頑張ればもっとレベルの高い所にいけるよ。頑張んなよ」


それもまるで我が事の様に、嬉しそうに。あたしはちょっとこそばゆい気持ちになった。


「唯ちゃん、今から教師してるねー」


ちょっぴりからかってあげる。唯は小学校の教師になる事が、小さい頃からの夢だったらしいからね。

すると彼女は、少し恥ずかしそうにした。



「だってそうだもん。私、前から、真琴はもったいないなぁ、って思ってたもん。やればもっと出来るのに、って」

「だって面倒臭いんだもん。そんなに頑張らなくったって、そこそこで人生楽しめるじゃない」

「うん。そうだね。人生って楽しいのが一番だよね」


そして唯は、とても可愛い笑顔でにっこりと笑った。


「でもね。その人生で、がむしゃらに頑張るべき時、って何度かあるんだと思うの。それで、その時ちゃんとがむしゃらに頑張った方が、人生って楽しくなると思うの」


彼女は視線を少し空中に移す。


「成功するか失敗するかは、脇に置いてもね」


そして再びあたしを見ると、明るく微笑んだ。


「だから今、思いっきり頑張ったら、その経験って人生をきっと楽しくて豊かな物にすると思うんだ」


その様子は、本当に素直で可愛くて、でも芯が強くて前向きで。



ああっ! あたし今、この子に思いっきり射抜かれたっ!



「・・・唯ちゃん、生まれつきの先生だね!」

「そんな事ないよ」

「そんな事あるって! 唯はみんなを指導できるいい先生になれるよ! だってあたし、すごく納得したもん!」

「・・え、納得したの?」



ちょっぴり引いてる唯を尻目に、あたしは声高らかに宣言をした。


「よし。唯に免じて、志望校を上げよう!」

「・・免じてって、それ、なんだか間違っている気がする」

「そんな事ないよ! 武田センセーや仲間センセーに触れ合って生徒が前向きになるのと同じだよ! 素晴らしい!」

「・・そこまで言われると、かえって・・」

「よかったぁ。目的も無く早く学校に来る事に、いい加減限界を感じていたんだ」

「え? 勉強をする為じゃないの? じゃあ何でそんなに早く来てるの?」

「・・・・」


ヤバっ。口がスベった。

まさか、お兄と顔を会わせたくなくて朝6時に家を出てきている、とは言えない。

どんだけ気合を入れた兄妹喧嘩だっつーの。おかげで引っ込みがつかなくなってきた。

さっさと土下座でもしろよ、ヘタレ兄貴。



「ま、とにかく頑張ろうっと。今日は事務員さんとも仲良くなれたんだ。毎日早く来て偉いね、って」

「・・真琴って、面倒臭がり屋さんだけど、褒められ好きだもんね」

「うん! あたし、褒められると結構木に登れるんだ!」


あたしは台詞と共に、勢いよく立ちあがった。


「よし! 善は急げだ。加藤に報告してくる」

「・・うそ。今?」

「きっかけって言うものは割と簡単に転がっているのよ」

「・・・・」


唯の無言が何となく気になるけど、でもすっかり気分が乗っちゃったあたしはイケイケルンルンで職員室へと向かった。


形だけのノックをして、ガラッと扉を開ける。


「加藤センセー」


あれ? 席にいない。

と思ったら、部屋の向こう側にみんな集まっていたみたいだった。

丁度集合がとけたのか、ぞろぞろと散らばっていく。


「・・・センセ?」


あたしがおずおずと声をかけると、加藤が少し驚いた様に顔を上げた。

「おう、宮地」


・・・何だろう、この雰囲気。


「・・どしたの? みんな暗くない?」

「・・ちょっと深刻なんだよ。静かにしろ」


加藤のシリアスな表情。

なんてこった、この人に「空気を読め」みたいに言われちゃったよ。



「・・・どしたの?」


コソっと囁くと、加藤は軽く溜息をついた。


「・・まあ、これから皆には言うから、いいか。」


そう言うと、少しあたしに身を乗り出した。


「実は生徒が一人、亡くなったんだ」

「えっ?! 何で?!」



あたしは驚愕した。

同じ学校の生徒が死んじゃうなんて信じられない!



「・・・風邪か何かをこじらせたらしい」


加藤の台詞に、二重の衝撃を受けた。


「・・・それで?! 死ぬの?!」


風邪って言うのは必ず治るものであり、仮病に使う口実に過ぎないものだと思っていた。


「・・・そりゃお前、色々あるだろ・・・人によって・・・」


そう言って顔を歪ませた加藤は、本当に心を痛めている様だった。沈み込んでいる。

数学を受け持っていた生徒だったのだろうか?


「ところで? 何か用か?」


加藤が気を取り直したように、顔を上げた。

あたしはなんだか、気が引けた。


「うーん、こんな時に言うのもなあ」

「お前が来るなんて、滅多な用事じゃないだろ? いいから、言え」


いつもの顔つきで促す。いいのかな。・・・いいんだろうな。

ここで押し問答を繰り広げるのも、ガラじゃないし。面倒臭いし、ね。



「うん。実は、あたし、志望校変えた」

「・・・はあ?」


加藤の顔が、間抜けに伸びた。結構カッコいめなのに、もったいない。


「志望校を変えることにしたの。だってA判定なんだもん」

「どう言う事だ?」

「今、一生懸命受験勉強をして上を狙うと、今後の人生が楽しい物になるんだって」

「・・・まあ、そりゃそうだが。だからみんな頑張っているんだが。で、どこにするんだ?」

「東都大医学部!!」

「・・・何だって??!!」


職員室中の注目を浴びた。ちょっとぉ、静かにしろって言ったのはセンセーでしょ? さすが自称他称共にKYね。



「宮地、それ本気か??」

「メッチャ本気。ねえ先生、あたしのランク、どれくらいかなあ、東都大医学部」

「・・・Cじゃないか? 運が良けりゃBギリギリ。下手すりゃD」

「お、頑張りがいがあるねぇ」

「どういう風の吹きまわしだよ?」

「あのね、失敗してもいいんだって。一生懸命頑張れば、その後の人生が楽しくなるって」

「それは聞いたし、落ちる事が前提かよ?」

「だって唯がそう言ったもん」

「・・・山本ー・・・」


加藤はそう呟くと、片手で両目を覆う仕草をした。

ガクッと肩を落として、ボソッと呟く。


「あいつはお前がここまで履き違えるとは、想像もしとらんかったろうなあ。可哀想に」


可哀想って、誰が? というより、何で?


「とにかく、この件は時間を設けてじっくりと話し合おう。いいな、宮地?」


気を取り直した加藤が、あたしを強い目で見た。

はあ? なにそれ、個人面談って事? レベル上げた為に??


「えー、面倒臭い。センセーは、あたしが上を狙う事に反対なのぉ?」


思いっきり嫌な顔をしたら、加藤も負けずに思いっきり嫌な顔をして来た。子供っぽい奴だなー。


「そういう問題じゃないだろ。そんな勢いで人生決めてどうする?!」

「人生と結婚は勢いで決めるんだよ、センセ」

「実家の隣のおばちゃんと同じ事を俺に言うなっ」



あたしに噛みつくように言うと、加藤は身をまとめてさっさと部屋を出て行く。

あたしは肩をすくめて、教室に戻る事にした。

放課後、個人面談? いやーなこった。志望校は自分で決めます。



人生だってね。自分で決めるんだいっ。

とにかく今日の下校、どうやって乗り切ろう。お兄と一緒なんて絶対、イヤだ。

ヒトミと一緒も、この際イヤだ。アタリそう。


そんで、返り討ちに会いそう。ああ、イヤだ。







いつも読んで下さり、ありがとうございます。

実はこれは、昨日upするお話でした。が。

大きな地震にあってしまいました。


幸い、家族は無事です。家も、耐震処理をしていないタンスが一つ、逆さまに突き刺さった程度です(笑。地震当時いた部屋では、食器が空中を真横に飛び出して行きました)  

ですが、連絡が取れない友人がまさしく被災地のど真ん中におり、とても心配です。

近所のコンビニは窓ガラスが割れ、商品棚は空っぽです。

皆が不安で、錯綜しています。



このような時に、このような荒唐無稽でお気楽なお話を載せる事に抵抗を感じましたが、

テレビで地震のニュースしか流れない中、ほんの少しでも気が紛れれば、と思い直しました。

私自身、少し疲れてきましたので。


被災地の方々にお悔やみ申し上げます。今は少しでも節電をする事しか出来ませんが、

なんとか、国を上げて皆で頑張って行きたいです。



皆さまの暇つぶしに、少しでも役立ちますように・・・。



戸理 葵


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ